試練 Ⅳ
真が目で合図を送ると皆は静かに頷いた。
しっかりとした足取りで部屋の奥の祭壇に近づいていく。距離を詰めるほどに祭壇の後ろに構えている巨人の像が圧倒的な威圧感を出していることを肌で感じる。
「汝ラ 最後ノ 試練ニ 臨ム 者ヨ 力 ヲ 示シ 神 ヘノ 扉 開ク 事 成シテミヨ」
正面に近づいてきた真に呼応するかのようにして低く重い声が石の部屋の中に反響した。どこから聞こえてくるのか分からない声だが、祭壇に鎮座している蛇の像が声の主であることは疑いようがなかった。日本でも蛇、特に白蛇は神の使いとされている。この蛇が神への謁見をするに値する者なのかどうかを試練によって見定めているのだろう。
低く重い声が消えると仁王立ちしている巨人の像が静かに動き出した。一歩踏み出すごとに地響きがするほどの重量。ズシンと鈍い音を響かせて、また一歩を踏み出す。
真は先制の一撃を加えようとするが、スキルが発動しない。
(クソッ……余計な演出はいらないんだよ)
所謂ボスの登場シーン。ゲームではよくある演出で、その演出が終わった後に戦闘が開始される。この世界でもそれが再現されているということだ。だから、演出が終わるまでは手が出せない。
巨人の石像は蛇の像を器用に跨ぎ、部屋の中央まで進むと、雄叫びを上げる様にして両手を広げた。これが戦闘の合図だった。
<スラッシュ>
すぐさま真が踏み込みからの斬撃を加える。その一撃で巨人の標的は真になった。小さな生き物を睥睨するようにして、見下ろしている。
<シャープストライク>
振り下ろした大剣から切り返す刃で素早い二連撃を放つ。スラッシュから派生するスキルで、フラッシュブレードとは別ルートの連続攻撃。
真は止まらず続けざまにスキルを発動させる。
<ルインブレード>
ルーン文字と幾何学模様の刻まれた魔方陣が出現し、それを斜めに両断するようにして真が剣を振るう。シャープストライクから派生する三段目の連続攻撃。ルインブレードはダメージとともに敵の物理防御力を一時的に下げる効果がある。低下する防御力は大きくないが、これに続く攻撃のダメージ量が上がるため軽視することのできないスキルでもある。
このルートの連続攻撃はルインブレードが最後で、総合的な威力としては若干低いが、防御力を低下させることができる追加効果とルインブレードの再使用時間が他のルートの後続連続攻撃に比べて短いことから、使い勝手が良かった。
一旦真の連続攻撃が止まると巨人は大きな拳を振りかざして乱雑に振り下ろした。狙いは真。緩慢な動きだが、重たい一撃は一直線に真へと襲いかかる。
真はその一撃を後方への跳躍で回避する。巨人の拳が床に激突すると、振動とともに重たい衝撃が広がった。
「うっ……!?」
完全に回避をしたが、その余波までは避けきれていない。見えない壁がぶつかってきたような重圧を受けて真が後方へと弾かれた。
「真っ!?」
派手に飛ばされた真を見て美月が慌てて回復スキルを使用する。が、どうもダメージらしきものを受けているようには見えない。
「ああ、大丈夫だ。何ともない」
「あっ……うん……」
若干混乱した頭で美月が返答をする。直撃を受けていないからだろうが、それでもまだ無傷なのは本来喜ぶべきなのだろう。結局のところ、美月もまだまだ真の強さを測り切れてはいない。
真は心配ないことを美月にハンドサインを送りながら、体勢を整えると周囲を見渡した。
(小林さんは何ともないみたいだな)
巨人の石像を挟んで反対側から攻撃を加えている小林は先ほどの攻撃の余波を受けてはいないようだった。
「こいつの攻撃は前方範囲攻撃だ! 絶対に正面に立たないでくれ!」
カラクリが分かれば対処のやり方はある。真が叫ぶと他の皆も理解を示した反応を返してきた。
「すまない、盾役は任せるよ……」
本来であれば敵の正面に立たないといけないのはダークナイトの小林だ。高い防御力と敵を弱らせることで自身の被るダメージを軽減させるのが戦法。だが、どう頑張ったとしても真の火力からヘイトを奪うことはかなわず、そもそも真の方が圧倒的に防御力が高い。理屈は全く分からないが、事実そうなのだから仕方がない。ゲーム化したような狂った世界で理屈を求める方が間違っているのかもしれないが。
タンクとしての本分を全うすることができないのであれば、視点を変えて対応する。
<フォールドファング>
ダークナイトのスキルであるフォールドファングは敵の攻撃力を低下させる効果を持つ。ダークナイトが早い段階で修得するスキルであり、ダークナイトの堅固さを相対的に高める有用なスキル。効果範囲は敵一体であるが、高レベルでも使用するスキルだ。
ダークナイトだからこそできる敵の弱体化。アサシンやサマナーも敵を弱体化させる能力には秀でているが、今このパーティーにはいない。それを救いと言っていいのかどうか分からないが、小林にとっては役割があることが心情的に助かった。
「くっそ……!」
巨人の攻撃は動きが緩慢なこともあって手数は少ない。だが、拳だけでなく、踏みつけ攻撃にも衝撃が広がる効果を持っており、真はその都度避けてはいるが、後方に弾かれて距離を離される。相手は巨体なため、距離の利益は相手にあり、真は苛立ちの声を上げてしまう。
<ソニックブレード>
巨人の石像の攻撃に合わせて大きく後方に飛んだ真が、着地と同時に剣を振る。音速のカマイタチが見えない刃となって大剣から放たれる。
<クロス ソニックブレード>
手を止めずに連続スキルを使用する。十字を斬るように大剣を振り、音速の刃が再度巨人の石像に真っ直ぐ飛んでいく。ベルセルクが使えるスキルの中では数少ない遠距離攻撃が可能なスキル。再使用まで時間がかかるため連発することができないのが難点だが、ベルセルクの専門は近接攻撃。強力無比な近接攻撃が持ち味なのだから文句を言うのは筋違いといったところか。
真にとっては大きく距離を取ったつもりでも、5~6mはある巨人からすれば数歩の距離。簡単に距離を詰められて敵の攻撃範囲に入る。
「こいつっ! しぶといわねっ!」
<バーストアロー>
翼が力を溜めて放った矢は勢いよく巨人の石像の背中に突き刺さり、爆発四散した。スナイパーのスキル、バーストアローは発動までに溜めが必要であるが、その分威力が大きい。しかも範囲は狭いが、周囲にも爆発のダメージを与えることができる。
<ライトニングボルト>
彩音も負けじと攻撃の手を止めない。各種属性攻撃が可能なソーサラーの風属性の攻撃スキル。ダメージとともにスタン効果があるスキルであるが、巨人の石像が動きを止めるような素振りはない。ダメージは入っているもののスタン効果は防がれているのだろう。
手を休めることなく、次々と攻撃を重ねていく。巨人の石像は真を標的としたまま、こちらも手を休めることはない。直撃はしないにしても、大きく回避行動を取らされるので真は思うように攻撃ができていなかった。
それでも、真の攻撃は一撃一撃が非常に強力で、思うように攻撃ができていないにしても相当なダメージを与えていることには違いなかった。
弾かれては近づき、また弾かれる。何度目かになる真と巨人の攻防。そして、
「ゴオオオオオオオオオオオーーーーー!!!」
巨人の石像は両手を振り上げて雄叫びを上げるかのようにして天を仰いだ。もうすぐ決着の時が近いのだろう。最後の力を振り絞っているように見えた。
(最後の力……)
真はハッとなって大声を上げた。
「こいつから離れてっ!!!」
緊急の警告を発するような真の叫び声に驚くも、全員が咄嗟の判断で距離を取るため走り出した。
何が起ころうとしているのかは知らない。だが、こういう時のパターンを真は知識として持っている。ゲームで経験している。だが、それだけではない、本能が警笛を鳴らしている。
「走れっ!!!」
真はそう叫ぶと、皆とは逆方向、祭壇の奥に向けて全速力で走り出した。真が祭壇に鎮座している蛇の石像を越えた時だった。予期していたことが起こった。
ドゴーンッ!!!という凄まじい轟音と荒れ狂う衝撃。真の背中から襲い掛かってきた凶悪な暴力の正体は爆発だった。巨人の石像は最後の力を振り絞って自爆したのだ。眩い閃光とともにまき散らされたエネルギーの奔流は石でできた神殿を大きく揺さぶるほどだった。