王国領 Ⅱ
1
トライゼンに着いた真達五人は長旅の疲れを癒すために宿を取り、その日はすぐに就寝することとなった。トライゼンはエル・アーシアと王国領の間にあるという立地上、人の出入りは多いようで、街の中心を走る現実世界の高速道路には夜も馬車の往来があるほどだ。
真達よりも先にエル・アーシアを出発した人達の何割かは、まだこの街に留まっている。ウィンジストリアに比べるとトライゼンという街は小規模だが、それでも滞在するには十分な施設が整っているので、一時的な活動の拠点とするには申し分のない街である。
次の日の午前。真達は王都グランエンドに向かう馬車を探すために宿を出て、現実世界の高速道路の真ん中を歩いていた。
長旅の疲れが完全に取れたというわけではないが、今までのように歩いて移動してきたわけではないため、活動を再開するには大して問題のない程度には体力を回復させている。
「なんか、この景色……慣れないよね」
薄っすらと雲がかかる何とも中途半端な空の下、美月が高速道路の真ん中から中世ヨーロッパ風の建物を見て首をかしげる。
「バランスが悪いんだよな……。田舎を走る高速道路と離れたところにあるレンガの街並みっていうならまだ違和感はないけど。ここは、高速道路と中世の街が一体化してるからな……」
真も美月と同じく違和感を感じていた。
「え、そう? 私この街、結構好きよ。面白いじゃない」
真と美月が感じている違和感は翼には無縁だったようで、明るく声を出している。翼からしてみれば、違和感よりもテーマパークに来ているような愉快さがあった。
「翼ちゃんは多分そう言うだろうって思ってた……」
翼の横を歩いている彩音が半笑いで応える。翼との付き合いが長いから分かるというだけでなく、彩音は人間観察眼も優れていた。とはいえ、いつも翼に振り回されることは、いかに観察眼が優れていようと対処できることではなかった。
「んっ、何か軽く馬鹿にされたようなされてないような気がするけど……。まぁいいわ。華凛、あんたはどうよ?」
「えっ!?」
翼から急にパスを回された華凛が驚きの声を上げる。自分に話を振られるとは思ってもいなかった。
「この街のことよ。どう思う?」
「どうって……別にこういうのがあるってだけじゃないの?」
華凛も会話は聞いていたが、特にこの街に対して何か思うということはない。中世ヨーロッパ風の街の真ん中を現代の高速道路が通っている。ただ、それだけのこと。
「おおー、華凛も受け入れる派か!」
翼が感嘆の声を上げた。
「お前……。今の華凛の言葉を聞いて『受け入れる』と解釈できるところがすげえな……」
どこをどう理解すれば無関心としか思えないような華凛の言葉をこうも肯定的に捉えることができるのだろうか。真は翼の思考回路に疑問を持ちながらも、こういう翼の性格だから、華凛との関係が一番良くなっているのだろうとも思っていた。
「まぁ、どっちにしてもトライゼンからはすぐに出発するんだから、今のうちにこの可笑しな景色を楽しんでおくのも悪くないかもね」
美月が少し笑いながら声を出した。違和感しかないこの街ももうすぐ離れるとなれば、『面白い』と言った翼の意見も分かるような気がした。
「だな。それじゃあ、とっとと王都行きの馬車を探そうか」
真はそう言うと、昨日の馬車の寄り合い所に向けて歩みを早くした。真達が乗ってきた馬車の御者であるハンスの情報では、馬車の寄り合い所にある大きな建物が事務所になっているらしい。そこで王都行の馬車が手配できるとのことだった。
10分程歩いて真達はトライゼンの馬車の寄り合い所に着いた。真達が来た方向からだと、馬小屋や馬車の停留所よりも事務所がある建物の方が近い。
事務所の入り口前にある数段の石階段を上り、両開きの木の扉を開ける。事務所の中は木の床に背の高いテーブルが数個。奥にはカウンターが並んでおり、窓口は四つある。どこの窓口にも人が並んでおり、決して狭くはない事務所の中も手狭に感じてしまう程であった。
「結構人多いね」
美月が少しだけ人の多さに気圧されていた。今は早朝というわけではないが、それでも朝食を取って少ししてから宿を出たので、そこまで時間が経っているわけでもない。だが、既にカウンターには人が並んでいる状態であった。
「これ、ほとんどがNPCだよな……。ああ、でも何人かは現実の人も混じってるか」
馬車の手配をするのは現実の人間だけだと思っていた真も想定外のことに戸惑っていた。
「なんにしろ、並ばないとダメなんだよね……」
華凛はすでに仕方がないというような感じであった。
「そうだな。取りあえず並ぼうか」
華凛の言う通り並ぶしかない。ここで色々愚痴を言ったところでやることは変わらないので、真も諦めて並ぶことにした。
2
トライゼンで王都行の馬車を手配した真達は一路、王都グランエンドへ向けて馬車の旅を再開した。
トライゼンでの馬車の手配はこれといって手間取ることもなく、スムーズに行うことができた。それは、トライゼンという街の役割を考えれば当然のことで、トライゼンは王都グランエンドに行くための中継地点である。そのため、トライゼンに行くことと、そこから王都グランエンドに向かうことは同義であると言っても過言ではなかった。
王都へ向かう馬車の数も多く、真達が馬車を手配しに行ったその日に出発する馬車も残っていたくらいであったが、準備のことを考えて翌日の馬車を取ることになったのである。
トライゼンを出る時も現実世界の高速道路の上を馬車が進んで街の外に出ていく。馬車はアスファルトを叩く馬蹄の音を響かせながら軽快に進んでいく。
王都に向かっての馬車の旅の一日目はずっと現実世界の高速道路の上を進むだけで終わった。この時にも御者に高速道路のことを聞いてみてが、返ってきた言葉は的外れな答え。やはりゲーム化した世界の住人が現実世界のことを語ることはなかった。
夜には高速道路の真ん中で薪を燃やすという、世界がゲーム化による浸食を受けていなかったら、ただの暴挙ともいえる行為だが、貴重な体験とも言えなくもないことに複雑な思いをしながら、真達は一日を終えた。
次の日も馬車は現実世界の高速道路の上を進む。朝から響く馬蹄の音がうるさいと思いながらも我慢していると、突然高速道路がなくなる場所まで来た。
真っ直ぐ線を引いたように唐突に高速道路がなくり、土の道とその周りに疎らに生える草と木の世界に変わる。道は曲がりくねっており、あまり整備されていない道は馬車の車輪を上下させる。
こうなると、アスファルトでできた道路がいかに優秀なものかを思い知らされる。多少、馬蹄がアスファルトを打つ音がうるさかろうと、今の道に比べれば何の支障もないと言えるくらい些細なもののように思えてくる。
ガタガタと揺れる馬車の中で辛そうな顔をしながらも途中で休憩を入れ、何とか二日目を終えるとその日はみんなぐったりとして眠りについた。
三日目も前日と同様の悪路を進む。それでも王都に近づくにつれて道の整備は改善されていき、二~三時間も進めばしっかりと整備された道を進むようになっていた。アスファルトの高速道路に比べれば格段に落ちるとしても、土を踏む馬蹄の音はうるさくなく、揺れも小さな道に真達は感動すら覚えていた。
そして、その日の夕方。馬車は旅の目的地である王都グランエンドの前まで到着することができた。
王都グランエンドの周りは大きな城壁に囲まれており、下げられた跳ね橋の先には巨大な城門が開かれている。
高さは50mほどはあるだろうか。城門の真下を通るとその大きさに圧巻される。さらに、白い石でできた城門は巧みな意匠が施されており、手入れもしっかりされているため、その美しさにも目を奪われる。
キスクの街やウィンジストリアとはまったく規模が違う王都グランエンド。長旅の果てにようやく辿り着いた巨大な都市の入口に、真達は圧倒されながらも入って行った。