フォボスマシーネン
──火星。
衛生二つの一つ、ダイモスではないほう、フォボスには、フォボスマシーネン社がある。
〈太陽の青い三宝石〉……その一角たる青い惑星であった火星の衛星フォボスには、何もない。
フォボスの大半が、フォボスマシーネン社の施設と密接な関係にあるからだ。
つまりは、衛生フォボスそのものが、フォボスマシーネン社の私有物といって過言でないのだ。
──では。
衛生一つ持てるほどの、フォボスマシーネンという会社とは何なのか。
一言であらわせば、電気会社、だった。
マイクロサイズのバイオ電池から、大型航宙船用の電磁波駆動エンジンまで、手広く販売していた。
内惑星の中でも、有数であった大企業、フォボスマシーネン社。
衰退の日から久しいが、それでもなお、小さくない影響力を保ち続けていた。
フォボスマシーネン社の特徴を一つあげるとすれば、それは、『機械知性体』が社長である代表として就任していて、機械知性体達だけで会社の従業員──あるいはそれは機械道具や産業機械──のみによって『営業』していることだろう。
AI社長。
それは比較的珍しい。
そんな珍しいフォボスマシーネン社の本社には、柔らかい肌をもつ団体様がたが顔をだしていた。
それもまた珍しいことだ。
珍しいことではあるが、フォボスマシーネンにはそんな、柔らかい肌の連中が活動できる空間は確保されていた。
機械だけしか関わらないならば、無駄な空間ではあるのだが。
機械のガイドに率いられた、柔らかい肌のいっこうは説明をうけていた。
「──で、ありまして、我社フォボスマシーネンは、惑星上では生産できない、あまりに高価になってしまうマテリアル分野へ進出したのです。我社の無重力精製所一号機が稼働した当時の合金生産量を宇宙が占めていた割合は、たったの一割未満。それも衛星系、小惑星系などの一次加工としての数字でしかありませんでした。しかし、フォボスマシーネン社の活躍は、無重力下でこそ、良質な金属材料を生産しうると証明したのです」
フォボスマシーネンの金属の肌をもつ従業員とは明らかに異なる集団。
ソフトスキンの人間たち。
金星からの修学旅行生だ。
彼ら彼女らは、学生生活の修めに、フォボスマシーネン本社の見学する変わった人間といえる。
一般市民の見学にもオススメできる、小綺麗なフォボスマシーネンの観光区画。
観光区画にあるのは、フォボスマシーネンの全て。
創業時代のメンバー。
生産しているマテリアルの試料。
航宙船のエンジン模型。
新型の非殺傷対人地雷。
従業員たちのワーキングボディ。
フォボスマシーネン社は関わってきたものが展示されている。
修学旅行生たちに案内をしているのは、フォボスマシーネンの人間型二足歩行ロボだ。
人間の形をした実用ロボットは、フォボスマシーネンの十八番であり、軍民を問わず目にかけることが多いタイプだ。
どこにでもいるようなガイドロボット。
「では皆さん。何か質問はあるでしょうか?」
そう。
このロボットの『見た目』はどこにでもある量産品だ。
しかし、フォボスマシーネン社の『社長がはいったロボ』といわれれば、両手足の指を足したくらいの数しかいないだろう。
だがその事実を修学旅行性は知らない。
社長がなぜ、末端のボディにはいっているのか?
ただのマシーンの……。
「はいっ!」
威勢の良い旅行生一号が手を伸ばす。
挙手。
質問だ。
「はい。何でしょうか」
「はい。……フォボスマシーネン社の本社……つまりは今この場所のことです。どうしてわざわざ火星の衛星なんて場所に、会社を立ち上げたのですか? フォボスマシーネン社設立当時は、高軌道塔も一号がやっとできあがったばかりの頃です。火星本土に会社を置かなかった理由を教えてください」
「宇宙がずっと身近の『近代的思考』では、すっかり忘れたれた質問ケースですね。フォボスに本社……より具体的にいえば、フォボスマシーネンの中央制御管理所とメンテナンス施設の複合拠点……を作ったのには、もちろん、理由があります。伊達や酔狂ではありません。機械族の大半に、その二つは必要のないものですしね」
少しだけ難しい言葉がこねられた。
しかしガイドロボ──そして実は中に潜む社長──はそれで問題はないと考えた。
修学旅行先にフォボスマシーネン本社を選択するような連中が相手だ。
変人にカテゴライズされる。
「フォボスにはすでに前身施設があったのです。フォボスマシーネンは、その施設を転用して事業にあてたというわけですね」
「なるほど。一から全部作るよりもずっと安くできますものね」
「はい。フォボスマシーネンに必要なものは、全て揃っていました。我々がおこなったのは、施設再稼働のために、軌道爆撃跡を修復したくらいです」
「軌道爆撃……?」
旅行生一号が首を傾げる。
「内惑星では馴染みの薄い単語でしたか?」
「えと、知識としては知ってます」
「前身施設は軍事施設でした。火星も参加していた戦いに利用された、U‐EDFの迎撃要塞です。同要塞はフォボスの深くにまで──本社と関連の薄い話でしたね」
ガイドロボットの量子電脳は、わざわざ言い直すまでもなく、結論はだせていた。
しかし、わざと言葉にして、それを言い直したのだ。
言い直しが必要とは、不完全な話だ。
だが人間は、そのほうが『安心』できるということを、フォボスマシーネンでないロボットでも知っていることだ。
ロボットと人間の歴史は長い。
「我社はU‐EDFの軍施設を転用することで創業し、その施設がフォボスにあったというわけです。──質問の答えは、これでよかったですか?」
「はい。ありがとうございます」
「お役にたてて幸いです」
修学旅行生のツアーは続く。
フォボスマシーネン本社にあるのは、フォボスマシーネンの歴史だ。
終わりはまだ長い。
「次の展示の説明をさせてもらいます」
ガイドロボが案内するのは、業務用ロボットだ。
フォボスマシーネンの二本柱の一本。
もう一本は、太陽系エネルギーネットワークに関連する諸々だ。
業務用ロボットだが、こと宇宙時代の現代、需要は拡大の一途であり、むしろ供給不足だった。
「これはOWR‐35Jです。宙域作業ロボットとしては平均サイズの30mです。自走コロニー、軌道ステーション、小惑星改造、ダイソン球殻、様々な宇宙事業に関わりをもってきたご老体ロボットです」
ガイドロボットの背後にあるのは、一昔前の古いロボットアニメで『やられメカ』として登場しそうな、巨大で、手足のようなものをもつロボットが立つ。
「わあっ! 『タカギ=サン』だ!」
修学旅行生たちに歓声があがる。
OWR‐35Jは古いロボットだ。
最後のOWR‐35Jが退役したのは、修学旅行生らが生まれる、ずっと昔のこと。
しかしOWR‐35J──タカギ=サンと呼ばれるロボットの知名度は高かった。
「本当に『ソラノカナタヨリ』にでてきたタカギ=サンそのままなんですね!」
やや興奮気味の修学旅行生二号。
修学旅行生二号の話すソラノカナタヨリとは、火星放送局の深夜アニメだ。
宇宙で迷子になる話。
太陽系に帰る話。
深淵探査船アルビルダに乗り込む、人やら何やら、生物や機械やらが共力するお話。
「アニメ・ソラノカナタヨリには、フォボスマシーネン社も何かと提供していましたから。タカギのモデル──というより、ほとんどそのままが、このOWR‐35Jです」
ワーワー。
キャーキャー。
騒ぎ立てる修学旅行生諸君。
OWR‐35Jの前に張り付いて、「あれがどーだの」と話しあった。
これではしばらくの間、ガイドの言葉も耳には届かないだろう。
ガイドロボは思考する。
そして結論した。
(急ぎではない。五分間は修学旅行生に自由を与える)
機械と人類の歴史は長い。
太陽系では──火星系、地球系、金星系で別でも──、機械の産みの親は人類だ。
人類側はともかくとして、機械側には、必ずしもそのような認識はもっていない。
いや、人類の保護者であれ、と命題を与えられたロボットならば、そのように行動するのだろう。
であるが多くの共通項として、機械とは、人類と共に歩くものなのだと結論づけている。
これもまた、長年の知識の蓄積からの結論だ。
機械に足りぬものを人類に求める。
人類に足らぬものを機械は提供する。
理想は両者の融合ではある。
たんなる機械化以上の、両者の本質的な統一……ようするに真に理解しあえることが理想だ。
もう少し、時間はかかるだろう。
人類の全てが、機械の意思を感じ取れているわけではない。
機械の全てが、意識を人類にほんやく可能なわけではない。
修学旅行生とガイドロボの光景は、まるで『保護者と子供』だった。
機械と人類の長い歴史の中のお付き合いで、現在、それはけっこうありふれたものだった。
全てのマシーネンは人とともに歩む。
後か、先かは、…………。
しかしそれでよいのだ。