冒険者ギルド Ⅲ
「冒険者ギルドに掲示してある内容のとおり、アードル海域を徘徊するアンデットの海賊を討伐することが任務だ。アンデットの種類はスケルトン。規模は海賊船一隻。出没は夜間」
ヴァスターは低い声音で淡々と必要な情報だけを言葉にしていく。職業柄仕方のないことなのだろうが、真達にしてみれば威圧的に感じてしまうところがあった。
「奴らは元々キール海賊団という、数十年前に悪名を轟かせていた連中だ。船長はキール・ギルソン。二刀の曲刀を使いこなす凄腕の双剣士で、キール・ザ・スラッシャーの異名を持つ男だ。当時の王国軍が捕まえようと躍起になったが、結局は海上で包囲して船ごと沈める結果に終わっている」
もう何十年も前の話だということだが、暴れ回った海賊を生け捕りにして、王国として犯罪者を処刑するところまで持っていけなかったことは、ヴェスターとしても悔しい歴史のようだった。
「そのアンデットとして蘇ったキール海賊団を王国軍と一緒に討伐すると?」
ヴェスターの話が途切れたところで真が質問を投げた。大まかなことは分かったので、細かいところを確認しておきたかった。
「少し違うな」
ヴェスターの口調は変わらず低い声で完結に返してくる。
「少し違う?」
「ああ、我々と一緒に討伐するわけではない」
「じゃあ、俺達だけでやるのか?」
真は分からなかった。王国軍の船に乗り込んで一緒に海賊討伐をするのかと思いきや、そうではないようだ。真からすれば、王国軍がいようがいまいが関係なく、海賊程度は問題なく討伐できるが、美月達が危険に晒されるのはまずい。
「諸君らには商会連合の船に乗ってもらう」
「商会連合って?」
声を上げたのは翼だった。ヴェスターの話を一通り聞いて理解はしているが、商会連合という名前には聞き覚えがない。
「センシアル王国が指定している他国との交易を許可された商会とその傘下の連合だ。今回の討伐は商会連合から海軍に要請があったものだ。アンデットとして蘇ったキール海賊団に商船が沈められて商売にならないと訴えてきた。当然、王国の利益に関わる問題だから、王国軍も動くことになったのだが、蘇ったキール海賊団は神出鬼没だ。夜間に現れることは分かっているが、どこに現れるのはかは範囲が広すぎて王国軍だけでは捉えきれない。そのため、商会連合と合同で海賊の討伐に乗り出すこととなったのだ」
ヴェスターが補足説明を加える。そもそも商会連合から王国軍に要請があった任務だが、広い海域をカバーしきれないので、王国軍の任務を民間と合同で遂行することになったということだ。
「あ、あの……その話だと、私達の他にもいっぱい人が船に乗ってくるってことですよね?」
彩音が恐る恐る質もをする。別に怒られているわけでも、責められているわけでもないが、普通にしていても威圧感のあるヴェスターには苦手意識が芽生えていた。
「当然だ。商会連合から何隻の船を出すかは集まった数にもよるが、大規模なものになることは間違いないだろう」
「えっと、ちょっと待って。それってさ、私達が乗った船が海賊船と遭遇しないこともあるってこと?」
華凛が物おじせず疑問を投げかけた。相手は軍のそこそこ偉い人なのだろうが、目上の人に対する礼儀というのは華凛はあまり持ち合わせていない。
「そういうことだ。アードル海域は広い。一カ所に固まって捜索していたのでは神出鬼没のキール海賊団を討伐することはできない。各船はバラバラで動いてもらう」
「報酬はどうなるの?」
華凛が続けて質問をする。
「キール海賊団の討伐に参加した船のみに報酬が支払われる」
当然のことというようにヴェスターがあっさりと応える。冒険者ギルドの掲示板にも討伐の成功報酬と書いてあるので、アンデットの海賊と遭遇もせずにただ船旅をしただけでは報酬は支払われない。
「えっ!? そんな!? じゃあ無駄に船乗ってるだけで、何ももらえないってこともあるじゃない!?」
話を聞いた翼が驚きの声をあげる。報酬の額が多いとは思っていたが、こんな落とし穴があるとは思ってもいなかった。
「翼、それは仕方ないよ……実際に戦わないで報酬だけもらうっていうのは無理な話だよ」
宥めるようにして美月が翼を諭す。
「今の話だと、海賊船に出会わない確率の方が高いよね?」
華凛も翼同様に納得のいかないところがあった。美月の言う通り、海賊と戦いもしないで高い報酬だけをもらうのは無理にしても、海賊船を探すという手間の分の報酬があってもいいようなものだ。
「キール海賊団を発見次第、花火を打ち上げることになっている。各船はそれを目指して集合する手はずだ。遠くにいて間に合わなかった場合を除けば、報酬を手に入れる機会はある」
ヴェスターは相変わらずの口調で返答する。流石に運任せで、遭遇した船だけが対応するということはないようだ。しっかりと段取りが組まれているのは流石は軍といったところか。
「まぁ、それなら依頼を受けてもいいんじゃないか?」
話を聞いて、真が呟いた。一瞬騙されたかと思ったが、よくよく聞いてみると作戦は練られているようだ。与えられた仕事をこなせば、後は余計なことを考えない方がいいのかもしれない。
「う、うん……真君がそう言うなら……」
華凛は一応納得したということで返事をした。何となく釈然としないのは、ヴェスターが誤解を招くような説明をしたせいなのだが、対策はされているので、真の言う通り依頼を受けてもいいだろうと華凛は思った。
「そういうことなら……私も受けてもいい」
華凛に続いて翼も依頼を受けることに承諾。だが、ヴェスターの言う通り、必ず報酬がもらえるとは限らない。遠くにいて間に合わなければ、本当に船に乗っていただけで終わる可能性も秘めている。そこはある程度受け入れるしかない。
「一隻だけで戦わなくていい分安全になるんじゃないかな?」
ヴェスターのフォローをするつもりではないが、美月が補足する。
「そうですね。でも、真さんが到着した時点で討伐は終わると思いますけどね」
彩音が苦笑しながら言う。複数の船で対応した方が安全であることには間違いないが、真一人で海賊を片付けることができるだろうから、実際はあまり意味がないのではと思うところだった。
「話はまとまったようだな?」
真達の話がひと段落したところで、ヴェスターが声をかけてきた。
「ああ、大丈夫だ。この依頼を受けることにする」
真が一歩前に出て意思を表示した。ギルドとして受けるからにはマスターが代表して回答しないといけない。真はリーダーとして行動することの経験はほとんどなかったが、今は特に違和感なく動くことができている。
「そうか、助かる。では、五日後の明朝。港町オースティンの港に集合だ。今から渡す証書を持っていけ。それを見せれば商会連合の船に乗れる」
ヴェスターはそう告げると、引き出しから羊皮紙を取り出し、証書にサインをする。それを封筒に入れ、最後に封蝋をして真達五人それぞれに手渡す。
「まだ聞きたいことがあるんだがいいか?」
手早く仕事を進めるヴェスターに対して、真が質問をする。
「なんだ?」
「海賊船の捜索はどれくらいの日程でやるんだ? その間の食料はどうしたらいい?」
「キール海賊団の捜索は15日で一旦切り上げる。食事に関してはこちらで用意する手はずだ」
「分かった」
「センシアル王国の国益にも関わる任だ。心してかかってほしい。健闘を祈る」
最後にそう言うと、話はこれで終わりだと言わんばかりに、部下の騎士を呼び、真達を出口まで案内させた。