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運命の猫

        1



キスクの街ではどこもかしこもミッションがクリアされたことの話で持ちきりだった。昨日の夜に突然メッセージが届き、ミッションがクリアされたことが告知されたからである。


ほとんどの者がミッションの内容すら知らない。エルフの村に辿り着いた人間が真達の他にいるのかどうかも不明だ。よくよく考えてみればそれはおかしな話ではなかった。バージョンアップが実施されてから経過した日数は二週間も経っていない。そんな短期間でミッションがクリアされたのだ。


マール村出身の者からすれば、前回のミッションの方が早かったということになるが、マール村以外の出身者からしてみれば異常なほど早い。


そんな話が出てきだしたのも今日になってからのこと。当然そういう話をすると、誰がミッションをクリアしたんだという話になる。だが、マール村出身の者からしてもミッションをクリアしたのが誰なのか分からない。そんなことができるような集団がマール村に居たのかと聞かれれば、訳の分からないままにクリアされていたとしか答えようがない。


一時期、マール村のミッションをクリアした人達が所属するギルドはどこなのかという話がよく出ていた頃があった。人々がキスクの街に初めて足を踏み入れた後、暫くしてからギルドが次々に新設されていた頃だ。だが、その話も時間とともに消えていった。それが、ここに来て再度、その話が持ち上がりだした。


とは言え、結局誰も分からないという結論にしか至らない。



        2



沈みかけた夕日が街の景色を紫色に染めて、もうすぐ一日が終わることを告げようとしてる。それでもキスクの街は相変わらず賑やかだった。


そんな街の喧騒はさて置き、真、美月、翼、彩音の四人は疲れた体を休めるために食事も摂らずに宿に来ていた。取った宿の部屋は大部屋。真達四人だけで使うには少し大きめの部屋だが、丁度良いサイズの部屋が空いていなかったので仕方がない。


真は窓の外を眺めながら、こんなに街は賑やかだったのかと改めて思い直していた。人のいない高地や森の中で暫くの間過ごしていたせいで街の騒めきすら祭りのように聞こえてくる。


真は街がいつも以上に騒がしい原因が自分たちであることなど露とも知らずに、疲れた頭で呑気に夕焼けが織りなす風韻を楽しんでいた。


ボーっと窓の外を眺めていたが、開けた窓から吹き込む風に赤黒い髪がなびき、夜の訪れを告げるような寒さを感じて真は窓を閉めた。


真がベッドの上に座ろうと窓から離れた時だった。翼が改まった表情で話しかけてきた。


「真、美月……お願いしたいことがあるんだけど……」


翼とて疲労がたまっているだろう。だが、そんなことお構いなしとばかりに真剣な口調をしている。


「どうしたんだ? 急に改まって」


真は翼がこんな硬い口調になっている理由が思い当たらず素直に訊いてみた。普段ふざけているわけではなく、本人はいたって真面目なつもりなのだろうが、こういう思慮深い顔はあまり見ない。


「私達とギルドを組んでくださいっ!」


単刀直入、迷いなし。翼は一気に言いたいことを言うと頭を下げた。こういう時に言い淀むことなく、はっきりとものを言えるのが翼の性格だ。


「あ、あの……私からもお願いしますっ!」


翼に続いて彩音も頭を下げる。翼よりもはっきりと言えない彩音からしてみればかなり勇気を振り絞らないといけない。


「いきなり……なんだ?」


真はいつもと違う雰囲気に押されている。ギルドを組んでいほしいという申し出については特に疑問に思うことはない。だが、ここまで改まって話をするようなことなのか、真にはそれが釈然としなかった。


「今回のことでよく分かったの。今まで生きてこれたのは単に運が良いだけだったって……。運が良くなかったら今頃死んでたと思う……それを身に染みて感じたの……」


翼は顔を上げて理由を告げてきた。いつも以上に強い眼差しをしている。


「それに……私には力が足りない……。彩音がカエルにされた時、私にはどうすることもできなかった……。真があの蛇女を倒してくれなかったら……」


翼は真の方を一心に見つめて話す。今まで何とかなっていたこと自体、運が良いだけだったのだと。


「だから、お願い。私達とギルドを組んで!」


翼の熱意に押されて真が美月の方を見た。美月も少し驚いたような表情をしているが、困っているわけではなさそうだ。どちらかと言えば嬉しい驚き。この申し出を断る理由がない。そんな顔をしている。


「ああ、いいよ。ここまで一緒に来ておいて断る理由はないからな」


真の言葉に美月も頷いている。


「本当っ!? ありがとーっ!!」


ぱあっと顔を明るくした翼が嬉しさのあまり、真に抱き着いて謝意の声を上げる。まるでクリスマスプレゼントをもらった子供のようなはしゃぎようだ。


「つ・ば・さ~ッ!? 私もいるんだからね~、私のこともよろしくね~ッ!(怒)」


翼に抱き着かれて『うおっ』と声を上げた真から無理矢理引き剥がすようにして、美月が翼の肩をガシッと掴んだ。


満面の笑みとこめかみに浮かんだ血管。歓迎の言葉の中には突き刺さる様な怒気が含まれている。


「み、美月……!? え、あ、うん……よろしく……」


怒られているのか歓迎されているのかよく分からず、翼は返事をするしかなかった。ただ、思ったことは、美月ってこんなに怖かったんだということ。何がまずかったのかは分からないが、美月を怒らせることは止めておいた方が良いということは理解できた。


「彩音もこれからよろしくね」


「は、は、はいぃ……」


危険察知能力に関して言えば彩音が一番優れているのだろう。何をしてはいけないのかを瞬時に理解する。そして、翼には理解できないのだろうなということと、自分にはどうしようもないということもすぐさま理解した。



        3



その日の夜。エル・アーシアの探索用に買いだめておいた食料を宿の部屋で食べながら、真達四人は頭を悩ませていた。


淡い暖色のランプが照らす部屋の中、宿に備え付けられている木の丸テーブルを囲むようにして四人が座っている。


みんな疲れているが、それでもランプを灯して起きている。なぜなら、大事な話をしないといけないからだ。


「ブルー・ブラッド・バニッシャー……」


お気に入りの干し肉を齧りながら真が呟いた。


「却下」


「それは……」


「ちょっと……」


翼は即否定。美月も彩音も言葉を濁す。


「ソウル・バンディット……」


あまりの否定っぷりに少し自信なさげに真が再び呟く。


「ダメ」


「なんて言うか……」


「ですねぇ……」


相変わらず翼は即否定。あまりの斬られ方に美月と彩音は少し可哀そうになってきた。だからといって真の意見を受け入れられるかと言えばそんなことはない。否定は否定である。


「ああーーーーっ! だったら何が良いんだよ!? まず、マスターである俺の意見を聞くって言ったのはお前だろうがっ!」


今、真達が話し合っているのはギルド名について。


ここに至る経過は、明日、ギルドの創設を申請するためにギルドのマスターを誰にするかという話になり、公平な多数決の結果、真がマスターになることとなった。そして、マスターである真の指名により、美月がサブマスターになることまでは順調に話が進んだ。だが、そこから大きな問題に直面した。ギルドの名前を決めないといけない。


翼が、『マスターなんだから、まず真がどんなギルド名が良いのかを聞く』と言い出したため、このような公開処刑じみたことが行われることとなったのである。


「なんで真はそんな可愛くない名前ばかり上げるのよ! もっと他にあるでしょうが!」


つい先ほどまで改まった頭を下げていた翼はどこへ消えたやら、いつも通りの翼に戻って真に反撃している。


「可愛さってなんだよ!? どんなのがあればいいんだよっ!?」


若干キレ気味の真が言い返す。一体何を求めているというのか。


「あの、動物の名前とか入ってたら可愛いかもしれませんよ……」


不機嫌な真を宥めるようにして彩音が助言を与える。


「……シャーク――」


「動物って言ったじゃない! なんで魚なのよ!?」


真が最後まで言い切る前に翼が突っ込む。真はシャークの後も何か考えていたようだが、聞くまでもない。翼からしてみればシャークの時点で却下だ。


「だーーーッ!? 何が良いんだよ何がッ?」


そもそも真はギルドの名前に可愛さを求めてなどいない。女子連中が納得するような可愛いギルド名など、端から想定していない。


「ほら、動物って言っても、代表的なのは犬とか猫じゃない。だから、動物の名前って言われて、鮫を出すのはね……」


美月としても真の意見を尊重したい気持ちは重々にある。重々あることはあるのだが、認められるかと言えばそうではない。どうして、こう名前が攻撃的な方向に向かうのか。それが理解できない。


「あ、私、猫派!」


美月が犬猫の話をしたのに反応して、翼が手を挙げて猫派を主張。


「どっちかと言えば私も猫派かな」


美月も翼と同じく猫派だった。


「私は、犬も猫もどっちも好きですけど……だったら『キャット』っていうのを入れてもいいかもしれませんね」


「良いわね、彩音、それ採用!」


翼がグッと親指を立てて肯定する。真が意見を言っていた時の不満気な顔とは一転して納得の表情をしている。


「おい、俺の意見を聞くんじゃなかったのか?」


「聞いたうえでの結論よ!」


「……好きにしてくれ」


真は拗ねた表情で頬杖をついた。結局、真の出した案の何が気に入らなかったのかは分からず、納得ができないままに、女子連中は『キャット』という単語をギルド名に含めることで話が盛り上がっている。


そこからがまた長かった。素直に名前を決めればいいものを、どんな猫が好きだの、猫のこういうところが好きだの、動画サイトでこんな可愛い猫がいただの話が迷走しながらも、女子連中は楽しそうに話をしていた。


真は疲れているはずなのに、よくこれだけ話ができるなと、半ば呆れつつも感心したように見ていた。


そうして、真が意見を言わなくなってから暫くしてからのこと。翼が立ち上がって声を上げた。


「ギルドの名前は『フォーチュン キャット』。賛成の人は挙手!」


ハイッと翼、美月、彩音が手を挙げる。真は半眼になって腕を組んでいる。


「決定ね。このギルドの名前は『フォーチュン キャット』。明日ギルドの申請に行くわよ!」


パチパチパチパチと手を叩く美月と彩音。公正公平な多数決の結果によってギルド名が決定した瞬間であった。






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