最初のミッション Ⅱ
1
次の日の正午。村の入口に集まった人の数は16人。そして、それを見送る人が十数人いた。昨日の夜に開かれたミッション参加の集会で、16人の男女がミッションの参加意思を表明した。年齢もバラバラで、男女比は3:1と男性の方が多い。
『World in birth Real Online』が始まった初日に説明があった言葉。『これはゲームであって、ゲームではない。』、『ゲーム化の影響で命を落とした場合は現実の死と同じ』、その言葉が一歩踏み出す勇気を削り取る。
だが、立ち止まるわけにはいかない。人数調整のためにランダムで並行世界に飛ばされた家族や友人、恋人のことが心配でならない。このミッションを成功すれば、その人達と会えるというわけではないだろうが、何もせずに立ち止まっていられるほど、心は穏やかではない。
昨日の集会で最後にミッションの参加を表明した16歳の少女、真田美月も家族がどこに行ったのか分からないままであった。友達もどこにいるか分からない。学校にいるところを突然、ゲーム化の浸食を受けて、身に着けている物が制服から布の服に変わり、友達は姿を消し、スマホは無くなり、家には家族がいなくなっていた。
何か手がかりがほしい。何がどうなっているのか美月には分からなかったが今はやれることをやるしかない。このまま村で生活をしていても何も進む気がしなかった。この世界がゲーム化の影響を受けているということは美月も分かるが、そもそもゲームをほとんどしたことのない美月は自分がどうすればいいのか分からずにいた。そんな時に、ミッションの参加の募集があった。
「よし、全員揃ったみたいだな。目的の場所はこの村から一時間ほど歩いた所にある。ここからでも少し見えているが、あのビルがある方角だ。村長の情報だとそこにゴブリンの山砦がある。俺たちの目的はそこにいる、ゴブリンのリーダーを退治することだ。」
この隊を率いる仮のリーダーとして指名された馬淵が声を張り上げた。馬淵とてゲームの経験はほぼない。それでも、この隊を率いているのは並行世界のどこかにいる妻を探したいという思いからであり、このミッションを遂行しなければ妻には辿りつかないという思いがあるからだ。
「はいっ!」
馬淵の声に導かれるようにして参加者たちが声を上げる。不安もあるが大切な人のことが心配でならないという気持ちが足を前に進める。
「それじゃあ、今から出発する。いいな?」
「はい!」
美月も馬淵の声に呼応して返事を返した。自分に何ができるか分からないが、何もせずにいるということは耐えられなかった。
2
その日の夕暮れ、真は不服そうな顔で村に戻ってきた。すでに、日は落ちかけていて村の民家にあるランプが淡い光を放っている。
真は今日一日、新しく追加されたダンジョンがどこにあるのかを探して朝から平原を歩き回った。事前の情報は皆無であり、誰も知っている人がいないため自分で探すことになったが見つからなかった。一日中歩き回ったが見つからなかった。
肉体的な疲労よりも心労が大きい。何時間もかけて探したのに成果がなかったことに疲れた。
(追加されたダンジョンは、平原にはないのか?現実の街の方か?それとも閉鎖されているっていう区画を開放しないといけないのか?)
真は色々と考えを巡らせた。平原に新ダンジョンが追加されたかもしれないというのは、ただの勘だ。何の根拠もない。情報がないため手あたり次第探してみるしか方法はないので平原には新ダンジョンがないと分かったことだけでも収穫であることに違いなかった。が、やはり、残念だった。
気を落として村に戻ってきた真は村の入口を入ってすぐのところで地面に蹲るようにして座っている男女を見つけた。人数は5~6人。ほどんどが男性だったが、一人女性が混ざっている。いや、もう一人女性がいた。少し離れたところの民家の軒先で膝を抱えて座っている女子高生くらいの少女。茶色髪の毛はミドルロングで奇麗だがその表情はとても暗かった。
真は思い当たることがあり、少し離れたところにいる少女に話しかけてみることにした。固まっている人のところに聞きに行くよりは離れたところにいる人の方が聞きやすい。
「なあ、ちょっといいか?」
真が座り込んでいる少女に話しかけた。少女は真の声に反応して顔を上げる。日が落ちる前で薄暗い中であったが、その目には涙が浮かんでいることが分かった。
「……なんですか?」
泣きそうな声で少女が返事をする。あどけなさの残る少女だが顔立ちは美しく整っている。
「何があったのか聞いてもいいかな?たぶん、大変なことがあったんだとは思うけど」
少女は真の問いかけにコクリと頷き答えた。
「ここ座ってもいい?」
真は少女の隣を指さす。少女は再度コクリと首肯した。
「ありがとう」
真はできる限り優しい声で話しかけた。泣いている少女から話を聞くなんてことは生まれて初めてのことだったが、意外とできそうだった。
「……あなたも行くんですか?」
少し顔を上げて、少女は真に質問を投げかけた。こちらの方は見ていない。少女の前方斜め下を見つめながら問いかけてきている。
「ミッションのことかな?」
「……はい」
「あまり考えてはいなかったけど、でも、話は聞かせてもらった方がいいと思ったんだ。」
やはり思った通り、この子はミッションに行ってきたのだろう。そして、帰ってきた。どれだけの犠牲が出たかは分からないが犠牲は出たのだろう。だからこんな顔をしている。
「……分かりました。私も話を聞いてもらった方がいいと思いますから」
意を決したように、少女はゆっくりだが真の方を向いて目を見つめた。涙目の瞳ではあるが死んではいない。まだ抗おうとする意志がその目からは感じ取れた。
「ゆっくりでいいから」
「はい……。昨日、メッセージが来て、ミッションのことも書かれていたのは知っていますよね?」
「ああ、見たよ」
「それで、私も村長さんのところに話を聞きに行ったんです。他にも大勢人がいて、村長から話を聞こうとしていました。」
少女は少しずつ話し始めた。それを真は黙って聞く。少女は話を続けた。
「私も村長からの話を聞くことができて、ゴブリンっていう魔物を倒してくれって頼まれたんです。ただ、私にそんなことはできないので、どうしようかと思ってたところに、広場のところで大人の人たちが話し合ってるのを見かけたんです。たぶんミッションの話をしてるんだろうなって思って聞いてみたら、やっぱりミッションをやろうっていう人たちが集まってて、でも、どうしたらいいのか、なかなか話がまとまらなかったんです。」
「まぁ、初めてのことだろうしね」
「ええ、そうなんです。話し合いは結構な時間やってました。それで、その中で意見を言う人がいて、その人が夜になってからもう一度集まって参加者を募るって言ったんです。その人は奥さんがどこに行ったか分からなくなってて、ミッションに成功したら奥さんに近づけるかもって考えてたんです。」
「並行世界に行ってるっていう話だけど」
「はい。その並行世界っていのが何なのかよく分からなくて、他にも身内がどこにいるのか分からない人がいっぱいいて、私も家族がどこにいるか分からなくて、それで、夜になってから広場に行ったんです。そしたら30人近く人が集まってて、呼びかけた馬淵さんっていう人が仮のリーダーっていう話になったんです。」
「30人でミッションをやったの?」
「いえ、その場に集まった人にもう一度参加の意思を確認して、最終的にミッションに参加することになったのは私を含めて16人です。それで、今日の午後に山砦のゴブリンを退治しに行ったんですが……」
少女はそこで言葉が詰まった。16人がゴブリン退治に行って、今村の入口で座っている人数はこの少女を入れて6~7人。10人ほどやられたという計算になる。
「大丈夫?」
「はい……大丈夫です、すみません。ゴブリンの退治に行って、ゴブリンのリーダーみたいなのは見つけたんですが、そこで囲まれてしまって……仲間が一人やられたんです。それから、パニックになってしまって……、統制が取れなくなって……、私もどうしていいか分からなくて、馬淵さんもやられて、もう逃げるしかないって思って…………」
「怖かったんだな……」
「怖かった……。すごく怖かった……」
少女はボロボロと涙を流し始めた。話をしている時はできる限り気丈にふるまおうとしていたように見えるが、内心ではやはり泣きたかったのだ。人の死を目の当たりにして怖かったのだ。
真はどうしていいか分からず、とりあえず黙って少女が泣き止むのを待った。こんな時にどういう言葉をかけていいか思いつかない。
真が少し困った顔をしていると少女は再度話始めた。
「ごめんなさい……。みっともないとこ見せてしまって……」
「いや、いいんだ」
「あの、ありがとうございます……。話を聞いてもらって、少し落ち着けたような気がします」
「ああ、そうか、それなら良かった」
「あの…。私、真田美月っていいます」
「あ、ああ、蒼井真だ」
「真さんかぁ……。私一人っ子だから、お姉ちゃんがいたらいいなって思ってたんです……。もし、お姉ちゃんがいたら、きっと真さんみたいな人なんでしょうね」
少し元気を取り戻した美月が目を涙で赤く腫らしながらも少し笑って答えた。暗く冷たい場所からようやく出てこれた小さな花びらのように、その笑顔は可愛らしいものだった。
「あ、俺、男なんだけど……」
「えっ!?あ、その、すみません……」
美月はどうやら真のことを女だと思って話をしていたらしい。だから、こんな状況でも話ができたのだろう。女同士で、年上に見えた真に色々と話を聞いてもらったという形だ。だが、真は男だ。
「ああ、大丈夫だよ、女に間違えられるのは今に始まったことじゃないから」
そう、女性に間違えられるのは今この瞬間から始まったわけではない。一週間ほど前から女性に間違えられる人生が始まったのだ。