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足止め

       1



もはや迷っている時間も惜しい。ウル・スラン神殿にたどり着くだけでも使える時間の半分を消費する。当然その後もウル・スラン神殿の内部を攻略して、待ち受けるダークエルフを倒して巫女を救出しなければならない。


なれば、真達は来た道を急いで戻る。だが、エルフの村を出た時にはすでに午後を回っており、森の中の小屋に着く頃には夕闇が迫る時刻にまでになっていた。気持ちとしては夜でも関係なく進みたい。休んでいる暇などない。だが、この森は夜になると狂暴なモンスターが徘徊するようになる。実際にそのモンスターに遭遇したわけではないのでどんなモンスターが出るのかは分からないが、ここは一旦小屋に泊まって、次の朝を待つしかない。


真なら凶暴なモンスターが現れたとしても倒せるだろう。真一人なら問題ない。だが、他はどうか。ゲーム化した世界は夜でも視界が奪われることがないといっても暗いことには変わりない。昼間とは視界の広さが全く違う。そんな中で奇襲を受けて犠牲者が出ないとは言いきれない。また、夜通し歩いたところで、疲労の蓄積が致命的になる。そんなところに大量のモンスターが襲ってきたら、真でも全員を守り切ることはできない可能性が大きい。だから、仕方がない。完全に日が沈む前に小屋に着いたのであれば、今夜はそこで夜を過ごすしかない。


美月は黙って暖炉に薪をくべた。小屋の裏に倉庫があり、薪が保管されている。それを持ってきて火打石を使って火を付ける。現実世界で薪に火を付けようと思えば火打石一つでどうにかできるものではないが、ゲーム化した世界での火打石というのは、それだけで薪に火をつけることができる。温かい暖炉の火が心に安寧をもたらしてくれればいいが、時間が擦り減っていく中での足止めは皆に焦燥感を与えていた。


地図を確認して、明日の予定を確認すれば、あとやれることは寝ることだけ。できるだけ朝早くに出発して、できるだけ夜遅くまで進めるように今はただ只管眠ることに集中する。



       2



深く沈み込んだような夜の静寂。薪の残り火も消え、月明かりだけが小さな小屋の窓から差し込んでいる。


「真……起きてる……?」


正確な時刻は分からないが、寝静まってからかなりの時間が経っているということは分かった。


「眠れないのか?」


不安の色が滲む美月の声に真が返事をする。周りの人を起こさぬように細心の注意を払いながら小声で話をする。


「うん………………この先に何が待ってるんだろうって考えると…………」


「怖い?」


「うん……」


「考えないように……っていうわけにはいかないよな……」


「うん……それに……こうしている間にも残り時間は少なくなってるって思うと……焦ってもどうしようもないって分かってんだけど……」


「俺さ、考えてたんだけど」


「何を……?」


「いや、大したことじゃないんだけどな。ミッションを受けてすぐに足止めを喰らってるだろ」


「そう……だね」


「これも計算に入ってるんだろうなって」


「どういうこと?」


「夜になったら森に凶暴なモンスターが出る。森の小屋に居れば夜は安全に過ごせる。森に入ってからエルフの村に着くまでの時間を考えるとどうしてもこの小屋で一晩過ごさないといけないんだ。最初は救済措置として小屋があるっていう風に思ってたけど、そうじゃないんだ……。やっぱりこの世界は優しくない。時間を浪費させるためにこの小屋があるんだよ……」


「それって……ただの嫌がらせじゃない……」


思わず声を荒げそうになりながらも、美月は何とか自制した。制限時間を設けておいて、時間を浪費させるルートを用意する。しかも道はそれしかない。日の出とともに走れば夜になる前に着くことができるかもしれないが、期限付きのミッションを強制的に受けさせられるとは初見では分からない。地味だが焦燥感をつのらせるには効果的だ。親切な顔をして精神的に追い込む、なんと悪質なことか。


「ああ、そうだ……ただの嫌がらせだ。でも、それは逆に言えばここで一晩過ごすことを計算に入れて120時間っていう期限を設けてるってことでもあるんだ」


「あっ……だったら……」


「そう、ここで一晩過ごしても間に合うように設計されている」


「そうだよね……それなら、少しホッした……けど……」


「けど?」


「うん……時間のことも心配だけど……神殿に入ってからが…………」


ウル・スラン神殿に入ってからが本番だ。どんな罠があるかも分からないし、待ち構えているであろうダークエルフがどれだけの力を持っているのかも分からない。


「前にも言っただろ」


「えっ……?」


「……ほら、あの……俺の守れるのは……ほら、だから、俺の手は、あれだ……あの、俺の手を離すなって……」


「ふふっ、そこは照れずに言ってよ」


美月はクスクスと笑いながら答えた。グレイタル墓地で美月がギルドの仲間を失った夜。真に付いていくと決めた夜。真が言った言葉。『俺が守れるのはこの手の中だけだから、俺の手を離すな』要約すればこういうことだが、あの時も真は緊張してちゃんと言うことができていなかった。


「慣れてないんだよっ! 思った以上に恥ずかしいんだよ、こういうのはっ!」


「途中までは良かったんだけどね」


真はあの時から少しも変わっていない。相変わらず不器用だ。単純な力だけでなく、知識や判断力も真の強さであり、美月が求めた強さでもある。ただ、人間関係を器用にこなせるわけではなく、女性の扱に慣れているなどと思うような場面は欠片もなかった。だから安心できるのだろうか。不器用でも上辺だけ上手に取り繕う人間よりはよっぽど信用ができる。


「慣れてないって言ってるだろっ!」


「ふふふ、そうだね」


「明日も早いんだからさっさと寝るぞ!」


真はそう言うと、話はこれで終わりとばかりに美月に背を向けて目を閉じた。これ以上揶揄われたのではかなわない。とっとと寝てしまうに限る。


「ねぇ、真……」


「寝るぞ!」


「そのね……ありがとう……おやすみ……」


「…………あ、あぁ、おやすみ……」



       3



夜明けとともに慌ただしく動き始める。ほぼ全員夜明け前から起きていたため、日が昇るとすぐさま出発する。やらないといけないことがあると自然に目が覚める。重要なことであれば尚更だ。まだ時間があるとはいえ、浪費させられた貴重な時間を考えると、焦らない方が無理なことだろう。


森の朝靄が白く揺れるカーテンのように行く先を覆う。曇天から差し込む光は少なく、纏わりつくような冷たい湿気が足取りを重くする。


それでも早足で道を踏みしめていく。先頭はダークナイトの小林とベルセルクの真。前衛職はこの二人だけなので自然と先頭を歩くことになっている。ただでさえ、隠れる場所の多い森の中は警戒して進まないといけないが、今は慎重に進めるだけの余裕がない。ある程度の危険は承知のうえで強行する。


こういう時に限ってモンスターとの遭遇は多い。真達が森に入って最初に遭遇した巨大なキノコの他に、大型の甲虫類や蛇。狼といった肉食の動物も襲ってくる。


だが、タンク、アタッカー、ヒーラー、バッファーが揃っているPTの敵ではない。真がいる分、火力には申し分ない状況であり、どんどん森の中を進んでいく。


何時しか朝靄は無くなっていたが、それでも灰色の空模様は変わらず、日の光が乏しい森の中では見ている以上に視界が狭くなっている感覚すら覚えるほどだ。そんな森の中を数時間歩き続けた。


ようやく森を抜けて、高原にたどり着いた頃には、どんよりとした空から小雨が降ってきていた。時刻は正午を過ぎたところだろうか。分厚い雲に覆われて太陽の位置が確認できないが、体感で正午を過ぎて間もないのではないかと思う。モンスターとの遭遇はあったものの、急ぎ足で歩いてきたこともあり、思ったほど時間をロスしてはいない。


「地図を確認しよう。蒼井君たちは向こうから来たんだったね?」


「地図で言うと、ここかな」


小林が広げた地図に真が指を指し示す。現実世界とエル・アーシアの境界線を越え、一日半かけて今いる場所までたどり着いた。そして、ウル・スラン神殿の場所は真達がエル・アーシアに入ってきた場所から近い場所にある。


「ここからだと、急いでも一日半くらいかかると思います」


美月が補足を入れる。来るときは下ってきたが、今度は登っていく。当然登るとなるとかかる時間は増えるが、来るときは急ぐ理由もなかったため休憩を挟みながら進んでいた。そのため急いで登れば、来る時とそれ程大差のない時間で目的地まで行けるだろうという計算だ。


「よし、それじゃあ行こう」


碌に会話もなく黙々と歩き続けてきたが、休憩はしない。小林の号令に誰も意見を言うことなく、このまま高原の斜面を登っていくこととなった。






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