冒険者ギルド Ⅱ
1
「報酬一人50,000G!?」
思わず声を上げてしまったのは真だった。金銭を手に入れることが難しいゲーム化した世界で50,000Gはかなり破格だ。50,000Gあれば2カ月は狩りをしなくても生活ができる。
しかも冒険者ギルドからの報酬であれば、攻城戦に勝利したギルドに対して税金を支払う必要もない。
「アンデットの海賊……」
沈んだような声を出したのは美月だった。
「あっ……ごめん……」
美月の声に気が付いた真が自分の失敗を悔いる。美月はグレイタル墓地の事件で、かつての仲間をアンデットにされている。真もそのアンデット化した仲間を斬ったことは忘れたわけではない。
「あっ、いいの。大丈夫。元々私はアンデットって苦手だったから……。グレイタル墓地に行かなかったのも、苦手だったからっていう理由だし」
「美月……!?」
美月の口からグレイタル墓地の名前が普通に出てきたことに真は驚いていた。
「でも、いつまでもアンデットに対して苦手意識もってたら、ストレングスの皆に笑われちゃうからね。それに、海賊はゾンビじゃなくて、スケルトンだし。真がこの依頼をやるっていうなら反対しないよ」
美月の表情は柔らかかった。美月は我慢する傾向が強い方だが、今の表情は我慢をしているというよりは、向き合えるようになったというべきだろう。
エアリアルでドレッドノート アルアインを倒した後に、美月が皆の前で、グレイタル墓地の被害者だったことを告白して以来、少し様子が変わったように見えたのは、美月なりにグレイタル墓地の事件を受け入れたことが大きいのだろうと真は思った。
「真がいれば問題ないでしょ。だったら、みんなでこの依頼を受ければそれだけで250,000Gよ!」
美月の話がひと段落したところで翼が意見を提示する。翼は美月が何か乗り越えたような感じがしたため、遠慮することなく言った。
「えっ!? 翼ちゃん、でも、海賊って怖くないの!? 海賊のうえにアンデットだから他の人も迷ってるんだよ?」
彩音が恐々とした声を出す。掲示板の前に人だかりができている理由は、迷っているから。アンデットの海賊を討伐するというのが危険であることは見れば分かる。だが、その分報酬が高いところに迷いが生じる。
「私も……ま、真君がいれば……その……大丈夫……」
華凛の声は小さく、周りの雑音にかき消されて、誰にも聞こえていない。
「んで、華凛はどうなんだ?」
さっき華凛がこぼした言葉はまるで聞こえていなかった真が意見を求めてきた。
「わ、私は50,000Gほしいだけだからッ!」
「お、おう……」
何故か怒ったような声を出している華凛に対して、真は意味が分からないまま返事だけをした。言葉通りに受け取るしかない。
「彩音はどうする?」
真が彩音に訊ねる。強制参加というわけではないので、彩音だけ留守番させておくというのも選択肢にはある。
「あの、真さんはこの依頼を受けるんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「……真さんがいれば、まぁ大丈夫だとは思いますので……。あぁ、でも、怖いなぁ……」
彩音はなかなか踏ん切りがつかないでいた。真は異常なまでに強いので論外だが、海賊を相手にするなど、普通は翼のように即決できるような内容ではない。しかもアンデットだ。怖いと思うのは当然のことだった。
「いいのよ、彩音。無理しなくても」
美月が優しく声をかける。流石に翼も今回は彩音に対して無理強いをしてこない。
「……いえ、大丈夫です……。大丈夫です。私、やります」
彩音は意を決したように声を上げた。美月が過去のトラウマと向き合う姿は彩音にも多少なりと影響を与えている。いつまでも弱音ばかり吐いているのは彩音も嫌だった。
「彩音、いいのか?」
覚悟を決めたようにも見える彩音だが、それでも真が心配そうに確認をしてきた。
「はい、大丈夫です。真さんがいれば十分勝算はありますから」
「そうか、分かった。それなら、この依頼を受けよう」
各人の意見を聞き、真が最終の決定を下す。それに対してギルドメンバーが首肯する。
「えっと、依頼を受ける場合は軍の本部まで行かないといけないみたいよ」
掲示板に記載されている内容の続きを確認した美月が他のメンバーに言った。
「美月ってそういうとろこしっかりしてるっていうか、抜け目ないっていうか」
翼が感心したような顔で美月に返す。
「ふふ、ギルドのサブマスターだからね。私がちゃんとしてないと」
美月が得意げな顔で返事をした。真を中心として動いているギルドではあるが、美月がしっかりとサポートをしていることで上手く回っていた。
「それじゃあ、軍の本部に行くとするか」
真が声をかけて、他のメンバーも冒険者ギルドを後にした。その姿をざわめきが見送る。あの少女達は本気でアンデットの海賊を討伐するつもりなのかと、未だに依頼を受けるかどうかを迷っている人々が困惑の声を上げていた。
2
センシアル王国軍の本部は王都の中心地に奥にある。王都グランエンドの各所には軍の詰め所があるが、本部は中心地にある大きな建物一カ所。
高い壁で囲まれている軍本部。壁越しに見えるのは、白い石材がしっかりと組んである重厚な建物。飾り気のない入口の鉄門の両端には鎧を着た警備兵が槍を構えている。
「止まれ!」
真達が王国軍本部の前まで来ると、すぐに警備兵に呼び止められた。
「何用だ?」
静止を勧告した警備兵がさらに質問をする。口調は厳しく、悪いことをしていないのに何故か責められているような錯覚を覚える。
「えっと、海賊退治の件で掲示板を見てきたんですけど……」
威圧感のある警備兵の声に押されながらも美月が答える。
「お前たちのような子供がか?」
警備兵が訝し気な顔で言ってきた。
「私は17歳よ。もう子供って年じゃないでしょ!」
子供扱いされたことに腹を立てた翼が声を上げる。成人していないにしても、体つきは大人と大差ない。
(俺は25歳なんだけどな……)
とっくに成人を迎えている真が心中で呟くが、このことを言っても信じてもらえないだろうし、話がややこしくなるので、心の中だけに閉まっておく。
「17歳か……。上に確認を取ってくる。そこで待っていろ」
警備兵の一人がそう言うと、早足で建物の中に入って行った。もう一人の警備兵は見張りを継続している。
「ねえ、何が問題なのよ?」
翼が残っている警備兵に訊ねる。物怖じしないというのは凄いなと他の四人は一歩引いたところでその様子を伺う。
「年齢は問題ではない。女だけの五人組が海賊討伐に参加するというのがどうかということだ。これは危険を伴う仕事だということを分かっているのか?」
「分かってるわよそれくらい」
翼が口を尖らせて返事をする。警備兵の言ったことが正論であり、全くもってその通りであるため、反論の余地がない。
「相手はスケルトン パイレーツだろ? そのことは問題ない」
翼の後ろから真が出てきて問題ないと言い切る。事実、真からしてみれば雑魚の集団だ。何の問題もないが、見た目は五人組の少女達。普通に考えれば海賊討伐を認めてくれないだろう。とは言っても、それは現実世界の常識であればの話だが。
「本当に分かってるのか?」
スケルトン パイレーツが相手で問題ないと言い切ることに対して、警備兵は怪訝な表情を浮かべている。だが、ここで押し問答しても仕方がない。今は片割れの警備兵が上の許可を確認しに行っているところだ。その判断が警備兵としては全てである。
それから、待つこと数分。
「おい、そこの女達。許可が出た。案内する。こっちに来い」
思った以上に早く戻ってきた警備兵が真達に声をかけた。どうやら、依頼を受けることができるようである。
真達は警備兵の言葉に従い、後を着いていった。
鉄でできた重い扉を開けると、すぐに中庭に出る。中庭と言っても飾り気はなく、花もなく、数本の木と将軍と思わしき人物の銅像が立てられているだけだ。
軍隊なのだからそんなものだろうと思いながらも、早足で進んでいく警備兵に置いていかれないように真達も足早に軍本部の敷地内を進んでいく。
通されたのは軍本部の一階の奥に位置する部屋。警備兵がノックをし、部屋の中からの返事を確認して、木製の扉を開ける。
中に入るとそこは執務室のようであった。白塗りの清潔な壁と、よく磨かれた木の床。部屋の端には本棚があり、部屋の奥には大きな机がある。簡素ではあるが、よく整頓された気の引き締まる部屋だ。
「ヴェスター千人隊長殿。先ほど報告いたしました客人をお連れいたしました」
「ご苦労、下がりたまえ」
「ハッ!」
ヴェスターと呼ばれた男に対して警備兵が敬礼をして素早く退室する。
「話は聞いている。君たちだね、今回の海賊討伐の依頼を受けてくれるというのは」
部屋の奥の机に座っているヴェスターが静かに声をかけた。歳は40代半ばといったところか。くすんだブロンドに髭を蓄えている。怖い顔をしているわけではないが、眼光の鋭さから歴戦の戦士だということが伺えた。
「あ、は、はい。そうです……」
先ほどの警備兵とは別格の威圧感を持つヴェスターに気圧されながらも美月が返事をした。
「そうか」
ヴェスターは一言そう言うと、しばらく真達五人を見つめた。特に真のことをじっと見つめている。
「いいだろう、実力はあるようだ。今回の依頼について話をする」
真のことを見たままヴェスターが話を始めた。