表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/419

出港

        1



港町オースティンは王都グランエンドから馬車で半日ほどあれば行くことができる。センシアル王国の海の玄関口といったところで、交易が盛んに行われているため、街としても非常に賑わっていた。


センシアル王国にとっても重要な海の拠点であり、今回のようなアンデットの海賊の出没によって物資の運搬が阻害されることはかなりの痛手になる。


そう考えると、海賊討伐の成功報酬が一人50,000Gというのは、少し安いのではないかと、真は思い始めていた。


だが、今更そんなことを考えたとしても仕方のないこと。さっさと依頼を終わらせて、報酬をもらうことに専念した方が建設的だ。真はそう考えることにして、海賊討伐に向けての船に乗り込むのを待っていた。


「中世ヨーロッパ風の街並みなのに、港だけコンクリートっていうのは何か残念な感じがするよな……」


赤黒い髪をかき上げて真が嘆息する。今、真達の他、アンデットの海賊の討伐に参加する人々が集まっている。ざっと見渡した限りでも100人以上はいるようだ。


集合場所となったのはオースティンの港。そこには現実世界の港があり、大きなコンテナがいくつも残っている場所だった。


王都同様に白い石壁作りの家が並ぶオースティンの街は海の景色とマッチして爽やかな印象を受ける街なのだが、港は角ばった無機質なコンクリートで固められた、現実世界の貿易港。そこに木製の大きな帆船が停泊しているというミスマッチ。そんなことは、海鳥たちには関係がないようで、正確に形どられたコンクリートの角に足を並べて早朝の日の光を浴びている。


「それでも、高速道路が真ん中にある街よりは、まだマシな方なんじゃない?」


海風に茶色いミドルロングを流されるのを押さえながら美月が返事をする。王都グランエンドへ行くため立ち寄ったトライゼンの街は中世の街並みをぶった切るようにしてアスファルトの高速道路が走っていた。それに比べれば、港だけコンクリートなのはまだ許せる方だ。


「私としてはインパクトが弱いかなって思うけどね」


腕を組んで海を見ている翼が言った。トライゼンの街を面白いと思う感性の翼からしてみれば、少し物足りないのだろう。


「この方が便利なんだし、いいんじゃないの?」


相変わらず興味を示さない華凛。港がコンクリートでできていることより、海風に長いシルバーグレイの髪を乱される方が気になっていた。


「華凛さんはたぶんそう言うと思ってました……」


彩音としてもこの光景に違和感を覚えるため、翼と華凛の予想通りの言葉に少しだけ苦笑いをする。


そんな話をしているところだった。中年の男性NPCが人々の前に現れると、よく通る大きな声で話を始めた。


「えー、皆さん、おはようございます。本日は商会連合の依頼に集まっていただき、ありがとうございます。危険な依頼であることは重々承知しております。ですが、その分の報酬も我々商会連合がしっかりと出させていただきますので、必ずやアンデット海賊の討伐を成功させましょう! それでは、ただいまより、乗船を開始します。王国軍からの証書を確認しますので、こちらにいる係の者に見せて、指示された船に乗り込んでください」


大きな声を張り上げた中年のNPCの後ろには複数の若いNPCが並んでいた。このNPCにヴェスターからもらった証書を見せればいいようだ。


NPCの説明を聞いて、ぞろぞろと並び始める。港に停泊している船の数は十隻あるかないかというところ。


NPC達は手際よく乗り込む船に誘導していっている。真達もすぐに順番が回ってきて、証書を見せるなり、すぐに乗り込む船を指示され、その船へと移動する。船の前で再度証書を提示して乗り込む。


木でできた帆船であるが、造はしっかりとしており、甲板の床が軋むこともなく、コツコツと靴が木の床を叩く音が鳴る。


見上げれば大きな帆がたたまれており、船首には海の女神の像が奇麗な背中を覗かせている。


「うわぁー、すげぇなー」


初めて乗る大きな帆船に真が思わず声を漏らす。これが木で作られているということに純粋な感動を覚えていた。


「うん……そうだね……」


隣の美月はあまり浮かない声を出している。


「どうしたんだ?」


「うん……。ただ船旅を楽しむってわけじゃないしね……どうしても、不安はあるよ……」


美月が少し困ったような顔で微笑む。これがただの船旅であれば美月も素直にはしゃぐことができたのだろうが、目的はアンデットの海賊の討伐。しかも、その昔悪名を轟かせたという海賊団だ。


「そうですよ。この状況で楽しいと思っているのは真さんと翼ちゃんだけですよ」


彩音も美月と同じ気持ちでいた。真の強さがあれば、アンデットであろうが、海賊であろうが敵ではないだろうが、彩音も美月も怖いという気持ちは残っている。華凛も口には出していないが、良い表情をしているわけではない。


「別に楽しんでるわけじゃねえけど……。まぁ、そうだな……浮かれる話でもないよな」


浮足立ってしまったことに真が反省をし、朝の陽ざしが反射する海面と、それに続く地平線を見る。この先のどこかに海賊がいるのだ。自分が他の皆を守らないといけないことを肝に命じて『よしッ』と気合を入れ直した。



        2



船の帆は風をいっぱいに受け、波を切り裂いて大海原を颯爽と走っていく。澄み切った青空の下、潮の香が鼻孔をくすぐり、海賊討伐という不安も海風が流してくれるようだった。


船が港を出港してから数時間。商会連合から提供された昼食を食べた後、真達は甲板に出ていた。昼食を食べた船内の食堂でもそうだったが、どうも真達を見ている目線が気になって、風にあたるために甲板へと出てきていた。


「なんかジロジロ見れられてたような気がするんだが、気のせいか?」


真が訝し気な顔をで言った。あまり広くない船の食堂の中で目線が真達に集中していたような気がしていた。特に真がよく見られていたような気がする。


「うん……なんか、私も見れらてたような気がする……」


美月も同じ不快感を覚えていた。


「そりゃ、このメンバーだったら見るでしょ……」


華凛が若干呆れたように口を開く。美少女が集まっていたら男はそれを見るだろうと。


「え、何!? 女ばかりで海賊退治に来たことを変に思われてるわけ?」


華凛の意図を見事に外して翼が声を上げる。さっき見れられていたのは単に舐められているだけなのかと、不満を口にした。


「俺は男だぞ」


真が思わず反論する。自分の見た目が気に入らない真は、自分も含めて女だと思われていることは非常に不愉快だ。


「いや、そうじゃなくて……まぁ、それもあるかもしれないけど」


翼の言っていることも完全に的外れというわけでもないので、それでもいいかと華凛は思った。だが、結局のところ、この航海中に変な男が声をかけてくるようなことがあるんじゃないかというのが、当面の華凛の不安だ。当然、相手にするつもりはない。


華凛がそんなことを考えている時だった。


「あれ? もしかして……」


一人の男が真達の方に近づいて声をかけてきた。男は二十代中ごろといったところ。容姿としては普通の男だ。


「向こう行きましょう」


華凛が冷たく言い放つ。もう声をかけてきた男の方は見てもいない。無視を決め込んで、別の場所に移動するように他の皆にも声をかけると、


「小林さん!?」


真が声を上げた。その声に対して華凛が思わず振り向いた。美月も翼も彩音もどうやらこの男を知っているようで、一様に驚いたような声を上げて、男の方へと近づいて行っている。


「やっぱりそうだ。久しぶりだね。まさか蒼井君たちも海賊退治に来てるなんて思ってなかったよ」


「小林さんもお久しぶりです。小林さんが海賊退治に来てるなんてこっちの方がびっくりですよ」


愛想よく振舞う小林に対して、美月も笑顔で応える。


「あーーッ、お久しぶりです! って、あれ? 園部さんは一緒じゃないんですか?」


大きな声が青空の下の甲板に響く、久々の再開に翼も喜びを隠せずにいた。


「椎名さんは相変わらずだね。園部さんは食堂でお茶を飲んでいるよ」


「小林さんも元気そうで何よりです。あ、私達、実はギルドを組んだんですよ」


彩音も小林に挨拶をした。木村のことは今でも心残りではあるが、それでも一緒に戦った仲間との再会は素直に嬉しい。


「華凛、こちらは小林さん。以前……いろいろと助けてもらったことがあるの」


美月が華凛の手を引いて小林に紹介した。美月の言葉に少し歯切れの悪いところがあったが、華凛にその理由は分からない。ただ、ナンパしてきた男ではないということが分かっただけでも華凛は安心した。


「あ……どうも」


自分を偽らず、作っていない素の華凛は社交的とは反対の方にいる。すでに出来上がっている関係の輪の中に入るというのはどうも苦手だった。


「そうか、君たちでギルドを組んだんだね。僕は小林といいます、よろしく。実は僕もギルドに入ったんだ。園部さんも一緒のギルドだ。それでね、今回の海賊退治もギルドの活動できてるんだよ」


小林は愛想の良くない華凛のことは気にしていない様子で、笑顔で対応している。小林は大人の社会人らしく、余裕のある姿勢をしていた。そんな小林がエル・アーシアでのミッションを遂行するにあたって、真達の支えになっていたことは確かだった。


「ギルドの活動って?」


真が質問を投げかけた。ギルドに所属していなかった小林がギルドに加入したこともそうだが、そのギルドの活動で海賊退治に来たというのも気になった。


「僕は今、『フレンドシップ』っていうギルドに入っているんだ。『フレンドシップ』はエル・アーシア出身じゃなくて、ゴ・ダ砂漠から来た人たちのギルドなんだけどね、子供や老人なんかの、一人では狩りが難しい人たちの支援をしてるんだ。それと同時に、未だに姿が見えない、乳幼児や寝たきりの高齢者、障害を持ってる人たちがどうなったのかも調査してる。その活動の一環さ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ