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篭絡作戦 Ⅰ

「そうか、あいつがドレッドノート アルアインか。なるほど、ドラゴンだったか……」


真は合点がいったように頷いた。ドレッドノート アルアインのことを考えていなかったわけではないが、暫くの山籠もりで、意識はかなり薄れていた。


「私達ずっとエル・アーシアに居たのに、全然見かけなかったわよね。まぁ、運が良かったんだから、良いことだけどね」


真の横で美月も頷いていた。山籠もり中にあんな怪物が襲ってきたらたまったものではない。遭遇しなくて良かったと安堵する。


「ちょっと待って……ずっとエル・アーシアに居たって……ドレッドノート アルアインから逃げるために来たのよね? だったら、知らないわけがないと思うんだけど……?」


華凛は状況が整理できていなかった。美月の話ではずっとエル・アーシアにいたという。そして、ドレッドノート アルアインを見たことがないということだ。エル・アーシアにはドレッドノート アルアインが飛んでこないから逃げてきたわけなので、それは当たり前のことだ。


「ん? どういうこと? なんで私達がドレッドノート アルアインから逃げないといけないの?」


翼の顔に疑問符が浮かぶ。華凛が何を言っているのか分からない。


「えっ……? だって、あれだけ騒ぎになったじゃない!? みんながエル・アーシアに逃げるっていう話になってすっごい慌ててたから、一緒に逃げて来たんじゃないの?」


華凛はよく覚えていた。ドレッドノート アルアインを倒せるギルドを探していたのに、キスクの街に居た人たちのほとんどが逃げるという選択をし、それに華凛も便乗せざるを得なかったことを。


「あ、ええっと……華凛、そのあたりの話を詳しく話してくれないか? できればいつ頃どんなことで騒ぎになったのか分かる範囲でいいから」


かみ合わない話に真は、お互いの共通理解にずれがあることを感じていた。


「うん……いいけど……。バージョンアップでドレッドノート アルアインがキスクの街の周辺に出るようになって、二週間くらいしてから、ドレッドノート アルアインがエル・アーシアには来ないっていう情報が流れて、それで、みんなが慌ててキスクの街を出て行ったんだけど……」


何故このことを知らないのか。華凛は自分で説明していて訳が分からなくなっていた。


「なるほど。分かったそういうことなんだな。実は俺たちはバージョンアップの直後からずっとエル・アーシアにいたんだ。一度もキスクには戻ってないから、その話を知らなかったんだな」


ようやく話のずれを修正することができて、真は喉につっかえた物が取れたような気分だった。


「だから、こっちに来た時には大勢人がいたんですね」


彩音も今の華凛の話を聞いて、事実を知ってスッキリしていた。単に人が移動してきていただけだと思っていたが、知らないところでこんな大きな理由があったのだ。


「それで、さっきのバージョンアップでエル・アーシアにまでドレッドノート アルアインが飛んでくるようになったってことか」


嘆息混じりに真が言った。バージョンアップの内容を確認していた矢先に、巨大なドラゴンが飛んできたのだ。


「うん……。それでね……あの、真君……こんなお願いをするのは、あの……初めて会った人には申し訳ないんだけど……しばらく……一緒にいてほしいの」


真の向かい側に座る華凛は両手を祈るように組み、上目遣いで訴えかけてきた。その瞳は若干潤んでいる。長いシルバーグレイの髪に、美しく整った顔をした華凛が、こうも弱さをさらけ出した表情をすると男の心は鷲掴みにされる。


「えっ、あ、うん」


「ほんとにー! ありがとう!」


なす術なく、簡単に押されて返事をした真に対して、華凛が満面の笑みを浮かべる。


まんざらでもない顔をしている真を無言で美月が睨む。そして、翼は苛立った表情をして、彩音は顔を伏せる。


華凛の作戦の第一歩目は成功と言ってよかった。だが、問題はこれから。真達がインヴィジブル フォースとの繋がりがあるのかどうかを確かめないといけない。ドレッドノート アルアインを退けただけでも尋常ではない強さなのだろうが、倒せるのかというと、それは無理だろうと華凛は判断していた。やはり、精鋭部隊でないと倒すことはできないと思う。


「真君って、すごく強いんだよね? あんな化け物に飛びかかっていくのって、勇気があると思うの」


華凛はさらに真の目を見つめて話を続ける。美月の目がさらに暗くなり、翼の機嫌は悪くなる。


「いやぁ、べ、別にそんな、凄いことはしてないよ」


「そんなことないよ。真君は凄く勇気があって強い人だと思う。私ね……その……強い人って、すっごくカッコイイと思うよ……」


華凛は畳みかけるようにして言葉を並べた。真は女子からのこういった直球のアピールには耐性がない。どうしていいか分からず、華凛に視線を合わすことができない。


「…………」


美月はハーブティーを入れたカップを握りしめてワナワナと震えている。そうとう強い力で握っているようで、もし世界がゲーム化していなかったら、おそらくカップは握力で割れていただろう。


「…………」


翼も歯を食いしばって、苛立ちを何とか抑えようとしている。ここで何も言わないのは、流石に巨大なドラゴンに襲われたばかりの女の子だからということで何とか自制を利かせていた。


(真さんっ! 空気読んでくださいっ!)


そして、翼が何も言わないようにと影で押さえている彩音はもう限界の状態だった。いつ破裂するか分からない空気にオドオドしている。


そんな一触即発の空気を裂いたのは、真とは全く関係のない一人の女性だった。


「あれ? もしかして、彩音?」


彩音に声をかけてきた女性がいた。女性にしては長身で、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンのような大人の女性。その女性が店に入ってきて、すぐに彩音を見つけて声をかけてきたのだ。


「えっ、あっ!? 黒崎さん! 黒崎さんじゃないですか! お久しぶりです」


彩音がびっくりして声を上げた。彩音に声をかけてきた女性の名前は黒崎梓。彩音が翼と出会う前、ゲーム化した世界になった直後にどうしていいか分からず右往左往していた時に助けてくれた人だ。歳は離れているが、お互い気が合い、彩音は翼と一緒に行動するようになるまでの少しの間だが、何かと世話になっていた。今はギルドのマスターをやっていると知り合いから聞いたことがある。


「久しぶりね、元気そうで何よりだわ。仲間にも恵まれ――」


テーブルに腰かけている少女達に目をやって梓の言葉が唐突に止まった。梓の方を見ようともせず、顔を伏せている少女がいるが、特徴的なシルバーグレイの長髪は嫌でも分かる。


「良い仲間に恵まれたみたいで私も安心したわ」


梓はすぐに言い直して、その場を取り繕う。多少の違和感を感じた者はいるだろうが、違和感の正体に気が付くのは華凛だけだ。


「はい。ほんとに、良い仲間ができました。あの、私達ギルドを組んでるんです」


梓の言葉の違和感よりも、久々に会うことができたという喜びが大きい彩音は特に気にすることなく、話を続ける。


「そう、良かったわね。あ、そうそう、彩音。今夜空いてる? 久々に話でもしない? 日暮さんにも声をかけるわよ」


梓は落ち着いた口調で話しをしている。華凛を見つけた時の一瞬の戸惑いはもうなかったことになっていた。


「えっ!? 日暮さんもいるんですか!?」


彩音は更に嬉しそうな声を上げた。日暮は梓と一緒に彩音を助けてくれた男性だ。年齢は20代前半で、物腰の柔らかい人だ。


「ええ、今は私が作ったギルド『花鳥諷詠』に所属してるわ」


「うわぁ~、会いたいです。日暮さんも久しぶりだなぁ」


彩音の表情は明るかった。世話になった人に会うことができる。会ってお礼も言える。それが嬉しかった。


「了解。じゃあ、夜になったら、スワローテイルっていう酒場に来て、そこで待ち合わせよ」


「あの、私まだ未成年ですけど……」


彩音が少し困った表情で返した。酒を飲める年齢ではないし、飲んだこともない。


「大丈夫よ、あの店はお酒以外も充実してるから。相変わらず真面目よね」


以前と変わらない彩音を見て、梓が微笑む。最初に出会った時とまるで同じ印象だ。


「それでしたら、是非ともお願いします」


「ふふっ、ありがとう。じゃあ、私は失礼するわね。ごめんね邪魔しちゃって」


「あ、いえ。そんな、私たちのことはお構いなく」


彩音や真、美月、翼に手を合わせて詫びる梓に対して、美月が気にしないでいいと返答する。


そして、梓は彩音に『またね』と言うと早い足取りで店を出て行った。


「彩音の知り合いか?」


真が明るい表情の彩音に質問した。


「はい。翼ちゃんと出会う前にお世話になった人です。こんな所で会えるなんて夢にも思ってませんでしたよ!」


「なんか気を遣わせちゃったかな? 私たちのことは気にせずにお茶してもらってよかったのにね……」


美月は何となく申し訳なさそうに言った。そこまで自分たちのことを気にしなくてもいいのにと。


「前から、そういうところは気にする人でしたから。なんていうか、場の空気を大事にするっていうか。だから、黒崎さんとしては、店を出た方が気が楽なんだと思いますよ」


彩音も梓の性格は知っているが、やはり申し訳ないという気持ちはあった。


「そっか、それじゃあ、今夜、黒崎さんに会ったら私達から『気を使ってもらってありがとう』って伝えておいて」


翼は体育会系で上下関係にはきっちりしているところがある。しかも友達が世話になった人だ。お礼はしっかりと伝えないといけない。


「うん、ちゃんと伝えるね」


嬉しそうに応える彩音とそれを見て顔が緩むギルド『フォーチュン キャット』のメンバーに対して、華凛は一人だけ怪訝な表情をしていた。






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