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帰路

        1



満天の星空と三日月が浮かぶ空。雲は少なく、どこまでも突き抜けていくように夜の闇が広がっている。


ウル・スラン神殿の正面に並ぶ大きな石柱を背もたれにして真は何となく空を見上げていた。


ミッションをクリアして外へ出た時にはすでに日は沈み、夜になっていたたことと、疲労、特に精神的な疲労が大きななかで地下鉄のトンネルを通るのは危険だと判断したため、今夜は野宿することになった。


そして、皆が寝静まった深夜、真は寝付けずにいた。


期限内にミッションをクリアすることに成功したが、犠牲者が出てしまった。六日間行動を共にしただけの中ではあったが、それでも一緒に戦った仲間だ。小林と園部にとってはもっとかけがえなない仲間だった。


どちらかと言えばお調子者のキャラだった木村。同じスナイパーの翼とは気が合っていたようにも見える。真はそんなことを思いながらぼんやりと星を眺めていた。


「どうしたの? 眠れない?」


石柱の影から声をかけてきたのは美月だった。


「あぁ……ちょっとな……」


「真はさぁ、朝が弱いんだから、ちゃんと寝ないとまた翼に酷い起こされ方するよ」


美月は明るく冗談を言っているがどこかぎこちない。


「美月も眠れないんだろ……?」


そんな美月に違和感を感じて聞き返した。


「うん……まぁね……」


「木村さんのこと……?」


美月にとって仲間を目の前で失った経験はこれで三度目になる。しかも、危うく彩音まで失うところだった。それを思えば眠れなくなるのも無理もないことだ。


「うん……それも……あるかな……」


何となく歯切れの悪い返事をしている。木村のことだけが原因で眠れなくなったというわけではないようだ。


「他にも……?」


真は美月の抱えている不安が何なのか分からず訊いた。


「えっとね……」


「うん……」


美月はなんだか言いにくそうにしている。はにかんだ顔をしているが、目の奥では泣きそうなほどに怯えたような瞳をしている。


「あの時……もしも、真が狙われてたら……」


あの時とは木村がカエルにされた時と彩音がカエルにされた時のことだろう。その時、真がターゲットになっていたとしたら……。


「今……こうして話ができてた……のかなって……考えると……」


美月の声は震えていた。泣きそうなのを必死で堪え、溢れそうな涙を何とか止めて、途切れ途切れになりながらも言葉を繋いでいく。


「…………」


真は黙って美月の話を聞いた。美月が何に対してここまで不安になっているのか。怯えていると言ってもいいだろう、それを聞くために美月の言葉を待った。


「真が……一人で行くって……言って…………真は……強いから……真ならって……」


涙で潤む美月の瞳を真は直視することができなくなっていた。それでも、美月は続ける。


「でも……あれは…………強くても……」


「すまない……」


何と言っていいか分からなかった。出た言葉は『すまない』の一言。しかし、美月は首を横に振って応える。


「真が……一人で行こうと……するのは、私が……私が……」


美月は次の言葉が出せなかった。美月が真に付いて来た理由は強くなるため。どこに行ったか分からない家族や友達を探すことと、二度と失わないための力が欲しかった。


「真だけは……真だけは……絶対に……だから、私は……」


強くならないといけない。真だけは絶対に失いたくない。だから、美月を守るために真が無茶をすることを止めたかった。美月は泣いている場合ではなかった。心を強く持っていなければ強さなど夢の話だ。弱いままの自分だ。だから気丈に振舞おうとした。美月が強くならなければ真は危険に身を投じることになる。


「美月……」


真は美月の違和感の正体にようやく気が付いた。無理に明るく振舞おうとしていた。美月は前から我慢をする方だ。本当は不安で不安で仕方がない。あの時にカエルにされて喰われていたのは真だったかもしれないと考えると恐怖で眠ることができなくなったのだ。


「真……私は……一緒にいても……?」


真と一緒にいたい。でも真の横に並べる強さは美月にはない。真の足元にも及ばないどころか、真の足元がどこにあるのかさえ分からないほど圧倒的な差がある。そのせいで真を危険に晒すようなことになるのであれば、美月は真から離れるしかない。


「美月……」


真は瞳に涙をいっぱいに溜めた美月の肩をそっと抱き寄せて優しく包み込んだ。


「大丈夫だ……一緒にいていいんだ……だから、俺の手を離すな……」


「…………うん」


美月は真の胸に顔を埋めて静かに頷いた。両手で真の背中をぎゅっと掴んで、声を漏らさないように泣いた。


真は小さく震える美月の肩を優しく抱いていた。美月が泣き止むまで優しく抱いていた。



        2



朝日がエル・アーシアの大地を照らす。昇ったばかりの太陽は渓谷の底を照らすには角度が足りないが、それでも雲の少ない空から溢れ出す日光はウル・スラン神殿の薄暗い部屋に閉じ込められていた真達には暖かな光であった。


各々が目を覚まして出発のための準備を始める。身体的には回復をしたものの、気持ちは一日でどうこうなるものではない。


もう焦って動く必要はない。だが、ここに留まる理由もない。辛い思いしかこのウル・スラン神殿という場所には残されていない。木村を置いて行くことになるが、遺留品はなく、できることは黙祷を捧げることだけ。


真達は日が昇ると早々に行動を開始し、鍾乳洞へと続く地下鉄のトンネルへと入っていった。


幸い巨大ムカデとの遭遇はなく、地下鉄も鍾乳洞もさしたる障害を受けることなく進んでいくことができた。


途中、鍾乳洞の中にある泉で休憩を取りつつ、出口のある現実世界のデパートに向けて歩みを進めた。


真達一行がキスクの街に帰ってきたのは夕方になる前だった。キスクの街は以前と変わらず人もNPCも多くの人が行きかっている。色白のエルフも見かけることがある。


キスクの街の入口に入ったところで小林が立ち止まって真達に声をかけた。


「ここまでだね……。ありがとう、これしか言えないけど、蒼井君も真田さんも椎名さんも八神さんも、本当にありがとう」


二十代後半、この中では最年長の小林が頭を下げた。


「いえ、私たちはそんな……」


美月が謙遜しながら胸の前で小さく両手を振る。


「蒼井君には特に助けられちゃったけどね……。名残惜しい気持ちはするけど、私も小林さんも気持ちを整理する必要があるから……」


真達四人以上に小林と園部にとって木村の死は大きい。いつも三人で行動をしてきた。一番年下の木村は園部にいじられることが多かったが、ムードメーカーとして空気を明るくしてくれていた。


「あの……名前、教えてもらっても……」


真は昨日の夜に木村のことを考えながら、そういえば苗字しか知らないということを考えていた。今更と言えば今更だが、名前を知っておきたかった。


「ああ、そういえばそうだね。君たちは下の名前で呼び合っていたけど、僕たちはは苗字で呼んでるからね。社会人になるとどうしてもね、親しくても苗字で呼ぶことに慣れてしまってね……。僕は小林 健。木村君は明、木村 明だ……」


小林は少し寂し気な表情で答えた。


「園部 美由紀よ。またどこかで会えるといいわね――あ、そうそう、蒼井君、真田さん、ちょっと……」


「はい?」


真と美月は園部美由紀に呼ばれて他の三人とは少し離れたところに行った。そこで園部が真と美月の肩を掴んでグイッと二人の間に顔を近づけてきた。


「お二人さん、ああいう話はもっと小声でしないと丸聞こえよ」


「えっ……!?」


園部が小声で耳打ちするようにして言ってきた言葉に美月が驚愕の声を上げた。『ああいう話』がどういう話なのか直感で理解できたため、その言葉を聞いた瞬間に顔が真っ赤になった。


「えっ……ああいう話って……!?」


真は少し混乱しているが、美月が顔を真っ赤にしているのを見て何のことを言っているのか遅れて理解した。


「ちょっ……え、どっちの……?」


真が言うどっちとは昨晩のことを言っているのか、それとも森の小屋の中での話をしているのかどっちのことを言っているのか分からなかった。


「あら? どっちっていうのは、昨晩のこと以外にもう一つあるってことかしら?」


真は墓穴を掘ったことに気が付いた。余計な情報を与えてしまった。


「あ、いや……その……」


「ふふ、森の小屋のことも含めてよ」


園部はそう言うとすっと振り返って小林の方へと戻って行った。


「……バカ」


耳まで真っ赤にした美月が嘆息する。完全に揶揄われた。最初から園部は両方の会話を聞いていた。そのうえで真が掘った墓穴に突っ込んだのだ。


「真ー。美月ー。何してんのよー?」


何も知らない翼の声が聞こえてきたので、真っ赤な顔を平常に戻すこともできないまま戻るしかなかった。


事情を知らない三人からはどうしたのか聞かれるも、何でもないと言うことしかでなかった。園部も秘密だと言うため、それ以上の詮索されることはなく、これで小林と園部とは別れることになった。


共に戦った仲間と散った仲間に心からの感謝を込めて別れの言葉を告げた。








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