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仕事

 それから、映美は夜勤の日は、帰りに川沿いを通って公園を覗くようになった。

「あっ、今日もいたね」

「やあ」

 映美に気付いた誠はまた人の良い笑みを向けた。

「仕事は終わったの」

「うん、終わったわ。きれいさっぱりね」

 誠は、今日もノートを手に持っていた。

「何を描いたの」

 映美は誠の持っているノートを覗き込んだ。

「ジョウビダキだよ」

「へぇ~、なんかかわいい」

「行き遅れたんだな」

「どこに」

「渡り鳥なんだよ」

「そうなんだ。もう春だもんね」

「座るかい」

「うん」

 映美は今日も誠の隣りに座った。

 その時、近くの木の枝に、緑色が鮮やかな小鳥が留まった。

「あれは?あれがウグイス?」

「あれはメジロだよ」

「メジロ?」

「メジロ。ほら目の周りが白いだろ」

「あっ、ほんとだ」

「目の周りが白い。メジロ」

「分かりやすいのね」

 映美は思わず笑ってしまった。

「鳥、詳しいんだね」

「そんなことないよ」

「頭がいいわ。どうやって覚えるの」

「そんなことを言われたのは初めてだよ」

「ほんと」

「みんなぼくのことをバカだっていう」

「そんな・・・」

「ぼくはほとんど学校にも行っていないし」

「どうして?」

「みんなぼくのことをいじめるんだ」

 誠は、きれいに晴れ渡った気持ちの良い、春の青空を見上げた。空には、小さな雲が浮かぶきりで、きれいな青が全面に広がっていた。

「だから僕は絵を描いた」

 誠は青空を見つめたままだった。

「あの絵は、なんで捨ててしまったの。とてもいい絵だわ」

「ぼくの部屋には大き過ぎた」

 誠は笑った。映美もつられて笑った。誠の笑いにはやはり何か不思議な魅力があるなと、映美は思った。

「あのアパートで一人で暮らしているの」

「ぼくは生まれた時からずっと一人さ」

「?」

「ぼくはみなしごなんだ」

 誠は呟くように言った。

「病院の前に捨てられていたそうだよ」

「・・・」

「孤児院にいてもいじめられるから、僕はいつも公園で鳥を見ていた」

 誠は少し寂しそうな表情で木々に留まる鳥たちを見つめた。

「そしたら君に会った」

 誠は、映美を見て笑った。

「いいこともあるさ」

「ふふふっ、そうね。私も誠に会えた」

「うん」

 二人は一緒になって笑った。

「仕事は何をしているの」

「掃除をしているんだ」

「掃除?」

「駅前の商店街でごみを拾ったり」

「ああ、掃除の仕事をしているのね」

「うん、そう、掃除の仕事。とても、大切な仕事なんだ」

「あの商店街なら私もよく行くわ。でも全然見かけないわね」

「そうかい」

「いつやってるの」

「朝四時から」

「早いわ。それじゃ会わないわけね」

「そこで八万円もらうんだ」

「昼間は働かないの。そしたらもっといい生活ができるわ」

「ぼくは体が弱いからそんなにたくさんは働けないんだ。それに頭もよくないから、すぐにクビになってしまう。ずっとそうだったんだ。だから、今のままでいいんだよ」

「そう・・・」

「それに絵を描く時間が無くなってしまうし」

「それが一番の理由ね」

「うん」

 映美はおかしかった。このせわしない現代社会にこんな人がいるんだ。映美はなんだか心が軽くなるのを感じた。なんかほっとするな。映美は思った。

「私も行くわ」

 映美は突然宣言した。

「どこへ?」

 誠がきょとんとした表情で映美を見る。

「あなたの働いているところよ」

「何しに?」

「もちろん、手伝うのよ」

 誠は更にきょとんとしてまじまじと映美を見つめた。



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