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看護婦

 今日はなんて言ってやろうか。そう考えながらもうすでに日課にすらなり始めている病院への上り坂を映美は歩いた。前回の面会からまた数日が経っていた。

「あの、もう分かっていると思いますけど、今日は何としても誠を連れて帰ります」

 映美はやはり今日も出てきたあの恰幅のよい看護婦に、今日こそはと気合いを入れて言った。

「あの患者さんなら死にました」

「死んだ?」

「死にました」

「えっ?あの、ちょっと」

 さっさと仕事に戻ろうとする、看護婦を無理矢理押し止め映美は詰め寄った。

「死んだってどういうことですか」

「死んだってことですよ」

 上半分が極太の黒縁メガネの奥から覗く、重厚な一重瞼の下に鎮座する冷たい目が映美を睨む。

「でもなんで、精神病で死ぬんですか」

「知りません。それは先生にお聞きください」

「先生はどこですか」

「ああ、先生にお会いなさるなら正式な手続きを」

「ふざけんな。何が正式な手続きだ」

 映美は看護婦の持っていた書類の乗った手書きボードを手で払い落とした。

「人が死んでんだろ」

 映美はキレた。

「もっと、なんか、こう、ちゃんとした・・・」

 しかし、そういうことには慣れ切っているのか、看護婦は落ち着き払って、さも狂人でも見るような目で映美を見下ろした。

「安定剤でも出しましょうか」

「私は病気じゃない」

 看護婦は薄く笑った。映美はわなわなと、怒りで震えた。看護婦は勝ったと言わんばかりの表情で、床に落ちたボードを黙って拾うと、また仕事に戻ろうと映美に背を向け歩きだした。

「私も看護師をしているんです」

 映美はそんな看護婦の背中に向かって、叫ぶように言った。

「あら、そう」

 看護婦は、少し驚いた表情をして立ち止まり映美を振り返った。

「私、研修の時、精神病院にいたことがあるんです。そこで、そこで、同じように突然死ぬ人達がいた」

 看護婦はさっきまでの余裕の表情が消えた。

「その時、その時、先輩が、あれは薬の副作用なんだって、薬の過剰投与でおかしくなるんだって、そっと耳打ちしてくれたんです」

 映美は必死で、言葉に詰まりながら一気に言った。

「そして、その先輩は誰にも言うなって、誰にも言っちゃだめだって、そう言ったんです」

「だからなんなんです」

 看護師は平静を装って言ったが、明らかに動揺していた。

「患者さんたちにも聞いたんです。そんな事、当たり前だって。長く入院している患者ならみんな知っていることだって」

「私たちが殺したとでも言うんですか」

 看護師は映美の言葉を遮るように、突然ドスの利いた声で怒鳴った。

「い、いえ、そういうわけじゃ・・・」

 映美はその迫力に、怯んだ。

「じゃあ、裁判でもなんでもしたらいいでしょ」

 看護師はまた怒鳴り、その勢いで無理矢理その場から、立ち去ろうとした。

「遺体はどうしたんですか」

 映美はその背中に追いすがるように必死で訴えた。

「せめて遺体を見せて下さい」

「それは処理しました」

「処理って・・・」

 映美は、あまりの言い方に、言葉を失った。

「遺体はどこなんですか」

 それでも映美は必死で訴えた。

「それは教えられません」

「どうしてですか」

「あなたは身内じゃないでしょう」

「そうですけど、でも・・」

 映美が言い淀んでいるうちに看護婦は、映美を振り払うようにすたすたと仕事に戻って行ってしまった。



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