試練 Ⅰ
真は部屋の奥の祭壇にある蛇の石像に近づいていった。蛇の石像はまっすぐ前を見据えており、静かに鎮座している。時の流れから隔絶されたかのような空間で、いつ来るとも知れない旅人を待っているようにじっと一点を見つめていた。
真が目線を真っ直ぐに蛇の石像へと歩いていく。後ろから他の6人も付いて来ている。あと数メートルというところで、真が振り返った。
「園部さん、強化スキルお願いします」
「あ、え、ええ、ちょっと待ってね」
緊張しているのか、突然真に声をかけられて園部は少し驚いた。だが、エンハンサーになってすでに数カ月。自分のやるべき仕事は分かっている。
<プロテクション>
エンハンサーのスキル、プロテクション。防御力を上げるスキルで、地味だが使っておいて損はない。存在感は薄いが必ずと言っていいほど使用するスキル。
<マイトフォース>
こちらもエンハンサーのスキル。攻撃力を上げるスキルで、その効果を体感できるためこちらも必ず使用するスキルだ。
<マジックガード>
魔法防御力を高めるマジックガードはプロテクションよりも効果が分かりやすい。魔法攻撃というのはどれも強力であるため、重宝される。
<スペルエンハンス>
魔法攻撃力を高めるスキル。ソーサラーやサマナーといった魔法職だけでなく、物理攻撃職でも属性攻撃をする際には魔法攻撃力が影響を受ける。そのため、物理アタッカーにも恩恵のあるのがスペルエンハスだ。
「……たぶん、このガーゴイルの像が動き出すと思うから、注意して」
真がそう注意を促すと、それぞれが武器を手にして首肯する。真に言われるまでもなく、おおよそこのガーゴイルが動き出すんだろうなということは皆が予測していることだった。
そして、真が足を進めて蛇の石像の前に立つ。すると、先ほど聞いたばかりの低く重い声がどこからともなく聞こえてきた。
「汝 試練 ニ 挑ム者 ナレバ 力 ヲ 示シ 扉 ヲ 開ケ」
声が終わると、蛇の像の両脇にあるガーゴイルの像が細かく振動を始め、ゴゴゴゴゴという鈍い音を鳴らし始めた。
「来るぞ!」
真の叫び声と同時だった、今まで沈黙を保っていた二体のガーゴイルが羽を広げて勢いよく飛び上がった。
「こっちに来いよ!」
<デモンアクセル>
小林が片手斧を大きく振りかざして二体のガーゴイルの中間に振り下ろした。ダークナイトのスキルであるデモンアクセルは範囲攻撃と同時に敵のヘイトを上昇させる効果を持っている。振り下ろした斧の衝撃波がガーゴイルを襲い、標的を小林へと向けさせた。
小林は二体同時にガーゴイルの鋭い爪に襲われるが、盾を構えて応戦する。獰猛なガーゴイルの鉤爪が金属の盾を引っ掻く嫌な音が石の部屋に響く。
<ショックウェーブ>
すかさず真が大剣を振り下ろすと、獣の咆哮のような激しい剣圧がガーゴイルに押し寄せる。
ベルセルクの攻撃スキルであるショックウェーブは一直線上にいる敵を巻き込んでダメージを与える。攻撃範囲は直線状に限られるが、威力も高く、二対しかいないのであればこれで十分攻撃範囲は足りる。
一撃で真のヘイトが小林を上回り、ガーゴイルのターゲットが真へと向く。ここに来るまでの道中は、他の皆の攻撃や真の攻撃ですぐに敵が沈んでいたため、あまり気にすることはなかったが、改めて真の強さを思い知る。
「ここまであっさり……持ってかれると、流石にへこむな……」
本来、タンク職がヘイトを上昇させるスキルをしっかり使っていれば、よほどの火力差がない限り敵のターゲットがアタッカーに向くことは少ない。ダークナイトのヘイトが一発で持っていかれるなど規格外だ。
<ペインチェイン>
小林が手にした片手斧を掲げてスキルを発動させると、一体のガーゴイルが黒い鎖で縛られてその場から動けなくなった。
ダークナイトのスキルであるペインチェインはダメージを与えつつ、その場に10数秒間敵を拘束するスキル。ダメージ量は少ないが、足止めができる便利なスキルだ。再使用時間があるため連続使用はできないにしても使いどころは多い。
「こいつから先にやってしまおう!」
真の号令で足止めされたガーゴイルは一旦放置し、動ける方のガーゴイルに攻撃を集中させることにした。範囲攻撃で二体同時に撃破することも考えられるが、今のうちに単体攻撃だが威力が大きいスキルで数を減らした方が安全であると判断したためだ。
「OK!」
翼が勢いよく返事をすると弓を番えて、狙いを研ぎ澄まして矢を放つ。
<スラッシュアロー>
スナイパーの初期スキルであるスラッシュアロー。威力は普通だが、このスキルは連続スキルの起点になる重要なスキル。翼は続けさまにスキルを放った。
<クイックショット>
スラッシュアローから派生するスキル、クイックショット。動作に手順の多いスナイパーは連続してスキルを使うとどうしてもタイムラグが生じる。だが、連続スキルを使用することによってそのタイムラグを無くすことができ、間髪入れずに次の攻撃が撃てるようになる。結果として単位時間当たりの攻撃力が増すのである。
「了解しました!」
<アイスジャベリン>
彩音も続いて遠距離魔法攻撃スキルを発動させる。空中に現れた数本の氷の槍が真っ直ぐガーゴイルに向かって飛んでいき突き刺さる。
火水風土の四属性を操るソーサラーのスキル。水に属するアイスジャベリンは今、彩音が使えるスキルの中では威力が大きい方のスキル。ソーサラーは連続したスキルがない代わりに、一つ一つのスキルの威力が大きいことが特徴の単発火力型のアタッカー。
「ギィイヤアアアアアアアアアアアアア!!!」
真達の激しい攻撃に晒され、一気に体力を奪われていくガーゴイルは絶叫の様な声を上げて、なおも抵抗を続ける。狙いは一番ダメージ量の多い真。
ガーゴイルの鋭い爪が狂ったように振り回され、近づく者を切り刻まんとするが、真はそんなこと全く関係がないとでもいう風にガーゴイルの凶爪の旋風の中で剣を振るう。回避行動は一切しない。ただ剣を振るうのみ。
真がガーゴイルの一体を切り伏せたのと同時だった。ペインチェインでその場から動けなかったもう一体のガーゴイルの拘束が解け、一直線に真に向かって行った。
「残り一体っ!」
真が声を張り上げる。早々に一体目のガーゴイルを処理できたので、残りは安全に対処できる。ガーゴイル一体の強さは鍾乳洞を徘徊する大ムカデよりも強いだろう。だが、レベル100のベルセルクの攻撃を前にすれば、風の前の塵に同じだ。
「了解っ!」
翼が勢いに乗って返事をする。前衛のベルセルクとダークナイトが敵の攻撃を引き受けているため、遠距離からの攻撃を得意とするスナイパーにとっては格好の的になる。当然、ソーサラーからしても案山子に打ち込んでいるのと同じ。何も気にせず全力で攻撃をすればいい。ここまで来るのに長い道のりを歩かされてきた鬱憤を晴らすかのように力いっぱい攻撃スキルを打ち込んでいく。
弓が、魔法が、斬撃が残ったガーゴイルに対して無慈悲なまでに降り注ぐ。我武者羅に鉤爪を振り回すもガーゴイルは呆気なく地面に沈んだ。
「これで片付いたかな……?」
真が周辺を見渡した。ガーゴイルは崩れ落ち、残っているのは祭壇にある蛇の石像のみ。他に気になる様なところは見受けられなかった。
「やけにあっさり終わったわね」
翼は何か拍子抜けしたような感じがしていた。神殿の中にはどんな敵が待ち構えているのだろうと不安と緊張があったが、特に問題が起きるようなこともなく戦いが終わった。
「この先も……まだあるよね……?」
これでミッションが終わってくれればどれだけ嬉しいか。美月はそんなことも思っていたが、どう考えてもまだ先はありそうだ。
「汝ラ 最初 ノ 試練 ヲ 越エタ事 認ム ナレバ 次 ノ 試練 ニ 挑マン」
どこからともなく低く重たい声が再度聞こえてきた。声が終わると真達は再び視界が暗転し、一瞬で真っ暗闇の中入った。それは入口から入って来た時と同じだった。すぐに視界が元に戻ると、目の前に見えている光景が変わっている。
「またワープか……」
真がひとりごちた。ガーゴイル二体倒しただけで終わってくれるような甘いミッションでないことくらいは分かっていたことだが、敵と戦う試練をあと何回も乗り越えていかないといけないのだろう。
最初の試練を突破し、次に飛ばされてきた部屋はさっきまでいた部屋よりも広い。石でできた壁に囲まれていることは変わりないが、両脇の壁にはガーゴイルの像がずらっと並び、数にして10体はいるだろう。そして、正面には祭壇があり、蛇の石像とその後ろに整列しているように並ぶ剣闘士の像がこれも10体あった。