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動揺 Ⅱ

彩音の言葉で各々がお互いの顔を黙って見つめる。それはほんの数秒間だったと思う。だが、ずっと沈黙したまま動かなかったような錯覚を覚えるほど長く感じた。彩音の言ったことは正しいと理解している。それ以外の案を出せるかといえば誰も出せない。それでも、このミッションの詳細を確認するということに躊躇があった。話を聞いただけで期限付きのミッションを受けさせられた後に、その後の話を聞くということはどれほどのリスクがあるのだろうか。聞いてしまえば後戻りができないことになるかもしれない。たとえリスクがなかったとしても一歩踏み出すためには強い覚悟が必要になる。


「俺が話を聞くよ」


一歩前に出たのは真だった。既に十分後戻りのできないところに足を踏み入れている。知らない間に地雷を踏まされたのだが、踏んでしまったものはどうしようもない。踏まなかったことにしてくださいと言っても、地雷は地雷の役目を果たすだけだ。だとしたら、踏んでしまった地雷が爆発しないように対処しないといけない。


「真……」


美月が止めようと出した手を引き下げた。迷っている場合ではない。今こうしている間にもミッションの残り時間は刻々と過ぎていっている。それに、真の強さがあれば何とかなるかもしれないという期待と、自分はどうしていいか分からないという無力感から止めようとした手を下げた。


「彩音の言う通り、ミッションの詳細を聞いて期限内にクリアするしかないよ」


そう言うと、真は再びエルフの長老の前に進んだ。それを止めようとする者はいない。誰もが黙って見ている。無言は消極的な肯定だった。


「そちらの話は済んだようじゃな。揉めておったようだが、いいのか?」


「ああ……問題ない。話の途中だったな、詳しい話を聞かせてほしい」


「そうか、話を聞いてくれるか。礼を言う――――ダークエルフ共は私利私欲のために奴らの邪神を復活させようとしておる。それは悍ましい異形の怪物じゃ。それを奴らは神と崇拝しておる。気の狂ったダークエルフどもの考えることは儂らにとっては嫌悪以外の何物でもない」


エルフの長老は憎悪に顔を歪めて話をする。ダークエルフという名を口にすることすら嫌気がするとでも言いたげな表情だ。エルフとダークエルフの間に何があったのかは分からないが、禍根は根深いものがあるのだろう。


「で、エルフの巫女が生贄にされるとかどうとか」


「そうじゃ……。儂らの巫女が連れ去られた……。護衛も惨たらしく殺された……。あの残忍なダークエルフどもは邪神の復活のために巫女を生贄に捧げるつもりなのじゃ。何と嘆かわしいことか……。邪神が復活してしまえば儂らに打つ手はなくなる……。それだけは何としても阻止せねばならん」


後悔の念にかられ、エルフの長老は両手で顔を覆い、感嘆の声を上げる。


「あぁぁ……可哀そうに、あの娘は類まれな素質を持ったがゆえに生贄として狙われてしもうた……。皆から慕われる美しい娘だ……頼む何とかして助け出してほしい」


エルフの長老が心を痛めていることは分かった。だが、大まかな内容はミッションを受ける原因となった話と変わりはない、そんなことよりももっと大事なことが聞きたい。


「それで、俺たちはどうすればいい?」


回りくどいエルフの長老の話に若干苛立ちつつも真は聞く。そもそも悠長に老人の長話に付き合っている余裕はない。必要な情報を必要なだけ提示してくれればそれでいい。エルフとダークエルフの禍根などどうでもいい。


「ウル・スラン神殿に向かってほしい。そこがダークエルフどもの邪神が祀られている場所じゃ。巫女はそこに連れて行かれている」


「どこにあるんだ?」


「この地図を持っていけ。ここからなら2~3日で着くはずじゃ」


エルフの長老はそう言うと懐から一枚の地図を取り出した。羊皮紙に書かれた地図にはエルフの村からウル・スラン神殿まで地域が記されている。


(用意のいいことだな、おい……)


突然の来訪者に地図まで用意して話をする。NPCなのだからそうなのだが、茶番とでもいうのだろうか、何とも言い難い虚仮にされているよな気分がある。しかし、問題はそんなことではない。


「お、おい……ここから2~3日かかるって……」


エルフの長老の話を聞いて声を上げたのは木村だった。制限時間は120時間。5日間でミッションをクリアしないといけないのに、移動だけでその半分はかかる。


「冗談でしょ……」


園部も落胆の色を隠せない。先ほどに比べれば幾分落ち着いているとはいえ、追い詰められていることには違いない。


「ねぇ……どうしてあんたたちで巫女を助けようとしないの?」


抑えているのだろうが、翼の声色は怒りに濁っている。納得のいく説明をしてもらえなければ収まりが付かないといった顔だ。


「結界じゃよ……。ウル・スラン神殿はダークエルフどもの穢れた神殿だ。儂らエルフには入れないようになっておる。だから、エルフ以外の者に助けを求めた……」


「エルフが入れないっていうなら、どうしてあんたたちの巫女は入れるのよ? 生贄にされるために神殿の中に連れていかれたんでしょ? おかしいじゃない!」


「ダークエルフの司祭が術を施せばエルフでも入れるようになる。ダークエルフの術をかけられるなど、想像しただけでも吐き気がすることじゃが、巫女は術で結界を通れるように細工されたんじゃ……嘆かわしい……嘆かわしい……」


そこまで聞いて翼は言葉が止まった。エルフ達ではどうしようもできない。エルフの長老が最初に沽券に関わることだと言ったのも、まんまと巫女を攫われ、ダークエルフの邪神の生贄にされそうになっているのに自分たちではダークエルフに対抗する手段がない、完全にお手上げ状態だということだ。


「蒼井君、地図を見せてくれないか」


交わされる言葉が無くなったところで小林が声を出した。一瞬静まり返った部屋で発せられた静かな声だったが、実際の声量よりも大きく、はっきりと聞こえたような気がする。


「はい」


羊皮紙でできた地図を広げて小林に見せる。小林が持った地図を囲むようにして全員が地図を見た。エル・アーシアの一部が記載された地図。この地図だけではまだまだ、エル・アーシアという大地の全貌は掴めない。


「これって……私たちが来た所から近いよね?」


美月が地図を見て気が付いた。地図に記載されているのは、キスク周辺とエルフの村を繋ぐ細い道やその周りの山脈。渓谷や森の位置が記されている。そして、ウル・スラン神殿の場所。真達はできるだけ平坦なところを通って山を下りてきたが、ウル・スラン神殿の場所はもっと山の切立った場所に近いところにある。


「そうだな。地図からするとウル・スラン神殿の場所は現実世界との境界線にかなり近いところにあるみたいだな」


地図の端に記載されているウル・スラン神殿。地図の縮尺は分からないが、ここから2~3日かかるという情報や、今まで通ってきた道のりを考えるとどうやら現実世界とエル・アーシアの境界線に近い場所であることは推測できた。


「あれを、今度は登るんですね………………」


彩音がポツンと弱音を呟いた。ゲーム化の影響で体力が増強されていることは分かっているし、遅れることなくついていくことができたことも事実だ。そうだとしても、下るだけでもあれだけ大変だった道なき山を今度は登っていく、しかも制限時間ありで。



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