表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3/3:お願い、誰か、

 薄暗かった部屋は〈煉獄〉を発動させるための大量の魔法式で埋め尽くされていく。どんな些細な陰りも許さないほどの光で埋め尽くされて、真っ白な空間へと変わっていき、私が〈煉獄〉を放つとそれらはスイッチを消したみたいに収まる。


 変わりに今度は〈億里眼〉で見ていたあの名前も知らない山や川や街や鳥や人がいた美しい光景が真っ白に塗りつぶされてなにも見えなくなる。


「よくできましたカーミラ。貴方は沢山の人の命を救いました」

「……ほんと?」

「ええ」


 そう言うママの声は震えていたけど、結局それっきりで何も言うことはない。


 最初のうちこそ、ママがこうやって矛盾した行動をとってしまうのは、私の理解力が足りていないからだと思っていた。一見すると矛盾しているように見えても、私の預かり知らないルールを経由することでそれらの矛盾は矛盾ではなくなる、そう思っていた。


 でも最近はママが大人の人で、頭が良くて、偉いからなんじゃないかと考えている。偉い人というものは、たぶん矛盾したことをせざるえないのだろう。


 偉い人は大変だ。


 私は人間じゃなくて魔王の異法者だし、バケモノだから、そういうのとはなんの関係もなくてホッとしてしまう。頭が良くて偉いママが決めたとおりに動けば、私はそれでいい。


 迷わなくていいということは安心なことで、私にとって安心というのはそのまま幸せであることを意味している。


 魔王は自分のことを自分で決めなくていい。なんて楽なんだろう。


 私は幸せだった。


 あの日までは。


「こっちに来なさい、カーミラ!」


 久しぶりに部屋に来てくれたママは取り乱していた様子で、しきりに周囲を見回しながら私を人気のない廊下へと連れて行く。


 ママが来るちょっと前から私の部屋には聞いたことのない警報音がけたたましく鳴っていて、誰かがこの建物に押し入って破壊工作をしていることをスピーカーの声の主は知らせている。


「いいかい? カーミラ。君はもう自由だ」

「え?」

「私の言うことなんてもうなに一つ聞く必要はない。これからはカーミラの自由に、好きなように生きなさい」


 非常事態を知らせる館内の赤色灯がママの顔の半分を明滅させていて、まるで私の知らない人がママの格好をしているように感じられる。


「ママはどうするの?」

「カーミラには関係のないことです。そうでしょう?」

「はい……」

「行きなさい。私の言うことが聞けない?」


 ものすごく迷ったけれど、私はそのとき初めてママに反抗した。


「――嫌だ。カーミラはママのために産まれてママのために生きてきたのに」


 もっともそれは反抗というにはあまりに弱々しい、消極的なものだった。私はなにも決めたくない。それはとても怖い。


 私のことを私自身が決めるだなんて、そんなことは――。


 私はこれからもずっとママに私を決めて欲しい。


「いいですか、カーミラ。ここにいたらあなたは死ぬことになる」

「死ぬのは嫌……」


 死ぬということがどういうことなのかよくわからなかったけど、それもたまらなく怖い。


 どうなるかわからない、ということはもうそれだけで怖いことだったから。


「だったら行きなさいカーミラ! この道をずっとまっすぐに行けば外へ出ることができます! そうすれば私みたいな人間の言うことなんてもう聞かなくていいんだ!」

「嫌だ! ママが死ぬならカーミラも死ぬ! ママが決めてくれないんだったら、私はどうすればいいのかまるでなにもわからないもの!」


 そのとき、不意に大きな爆発が起こって、吹き飛ばされた私たちは壁に叩きつけられてしまう。ママは不死身の魔王であるはずの私をなぜかかばって、気を失うどころか片腕が取れて無くなってしまっている。


 立ちこめる砂埃の向こうからは熱風が吹き込み、そのさらに向こうからは炎と助けを求める叫び声と、こっちに誰かがやってくる足音が聞こえてくる。


 私はぐったりしているママを背負って、外へと逃げ出す。


 初めて出る外は夜で、私が消し飛ばした街とは似ても似つかない荒涼とした平野が広がっていて、粒子の粗い地面の砂は素足の私には痛い。


 それでも感傷に浸っている暇は私にはこれっぽっちも残されていない。


 荒れ地を走って逃げながら、私はママの腕を作り直して出血を止める。顔色は蒼白になっているけど、この出血量ならば助かるはず。


 ママは私の命を引き替えにしても絶対に死なせない。


「――」


 ママが私の耳元でなにかをつぶやいたから、私は立ち止まって耳を澄ませる。


 もしかしたら、褒めてもらえるのかもしれないと、そんなことをのうのうと考えながら。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 朦朧としながらずっとそれだけを、ママは口にしながら、悲しそうに顔をしかめて、一筋二筋と涙を流している。


 そのときようやく理解した。


 私はママを追いつめるだけの存在。私の行動は、ママにとっては迷惑でしかない。

 私はママさえいてくれれば生きていられる。


 でも、それじゃあママはどうすれば生きられるんだろう。


 きっと私はこれから先、ママを不幸にさせながら生きていくしかない。ママを苦しめることでしか私は生きることが許されない。でも死にたくもない。死にたくないから、ママを苦しめながら私は今日も生きている。


 こんな悪い子でごめんなさい。


 ……魔王は誰も救うことなんてできやしない。


 大好きなママ一人、私は助けてあげることができない。


 ……誰か、ママを助けてあげて。


 私にとって、ママが生きる理由であるのと同じように。


 お願い、誰か、ママに生きる理由を与えてあげて。


 私たちを助けて。


 誰か――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ