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海上の出会い Ⅱ

「ギルドで参加してるってことは、結構な人数が来てるってことですか? それなら、今回の海賊討伐が成功したら、一杯物資を届けることができますよね」


翼は何故か自分のことのように明るい表情をしている。ただ、与えられたミッションを攻略するだけが、この世界への対抗手段ではないということを感じることができて嬉しかった。


「さすがに危険な依頼だから、ギルド全員で参加っていうわけにはいかないけどな。それでも、20人前後は来てるはずだ」


「22人」


信也の曖昧な回答に対してすかさず千尋が訂正を加えた。真辺信也という人間の器は大きいが、どうもいい加減なところがある。そこをしっかりと修正する形で御影千尋がサブマスターとしての役割を果たしていた。千尋の言い方が冷たいようにも見えるが、二人とも全くきにしてはいない。


「全員報酬を受け取ったら合計で110万Gか……凄いな」


真が思わず言葉を漏らす。金を稼ぐ手段の乏しいゲーム化した世界ではかなりの大金だ。


「金額は確かに凄いが……それでも厳しいんだけどな、現実は」


信也が自嘲気味に笑う。これだけの大金を手に入れるには本来であればかなりの時間を要するが、今回の海賊討伐ではそれを短期間で入手することができる。だが、それでも足りないというような顔をしている。


「支援が必要な人がそれ以上に多いっていうことですか?」


彩音も気になって話しに入ってきた。『フレンドシップ』の規模は分からないが、危険なことでも参加できる人数が22人いるということは、今回参加していない人を計算に入れてもそれなりの規模のギルドであるということが伺える。それらの人が協力をしても現実が厳しいということはそれだけ、支援対象者が多いということなのだろう。


「まぁ、それもあるが……。問題は『テンペスト』の連中だ」


信也が苦い蟲でも食べているような顔で応えた。どうにも嫌な思いが『テンペスト』というギルドにあるように見える。


「『テンペスト』って確か、ゴ・ダ砂漠に続くハーティア地域の支配権を取ったところだったか?」


以前、通知があった攻城戦の結果について真が記憶を手繰り寄せていた。ゴ・ダ砂漠とセンシアル王国領を繋ぐツヴァルンという街がある地域だ。


「ああ、そうだ。『テンペスト』も私達『フレンドシップ』も同じゴ・ダ砂漠の出身だ。『テンペスト』の悪名は既に聞いているかもしれないが、ゴ・ダ砂漠に居たころはみんな『テンペスト』には迷惑をしていた」


あまり抑揚のない千尋の口調も『テンペスト』のことを語る時は苛立ちを隠すことができないでいる。信也同様に嫌な思いがあるようだった。


「その『テンペスト』がどうかしたんですか?」


『フレンドシップ』と『テンペスト』の間に何があったのかは知らないが、深い溝があるのだろう。美月も気になるところだが、そこは触れずに今の状況を訊ねる。


「奴らがツヴァルン周辺を封鎖しやがったんだ!」


クソっと言いながら信也が吐き捨てるように言う。


「封鎖ってどういうことだ?」


真が声を上げた。支配権を取得することで税金を徴収するなどの恩恵を受けられるのは分かるが、封鎖するとはどういうことなのだろうか。ゲームでの『World in birth Online』は、支配権を持っているからといって封鎖までできるような権限は付与されていなかった。


「ツヴァルン周辺を対人戦エリアに指定しやがったんだよ……」


「対人戦エリアに指定って……そんなこと……できるわけない……」


再び真が驚きに声を上げた。どこを対人戦エリアにするかということは、本来であればゲームの開発側が決めることであって、プレイヤーが介入する余地など微塵もないはずだ。『World in birth Online』を模しているはずのこの世界で、本家のゲームではできない権限を与えられていることになる。


「うちのギルドでも、なんでそんなことができるんだって、不思議がってた奴はいるが、事実できてるんだから仕方ねえよ」


「あの……それなら、どうやって物資を届けるんですか? 対人戦エリアを通らなといけないってことは、戦うってことですよね?」


美月が心配そうな顔で訊ねる。対人戦エリアに指定して封鎖するということは、そこを通る時に何もしてこないということは考えられない。


「通行料を払って通っている。金額はその時によって変わるが、だんだん高くなっているのは確かだ」


腹に据えかねた思いがあるが、我慢をしている千尋が淡々と応えた。海賊討伐の報酬が高くても、物資を届けるための道を通るだけで多額の通行料を請求されていることが現状の問題点。だが、それでも通行料を払わないと支援ができないため、ただ我慢をするしかなかった。


「そんなッ!? 酷いじゃないですか! どうしてみんなで協力しあえないのッ!」


話を聞いて怒り心頭の翼が声を荒げる。攻城戦で支配権を取得するところまではいいとしても、それを悪用して、人助けをしているギルドに対して多額の通行料を請求するなど、人として許せなかった。


「『テンペスト』っていうのはそういう性根の腐った連中だ。それに、『フレンドシップ』は連中から目の敵にされてるからな。それで嫌がらせをしてきてるんだろうさ」


信也が吐きすれるように言う。できるだけ口調が荒くならないように自制はしているものの、心穏やかに話せる内容ではなかった。


「何かあったの?」


質問をしたのは、ずっと黙って話を聞いていた華凛だった。性根の腐った連中に目の敵にされるというのは、見た目が奇麗な華凛にも思い出したくないような経験がある。だからこそ、気になった。


「なんていうか、勢力間闘争ってやつか。ゴ・ダ砂漠出身のギルドに『ライオンハート』っていうのがいて、ゴ・ダ砂漠では最強のギルドだったんだ。まぁ、それはセンシアル王国領に来てからも最強って言われてはいるんだがな。第二勢力の『テンペスト』としては面白くねえわな。だから、しょっちゅう『ライオンハート』と『テンペスト』は揉め事を起こしていた。んで、俺達『フレンドシップ』は『ライオンハート』とは同盟関係ってわけなんだわ」


「何よそれッ!? 『ライオンハート』に勝てないからって、同盟関係のギルドに嫌がらせするなんて、ただの負け犬じゃないの!」


信也の話を聞いて、更に怒りをあらわにした翼が大きな声を出す。真っ直ぐな性格もあって、翼はこういう曲がったことが大嫌いだった。


「『ライオンハート』は同盟関係なのに、動いてくれないんですか? そもそも、『ライオンハート』がエル・アーシアに続く地域を支配せずに、ゴ・ダ砂漠に続く地域を支配すればよかったんじゃないかとも思うんですが……」


質問をしたのは彩音だった。『テンペスト』というギルドのことをよく知っていて、尚且つ『フレンドシップ』の活動も知っている『ライオンハート』がなぜエル・アーシアに続く地域の支配権を取得したのか。それが謎だった。


「紫藤はそんな甘い奴じゃねえよ。あいつは困難には自分の力で立ち向かえ、それが自分を高める方法だっていう考えだからな。それに、『ライオンハート』にも目的がある。『テンペスト』なんかにかまけてる場合じゃねえんだ。紫藤には紫藤の考えがあってエル・アーシアに続く地域を取ったんだ」


信也が真剣な顔で回答した。『ライオンハート』のマスター紫藤総志しどうそうし。最強と謳われる巨大ギルドのマスター。ミッションの攻略にも積極的に挑んできた、実績と信頼とそれ以上に力を見せつけてきたギルドだ。大きな目的があり、その為に死線を潜り抜けてきた猛者たちだ。信也も紫藤が率いる『ライオンハート』のことは信用していた。


「あのッ! それなら、私達に何か協力させてください!」


美月が声を上げる。美月も子供や高齢者のことを気にしていなかったわけではない。だが、結果としてエル・アーシアに居た頃もセンシアル王国領に来た時もゲーム化した世界にいる子供や高齢者のことを助けることはしていない。それは、美月自身が現状を打破するためにはどうしていいか分からなかったから。死ぬ危険すらあるミッションのことで余裕がなかったというのが事実だ。


おそらく、まだマール村から出ることができない人もいるのだろう。そういう人達は、物価は安いが物資の乏しい村で細々と生活をしていかないといけない。


もしかしたら、『フレンドシップ』以外にも支援活動をしている人達がいるかもしれない。だが、真達五人はそういうことを誰も知らないでいた。


「よく言った美月! 私も協力させてもらうわ! 今回の報酬も寄付する!」


顔をキラキラと輝かせながら翼が勢いよく言い放つ。


「エッ……!?」


翼に反して凄く嫌そうな顔で華凛が声を漏らした。


「いや、流石にそこまでしてもらうわけにはいかない」


千尋が即答で返事をした。強力してくれることはありがたいが、寄付までしてもらのは流石に忍びない。それに凄く嫌そうな顔をしている少女もいる。


「そうだよ、申し出は嬉しいけど、皆も目的があって海賊討伐に参加したんだろ? だったら、成功報酬はそのために使ってほしい」


小林も遠慮がちに言う。海賊討伐の報酬を寄付してくれればかなり助かるのは事実だが、それを受けるわけにはいかない。


「でも……。何か私達にできることをしたくて……」


なんだか申し訳ないような表情で美月が言う。今の話を聞いて、『頑張ってね』と言うだけでは気持ちが納まらないでいた。


「ああ、それだったら物資を運ぶのを手伝ってくれないか? 今回は報酬が良い分、補給できる物資も多いからな、人手が欲しかったんだ。対人戦エリアを通るが、通行料を払うから襲われるようなことはない。どうだ?」


信也が提案してきた内容はまさに今の状況に打って付といったところだった。アイテムを持ち運ぶのにはゲームと同様にアイテム欄に居れて質量関係なく持ち運べるとはいえ、無限に持てるわけではない。特にMMORPGは持ち運べる量の制限は通常のゲームより厳しい。だから、寄付をもらわず、しかも役に立つ手伝いとして、物資を運ぶことは丁度いい提案だった。


「はい、それなら私達にもできますので、やらせてください!」


ぱあっと明るい表情になった美月が返事をする。自分が何か人の役に立つことができるということが単純に嬉しかった。


そんな美月とは対照的に華凛の表情は依然として浮かない顔をしている。訝し気に何かを考えているようだった。


「ねぇ、真君……。対人戦エリア通るけど……いいの?」


華凛が一歩下がったところにいる真に小声で相談する。元々華凛は人というものをあまり信用していない。それに、人助けをしたいという気持ちも低い。華凛が助けを求めた時に手を差し伸べてくれたのは真達だけだ。


「通行料を払うんだから、大丈夫なんだろう……。『テンペスト』が攻城戦に勝った時からそうしてるんだろうしな。『ライオンハート』も動いてないんだったら、通行料を払ってくれる『フレンドシップ』を『テンペスト』が襲う理由はないよ」


真としても不安がないわけではない。だが、戦いに行くわけではないので、危険はないだろうというのが真の目算だった。


「心配すんな兄ちゃん。『テンペスト』も『ライオンハート』の同盟を攻撃する意味くらい分かってる。それに、いざとなったらお前が男を見せて守ってやれ!」


信也がガハハと笑いながら真に向けて檄を飛ばす。会話の詳細が聞こえていたわけではないのだろうが、真と華凛の様子から会話の内容を察したのだろう。


「俺が男だって分かるのか?」


それよりも真が驚いたことは『兄ちゃん』と言ったこと。初見で真を男だと分かったのは翼だけだったが、その翼にしても真が男かどうか聞いてきた。


「あ? 分かるも何も、お前男だろ?」


理屈などなかった。信也は確認することさえなく、端から真を男として見ている。その出鱈目さには真だけでなく、美月たち四人も驚いていた。小林ですら信也の言葉に驚愕の表情を隠せない。ただ一人、千尋は当たり前のことのように平然としていた。







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