錯綜
1
ドレッドノート アルアインはエル・アーシアにはやって来ない。この情報を得てから、いち早く行動を開始したのはキスクの街でも最大手のギルド『ジャックポット』だった。
ジャックポットのギルドマスターは今回、エル・アーシアを探索して情報をもたらしたギルドとの親交が深く、情報の信用性も高いと判断したため、すぐにギルドの主要メンバーを集めると、緊急の情報伝達とエル・アーシアへと向かう準備をさせた。
最大手のギルドが動きを見せると、それに連鎖反応を起こして主要なギルドが動き始めた。そして、それを見た中小のギルドが動き、ギルドに加入していない人にも伝染した。緊急速報のこともあり、周りの皆が動くのであれば自分も動かないといけないという心理が働いてエル・アーシアに向かう動きは瞬く間に広まった。
エル・アーシアを探索していた人を案内役としたギルド『ジャックポット』が先導する形となり、一路、エル・アーシアにあるウィンジストリアへと向かっていった。
エル・アーシアに入った当初は半信半疑だった人もいたが、情報の通り、エル・アーシアにドレッドノート アルアインが飛来してくることはなかった。
更に大人数で移動していることで、少しばかりモンスターがいようが数の暴力で圧倒できる。そのため、エル・アーシアの進行は相当安全なものとなった。
そして、バージョンアップによりドレッドノート アルアインが実装されてから、三週間ほどが経過したころには大勢の人がエル・アーシアにある街、ウィンジストリアに活動拠点を移すこととなったのである。
人々がウィンジストリアに移動してから程なくして、一つの疑問が浮かんできた。
それは、バージョンアップが実施される二日前の夜にあった、ミッションをクリアしたという通知。だったら、そのミッションをクリアした人達はなぜ、ドレッドノート アルアインを放置しているのかという疑問。
ウィンジストリアに移って、ドレッドノート アルアインの恐怖から開放された人々は、余裕ができたことで様々な憶測を飛び交わすこととなった。
曰く、自衛隊の隊員が自衛官を集めてミッションをクリアした。
曰く、テロやハイジャックなどの国家にとって重大な事件の解決を任務とする警察の特殊急襲部隊が動いた。
曰く、国はこの事態を想定した作戦を立案していた。
というような憶測が飛び交い、最終的にたどり着いたところは、日本が秘密裏に軍隊を組織しており、その中の特殊部隊がミッションをクリアしたというもの。
国が秘密裏に組織した特殊部隊だから、一般人には情報がなく、誰も見たことがない。不可視の軍隊、インヴィジブル フォースと呼ばれるものが実しやかに噂されるようになった。
では、何故、インヴィジブル フォースはミッションには着手するが、ドレッドノート アルアインは黙認しているのか。それは結局分からずじまい。どういう基準で動いているのかも分からない。何故なら、誰も知らない、見えない存在なのだから。
そして、インヴィジブル フォースという名前だけが一人歩きしだし、独自の行動原理によって動く謎の特殊部隊がこの世界には存在しているという噂になった。
2
最新のバージョンアップが実施されてから、四週間が経過しようとしている頃、真達はまだ、エル・アーシアの山岳地帯にいた。
当初の予定通り、一カ月の間は山に籠って修行をする。それを遂行しているところだ。最初は苦労して倒していたバッファローも難なく倒すことができるようになっていた。
狩りをしながらなので進むスピードは遅々としていたが、それでもどんどんエル・アーシアを進んでいく。
今の狙いは紫色の身体に二本の角を生やした馬、二角獣。
十分な距離を取ったところで、翼が弓をいっぱいに引いて狙いを定める。
<スタンアロー>
翼が先制攻撃で放ったのはスタン効果のあるスキル。風を切って真っ直ぐに飛んだ矢は二角獣の胴体に命中した。
<ウィンドブレード>
魔術師用の杖を構えて彩音が風属性のスキルを発動させる。翡翠色の透き通った風の刃が高速で二角獣を襲う。
ウィンドブレードを受けた敵はダメージとともに出血の状態異常にかかる。出血状態になると、継続的にダメージを受けることになり、時間経過とともに大きなダメージを与えることが可能だ。
<ライト オブ ジャッジメント>
美月はワンドを掲げて、ビショップには数少ない攻撃スキルを放つ。十字に切られた破魔の光が敵の身体を焼きつける。
これだけで終わってくれるのならいいが、そうはいかず、スタン効果の切れた二角獣は最もダメージの大きい彩音を目がけて走ってくる。それに対して彩音は逃げ惑うが、そこに翼が弓スキルを放ち応戦する。そうすると、次のターゲットは翼に移るため、翼は逃げながら弓を撃っていく。そこにまた彩音が攻撃し、美月が回復をする。
そうこうしている内に二角獣は力尽きてしまうという戦法だ。
(ビショップがいるんだから、そこまで逃げ回らなくてもいいと思うんだがな……)
多少のダメージを受けてもビショップが回復させる。だったら、早く倒すことを優先させて、逃げずに攻撃に集中した方が効率がいいはず。真はそんなことを山籠もりを始めて少ししてから提案したことがあった。その時は『無神経』だの『脳筋』だのと非難轟々であったため、それ以降言わないようにしている。
でも、やっぱり効率が悪いよなと、逃げながら戦う三人の少女達を見て真はそんなことを思っていた。
(まぁ、倒せてるからいいか)
余計なことを言って、またバッシングされては堪らない。ここは黙って見守っているのが吉なのだろう。
とは言っても、そんなにずっと見ていないといけないほど危なっかしい狩りをしているわけではない。逃げながら攻撃をするということは殲滅速度が遅い代わりに安全であるということでもある。
やることがなく暇な真は何時しか、美月たちから目を外して周りの景色を見ていた。吹き抜ける風が赤黒い髪を優しく撫でる穏やかな天気だ。眼下を流れる小さな雲がゆっくりと流れて行くのを目で追ってみる。
(だいぶ、辺境に来たな……。移動ペースは遅いから、そんなに遠くまでは来ていないとは思うけど、やっぱり誰とも会わないよなこんな所……)
修行のため、モンスターを求めてエル・アーシアを移動している。当然、街道などは通らず、山の斜面を登っていき、見つけたモンスターを狩っている。だから、人が通るような場所には辿りつかないと、そう思っていたが。
(……!?)
真は遠くに何かを見つけて目を凝らした。まず目に入ってくるものは深い大渓谷。こちら側と向こう側を分断するような大地の裂け目。見える範囲ではずっと渓谷が続いていて切れ目が見えない。その渓谷を越えた先に見えるもの。真はそれに注目した。
「翼っ! おい、翼っ!」
「何よ?」
二角獣を倒したばかりの翼が真の呼び声に応える。忙しい時に急に声をかけれて少し訝し気な声をしている。
「ちょっと、こっちに来てくれ」
「ん? どうしたのよ?」
何やら見つけたような真の様子を見て翼が駆け寄ってきた。
「あの渓谷の奥だ。あれって街じゃないか?」
真が立っている場所は山の中でも見晴らしが良い場所。開けた視界の先には広大な大地と深い渓谷が広がっている。真が指で指示した方角を翼も凝視した。
「街……よね。うん、あれは街よ。かなり大きな街ね!」
真以上に視力の良い翼が太鼓判を押す。ただ、ここからだとかなり距離があるため、翼の視力でもようやく街があるということが分かる程度。それでも、街を見つけたことで翼の声も浮かれていた。
「どうしたの?」
「美月、あれ見えるか? 街があるんだよ!」
「えっ、ほんと!? てっきり辺境の方に来てると思ってた」
美月は驚いた表情をしているが、実は街が遠すぎてよく見えていない。
「ああ、俺も人里離れたところにいると思ってたけど、そうじゃないみたいだな。って言っても、街までかなりの距離があるし、渓谷を迂回しないといけないんだけどな」
真っ直ぐ進めればそれほど時間を要しないだろうが、見えている街とこちら側を隔絶するような深い深い大渓谷が横たわっている。迂回していくとなるとそこそこの日数が必要になりそうだった。
「えっと、どうします? 行ってみますか?」
遅れて彩音もやってきた。話だけは聞こえていたので、どうするのか訊ねてきた。
「そら、行くだろう!」
「当然でしょ!」
真と翼は即答だった。街を見つけて行かないという選択肢などない。
「そう言うと思ったわよ」
「ですね」
迷わず行くと言うだろうという美月と彩音の予想通りの答えが返ってきた。そして、それに付き合うことも予定調和というように快諾したのであった。