蛇 Ⅱ
「何を……してるんだ……?」
戦いの最中であるにも関わらず、最大の敵から目を離す不可解な行動を取るミーナスに対して、真が訝し気な表情を見せる。ミーナスは地面に居た何か大きなものをまる飲みにしたように見えた。ミーナスの巨体が影になってはっきりとは見えなかったが、ずんぐりとしたカエルのようなものをまる飲みにしたようだった。
ミーナスは天を仰ぐようにして仰け反り、喉に閊えるカエルを無理矢理押し込んで嚥下すると、先の割れた舌をベロンと出して不気味な笑みをこぼした。
「ま、真……っ!? 真っ!? 木村さんが、木村さんがっ!?」
美月が悲鳴にも似た声を上げる。かなりパニックになっているようだが、何かを必死で訴えようとしている。
「木村さん?」
美月が何を真に伝えようとしているのかは定かではない。だが、美月が木村の名を叫んでいる。どういうことなのかと疑問に思いながら真は当たりをざっと見渡した。
「いない……?」
木村がいない。他の皆も気が付いた。ミーナスが眩い光を放つまではいたはずだ。真はミーナスの方を見ていたが、それでも戦う木村の声が聞こえていたのは覚えている。
ミーナスの不可解な行動といなくなった木村。その接点を探ろうとするが、ミーナスはそんな猶予を与えてはくれない。
一連の行動を終えるとミーナスは再び真に向かって突撃してきた。散々痛い目に遭わせてくれた憎きベルセルクに向かって、もの凄い勢いで突進してきた。
<ソニックブレード>
真っ直ぐ猛進してくる異形の怪物目がけて真が剣を振りかざす。大剣から放たれた音速の刃は不可視の斬撃となって敵を迎撃する。
見えない刃を受けてもミーナスの勢いは止まらず、真へと直進する。真とミーナスが再び至近距離での攻防を繰り広げた。
真は目の前の怪物に集中して攻撃を繰り出すが、やはり気になってしまう。木村がどこに消えたのか。一瞬見えた大きなカエルのようなもの。それをまる飲みにしたミーナス。今まで戦っていた真を一切無視しての行動。
「き、木村さんが……カ、カエルに……」
震える美月の声だ。
「ま、待って……!? 木村君が……そんなっ!?」
動揺する園部の声が返ってくる。
木村がカエルになった瞬間を見た者はいない。ミーナスの目から放たれた光に目が眩み、一部始終を見ることができなかった。
光が放たれる前には木村がおり、カエルはいない。光が消えた後にはカエルがいて、木村はいなくなった。もう、他に考えられることはなかった。一番考えたくなかったことしか残っていなかった。
木村がミーナスによってカエルにされ、その後、まる飲みにされた。これ以外に考えられることはなかった。
「あの光のせいなのっ!?」
翼もどうしていいか分からない状態だった。攻撃の手が完全に止まっている。状況は理解できているが、それを自分の中に落とし込めるかというと話は別だった。
「どうして木村さんなんだっ!?」
真が叫びを上げる。戦いの最中、誰に向けての叫びでもない。それは自分に向けての声だったかもしれない。分からないことに対する自問自答。それは真が持った疑問が他の五人とは違うベクトルのものであったからだ。
真以外が考えていることは、カエルになった木村をミーナスが食べたこと。そして、ミーナスが放った光が木村をカエルに変えた原因。だが、真はそのことについて考えてはいなかった。というより、ミーナスが木村をカエルに変えたことは分かった。だからそのことを追求することはもう必要ない。分からないのは、なぜ狙われたのが木村なのかということ。ミーナスのヘイトが一番高いのは断トツで真だ。その真がカエルにはされなかった。
「ランダムターゲット……」
真の口から無意識に声が漏れたランダムターゲットという言葉。MMORPGにおいて、敵に対して一番嫌な行動を取った者がターゲットになる。それがヘイトだ。ヘイトの量が一番大きい者が敵に狙われるのであるが、そうでない場合もある。あまりないパターンだが、敵の使うスキルの中にはヘイトの量に関係なく、無差別に攻撃対象になるものもある。それがランダムターゲット。
「ランダムターゲットだっ! さっきの攻撃はランダムターゲットなんだよっ!」
真が再び大きな声で叫んだ。円筒形の部屋の中を真の声が響く。
「なによ……それ……?」
言葉の意味を理解できず翼の声が漏れる。
「誰が狙われるか分からないっ!」
戦いながらの返事。真は攻撃スキルを振りながら、その隙間に短く声を上げる。ちゃんと説明をしたいところだが、そんな状況ではない。
「こいつはヤバイッ!」
真は攻撃の手を休めることなく、伝えることだけを伝える。
「次の光が来る前にっ!」
<バーサーカーソウル>
真は大声で警告を発しながら自己強化のスキルを使用する。バーサーカーソウルは自身の防御力を半減させる代わりに攻撃力を上昇させるスキル。攻撃力重視のベルセルクを象徴するスキルでもある。
「全員攻撃に集中してくれっ!! 蒼井君の言う通りだっ! こいつは早く倒さないとまずい!!」
真の意図を理解した小林が大声を張り上げた。誰がターゲットになるのか分からない敵の攻撃。分かっていることはミーナスの目が光ると誰かがカエルになるということ。そして、その後ミーナスに喰われるということ。どうやって防いでいいのかも分からない。まさに死のルーレット。ここに居る全員が次に死ぬ可能性を内包しているということだ。
だから早く倒さないといけない。早く倒さなければ再びミーナスの目が光を放つことになる。
「これ以上は……やらせないっ!」
<ライト オブ ジャッジメント>
美月も攻撃に参加する。聖なる光が十字の形を取り、悪しきものを滅する裁きの光を放つ。
ビショップの持つ数少ない攻撃スキルの一つ、ライト オブ ジャッジメント。デーモンやアンデットといった闇に属するモンスターには特に有効な攻撃スキルであるが、それ以外でも攻撃スキルとしての威力はある。
全員が全力を出して集中砲火を浴びせようとし始めたその時だった。
「ハアアアアアァァァァーッツ!!!」
ミーナスは攻撃を止めて、四つの手で再び印を結んだ。指の関節があり得ない方向に曲がり、異様な印を結びだす。
「くそっ!!!」
<ルナシーハウル>
真の体中に赤黒いルーン文字が無数に現れると燃え盛るようなオーラを一気に解き放った。
ベルセルクの自己強化スキルであるルナシーハウルは一時的に攻撃力とクリティカルヒット率を上げる代償として防御力と生命力の最大値が下がる。バーサーカーソウルと重複して使用することができ、さらに高い攻撃力とともに防御を激減させるまさに捨て身の戦法。死を恐れずに敵を倒すことだけを目的とした狂戦士を体現したスキルだ。
<スラッシュ>
ミーナスの目が光を放つ前に真が踏み込んで一撃を入れる。
<フラッシュブレード>
閃光のような横薙ぎの攻撃と同時だった。ミーナスの赤い目が眩い光を放った。炸裂したように広がる眩い光に真は目を開けていることができなくなる。
<ヘルブレイバー>
見えていなくともそこにいることは分かっている。真は止まらずに連続攻撃を続けた。下段から跳躍する力を乗せた切り上げ。体ごと宙に飛びあげて剣を振り上げる。
ミーナスが放った光が消えると、一匹のカエルが現れていた。ウシガエルよりは少し大きい、茶色いカエル。そして、姿の見えない彩音。
「「あ、彩音っ!?」」
悲鳴を上げたのは翼と美月。
「くたばれーーーーーッ!!」
<カタストロフィ>
飛び上がった体勢から一気に剣を振り下ろす。重力が激増したかのように、空中に浮いていた体が急加速して大剣を地面に叩きつけると、凄まじい轟音とともに白い崩壊の光が爆発的に噴出した。