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リアルワールド

        1



「真田美月をここにテレポートさせればいいんだな?」


管理者の声はどこか悲し気な声だった。真に真実を語り、蟠りを残してしまったからだろうか。


「ああ、それで構わない」


「いいだろう。私は暫く席を外す。あとは好きにしろ」


管理者がそう言うと、真の目の前に光りが集まってきた。淡い光の粒が集まり、一つの光の塊になる。


そして、一定の大きさになると、パッと弾けるようにして光が消えた。その中には一人の少女がいた。茶色いミドルロングの髪の毛と、あどけなさが残るが綺麗な顔立ちの少女だ。


「――えッ!? な、なに!?」


管理者にテレポートさせらてきた美月は、状況を理解することができずにパニックになっている。それもそうだろう。何の前触れもなく、いきなり、別の場所の転送されたのだ。驚くに決まっている。


「美月……」


真が美月の背中に声をかけた。


「えッ!? 真……ッ!?」


美月は更に驚いて振り向いた。


「美月、急に呼び出してすまない……」


「呼びしたって……? どういうこと……? 真が私を呼んだの?」


当然、美月は状況を理解できない。


「端的に言うと、世界をゲーム化した奴に頼んで、美月をここまで瞬間移動してもらった」


「世界をゲーム化した人に頼んで……!? ええええッ!? ど、どういうことなの!?」


この説明で理解できるわけもなく、美月はより一層混乱しているようだった。


「ラーゼ・ヴァールを倒したから、世界は元に戻るんだよ。だから、最後に美月に会いたくて、お願いした」


「ラーゼ・ヴァールを倒した!? そうか、そうなんだね! 真がミッションを終わらせてくれたのね――って、真、その恰好どうしたの?」


ここでようやく、美月は真の装備が違うことに気が付いた。確か、ホテル『シャリオン』を出た時は、宮廷騎士団式装備だったはず。紺色の生地に銀糸が織り込まれた軍服だ。それが、今は白と黒を基調としたコートを着ている。持っている大剣も紅蓮の炎を思わせるような色だ。こんなのは見たことがない。


「えっと……。まあ、あれだ。最後の戦いだから、それに相応しい恰好になったってことだな……」


どう説明していいのか、分からず曖昧な答えで返す。


「そうなんだね。でも、良かった……。真が無事でいてくれて……」


美月は目を潤ませながら真を見つめる。


「ああ、俺は大丈夫だ。これで世界は元に戻る……」


「そっか……。良かったね……。大勢の人が犠牲になったけど……。これで、世界が元に戻るんだね……。離れ離れになった人とも会えるんだよね……」


「そうだな……。世界が元に戻れば、平行世界に行った人とも会うことができる……」


真はどこか寂し気に言った。素直に喜ぶことができないでいる。


「分かってる……。平行世界で無事に生き残った人としか、会うことができない……。無事かどうかは、世界が元に戻るまで分からない……。それでも、私は――」


「美月、そうじゃないんだ……」


「そうじゃない……?」


美月が真に訊き返した。真は何を違うと言っているのか。


「戻る世界は、ゲーム化の浸食を受ける前の世界だ……。だから、このゲームでの犠牲もなかったことになる……」


それは、管理者が一言だけ言っていたこと。『世界を元に戻すぞ。ゲーム化の浸食を受ける前の世界にな』と。


「えっ!? そうなの!? 良かった。それなら、皆無事に――えっ……。ゲーム化する前の世界に戻る……?」


「…………」


美月は気が付いたようだ。真はその様子をじっと見ているしかできない。


「それって……つまり……。真と会う前の世界に戻るってこと……?」


見開いたままの美月の目が、真を見つめる。


「ああ……。そうなる……」


「……翼にも彩音にも華凛にも、会う前の世界に戻るの……?」


「そうだ……」


「……ッ!?」


美月は歯を食いしばって堪えていた。美月の家族に会いたい。学校の友達にも会いたい。だけど、今の仲間とは離れ離れになる。それどころか、出会う前に戻ってしまう。思い出も何もかもなかったことになる。


「美月……」


「真……」


美月はただ、真の名を呼ぶことしかできない。どうしていいか分からない。世界が元に戻るという悲願を達成しようとしている時に、それを受け入れられない自分がいる。真と出会ったことすら消失してしまう世界になることへの抵抗と、元に戻りたいという願望がぶつかり合う。


「美月……。これが最後になるから……。俺の気持ちをちゃんと伝えておきたかった……」


「真ぉ……」


美月の目から涙が溢れてきた。


「ずっと、俺と一緒に居てくれてありがとう。美月が居てくれたから俺はここまで来ることができた。俺は……、美月のことが好きだ」


真が優しく微笑む。悲し気に、寂し気に微笑んで、愛おしい少女の目を見つめる。


「うん……。私も……、真が大好きです」


ボロボロと涙を流しながら美月が微笑んだ。


真と美月は徐々に顔を近づけていく。お互いにもう言葉は必要なかった。ただ、愛する人に顔を寄せて、そっと口づけをする。


そして、世界が眩い光に包まれた。



        2



真は目を覚ますと、ベッドの脇に置いてある目覚まし時計を見た。この目覚まし時計の目覚まし機能を使わなくなって、何年経つだろうか。時刻は12時半を指している。


真はむくっと起き上がると、自室を見渡した。六畳のフローリングの部屋。デスクトップ型のPCと薄型液晶テレビ。それと、ゲーム機が何台か置いてある。


見慣れた自室だ。何も変わってはいない。だけど……。


(なんでだろ? 凄く久々に帰ってきたような気がする……)


昨日と言うか、寝る前のことだ。時刻としては夜明け前。真は『World in birth Online』で、最強の敵である。調律者ラーゼ・ヴァールを倒すことに成功した。


そして、気分良くベッドに入って寝た。8時間ほど寝ただろうか。今起きたところだ。久々どころか、ずっと同じ部屋にいる。


(まあ、いい……)


真はとりあえず、起きてPCの電源を入れる。『World in birth Online』の掲示板を見るためだ。ゲーム中は掲示板を見ないので、その間にどんな書き込みがされているのかを見るのが日課だ。


いつものように、PCが立ち上がり、インターネットに接続。お気に入りに登録されているサイトをクリック――はしなかった。


何故だか分からないが、ゲームの掲示板を見る気にはなれない。その代わり、真が検索したのは、求人情報だった。



        3



真がアルバイトを始めてから、早3カ月が経過していた。


ある日、突然、真は急に働きたくなって、朝起きてすぐに求人情報サイトを検索。それが、4カ月前のこと。


幾つか応募したものの、中卒でアルバイトの経験もなし。コミュニケーション能力も低い真は、ことごとく断られ続けた。


だが、真はめげなかった。諦めずに応募できる仕事を探し、ようやく採用されたのは、介護福祉施設。介護事業所の事務所でもあり、訪問介護だけでなく、デイサービスや介護老人保健施設も併設している。


介護福祉施設『橘園』で真は働いていた。


今日も、真は日曜日だというのに、朝から介護福祉施設に来て仕事の準備をしている。働いた経験はないが、物覚えが良く、教えられた仕事はすぐにできるようになった。ただ、如何せん人付き合いが苦手な真だ。高齢者の方々とのコミュニケーションはまだまだといったところ。


「蒼井君、今日の予定伝えておくわね」


介護福祉施設の事務所で、中年の女性が真に声をかけてきた。快活な性格で、物怖じすることのない、この施設のベテラン職員だ。


「あ、椎名さん、ちょっと待ってください」


先輩職員の椎名に声をかけれ、真はメモ帳とペンを取り出してきた。


「別にそんなに気を張るようなこと伝えないわよ。あんた、結構細かいわよね」


椎名はバンバンと真の肩を叩きながら笑っている。気のいい性格なのは良いが、距離が近いのが気になる。


「いつでもメモを取れるようにしておけって言ったのは、椎名さんですけど……」


「いちいち細かいこと気にするんじゃないの。それじゃあ、今日の予定伝えるわよ。まず、入所中の八神さんが一時帰宅することになったから。午後には家族の人が迎えに来るそうよ。それまでに準備をしておいて。それから、橘園長が今日からしばらく不在になるからね」


「橘園長が? どこか出張に行くんですか?」


「そうじゃないわよ。ほら、橘園長の奥さん。確かフランス人だったかしら? その奥さんの親戚が結婚するんだって。それに呼ばれたらしいのよ。なんか、高校生の娘さんも一緒に行くらしいんだけどね」


椎名は聞いてもいない情報までべらべらと話し出す。『園長は親戚の結婚式に行く』だけで十分なのに。


「あっ、それとね。今日、新人のアルバイトの子が入るから」


「え? そうなんですか?」


「そうなのよ。何でも女子高生らしいわよ。うちの子もさ、女子高生なんだけど、アーチェリー部の活動が忙しいみたいでさ、バイトどころじゃないみたいなのよね。バイトでもして自分の小遣いを稼いでほしいところなんだけどね」


「はあ、そうですか……」


椎名家の家庭事情を言われても、真には知らない話だ。


「で、その新人の教育は蒼井君に任せたからね」


「えっ!? 俺、まだ働き始めて3カ月ですよ!?」


「ははは、大丈夫、大丈夫! 心配ないって! それじゃあ、私はデイサービスの送迎に行ってくるから。後は頼んだわよ」


「えっ!? ちょっ!?」


真が何かを言う前に、椎名はさっさと事務所を出ていってしまった。事務所に残されたのは真だけ。他の人は出払っている。


「はぁ……。俺も新人なんだけどさぁ……。新人教育やらせるかね、普通……」


この施設の教育方針は大丈夫なのかと、真は黒い髪をかき上げて嘆息した。


「真……ッ!?」


いつの間にか入ってきていた少女が声を上げた。茶色いミドルロングの少女だ。綺麗な顔立ちをしているが、あどけなさの残る顔。


「み、美……月……!?」


真も咄嗟に声を上げた。


「あっ……、あの……。す、すみません! 初対面の人に、いきなり呼び捨てしてしまって……。あの、私、真田美月っていいます。今日から、ここでアルバイトをさせてもらうことになりました。えっと……、先輩ですよね……。失礼しました!」


美月は深々と頭を下げた。どうして、事務所にいた先輩職員に対して呼び捨てしまったのか、自分でも理解ができない。ただ、あの、髪をかき上げて嘆息する姿。あれを見た途端に声が出ていた。


「あっ、いや……。別に構わないけど……」


真もどうして、『真田さん』ではなく、『美月』と呼んでしまったのか。それ以前に、どうして名前を知っているのか、その根拠が全く理解できなかった。


「あの……。椎名さんっていう方に、事務所に行けって言われたので来たんですけど……」


「ああ、そうか。俺が教育係をやることになった、蒼井真です」


真が美月を見ながら自己紹介をした。


美月がどこで真の名前を知ったのか分からない。だけど、それが不思議だとは思わえなかった。どこかで会ったことがある。どこで会ったのかは分からないが、そう確信できる。


「はい、よろしくお願いします」


気を取り直して、美月が笑顔で挨拶をした。


真も微笑みを向ける。


「「…………」」


真と美月が見つめ合う。


開けられた窓からは、優しい休日の風が入って来た。


(俺は、この子のことを知っている……)

(私は、この人のことを知っている……)


暖かな日差しが、二人の空間を照らしている。


(だって、この子は……)

(だって、この人は……)


とても心地よい。初対面のはずの二人がいる空間なのに、とても心休まる空間に思える。


(俺の)

(私の)


そう、それは、ずっと会いたかった人に巡り会えたから。


((最愛の人だから!))




        END




ワールド・イン・バース リアルオンライン ~ゲーム化した現実で強くてニューゲーム~を最後までお読みいただきありがとうございます。


約3年半の連載もようやく終わりを迎えました。途中でプロットを変えながら、予定よりも長い話になりましたが、お付き合いいただき感謝の限りです。


私自身が、MMORPGが好きで、現役で某オンラインゲームをプレイ中です。なので、VRやMMOを題材とした物語を書いてみたいというのは以前から思っていたことで、それを形にできたのは良かったかなと思っています。


現実世界にゲームが浸食してきて、突然のバージョンアップによって人々が翻弄されるという設定は、いきなりの無茶振り展開にも持って行けるので、これは楽だなと思いながら書いていたのを覚えています。今思えば、もっと無茶な展開にしてもよかったかなという気もします。


作品のラストに関しては、捻らず、ベタな終わり方にしようと考えていて、作品を書き始めた当初から決めていた終わり方でした。個人的に王道パターンが好きだっていうのもあります。


ラストシーンに入る手前で、色々と聞いたことがあるような苗字が出てきていましたが、果たして真との関係はどうなるのか? そういうことを考えるのも楽しいです。妄想が捗りますね。


反省点としては、パラレルワールドに飛ばされた人たちのことを全く描くことができていなかったことです。真の視点を中心にしているため、どうしても見えない世界を描くことができなかったのは、もう少しやりようがあったのかもと思います。例えば、サーバー統合のように、人数調整のために、他のパラレルワールドと真達の世界が統合されてもよかったかと。

それと、管理者の目的が、少し薄かったかもしれないというのも反省点です。


というわけで、この作品はこれにて終了となります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 完結したのはいいんだけどなんだか...言葉ては説明しにくいモヤモヤが残る... [一言] 完結おめでとうございます!
[一言] 完結お疲れ様でした。 ずっと楽しく読ませて頂いておりました。 次の作品も楽しみです。 また、ぜひ完結まで頑張ってください。
[一言] お疲れ様でした。 最初から最後まで文体が安定していて、落ち着いて楽しませていただきました。 楽しいひと時を与えて下さりありがとうございました。
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