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蛇 Ⅰ

カッと見開いたエアエルフの巫女の大きな瞳は血のように赤く染まり、瞳孔は縦に割れていた。それはまるで爬虫類の目、とりわけ蛇のような目をしている。


「キャアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」


最早自分の意識はないのだろう。エアエルフの巫女が耳を劈くような金切り声を上げる。甲高い声が暴れ回るように石壁で囲まれた円筒形の部屋に大きく反響する。


「きゃあーっ!?」


あまりに大きな音に思わず女性陣が悲鳴を上げて耳を塞ぐ。不快な叫び声、鳴き声と呼んだ方が正確だろうか、歪なその声に寒気さえ覚えるほどだった。


「ガアアアアアアァァァァ…………」


エアエルフの巫女が唸り声を上げながら背を丸め、肩を大きく上げる。広げた両手は小刻みに振動しながら、肉が膨れ上がり、指先の爪は大きく伸びて刃物のような鋭さを帯びる。


更にバイバキと骨を鳴らすような音を立てながら、エアエルフの巫女の肩の辺りから新たなに二本の腕が生えてきた。


か細く立っていた両足は一つに纏まると一気に巨大化して、うねりを上げるように伸びるとそれは巨大な蛇の胴体に変化した。


白く透き通ったような体の色は黒紫色に変色し、最後に金色の髪が真っ黒に染まる。


美しく華奢な姿をしたエアエルフの巫女の面影はすでにどこにもなく、現れたのは四本の腕と大蛇の下半身を持つ異様な怪物。立っている姿だけでも3m~4mほど。とぐろを巻く蛇の胴体を入れれば優に10mは超えるだろう。


「ミーナス……」


真の口から怪物の名前がこぼれる。アースエルフの司祭が言っていた神の名前。エアエルフの長老が言っていた邪神。


蛇の石像はやはり神の使いだったのだ。下半身が蛇の女神ミーナスの。


「ぐっ……!?」


ミーナスは眼前にいる人間を睥睨する。蛇のように不気味で冷たい目が合い、真の握る大剣に力が入る。


「シャアアーーーーーッ!!」


次の瞬間、ミーナスは大きく腕を振り上げて鋭い鉤爪を真目がけて振り下ろした。力任せの雑な攻撃だが、獰猛で鋭い一撃。


真は咄嗟に身を翻して狂爪から逃れると、再び大剣を強く握り、構え直した。


「くそっ……。やるぞっ! もうこいつに話は通じない!」


振り返らずに真が叫ぶ。邪神の復活を阻止することができなかった。そうなれば邪神を倒すしか残されている道はない。


<スラッシュ>


真はすぐさま攻撃に移った。初撃は踏み込みからの一撃。続く連続攻撃スキルの始点だ。


「ああーーーもうっ!! やるしかないんでしょっ!!」


大声で喚いているのは翼だ。こういう時に迷わず弓を撃てるのは脳筋の強みだろう。真の後に続いて弓スキルを発動させる。


「これで終わりのはずだ! 焦る必要はない、慎重に行こう!」


続いて声を上げたのは小林だった。ここ一番での冷静さはさすが年長者と言ったところか。真に盾役まで任せてしまっているのが心苦しいが、今は素直に頼るしかない。その真は今の間にもミーナスに連続攻撃を叩き込んでいる。


<ルインブレード>


ミーナスの前に現れた魔方陣ごと真の大剣で切り裂く。スラッシュを起点として、シャープストライクから続く三段攻撃の三段目。ルインブレードはダメージとともに敵の防御力を一時的に低下させる効果がある。


(たぶん、絶対に間に合わないようにできてるんだろうな……)


真は攻撃しながらも心の中で独りごちた。ミッションの内容はエルフの巫女を助け出して邪神の復活を阻止すること。与えられた期限は120時間。残り時間はまだ10時間以上あるにも関わらず邪神が復活している。期限内にここに辿りついて、復活した邪神を倒すまでが本当のミッションの内容なのだろう。アースエルフの司祭と話をした時点で邪神ミーナスの復活イベントが始まるのだ。どれだけ早く到着したとしても結局邪神は復活し、戦うことになるということだ。無論、期限を超過すれば戦うことすらできずに人生を終えることになるのだろう。


「ここまで……ここまで来たんだもの……大丈夫、大丈夫……」


美月が自分に言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。半人半蛇の巨大な怪物を目にして恐怖で震える手を力いっぱい握り締めて抑える。真が最前線で戦っている。あんな人外の怪物を相手にしても怯むことなく、大剣を振り続けている。力で勝てないにしても、気持ちで負けるわけにはいかなかった。


「シャアアーーーーーッ!!!」


真の猛攻を受けて、ミーナスが再び不快な金切り声を上げた。円筒形の部屋の中に広がる絶叫はまさに暴力と言っていいほどだった。


ボタッ……ボタッ……ボタッ……。ミーナスの絶叫が止んでから数秒の後、何か大きなものが三つ、上から降ってきた。


振ってきたのは大きな蛇。ミーナスと比べると小さいが、それでも胴体は丸太のように太く、全長は6~7mはあるだろう。


「きゃあああああーーーっ!?」


彩音が思わず悲鳴を上げて、魔法の詠唱を中断させた。三体の蛇が落ちてきた場所はミーナスのいる場所の反対側。つまりは美月や彩音、翼、園部や木村がいる後衛側だ。


「くっ……!?」


真も事態にはすぐに気が付いた。だが、この場所を動くわけにはいかない。ミーナスのターゲットは一番ヘイトの高い真に集中している。後衛を助けに行くことはつまりミーナスも引き連れていくことになる。そっちの方が危険度は増すだろう。


「蒼井君、こっちは僕が引き受ける!」


小林はすぐさま声を上げると、真の返事を聞く前に後衛側へと走り出した。


<デモンアクセル>


三体の蛇の中心目がけて斧を振り下ろす。周囲に広がる衝撃波が三体の蛇を巻き込みダメージを与えると同時に蛇のターゲットがダークナイトの小林に集中する。


<リフレクトアーマー>


続けて小林がスキルを発動させた。自らの防御力を高めると同時に受けたダメージの一部を敵に反射することのできるダークナイトのスキル。守りと攻撃を同時にできるのはダークナイトの特色と言える。


「邪神は蒼井君に任せて、こっちは蛇を片付けるよっ!」


「了解っ!」


小林の声に木村が勢いよく返事をする。


<スタンアロー>


弓を引き絞り、放たれた矢が閉鎖された空間を切り裂いて大蛇の身体へと突き刺さる。


スナイパーのスキル、スタンアローはその名の通り攻撃を受けた敵をスタンさせる効果がある。敵をスタンさせる効果を持つスキルはアタッカーの標準装備と言っていいほど各職がそれぞれのスキルを持っている。


「は、はいっ!」


<フレイムバースト>


怖いという思いが強いが、それでも歯を食いしばって彩音が範囲攻撃魔法を発動させる。火炎系のスキル、フレイムバーストによって爆炎が溢れ出し、薄暗い円筒形の部屋を赤く染め上げる。


<ライフフィールド>


<ヒーリングプラス>


美月と園部が三体の蛇の牙を受けている小林へと回復スキルを使用した。防御を固めたダークナイトに回復のエキスパートであるビショップ。ビショップほどの回復能力はないが、いくつか共通して使える回復スキルを持つエンハンサーがサポートに回る。


今までほどんど真が敵のターゲットになっていたため、回復スキルを使用することは非常に少なかった。そのため、余力はかなり残っている。ここぞとばかりに惜しみなく回復スキルのシャワーを小林に浴びせていた。


守りを固めたうえで、スナイパーとソーサラーの遠距離攻撃を撃ち続ける。そうして、一体、また一体と倒して、最後に残った蛇も集中攻撃で倒し切る。


「よし、こっちは終わったっ!」


多少てこずりはしたものの、三体の大蛇を処理しきることに成功した。被害を出さずに対処できたことに安堵を覚えて小林の声も上ずっていた。


真はさっきと変わらず、ミーナスの相手をしている。回復スキルも受けずにこの異形の怪物と渡り合っていた。


「真っ! 大丈夫っ!?」


「ああ、これくらい――」


美月の声に真が返事をしたその時だった。


「ハアアアアアァァァァーッツ!!!」


ミーナスが突如動きを止めて、四つの手で印を結んだ。人間の関節ではまず不可能な角度に指を曲げて禍々しい印を結んでいる。そして、言葉とも鳴き声とも判別できない音を喉から吐き出した。


その刹那、ミーナスの赤い目が急激に光を放つと、薄暗い石室を一瞬で光の中に包みこんだ。


「うわっ!?」


薄暗い部屋の中で急激に放たれた眩い閃光に真達は思わず目を瞑って、顔を手で覆い隠した。


ほどなくして光が消えると、後衛職が陣取っていた場所に一匹のカエルがいた。ウシガエルよりも少し大きいくらいだろうか。比較的大きめの茶色いカエルだ。


「カエル……?」


視界の回復した美月が最初に目にしたのはそのカエルだった。どこから入ってきたのか。さっきの蛇と違い、敵意を感じないカエルのことを不思議に思った美月がふと周りを見渡す。翼も彩音もカエルに気が付いているようだった。遅れて園部がカエルに気が付く。真と小林はミーナスの方を向いていて気が付いていない。木村は――いない。


光が消えてから、一呼吸置くとミーナスは真から視線を外し移動し始めた。今まで戦ってきた真にはまるで関心がないかのように一直線に向かうその先は突然現れたカエル。そのカエルを目がけてミーナスが裂けた口を大きく開くと、一口でまる飲みにした。




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