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エアリアル Ⅱ

        1



日が沈み切る前、真達はコンビニの中に入って一夜を過ごすことにした。現実世界を浸食しているゲーム化がほんの一部だけ抜け落ちた場所。そこは、奇麗に描かれた高原の絵画に一滴の墨汁を垂らしたような不協和音がある。


コンビニの店内には奇麗に整頓された雑誌や菓子類などの商品が並んでおり、弁当やレジ横の揚げ物も腐敗することなく充実した顔ぶれを見せている。だが、見えない壁に阻まれてそれらの商品を手にすることはできない。コンビニの店内に並んでいる商品はゲームのオブジェと化して触れることができなくなっているのだ。


「コンビニってさ、寝るには向いてないよね……」


美月がため息交じりに声を出す。本来のコンビニは寝るために設計されているものではないため、当然のことながら寝にくい。床は硬く、商品棚は邪魔だ。唯一寝るのに適していそうな箇所は入口にあるマットだけ。


「私、結構真面目に生きてきたんですけど……コンビニの床で寝る日が来てしまったんですね……」


彩音が現状に悲観する。学校では優等生で、成績も良かった。コンビニの前に座り込んで弁当や揚げ物を食べるようなことは一度もしたことがない。それが今はコンビニの店内で寝そべるまでに至っている。


「贅沢言わないの! 安全に寝れるだけでもありがたいと思いなさい」


愚痴をこぼす美月と彩音を翼が一喝する。


「いや、まぁそうなんだが、コンビニの床で寝るっていうのは人としてな……現実世界で野宿する時もさすがにコンビニは選択肢には入らないからな……。もっと他に用意する建物があっただろ……」


真としては、設計としてどうなんだという疑問があった。つまり、ドレッドノート アルアインを倒しに行くために用意されているセーフティエリアとしてのコンビニだが、コンビニでないといけない理由は微塵もない。だったら、寝泊りしやすい施設を用意してもいいだろうし、この場所が本来コンビニのある場所のなんだとしたら、もっと他の寝ることに適した場所をセーフティエリアにしたらいいだけのこと。


「私は構わないわよ。野宿には慣れてるし」


華凛が冷ややかな声を出した。自制はしているのだろうが、遊ばれているような感覚は華凛の憎悪をたぎらせる。


「取りあえず飯にしよう。今日はもうここまでなんだからな」


真は干し肉を出して一足先に齧りついた。コンビニの弁当やスイーツが並ぶ前で干し肉を齧っているというのもなんなのだろうという気持ちになってくる。


「ちょっと早いかもだけど、他にやることもないしね」


美月も真に続いて夕食を摂る。目の前にあるケーキやプリンは美味しそうだが、触れることができないのであればどうしようもうない。それに、日本円を持っているわけでもないので買うこともできないし、そもそも店員がいない。


「ねぇ、現実世界にはさ電気が来てないでしょ。このコンビニも手動で自動ドア開けてるし」


突然何かを思った翼が呟いた。誰かに対して話しかけているというわけではなく、みんなに聞いてほしいという感じだ。


「うん、そうだけど」


現実世界にもゲーム化した世界にも電気が来ていないことはずっと前から分かっていること。翼の言いたいことがまだ判然としていないが、美月が相槌を入れる。


「明日行くアクレスってさ、確か50階建てか60階建てだったわよね?」


「70階建てだよ」


翼の言葉に彩音が訂正を入れる。翼はこういう細かいところは気にしないのであまり覚えていない。


「ああ、70階建てか。うん、でね、エレベーターって動かないでしょ?」


「あぁぁー……そうだった……」


翼の言いたいことを理解して真がうめき声を出す。


「……非常階段をひたすら上るっていうことになるのかな?」


軽い頭痛を覚えるような感覚に見舞われた美月が軽く頭を押さえながら言う。想像しただけでしんどいことは分かる。


「そういうことだな……」


すでに諦めたような表情をしている真が美月に返事をした。ドレッドノート アルアインを倒すことばかり考えていて、基本的なことを見落としていた。だが、上るしかない。地上70階の頂上が目指すエアリアルなのだから。



        2



次の日の朝、コンビニの床で目覚めた真達は、あまりよく眠れなかったためか無言で朝食を食べだした。考え方によっては24時間営業のコンビニの床で一晩眠ったというのは貴重な体験なのかもしれない。だとしても、肯定的に受け止められる経験かと聞かれれば答えは否だ。


早々に朝食を食べるとコンビニを後にしてウィンジストリアから伸びる街道を再び歩き始めた。この日の天気は悪くないが、吹き抜ける風が強い。高原の大地スレスレを浮遊する雲の流れも速かった。


時折吹く強風に煽られながらも街道を進む道中は順調なものだと言えるだろう。進む速度も昨日と変わらない。


現実世界のビルが見えてきたところで昼食を取り、少しの休憩の後にもう視界に見え始めている超高層ビル『アクレス』に向けて再び歩き始める。


現実世界に入ってからは更に順調だった。アクレスは交通の便が良い大通りに面しているため、真っ直ぐ道路を進めばアクレスの前までたどり着ける。


そして、道中ドレッドノート アルアインに遭遇することもなく、現実世界に入ってから3時間弱でアクレスの前にある、大きな広場まで来ることができた。


周りの高層ビル群と比べても一際高いビル。見上げれば首が痛くなるほどの角度でないとアクレスの最上部まで視界に収めることはできない。


超巨大商業施設であるアクレスはその建物内だけでなく、隣接する駅も大きな駅だ。複数の路線が交差する場所に建設されており、四方八方からアクレスに向けて線路が敷かれている。


だから、アクレスの入口まで行くだけでも時間がかかる。大きな広場を抜けて、広い駅の構内を進み、さらに開けた入り口前の広場を進んだ先にアクレスの正面玄関はある。地下鉄から直通の入口や裏から入る場所など数多くの入口があり、複雑に入り組んだ構造をしているが、正面はここ一カ所だけだ。


アクレスがオープンする前日には徹夜でオープンを待つ人の列ができたことがニュースにもなり、この正面玄関前の広場を埋め尽くす人が映像として映し出されたことがある。更には、大人数を受け入れられる巨大ビルであるにも関わらず、オープンしてから数週間は入場制限が設けられるほどの賑わいを見せていた。


「さてと、ここからが問題だな」


いくつものガラスの扉が並ぶアクレスの正面玄関に立って真が声を上げる。かつての賑わいは見る影もないほど閑散としており、未だに奇麗な姿を残していることが逆に不気味に思えてくる。


「……気合を入れて上りましょう」


美月は既に疲れたような声を上げていた。これから70階の階段を上るわけだから無理もないことだが。


「もっと、気合入れて! さっさと行くわよ!」


そんな美月の声に反応した翼が声を張り上げる。たかが階段を上るだけだ。気持ちで負けるようなことがあるはずがないとでも言いたげな声が響いた。


「ええ、行くわよ」


超高層ビルの頂上まで階段で上ることに対しては華凛も臆してはいなかった。これから憎き仇である化け物と対峙しに行くわけだ。華凛自身が戦うわけではないにしても、ここまで真達を引き連れてきたのは華凛である。だから、こんな所で臆した姿を晒すわけにはいかない。


華凛の声が号令となって真達はアクレスの中へと入っていった。


アクレスの一階は大きなイベントフロアになっている。ここで有名なアーティストのゲリラライブが行われたり、人気俳優が映画の宣伝に来たりもする。アクレスに入った人をまず歓迎するのはこの大きなホールであり、広く高い天井は訪れた人を圧倒する。だが、それも人がいなければただの大きな伽藍洞だ。


「非常階段はどこだ?」


だが、今は巨大なイベントホールに関心はない。入口に掲示されている案内図を見て非常階段を探す。


「あった。向こうの階段が一番近いかな」


美月がフロア案内図を見て方向を指さす。複数ある非常階段の中で一番近いところを提示した。


「よし、行くか」


真の声に従って、全員が非常階段を目指す。建物自体が超巨大であるため、一番近い位置にある非常階段に行くまでも距離はある。


それでも、エル・アーシアの大地を歩いてきた真達にとっては大したことはない。問題はこの先。地上70階の階段を上り切らないとエアリアルに辿り着けないこと。


アクレスの非常階段はそれだけでも大きい。真達五人程度なら横一列に並んでも何の支障もなく階段を上り下りできるだけの幅がある。


真が一歩を踏み出すとそれに続くようにして美月や翼、彩音、華凛が階段に足をかけて上り始めた。天にも続くのではないかと思えるほどの長い階段の一歩目を上り始めた。










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