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プロローグ:匂坂翼の場合




「あー、あのハゲ、○なねえかなあ…髪の毛絶滅させてやりてえ…」


 思わず、軽く物騒なことを呟いてしまう。ぼんやりと淡く光る街灯を、少しばかり濁っているであろう己の目の端に捉えつつ、フラフラとした足取りで歩く。


 俺の名前は、匂坂(さぎさか)(つばさ)。社会人一年目をとっても元気(笑)にやっている。俗に言う、『新卒』のカテゴライズで雇われた身だ。


 今のところ、無事に研修も終わり、社会人としての生活もいよいよ本番間近なのだが、希望に満ち溢れているかと言われれば、そんなことはないと断言できてしまう、悲しい状況だ。

 何がフレッシャーズだ、笑わせる。新鮮どころか、フレッシャーズの「フ」は「腐」の間違いだっての。



 …歯車がずれ始めたのはいつだったか。少なくとも、大学生活は楽しくやれていた。



 将来的にやりたいことも見つからず、悩んでいるうちに、就職活動が始まったと思ったら、いつの間にやら時間を無為に浪費し、気付けば終わろうとしていた。


 もしかしたらやりたいことかもしれないと思った会社は、最終面接でものの見事に失敗。結局本当にそれがやりたかったことなのか、今も分からないまま。


 結局のところ、いくつも受け、数少ない内定をもらえた企業の中で、大企業というネームバリューに惹かれた俺は、転職にも有利になるし、就職浪人は外聞が悪いだろうくらいの浅い考えで今の会社に入った。


 今思えば、それがそもそもの間違いだったのかもしれない。もっと自分に真剣に向き合うべきだったのかもしれない。そうすれば、何かが決定的に変わったのかもしれない。

 …どれもこれも今更だな。結局俺は中途半端な覚悟のまま、社会に飛び込んだ。馬鹿なガキのままで、これっぽちも成長できてない。


 そんな俺に罰でも当たったのか、会社の待遇はあまりよろしくなく、研修時期にも拘らず、ほんのりブラックの香りがしていた。どこぞのコーヒー飲料みたいな謳い文句だな、これ。

 上司は上司で、毛根を衝動的に絶滅させてやりたくなるような人間で、職場環境的にも中々にひどいと自負している。…言ってて悲しくなってきた。


 しかし、まあ、悩みと言えばそれくらいだし、経済的には困窮することもなく、日々を送ることができているのは確かだ。


「気にしても仕方ねえか…帰って寝よ…」


 まあ、俺が辛く思うのは、一年目ゆえの、仕方ないことなのだろうと半ば無理やりに自分を騙す。明日も早いし、とっとと風呂に入って、スーツにアイロンでもかけて寝た方が生産的だ。


 そうして考えを打ち切り、出てきそうになるあくびをかみ殺し、少しだけ足を速めた。


 瞬間、目の前がふと暗くなったような気がした。



▼▼▼



 覚えているのはそれきり。

 別に、刺激のある生活にあこがれていたわけでもないし、贅沢な生活を望んでいたわけでもない。日々を今よりも多少なりとも楽に生きていけたなら、それでよかったんだ。


 そう。間違ってもあんなことを望んでいたわけじゃない。


 俺にとっての『日常(ふつう)』は幸せではなくとも、穏やかではあったんだ。

 そして、それはかけがえのないものでもあった。


 気付くのは結局、いつも失った後だ。



▼▼▼



「んあ?」


 ふと、目が覚める。


「うん?あれ?俺は何をしてたんだっけ?うーん?」


 思い出そうと頭を捻るが、どうにも目を覚ます前の記憶がない。おかしな話だ。酒を飲んで前後不覚にでも陥ったのか?そうなると―


「やっべ、社員証と業端は!?って、鞄ごとねえし!やっべ、マジかよ!?」


 慌てて周囲を見回すも、肌身離さず持っていなければならないはずの鞄さえもないことに気づき、絶叫。

 …叫んだお陰か、ふと冷静になった。


「つーか、ここどこだ」


 きょろきょろと辺りを見渡せば、そこは―


「―渋谷?」


 見覚えのあるスクランブル交差点に、そびえ立つ建物の数々。俺の記憶が間違いなければ、ここは間違いなく東京を代表する名所の一つであろう、渋谷のはずだ。ハロウィン終了後に、毎回のごとく某SNSにて、人間とゴミの汚さを教えてくれる場所でもある。…他意はない。ホントだよ?


「いや、交差点のど真ん中で転がってて、声かけられないってどうよ」


 いくら都会の人間が冷たいなどと言われていても、流石にここまででは…あるかもしれないが、少なくとも警察のお世話になっているはずなんだが…。


 いや、前提条件が間違っているのか?ここが渋谷ならば、それこそ人ごみであふれかえっているのが当たり前だ。

 だけど、俺の周囲どころか、視界に移りこむ景色の中にさえも―


「人がいねえ」


 そう、人がいない。東京の、しかも渋谷においてはおおよそありえない。映画の撮影であっても、ここまでのことをそうできるわけもない。何より、そんなことが起こっていたら、ここで倒れている俺は、やっぱり警察のお世話になるだろう。


「嫌な予感する。つーか、嫌な予感しかしねえ」


 盛大なドッキリだとしても、あまりよろしい状況じゃない。


 やはり、他に人影は見当たらないか―


『チュートリアルが開始されます』


「は?え?」


 声が聞こえ、ふと上を見上げれば、渋谷の上空に光で描かれたような文字が浮かんでいる。…何だアレ。


「チューとリアル?接吻と現実って言いたいの?」


 思わず、そんなくだらないことを呟く。反応する人間がいるわけないのに―


「いや、普通に考えて教育法の方の意味だろ」


 妙に聞き覚えのある声だ。その声が聞こえた瞬間、思わず俺は次の言葉を条件反射で返した。


「君はディ○・ブランドーだね?」


「そういう君はジョナ○ン・ジョースター。いや、じゃなくて、ナチュラルにジョ○ョネタを挟むんじゃない。あと、さりげなく悪役にするな」


 …ああ、やはりだ。間違いない、コイツは―


「「何でお前がいるわけ?」」


 俺の友人、????だ。



▼▼▼



「さて、ここまでの話を整理するか」


「おうよ」


 その後、取り敢えず、俺たちは色々と分かっている状況を話し合った。

 その結果、今俺がいるのは、友人が開いたアプリゲームの中であること。そして、現実の俺との電話やメッセージアプリによる連絡がつかないこと。確かめようにも、俺は友人とは遠く離れた赴任地で暮らしており、同じく新卒の友人にはそんな時間も金もない。


 他の友人とも並行して連絡してみたらしいが、結局は同じような状況に陥るだけだったらしい。


 スーハー。深呼吸を意識して繰り返す。そして、俺は体育座りで、ゲ○ドウポーズをとりつつ、さも重々しい事柄を告げるかのように、


「つまり、何も分からないことが分かった」


 と呟く。勿論それに友人が反応しないわけもなく、


「何という、頭の悪い結論。やはり、無駄知識しか誇れることのない、クソ雑魚文系ではここが限界だったか…」


「うるせえぞ、クソ雑魚文系!!」


 まあ、こうなるよなあ。と言うか、普通に理系でも無理じゃないか?こんなの。


 ふと、友人が思いついたように呟く。


「うーん、これって魂のデータ化ってやつか?まあ、そもそも論として、情報量的にも、どうやって読み込むか的にもまだ実現不可能とかじゃなかったっけ?」


 魂のデータ化か。言い得て妙だ。状況としては一番それに近いのか?いよいよSF染みてきたな…。


「そうなんだよな…。そもそもAIだって、まだ完璧じゃねえだろ?一から人格とかどこの大企業でも無理だろ。コグニティブ・コンピューティング?だっけか?基本的に経験から学んでいくのが主流だし、人間の発想力とかは再現不可能じゃなかったっけ?」


 あくまでも表に出ている情報では、だが。裏の情報にかかわるような生活を今までしてきたわけもない。ほんの数ヶ月前まで、アホな大学生をやっていた身に、そんなことを期待する方がおかしい。


「いや、俺文系だし、知らんけど」


「いや、俺も詳しいことは知らんけど」


 これ以上は専門家に任せるべき分野だ。分かるようなら俺は苦労していない。


「何だお前、急にインテリっぽく話すなよ。頭イカレたかと思ったわ」


「ぶっ飛ばすぞ、貴様」


 互いに呼吸をするかのように罵倒を交わす。それはそれとして、マジな話、これはかなり由々しき事態だ。そういった旨を伝えれば、


「それな。犯罪の香りしかしねえ。コメントは『いつかやると思っていました…』と『そんなことをする人じゃなかったのに…』のどっちが良い?」


「軽すぎない?もう少し俺の心配をしようか。あとそれだと、どう見ても俺が犯人じゃん。俺被害者よ?分かってる?」


 …コイツと友人であることが時たま不安になる。いや、まあ、あまり人のことは言えないんだが。もし、立場が逆になったら、間違いなく似た反応はしたかもしれんが。

 そこで、はたと思い出す。周囲の状況把握や背景ばかり気にしていたが、肝心の今のアプリはどうなっているんだ?


「つーか、そもそも、さっき、チュートリアルって出てたよな?アプリ的に今の状況どうなってんだ?」


「いや、何も押してなくて、キャラ選択?的な状態でとまってる」


「キャラ選択?俺以外も選べるのか?」


「どうも無理っぽいな…最初にマッチング的なので、強制的にキャラが翼になってる感じ」


 やはりどういう仕組みかが分からん…。出来るのが会話だけということもあるが、何より、リリース直後のアプリで、そもそも攻略情報すらないのだから、どうしようもないのだが。


 曰く、大きな期待を寄せられていたアプリであるはずにも拘らず、頑なに概要以外の情報開示を行わなかったらしいのだ。ゲームシステムや、どうすれば攻略やクリアを目指すことが出来るのかも不明とのこと。まあ、リリース前だし、ある意味、当然っちゃ当然のことではあるんだがな…。


「ちなみに、こういう空白の時間は基本的に無制限なのか?」


「だな。アーケードゲームみたいな制限はないぞ」


「なるほど…しかし、ますますよく分からんな。まあでも、このまま俺を使うしかねーのよな?」


 コイツのゲームの腕は中々悪くない。それに加えて、気心も知れている分、いろいろな意味で安心もできる。


「お前、心根がヤンキー染みてて、顔つきが睨むとチンピラになる以外は雑魚だからなあ…。ぶっちゃけ、強キャラ使いたい。もしくはかわいい女の子キャラ」


「ぶっちゃけ過ぎだろ。あと誰が雑魚だ、コラ」


 …ホントに大丈夫だよな?いや、まあ気持ちは分かるが。

 正直、ゲーム的な補正を考えても、どんなに良くて中の上クラスな性能しか期待できそうにないキャラを使うかと言われれば、よほど良い設定(キャラ)とビジュアルでもなければ、キャラ愛で補おうともしないだろうが…。


「まあ、ゲームのシステム的に変えられないし、このまま進めるわ」


「うい」


 結局のところは、そういうことに落ち着いた。


 というわけで、いよいよ本題だ。


「どうする?チュートリアル進めるけど良い?心の準備できた?」


「まあ、情報もないし、そうするか…。大体、こういうのって漫画とかでも、進めていかなきゃ、真実的なのが分かんないって展開だし」


「おい、メタ的なことを言うな」


 もうどうにでもなれ、だ。どちらにしろ、先に進むしか道は用意されていない。まずは、チュートリアルを終えてからでないと、そもそも情報すらないのだから、判断のしようがない。せめて、ゲームシステムくらいは把握しておくべきだろう。





「じゃあ、行くぞ!ポチっとな!」


「いや、それ、古くね?俺たちも年代じゃないよね?」


「リメイク版見てないのか!?」


「リメイクされたっけ?実写版しか知らねーわ」


「あー、『歌は』良かったやつな」


「おいバカ、やめろ」


 結局、緊張感のない話で出鼻をくじかれつつも、俺は覚悟と言うより、大人しく諦めることを決めて、いざチュートリアルに臨んだ。





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