推測 Ⅱ
キスクの街の中央通りでは真達の他にも立ち止まって意見を交換している人がいた。いつもなら邪魔だと文句を言われそうなものだが、今は違った。何のことか分からないバージョンアップの内容に皆が困惑している。どう判断していいのか分からない。
とは言え大通りの真ん中で立ち止まっているのも迷惑になるため、真達は一旦通りの端に移動することにした。
「真は何のことだと思う?」
人通りの邪魔にならないところまで来ると美月が質問を投げかけた。
「いつも以上に不親切な内容だしな……これだけじゃなんとも言えないよ……。ただ、いくつか予想はあるけどな」
キスクの街の中央通りを挟むようにして並ぶ商店の一角。その壁にもたれながら真が答えた。
「予想ってどんなことですか?」
彩音もバージョンアップの内容については考えていた。メガネをかけた黒髪のロングヘア。知的な印象の通り頭の良い彩音ではあるが、ヒントが少なすぎて、これといった答えが出せずにいた。
「……一つは彩音が言った、戦艦ドレッドノート。つまり軍事的な何か……」
「軍事的な何かって何よ? 船じゃないの?」
自分で戦艦と言っておいて、『軍事的な何か』とはどういうことか。翼は不思議に思い、癖のある紺色の髪を指で触りながら真に訊ねた。
「この辺りに海はないんだ。エル・アーシアは高地だし、そっちにも海はない。だとしたら、エル・アーシアの行ってないところに軍事国家みたいなのがあるのかなって……」
真としても答えに自信はない。ドレッドノートという戦艦からインスピレーションを得ただけの話だ。
「他の予想は?」
美月が真の意見を促す。自信なさげな真の表情を見て、美月もこれは違うのではないかと思っていた。
「モンスターの名前だ。巨大な何かがどこかにいるのかもしれない……」
「すっごいザックリしてるわね」
あまりにも大雑把な意見に翼が思わず口を挟んだ。
「いや、だからあくまで推測だ。ドレッドノート アルアインがモンスターだとしたら、どこかのダンジョンにいるかもしれないってことだ」
「モンスターだとしたら、やっぱり、倒さないといけないのかな……?」
美月は訝し気な顔で声を出した。超ド級の名を冠するモンスターだとしたらそれはなんとも恐ろしい怪物ということになる。
「ミッションが追加されたわけじゃないんだから、倒さないといけないってわけではないと思う。それにモンスターかどうかも分からないしな……。美月が言ったように人の名前かもしれない」
「人の名前だとしたら、すっごい強い人なんだろうね。原生種の中でも一番強い人だとか」
翼はエル・アーシアで出会った原生種のNPCを思い出していた。気さくな人柄だったが、身体は大きく、野生の力強さを持っていた。
「ああ、それかもしれないな! 恐れを知らない原生種のNPC、名前はアルアイン!」
真の声は少し興奮気味だった。イメージとしては虎や獅子に近い大柄の戦士。屈強で勇敢な歴戦の強者というのは真が憧れる姿でもある。
「真、何か嬉しそうね……」
男はどうしてそういう戦う者が好きなのだろうか。美月には理解できないことだったが、真は前からそういうのが好きだったというのは知っている。
「いや、別に嬉しいわけじゃないけどさ……。それに、たぶんどれが正解だったとしても、俺たちの味方ってわけじゃないだろうしな……」
「そう……だよね……。おそらく私達にとっては危険なものなんだろうね……」
美月が心配そうな声を上げた。今までのバージョンアップの内容は危険なものからそうでないものまであるが、危険なものは明らかに殺そうという意志が感じられるほどに凶悪なものがある。人をゾンビに変えるようになったグレイタル墓地のバージョンアップはまさに殺意のあるバージョンアップだった。
「私もそう思います……。特にこんな内容が分からないものは危険だと思います!」
彩音も同じ意見だった。『この世界は優しくはない』。美月がエルフの村で言っていた言葉だ。その言葉を思い出しいていた。
「ねぇ、今からエル・アーシアに向かうわよ!」
突然翼が声を張った。腕組みをしながら、真剣な眼差しをしている。
「いきなりどうした……?」
真が怪訝な目で翼を見る。エル・アーシアに行ってどうするつもりなのか。唐突過ぎる翼の意見に何をしたいのか見当もつかなかった。
「ドレッドノート アルアインが危険なものなんだったら、私達にできることは強くなることよ!」
「え……あ、うん」
突然思い付きで行動する翼に一番慣れている彩音でも動揺した声を上げた。そして、翼は止まることなく話を続ける。
「今の私達には危険なのよ! このままだと危険なままなのよ! 今回のバージョンアップだけじゃない、これからも危険ばバージョンアップは出てくると思う。だから、私達は強くならないといけないの。危険から自分たちを守れるのは力しかないの!」
「まぁ、言わんとしていることは分からんでもないが……エル・アーシアに行ってどうするんだ?」
翼はいたって真面目に話をしているため、真も無下にはできない。だが、納得したわけでもない。特になんでエル・アーシアに行くのかが分からなかった。
「武者修行よっ!」
「お前、武者修行の意味分かってるか? 武士や技芸者が旅して、仕合したり、技を教えてもらうことを言うんだぞ。あんな山に誰がいるんだよ?」
「しゅ、修行よっ! 山籠もりよっ! エル・アーシアのモンスターを狩って修行するのよっ!」
半眼になって突っ込みを入れる真に対して、翼は慌てて言い直した。かなり恥ずかしかったらしく、赤面しながら必死の口調で言い直している。
「そうか……言いたいことは大体分かった……で、どうする?」
真は美月と彩音の方に視線を向けて意見を求めた。
「……翼の言ってることは確かにそうだと思うよ……」
美月も翼の言っていることは理解できた。この世界では強くならないと奪われるだけだ。いつ危険なバージョンアップが実施されるとも分からない現状で最も有効な対策は自身が強くなること。単純にそれだけだった。
「ね、ねぇ、翼ちゃん……山籠もりってどれくらいの期間やるつもりなの……?」
反対してもどのみち翼に付き合わされることになる彩音はもう一歩先のことを気にしていた。
「一カ月よ!」
「はぁっ!? 馬鹿じゃねえのか!?」
一カ月山に籠ると言っている翼に真が思わず声を荒げる。ミッションをやるためにエル・アーシアに行っていた期間だけでも長いと感じていたのに、その倍以上の日数を修行のために当てると言っている翼の神経が信じられなかった。
「真はわけわかんないくらい強いからそんなことが言えるのよ! 私たちはもっと強くならないといけないのっ! 山籠もりって言ったら普通は一カ月籠るものなのよっ!」
真に馬鹿と言われてムキになって翼が反論する。
「山籠もりって一カ月もするのが普通なのか……?」
当然、山籠もりなどしたことがない真は一般的な山籠もり期間というものを知らない。アニメか漫画で、師匠を敵に殺された武士やら拳法家やらが、長い間山に籠って修行したことによって別人のように強くなって帰ってくるというのを見たことがあるくらいだ。それを思うと、一カ月という期間は長くないような気もしてきた。
「いえ、翼ちゃんは知らないで言ってるだけですから……」
彩音がボソッと呟く。翼が知識に関することを言っている時は大体適当に言っているだけのことが多い。根拠もないのに自信満々に言うから本当のように聞こえるだけだ。
「何よっ! 強くならないといけないのは間違ってないんだから、私一人でも山籠もりするわよ!」
拗ねたように翼の声が上がる。だが、自分の言っていることは間違ってはいないという信念がそこにはあった。
「私も……行くわ。山籠もり」
「えっ!?」
美月の思わぬ意見表明に真が驚いて顔を見ている。美月の表情は真面目なものだった。決して翼に付き合ってあげるだけというわけではなさそうだ。だが、美月が賛成するとは真も想定外だった。
「翼の言ってることは正しいと思う……。私達個人が強くなることは必要だと思うの」
美月の意志は固いように思えた。
「う~ん…………」
真っ直ぐな美月の眼差しに押されて、真が反対の意見を言う機会を逃していた。山に籠ると言っても実際にはエル・アーシアの高原地帯で狩りをするということ。新しく追加されたエリアだから、大人しいモンスターでもキスクの街周辺のモンスターや現実世界に徘徊するモンスターより強い。要するに新しいエリアでレベル上げということだ。
「……分かったよ、付き合うよ」
美月が行くというのなら真としても同行しないわけにはいかなかった。つい数日前に、『手を離すな』と言ったばかりだ。その約束を果たさないといけない。
「えっ、真、いいの?」
「俺はギルドマスターなんだぞ、ギルドメンバーだけ山に籠らせるわけにはいかないだろ」
真がやれやれ仕方がないという表情で返事をする。
「やったー、真ありがとー!」
いつの間にか真の手を取って喜び跳ねている翼。さっきまでの拗ねた姿は何処かに飛んで行っていた。
「つ・ば・さ~ッ! 頑張って強くなろうね~!(怒)」
笑顔だがどこか怖い、そんな表情をした美月が強引に真から翼の手を取るとブンブンと振りながら言った。その声は少し低く、沈むような色をしている。
「う、うん、頑張ろうってか、美月、痛いって!」
ふふふっと笑いながらも美月はまだ翼の手を離さない。そんな美月と翼をしり目に彩音が真の方へと向いた。
「真さん、翼ちゃんの言うことって無茶苦茶なこと多いですが、根性はあるので、たぶん一カ月やり抜くと思いますよ……」
「はぁ……やっぱそうだよな……」
諦めた表情をしている彩音の言葉に真も嘆息した。