冒険者ギルド Ⅰ
1
攻城戦の決着が早々につき、各地の支配ギルドが決定した後、真達の環境にも変化が訪れた。攻城戦に勝利した各ギルドに対して税金を支払わないといけないようになったのだ。
税金の徴収方法はシンプル且つ確実な方法。それは、モンスターを狩って手に入れたアイテムを換金する際に自動で税金分を引かれた額を渡されるのである。
税率は21%で、支配地域を持っている三つのギルドに対して7%ずつ配分されることになっている。
今まではアイテムを100Gで売れたのが、税金を引かれた額の79Gしか手元に入らなくなった。ただでさえ、お金の入手が困難なゲーム化した世界で21%の税率というのはかなりの痛手である。
当然のことながら、その痛手は真達にも及んでいた。
「はぁ……これじゃあ、目標の額に届くまで、どれだけかかるのか……」
美月が王都グランエンドにある、王立武具管理所の前でため息をついた。王都グランエンドには民間の武器屋、防具屋の他に王国が直営でやっている店がある。
店と言っても王国の軍隊が利用する目的で作られた施設の一部を一般に開放しているというものなのだが、ここでは他の店では手に入らない武器、防具が売られていた。
それは、王国騎士団式ローブや王国騎士団式軽装鎧、王国騎士団式戦闘服といった王国騎士団御用達の装備だ。
「美月! 諦めたらだめだよ! 私達はこれを絶対に手に入れるんだからね!」
落ち込み気味の美月に対して翼が喝を入れる。
「そうよ、美月! ここで諦めたら今までの苦労が水の泡になる!」
珍しく華凛も熱くなっていた。美月の肩を掴み、声を上げる。
何をそんなに熱くなっているのかと言うと、王国騎士団式の装備の見た目が良いから。美月や華凛の装備である王国騎士団式ローブは、黒い制服に近い軍服に深紅のミニスカート。翼が装備できる王国騎士団式戦闘服も上は制服に近い軍服とショートパンツの組み合わせ。意匠も凝っており、派手すぎず、機能美を兼ね備えた見栄えの良い装備だった。
「でも……高いよね……」
美月がボソッと弱音を漏らす。美月が言う通り、王国騎士団式装備は高い。全て揃えると一人でも十数万Gはかかる。日々の生活費もかかる上に、そもそものお金の入手が少ない。しかも税金が21%もかかるようになり、尚更お金の入手が困難になったところに、十数万Gの装備を買うだけの余裕はない。
「……うん」
華凛もそのことは十分承知している。高いと言われれば返す言葉がない。頑張って稼ぐしかないが、なかなか難しい。
「だから必死に稼ぐしかないでしょ!」
翼はそれでも諦めてはいなかった。ようやく手に入るかもしれない見た目の良い装備。スナイパーの装備は見た目に恵まれた物が少なかったため、王立騎士団式装備はどうしても欲しかった。
そんな三人の姿を真は少し離れた位置に立って見ていた。
「真さんは興味なさそうですね」
少し暇そうにしている様子の真に対して、彩音が声をかけた。
「まぁな、俺は別に今のままでも構わないし」
真の装備はウィンジトリアで購入した銀色の胸当てと紺色のインナーのシルバー装備一式、のように見えるが実は違う。装備外見変更スクロールというアイテムによって、見た目だけを変更していた。
実際の中身は深淵の龍帝ディルフォールを倒して手に入れた、最強装備であるインフィニティ ディルフォールメイル等の装備一式が勢揃い。性能も王国騎士団式装備とは次元の違う強さを持っている。
周りに合わせるために見た目を変更しているが、真にしてみれば、今の手持ちのお金から考えて、ここまで高額な物に見た目を変更する必要性はなかった。
「俺のことより彩音はどうなんだよ? 彩音も王国騎士団式装備欲しくないのか?」
お洒落については彩音だって興味があることは真も知っている。だからこそ、美月や翼、華凛のように必死になって王国騎士団式装備を買おうとしていない彩音のことが疑問に思った。
「私だって欲しいですよ、王国騎士団式ローブ。でも、流石にあの値段となると……」
他の女子三人から一歩下がったところに彩音がいる理由。それは単純に金銭的な理由から。おそらくギルド『フォーチュン キャット』のメンバーの中で一番現実的な考え方をするのが彩音だろう。欲しいという気持ちは他の女子たちと変わらないが、踏みとどまっていた。
「なるほどな」
彩音の理由には真もすぐに納得した。欲しいという気持ちと高額であるという現実。その両方を理性的に見て行動することができるのは、彩音らしいと思うところがあった。
そんなことを思っていると、翼が足早に真の方へと近づいてきた。
「真、冒険者ギルドに行くわよ!」
何らかの方向に話がまとまったようで、翼が真に声をかけた。美月も華凛も何やら決意を固めたような目をしている。
「行ってどうするんだよ? あまり美味い話ないだろう?」
真が疑問の表情を浮かべる。それは冒険者ギルドというものに対して真が良い印象を持っていないからだ。
王都グランエンドには王国が活動を承認している王国指定ギルドがいくつがある。その中の一つが冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは王国の指定業者や軍部、行政各所からの仕事の依頼を仲介するギルドである。端的に言えばクエストを受けるところなのだが、冒険者ギルドの他に仕事を仲介することを許可されているギルドはなく、王国政府御用達ということもあり、何かと便利使いされることが多い。
そのため、時間がかかる面倒な仕事の割に大して金にならない依頼が多かった。それでも冒険者ギルドを利用する人が絶えないのは、王国指定の冒険者ギルドからの報酬は免税対象だから。面倒なだけで、遠くにお使いに行くだけの安全な依頼もあるから。そして、たまに美味い仕事が紛れ込んでいるから。と、理由はそれぞれ。
「仕事を探すのよ! もしかしたら良い仕事が入ってるかもしれないし」
翼の狙いはたまに入っている効率の良い儲かる依頼。そんな依頼があるかどうかは冒険者ギルドに行ってみないことには分からない。
「前に行った時はウィンジストリアに荷物取りに行くだけの仕事しかなかっただろう……。何日もかかるのに大した金にならない仕事だったよな……」
安全な上に、誰でもできるような仕事。だが、やたらと時間だけがかかる仕事。真としてはそんな効率の悪い仕事よりも、手近なダンジョンに籠ってモンスターを倒していた方が何倍も儲けになる。
「今度はどんな仕事があるか分からないでしょ?」
反論してきのは美月だった。翼にどのように感化されたのかは知らないが、王国騎士団式装備を手に入れるためなら、やれることはとことんやってやろうという意気込みのようなものを真は感じていた。
「いや、まぁそうだけどさ……」
真は美月の勢いに少しだけ飲まれそうになっていた。
「べ、別に真君について来てほしいとかじゃないけどッ! ……つ、ついて来てよ……」
「どっちだよ?」
華凛の言葉に思わず真が突っ込みを入れる。不安定なツンデレのような何か。真の知識の中にはないパターンだ。
「真、行くだけ行ってみようよ?」
美月が迷っている真の背中を押すようにして声をかける。
「ああ、分かったよ。取りあえず行ってみるだけだからな……」
真は特段、冒険者ギルドが嫌いというわけではない。ただ、効率の良い儲かる仕事が少ないから行く気にならないだけだ。それでも、美月や翼、華凛が行くというのであれば一緒に行くことに問題はない。
「真ならそう言うと思ってたわよ」
翼が笑顔で言った。何だかんだ言っても、結局真は付き合ってくれる。それは翼もよく分かっていた。
2
冒険者ギルドは王都グランエンドの中心地にある建物だ。王国指定というだけあって建物も立派な物である。白い石材が奇麗に積まれた外壁に、重厚な木の扉。大きな窓は南を向いており、採光も申し分ない。ただ、問題があるとすれば、あまり美味しい仕事がないため、広い施設に比べて人の数が疎らだということ。
そんな冒険者ギルドだが、真達が来た時には普段と様相が違っていた。
「なんだあれ?」
冒険者ギルドの入口近くに設置されている掲示板に人だかりができていた。真がいつになく活気に溢れている冒険者ギルドの施設内に疑問の声を上げた。
「なんだか、いつもと様子が違うよね……」
美月も以前来た時とは様子が違う冒険者ギルドに疑問の声を上げる。活発な雰囲気というわけではなく、どこか不穏な、落ち着きのない空気に居心地の悪さを感じていた。
「掲示板に何が書いてあるんでしょうか?」
彩音が人だかりのできている掲示板の方を見ながら言った。
「見てみる?」
華凛が声をかける。掲示板に書かれていることが、この人だかりの原因であることは一目瞭然。だったら、その内容を確認してみればいいだけの話なのだが、この落ち着きのない空気に華凛としては何か引っかかるものがあった。
「そうね、見てみないことには始まらないものね」
華凛の問いかけには翼が応えた。華凛に言われるまでもなく、翼は掲示板の内容を確認するつもりではあったので、迷わず掲示板の方へと進む。その後を真達も付いていく。
人だかりができているが、すでに掲示板の内容を確認した人はすぐに場所を開けてくれたため、すんなりと掲示板の前に辿り着くことができた。
掲示板に掲示されていたのは王国軍からの仕事の依頼。
『急募。センシアル王国領アードル海域においてアンデットの海賊、スケルトン パイレーツが出没している。重要な交易路につき、至急海賊の討伐に参加する者を募る。成功報酬は一人当たり50,000G』