探索 Ⅰ
1
一通り装備の外見を変更した真はもう一つ気になっていたことを確かめたかった。装備ではなく、顔や体つき。真は専用アバターを付与されたせいで、ショートカットの女子みたいな見た目になっている。美形ではあるが、違和感が半端ない。他の人はどうだろうか?他の人も真と同じように顔や体つきが変わってしまっているのだろうか。
誰かに話を聞きたいと思っていた。丁度、各職業の組合支部がある区画で、今は人が大勢いる。誰か話を聞けそうな人を探すことにした。
すると、何の職業を選ぼうか迷っている一人の少年を見つけた。中学生くらいだろうか。メガネをかけた細身の少年に話しかけてみることにした。
「なあ、ちょっといいか?」
「え、は、はい。な、なんでしょうか?」
少年は緊張した様子であった。あまりこちらと目を合わそうとしてこない。
「聞きたいことがあるんだけど、あのさ、いきなり服装が変わったよね。他に自分が変わったところある?」
「ほ、他に変わったところですか……。えっと、スマホとか財布とか無くなりました」
そういうことが聞きたいんじゃないんだけどな。と真は心の中で呟いたが、聞き方がまずかったのかもしれない、もっとストレートに聞いてみることにした。
「顔や体はどうだ?別人になってたりしないか?」
「えっ?別人?いえ、僕は僕のままですけど……。何も変わってはいませんが……」
「そうか、ありがとう。参考になったよ」
真はそう言うと少年の前から立ち去った。
(やっぱり、専用アバターをもらったのは俺だけなんだな。)
装備だけでなく、外見が変わっているのはどうやら真だけのようだ。思えば、混乱する中から聞こえてきた怒号や悲鳴の中にも別人になっているなんてことは聞こえてこなかった。もし、別人になっているなら、服装よりもそちらの方が驚くはずだ。
(よし、じゃあ、次は外の探索に行くか)
特に行先を指示されていないため、真は平原を探索してみることにした。所持金も大剣を買ったせいで減っている。お金を稼がないといけない。ゲームの基本に沿えば、外に出てモンスターを倒してお金やアイテムを取得して金策をする。おそらくそのあたりは同じだろう。外を探索するついでに稼ぎ方も確認しておきたかった。
2
真は村に入ってきた方とは反対側から村を出た。再び平原に足を踏み入れて周りを見渡す。村が平原の中では少し小高い場所に位置しているため、村からだと遠くまで見ることができる。どこまでも平原が続いているわけではなく、遠くの方には山があり、そこで視界が遮られている。そして、もう一つ視界を遮るものがあった。それはビル。コンクリートでできたビルが遠くの方に見えている。おそらく、現実世界とゲーム化世界の境界がそこにはあるのだろう。
(とりあえず、この辺りのモンスターを倒してみるとするか)
真は村の周辺にいるモンスターと戦ってみることにした。初期の村の周辺であるため危険なモンスターはいないはずだ。見える範囲にいるモンスターも街中にいた大ウサギや大ネズミ、キツネ。少し離れたところには毛むくじゃらの羊のようなやつがいるくらい。
【チュートリアル スキルを使ってみましょう】
「おっと」
村を出て外の平原を歩き出した直後、またもや頭の中でチュートリアルの声が聞こえてきた。
【職業ごとにスキルが存在します。スキルを使ってモンスターとの戦いを有利に進めることができます。それではまず、武器を構えましょう】
(このチュートリアルはしっかりとやっておいたほうがよさそうだな)
真はチュートリアルの声に従って、背負っていた大剣を抜き、構える。兎に角戦う方法を身に付けないことにはこの先やっていくことはできないだろう。
【ターゲットを決め、心の中でスキル名を唱えます。戦闘態勢を取っている状態で実際にスキルを使うという意思をもって唱えればスキルは発動します。単に心の中でスキル名を唱えても何も起きません】
(なるほど、スキルが暴発しないようにセーフティがかかっているっていうことか)
【それでは、さっそく目の前にいるジャイアントマウスに『スラッシュ』を使ってみましょう】
真はチュートリアルの声に言われた通り、目の前にいる巨大なネズミにターゲットを決めた。そして、剣を振り上げ、敵を攻撃する意思を持って心の中で唱える。
<スラッシュ>
ザンッ!振り上げた真の大剣は一直線にジャイアントマウスを直撃した。スキルが発動すれば、あとは勝手に体が動く。実際に剣を扱った経験がなくともスキルは使えた。
そして、真の斬撃を受けたジャイアントマウスは一撃で倒され、地面に横たわった。レベル100のベルセルクが最強装備でスキルを使えば、最弱のモンスターは当然のことながらオーバーキルになる。
(なるほど、これなら簡単だな)
ベルセルクが初めから使えるスキルはこの『スラッシュ』。レベル1から使用できるスキルであるが、高レベルになっても使用頻度は高かった。その理由はスラッシュから派生する連続攻撃。レベルが上がると、スラッシュ派生の連続攻撃が可能になる。連続攻撃を積み重ねていくことでより強力なスキルへと派生していく。最大で4連続の攻撃が可能になり、4連続目に出せるスキル『カタストロフィ』はベルセルクの主砲でもあった。
【チュートリアル アイテムを拾いましょう】
【倒したモンスターからアイテムを取得できることがあります。倒したモンスターの体に手をかざしてみてください。それでアイテムを取得することが可能です】
草原の大地に横たわるジャイアントマウスの体から白く光る靄のようなものが出ていることが分かった。真はこの靄に手をかざしてみた。すると、目の前に情報が表示され、『ネズミの皮』というアイテムを取得することができた。アイテムを取得したモンスターはそれで姿を消した。
(このあたりはゲームの感覚と同じだな)
モンスターを倒してアイテムを入手する。これは一般的なRPGの基本とも言えた。その分、真の飲み込みも早い。
(それじゃあ、辺りを探索してみるとするか)
真はビルのある方角ではなく、山のある方へと足を進めた。まずはこの平原を把握する。山に入るつもりもない。
3
真はしばらく歩き続けた。もう1時間以上歩いているだろうか。意外なことだったのはあまり疲れていないこと。まったく疲れを感じていないというわけではないが、1時間以上歩いているにも関わらずまだ歩くことも走ることもできそうだ。
周りにいるモンスターに変わりはない。毛むくじゃらの羊のようなモンスターも数匹き倒しみた。どれも一撃で葬ることができたが、すべてのモンスターがアイテムを落とすというわけではなかった。だが、倒し続けていればもしかしたらレアなアイテムを取れるかもしれない。
真は更に1時間以上歩き続けた。そしてたどり着いたのが山の麓。かれこれ2時間以上歩いている。日はまだ上っているが、そろそろ戻らないと村に着く前に日が沈んでしまう。
(最後にあそこを探索してみるか)
真が見つけたのは山の斜面にぽっかりと開いた空洞。洞窟というには小さいが、人が立って入ることができるくらいの大きさがある。何かあるか、こういう場所を見つけたら取りあえず調べてみるのがゲームの基本だ。
真は穴の中に入って行った。穴の中は暗いが、日が傾いてきたおかげで、空洞の中が照らされて何も見えないということはなかった。数メートル進むと空洞は下に向かう方へと折れ曲がっていた。真がその角に差し掛かって、下にどれだけ続いているか確認するために覗き込んだ。
「っ!?」
真が目にしたものは大きな丸い口と牙。暗くてよく分からなかったが、それが巨大な生物であることは直感的に分かった。
「うわああああああああああああああーーーー!!!」
慌てて空洞から外に向かって飛び出す。全速力で走り、平原に出たところで横に飛ぶ。その直後、後ろから巨大な何かが通り過ぎたのを感じた。
転がるようにして平原の大地に飛び込んだ真が振り返り、何が出てきたのかを確認すると、そこにいたのは巨大なワーム。人間よりも遥かに大きく、焦げ茶色をした管状の体は非常に気持ちが悪い。
真が入っていった空洞はまさに、この巨大ワームの巣だったのだ。