2/3:それはみんなを幸せにするはずだった
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沢山の人たちを救うはずの私は一日三食、毎日定められた時間にやってくる人間たちを殺しては食べて過ごす。
この矛盾を不思議に思ってママに尋ねてみたところ「……その矛盾を解消する反論は二つある。一つ、彼らは自分が殺されても文句の言えないようなことをしてきた。二つ、多くの人々を救って幸福にするためには多少の犠牲はつきものだ」という返答。
正直なところ、私にはそれが反論として成立しているのかいまいち分からないのだけれど、頭のいいママがそうだと言ってくれるならそれで十分な気もする。
先述の通り、私は魔王のクローンであって意図的に造られた魔王の異法者なのでこうやって魔力を経口摂取する必要がある。
それもこれも沢山の人を救って幸せにするという、ママの夢を叶えるため。
そのために私は造られたのだから、そうしろと言われてしまえば、そうすることに何らの疑義はない。
ただママの言動が一致していないように思えたから、ちょっと気になって確認してみただけ。
実際のところ、ママは意図して行ったこととその結果が噛み合わないという経験をこれまで多くしてきたと自分でも認めている。
ママはいつも他人の役に立とうとがんばっていて、私はそんなママが大好き。
でもほとんどの場合において、世界というものはママが考えているようには良くならない。
ママの行動理念は簡単でいて純粋。
「みんなが仲良くなって幸せになって欲しい」という無邪気なもの。
例えば、ママが作ったものの一つにカゥンタがある。とっても便利な通信機械を、ママは驚くほど軽量でいて製造コストが安い最新型へと改良した。おかげで今ではカゥンタの普及率はほぼ一〇〇パーセントに達している。それはみんなを幸せにするはずだった。でも結果として、カゥンタは濁度を可視化させたことで国の監視体制と国民の差別感情をより強固にしてしまった。
ママは沢山の人から恨まれることになる。
例えば、ママが作ったものの一つにΛ言語とHachishikiがある。これを使うことで今までは知識しかインプすることができなかったことが、すべての活動に適応されることになった。特に魔法を標準化して多くの人たちと共有できるようにしたことはまさに革命的と言える。それはみんなを幸せにするはずだった。でも結果として、Λ言語とHachishikiは魔法の検閲を可能にしたことで純法主義の加速に一役買ってしまった。
ママは沢山の人から恨まれることになる。
例えば、ママが作ったものの一つに〈人化〉という魔法がある。これを使うことで高濁度によって異化してしまった異法者の人たちでも元の人間の姿へ戻ることができるようになった。それはみんなを幸せにするはずだった。でも結果として、〈人化〉は異法者への差別をなくすどころか対立を煽る結果になった。異法者からは人の姿でなければ許されないのかと憎まれ、純法者からはいたずらに異化を隠匿することを助長すると憎まれ。
ママは沢山の人から恨まれることになる。
蓬莱の独裁体制と恐怖政治の一翼を担う、シェリダン一族の悪魔の頭脳。
自身のことを外ではそう呼ばれていると、ママは呆れたような愉快がっているような表情で私に話す。
……今ならば、たぶんこういった感じで話すのだろう。
例えば、ママが作ったものの一つにカーミラという魔王がある。彼女の力を持ってすれば国を一つ丸ごと消し飛ばすほどの第七格魔法を放つことができる。これを使って周辺諸国へ武力を誇示すれば、たちまち戦意を喪失させることができる。
それはみんなを幸せにするはずだった。
――その日、私は初めて外の世界を見る。
初めて使う魔法は、ずっと眠っていた感覚が目を覚ましたような、すがすがしくていい気分だったと記憶している。
〈億里眼〉という、ママが特別に作ってくれた第五格魔法はこの部屋にいながら、地球上のすべての場所を見渡せる。
私自身の眼に見えているものは強化ガラスとカメラとモニターで囲まれた薄暗くて狭い部屋に、白衣を着たママと職員の人たち。視界はそのままなのに、直接脳内へ流し込まれたみたいに、はっきりと別の世界が目の前には広がっている。
そこはとても綺麗な場所だったことを覚えている。
街の中心に小山が聳えていて、その頂上には石造りの大きなお城。山の周囲を取り囲むようにして街が作られていて、家の三角の屋根の一つ一つが赤とか青とか緑とかカラフルに彩られている。そこに住んでいる人たちは人間の姿をしている人もいれば、エルフやドワーフなんかも住んでいて、それぞれが市で買い物を楽しんでいたし、子供たちは種族の区別なく石畳の上を駆け回っている。
大きな星形に縁取られた城壁に囲まれてできているその場所が、この場所と地続きになっているなんて、ちょっと信じることができない。
「わぁ、すごい――」
そう嘆息するのとほぼ同時に、背後にある機械の震動が私の背中から伝わってくる。
私が座っている椅子の背部に設置された黒い塊からは太かったり細かったりする配線が何本も伸びて壁のそこかしこへと繋げられている。ママが言うには最新式の軍用の超大容量受電機とのことで、今日のために設えた特別製らしい。
真っ黒い円柱を輪切りにした形状の受電機は腹の底に響く低音を出しながら膨大な量の無線送電を受け取っていく。
私が座っている椅子の肘掛けにはちょうど手のところに黒い球体があって、そこから電力が私へと流し込まれていく。
〈魔力変換〉という魔法によって、電力は98.748パーセントの変換率で魔力へと変えられては私の虚体へと貯えられていく。
これほどの勢いで自分の力が増大していくのは初めてのことで怖かったけど、ママに言われたことだから私は我慢する。
知らないことはとても怖いことだけど、頭のいいママがこれをしなさいと言ってくれるなら、私はなんでもできる。私はママの言うことを聞いてさえいれば大丈夫。
なにも決める必要はないし、怖がる必要もない。
受電機の駆動音だけが響く部屋に、ママの声がスピーカーを通して聞こえてくる。
「……カーミラ、〈煉獄〉という魔法がインプされてますね。確認できますか」
「はい。できます」
「……」
「ママ?」
「……では、今見えている場所へ向けて、それを放ちなさい。できますね」
「できます。できますけど――」
「けど、なんですか?」
「いいんですか?」
「……」
「人がいっぱいいるよ?」
「そうだね。やりなさい」
「いいの?」
「やりなさい」
「はい」




