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部屋

 映美は、誠の部屋の前に立った。なんだか、いつか訪ねた時のようにひょっこり誠が顔を出すような気がした。

「この部屋の身内の方?」

 その時、波平のようにきれいに中央部が禿げ上がった初老のおじさんが話しかけてきた。

「いえ、知り合いです」

「じゃあ、この部屋の荷物とかなんとかしてよ」

「えっ」

「死んだっていうじゃない。困ってんだよ」

「あの、部屋に入れますか」

「ああ、いいよ。困っていたんだよ。まったく。身内はいないって言うし」

 ぶつぶつ言いながら、大家らしきそのおじさんは誠の部屋の鍵を開けてくれた。

 部屋に入ると、そこは狭い六畳の部屋に目一杯荷物が雑然と積み上げられ、これでもかと物が散乱していた。

 その膨大な荷物の大半は誠の描いた絵だった。全部が鳥の絵だった。

 映美は膨大に積み上げられたそれら誠の描いた絵を一つ一つ丁寧に見ていった。そこには様々な鳥が様々な形と技法で描かれていた。

「やっぱりあなたはすごいわ」

 映美は一人呟いた。絵の中の鳥たちは、絵の中で生きていた。実際に生きている鳥以上にそれは生き生きとそこに存在していた。

 壁にも様々な鳥の絵が貼られていた。それを上から順番に見ていくとその中に一枚だけ人の顔を描いた絵が貼られていた。それは映美だった。

「誠・・・」

 映美の目から涙がぽろぽろとどうしようもなく、流れ落ちた。絵の中の映美は幸せそうに笑っていた。

 ふと見ると、部屋の片隅に、そこだけが鳥の巣のような、人が一人丸まって寝られるようなスペースが周囲の雑然からぽっかり拓けていた。

「ふふふっ」

 映美はここに丸まって寝る誠の姿を想像し、思わず泣きながら笑ってしまった。

 しばらく誠の絵を見ていた映美は何か意を決したように立ち上がった。そして誠の絵をかき集めるだけかき集め外に出た。映美はそのまま、いつも誠がいた公園まで行くと、その絵を一枚一枚並べ始めた。

 何度も何度も往復して、全ての膨大な誠の絵を植え込みやフェンスにクリップや洗濯ばさみで止めたり、木に吊るしたりと一つ一つ丁寧に公園全体に並べた。川沿いに並んでいる桜の幹や看板、フェンスなど、どこでも絵の飾れそうなところには全て飾った。

 そして、最後にあのベニヤ板に描かれた青い鳥の絵を自宅から抱えてきて、誠がいつもベンチから眺めていた木に立てかけた。

「ふーっ、これで全部だわ」

 映美はベンチに座り、公園全体を見渡した。公園に飾った絵の周りにはたくさんの人だかりが出来ていた。そこから口々に、感嘆の声や、賞賛の声が漏れた。

「これ、あなたが描いたの?」

 一人の主婦が話しかけてきた。

「いえ、違います。誠という人が描いたんです。その人は亡くなったんです」

「そう」 

 その主婦は残念そうに言った。

「本当に素晴らしい絵だわ」

 そう感激の声を掛けてきたのは誠をいつも睨んでいた吉田さんだった。

「この絵を描いた人はとってもやさしい人ね」

 吉田さんは言った。

 映美は改めて公園を見渡した。そこは誠の絵と、その前に群がる人々で埋め尽くされていた。



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