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扉を開けて

ウル・スラン神殿は目の前にしてみると、崖の上から見ていた時とは比べ物にならないほど威厳を持った神殿だった。見上げるほどに大きな柱が数本並んでおり、屋根の部分には丁寧な彫刻が施されている。幾星霜の年月を経ているのだろうが、それでも保たれている風格はエルフの長老が言うような邪神を祀る神殿とは思えないほどに品格を持っている。


真達は神殿の巨大な石柱の間を抜けると一気に空気が変わったことを感じた。崖をくり抜いて中に神殿を作っているためか、日の光はほとんど入って来ない。そのため、冷たく張り詰めたような空気になっている。ただ、不快なものではなく、真っ直ぐ透き通った凛とした空気だ。


更に奥には10mはあろうかという巨大で重厚な扉がそびえ立ち、その扉の前には蛇の石像があった。石像は扉の正面に鎮座しており、神殿にやってくる者を待ち構えているかのようにも思える。


そこまで来ると真は急に前に出て皆の方を振り向いて声を上げた。


「ここから先は俺一人で行こうと思う」


「えっ!? っちょっと、何を?」


「真! あんた何言ってんのよ!?」


「真さん、ど、どうしたんですか!?」


ほとんど同時に声を上げた。美月にしても翼にしても彩音にしても真がいきなりここから一人で行くなんて言い出すとは思ってもいなかった。


「どういうことだ? 確かに蒼井君は強いと思うよ。だけど、一人でミッションをやろうなんていうのはいくらなんでも無謀すぎないか? このミッションはみんなが連帯して請け負っているものだ。時間にも制限がある。蒼井君を待っている間にも時間は過ぎていくんだよ?」


小林としても真が言い出したことには理解ができない。ここまで一緒に来ておいて、いきなりどうしたというのか。真が一人で神殿の中に入って行ってしまえば、ミッションに失敗したとしても分からない。成功すればアナウンスが入るだろうが、失敗した場合の確認のしようがなければ、いつまで待てばいいのかも分からない。それに、後何日も残されているのであれば百歩譲って待つこともできるだろうが、残り時間は一日もない。


「詳しいことは説明できないけど……ただ、一番犠牲者を出さずにミッションをクリアする方法は俺が一人で行くことなんだ……」


「あの、ちょっと待って……蒼井君……。あなた一人でクリアできると思ってるの?」


「思ってる」


園部のもっともな質問に対して真が即答する。あまりの即答ぶりに園部は返す言葉が無くなっていた。


「ここに来るまで考えてたんだ……。どうしたら皆助かるのか……って言っても、答えは最初から分かってたんだけど……。俺が一人で行けばそれで皆は助かる!」


真はそれだけ言うと、早足で扉の方へと進んでいった。見上げるほどに高い石の扉。長い年月にも耐えてきた意匠は未だに風化することなく存在している。


「真! 待って!」


美月が真に駆け寄ろうとしたのをきっかけに、他の5人も真の方へと近寄っていった。その時だった。どこからともなく突然低い声が響いた。


「汝ラ ハ 意志 ヲ 示シタ サレバ 神ノ 拝謁 賜リ 叶ウト 知レ」


声の主はどこかは分からない。ただその声は聞こえてきた。重く低い声。人の声帯からそんな声が出せるとは思えないような声だ。その声が発せられ、言葉が紡がれ、意味を成した瞬間、真達の視界は暗転した。


暗転したのは数瞬だけ。すぐに視界を取り戻すことができた。そして、異変に気が付くこともすぐに成しえた。さっきまでいた場所と違う。


「な、なんで? どうして?」


美月の声が四方に囲まれた石壁に反響した。


ついさっきまでいた神殿の入口ではなく、今いる場所は前後左右、上下に至るまで石でできた部屋の中である。息苦しさもを感じる密閉された石の空間。そこに七人全員がいる。


部屋は小学校の体育館の半分あるかどうかという広さ。石の壁には松明が灯されており、静かに揺らめいている。奥の方には祭壇があり、神殿の入口の前にあったのと同じような蛇の石像が鎮座している。神殿の入口と違うところは扉がないことと、蛇の石像の両脇を固めるようにしてガーゴイルの像があること。


「ワープ……」


真が呟きを漏らす。今いる部屋のどこにも扉はない。完全に閉鎖された空間の中に放り込まれている。どうしてここにいるのかは分からないが、空間ごと転移させられたとしか思えない。これもゲームをやっていないと想像もつかないことだが。


「ねぇ、ま、真!? どういうことよこれ!?」


「翼ちゃん落ち着いて!」


彩音はある程度理解をしているようだった。それでも完全にこの状況を理解しているというわけではない。他の人と同じように神殿の中に入って行こうとする真の後を追おうとした。そうしたら、視界が暗転して、気が付いたら入口の無い部屋の中にいる。真が呟いた『ワープ』という言葉以外に彩音も思い当たるものがなかった。


「一体何が引き金になったのかは分からない……。だけど、ここに来る前、あの声が聞こえてきたことが関係あるとしか思えない」


「あ、あの、真さん……もしかして、私達全員がトリガーを引いちゃったってことですか……?」


「たぶん……そうだと思う……」


「ちょっと、どういうことよ! ちゃんと説明してよ! なんで彩音は分かってるのよ!?」


「俺の推測でしかないけど……。聞こえてきた声に『意思を示した』って言葉があっただろう? 何らかの行動がウル・スラン神殿の中に入る意志を示す行動として取られたんだと思う。だから、ここにワープさせられてきた……」


「扉があるのにどうしてワープなの……?」


美月が疑問に思うのももっともなことだろう。あの場にいた誰もがあの巨大な扉を開けて神殿の中に入るものだと思っていた。今から思えば、あの巨大な扉を七人でどうやって開けるのかは見当もつかないが、正面に扉があるのであればそこから入るものだと思う。


「いや、それは……何とも言えないけど……。んー、たぶんだけど……あれは扉じゃないかもしれない……」


「扉じゃない……?」


「何て言えばいいんだろ……。シンボルって言えばいいのかな? あれは神殿の入口だっていうことを表してるものなんじゃないかな? だから、たぶんあの扉は開かない……」


これは真の推測に過ぎない。質問をされて咄嗟に辻褄が合うような答えを考えただけだ。ただ、この状況ではそれを確かめることはできない。


「蒼井君……。君にとっては不本意かもしれないが、こうなってしまった以上は僕たち七人でやるしかない。正直言うと、蒼井君が一人でミッションをやるって言いだした時に少しだけホッとしたんだ……自分が危険な目に遭わずに済むってね……。でも、すぐに考え直したよ、クリアしないことには僕も助からない。力を合わせる他ないって……だから、独りで解決しようとするな! これは社会人になってからも身に染みて分かることだよ」


小林も状況について一定の理解を得たようだった。真が一人でミッションをやろうとしたことには若干怒っている感じはするが、それでも大人の対応をしている。


「そういうことよ。ただ、あれだけの口を叩いたんだから、頼りにしてるわよ!」


小林が言いたいことを言ってくれた。園部としても本音で言えばミッションをやらずに済むのであればそれに越したことはない。だが、そうも言っていられない状況がここにはある。


「……分かりました。でも、ここからは本当に危ないと思うから、できるだけ自分の身を守るように――」


「分かってるわよ! 真!」


バシッと翼に背中を叩かれて、真は一瞬咳き込んだ。『お前が一番危ないんだよ!』という声が出そうになるがそれを遮る声があった。


「真……。お願いだから、無茶はしないで……」


何日前だっただろうか、彩音が言っていた言葉を美月が思い出していた。『一番無茶をしそうなのが真さん……かなと……』と。それは漠然とした不安だったが、ここに来てその不安は実体をを帯び始めていた。


「あ、あぁ……大丈夫だ、分かってる」


「よし、皆が身の安全に留意しながら進む。ここまで来たんだ、無駄に浪費するだけの余裕はないにしても、ある程度の余裕はあるはずだ。慎重に行こう!」


小林の言葉に一同が頷く。ここからが本番であることには違いないが、神殿がそれ程大きな物とは思えない。ここに来るまでの道のりのように無駄に時間を消費するようなことはないだろう。その分危険度は増すと思ってもいい。だから、慎重に行くことがベストだろう。


「で、どうすればいいの……?」


翼が水を差すような疑問を呈するが、ここは閉鎖されている空間。どこにも出口はない。


「あれだろう」


真が指さす方向。正面奥にある蛇の石像とその両脇を固めるガーゴイルの像。ウル・スラン神殿の入口にもあった蛇の像だ。これが進む道に関係していることは間違いなさそうだった。






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