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役所

 映美は現実感の無いまま病院からの下り坂をとぼとぼと下っていた。誠が死んだなんて全く信じられなかった。

 映美の頭には誠が殴られている場面が浮かんでいた。映美が研修を受けた精神病院でもスタッフによる暴力は日常的に行われていた。スタッフだけではない。患者同士でも、いじめや暴力はすさまじかった。特に薬物中毒で入院してきた元暴力団員などは酷かった。病院のスタッフは彼らが怖くて誰も何も言わなかった。それどころか、夜中に一緒になって麻雀をしたり、酒を飲んだりしているスタッフまでいた。暴力による死亡事故もあったという話も聞いたことがあった。それもなんだかんだで、誤魔化し、病死ということになったと聞いた。精神病の患者は身内がいなかったり、引き取り手がなかったり、身内に厄介者扱いさている者が多いので深くは追及されないのだ。

 映美は一応役所に確認してみた。

「ああ、出てますよ。死亡診断書。誠さん。上の名字が分からない方ですね」

「あの、本当に死んだんでしょうか」

 映美の質問に職員は、きょとんとした。

「すみません。突然だったもので」

「分かります」

 その女性職員はやさしく言った。

「あのどこに埋葬されたとかそういうことは分かりますか」

「そういうことは身内の方以外お教えできないことになっているんです」

「そうですか」

 映美はもうそういったことに疲れはて言い返すこともせず、うつむいて力なく帰ろうとした。すると、女性職員がそっと囁いた。

「上増寺です」

 映美は驚いて、女性職員を見た。

「そこは大石病院と提携しているんです」

「ありがとうございます」

 映美がそう言った時には、女性職員はもういつもの仕事モードの顔に戻っていた。

 映美は上増寺を調べ直ぐに行った。意外と誠の掃除していた商店街から近かった。

「無縁仏はこちらです」

 お寺の小僧さんに案内してもらったところは、日の当たらない苔むした境内の片隅だった。そこには、ちょっとした大きさの石がゴロゴロと置いてあるだけで、墓石すらも建っていなかった。

 映美は持ってきた花束を置くと、その石の前にしゃがみ手を合わせた。

「ごめんね」

 涙がぽろぽろと流れ落ちた。

「ごめんね。救ってあげられなかった」

 映美は嗚咽をこらえきれなくなって、その場に泣き崩れた。

「ごめんね」

 映美は泣いた。

「ごめんね」

 映美は泣いた。



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