最後の戦い Ⅳ
「できれば、甚振って殺したかったのだけれど。それもできそうになくなったわ。残念ねぇ!」
ラーゼ・ヴァールは昂ったような声を上げている。溢れてくる力に心が躍っているのだろうか。そんな声だ。
「構わねえよ。こっちも手加減するつもりはないからな!」
<バーサーカーソウル>
<ルナシーハウル>
真が狂戦士の魂を開放させると同時に、全身を赤黒ルーン文字が覆う。それは、まるで焦熱の炎のように真の体から噴出してきた。
バーサーカーソウルは、ベルセルク専用のスキルで、防御力が半減する代わりに攻撃力が増加する捨て身のスキル。同時に発動させたルナシーハウルも防御力を犠牲にして攻撃力を増大させるスキルだ。この二つは併用することが可能だが、爆発的に膨れ上がった攻撃力と引き換えに、防御力は紙屑にも等しくなる。
「いいわよ! 来なさいな!」
ラーゼ・ヴァールが挑発するように手招きをした。
「ああ、楽しくなってきたな! 行くぞ、狂戦士!」
ここに来て真も心が躍動していた。ディルフォール以上の敵が目の前にいる。その敵が全力を出してくる。もう抑えることはできない。抑える必要もない。ただ、獰猛に笑うだけ。
【アンノウンスキル ブラッディメスクリーチャーを発動します】
真の頭の中に直接声が聞こえた。
「アアaぁあァアぁaAaーーーッ!!!」
真の血が沸騰したかのように熱くなり、肉が踊り出す。何者にも縛られない。何者にも止められない。獣よりも獣で、化け物よりも化け物。歪で、異様で、異常な力が解放される。
奇怪な絶叫とともに真が弾けたように飛び出す。迷うことなく一直線にラーゼ・ヴァールへと斬りかかって行く。
「ハハハーッ! それよ、それ! 私が見たかったのは、その力よ!」
真の大剣をラーゼ・ヴァールが光の大鎌で迎撃。剣と鎌がぶつかった瞬間、激しい火花が飛び散る。それは、爆発といっていいレベルの衝撃だった。
「アアアアァァァーー!!!」
真は一心不乱に大剣を振った。相手は巨大な天使だ。対格差も歴然。持っている武器の大きさも規格外。だが、真は打ち負けない。
振り下ろされてくる大鎌を斬り上げて跳ね除け、横薙ぎの攻撃も同じ横薙ぎで返す。
ブラッディメスクリーチャーを発動させた真の攻撃力は常軌を逸する。どんなに体格差があったとしても、最早無意味だ。力に対して、より強い力を持って叩き潰す。
たしかに、ラーゼ・ヴァールは最終形態になったことによって、スピードもパワーも増している。しかし、それは真も同じ。
激しい打ち合いが続く中、互角の勝負の均衡が崩れる時が来る。その差はやはりセンスだった。天才的な戦闘能力を持つイルミナの魂と同化したラーゼ・ヴァールだが、それを上回る才能を前に押され始める。
<スラッシュ>
真の袈裟斬りがラーゼ・ヴァールの大鎌を弾き飛ばす。
<シャープストライク>
瞬く間も与えない二連の追撃がラーゼ・ヴァールを直撃する。
「ぐっ……、生意気な……!?」
ラーゼ・ヴァールが堪らず後退するが、真は間合いを詰めてくる。
<ルインブレード>
魔法陣と共に、真の剣がラーゼ・ヴァールを斬り裂いた。
「図に乗るな! 小娘がぁッ!」
ラーゼ・ヴァールは怒声を撒きながらも、光の大鎌を床に叩きつけた。その瞬間、光が一気に膨張して、激しい爆発を引き起こした。
真は冷静にラーゼ・ヴァールの攻撃範囲を見極めて、ギリギリのところまで後退する。
「どうした? 俺が本気を出しただけで焦ってるのか?」
真が大剣を肩に担いで挑発する。真が知っているラーゼ・ヴァールはこの程度ではない。まだ、奥の手を残している。それを引きずり出してやりたい。
「手加減してやってるのはこっちの方よ!」
ラーゼ・ヴァールは金切り声を上げながら、上空へと浮かび上がった。無数の星が輝く宇宙空間に浮かび、両手を広げる。
「バラバラに引き裂いてやるわよ!」
ラーゼ・ヴァールの体全体が激しく光り出すと、無数のレーザーを放出した。
(ようやく、セラフィックレイのお出ましか!)
ゲームにおけるラーゼ・ヴァールとの戦いで、最難関と言われているのが、このセラフィックレイという攻撃だ。
ゲームでは画面全体に降り注ぐレーザーを全て回避しなければならない。ソーサラーやサマナーのように防御力の低い職は一発でも当たれば即死。軽装鎧を装備できるベルセルクでも2発喰らえば死亡する。
一発一発が致命傷の攻撃が、雨あられと降り注いでくるものだから、ゲーム中では死屍累々の地獄絵図と化していた。
ゲームでの攻略方法は、兎に角よく見て避け続ける。これしかなかった。
だから、今も同じ方法で攻略する。驟雨のごとく撃ちだされるレーザーを全て回避する。安全地帯はない。飛んできたものを避ける。それだけ。
真は前から飛んでくるレーザーも、横から飛んでくるレーザーも目視することなく回避する。それは、後ろから飛んでこようが、上から飛んでこようがお構いなし。斜め上からでも、死角からでも回避し続ける。
髪をレーザーが掠めようが構わない。脇をレーザーが通り過ぎても問題はない。
当たれば致命傷。それが楽しくて楽しくて仕方がなかった。それは、死が真を抱きしめているようだった。とても心地よい。尋常ではないほどに高揚する。
ベルセルクとしての生がここにあった。
だが、いずれそれも終わる。ラーゼ・ヴァールとてゲームの存在。無限にレーザーを撃ち続けるようなことはできない。
そして、数多のレーザーを撃ち尽くしたラーゼ・ヴァールが降りて来た。そこに――
「喰らえェーッ!」
<ソードディストラクション>
待ち構えていた真が、跳躍して体ごと大剣を振りぬく。
発動させたスキルは破壊の衝動そのもの。具現化した破壊という事象は、周りの宇宙空間ごとまとめて震撼させるほどの衝撃を放った。
「がハッ!?」
正面からソードディストラクションの直撃を受けたラーゼ・ヴァールが苦悶の声を漏らした。
金属色の巨大な体が、破壊の衝動によって吹き飛ばされる。
この好機を真は逃さない。
<レイジングストライク>
吹き飛ばしたラーゼ・ヴァールに対して、追撃を入れるためにスキルを発動させる。獲物に襲い掛かる猛禽類のように、真の剣は鋭い爪と化して天使に斬りかかった。
有利に戦いを進めている真だが、余裕があるわけではない。ブラッディメスクリーチャーを発動させた状態で、ラーゼ・ヴァールの攻撃をまともに喰らってしまえば致命傷になりかねない。
そうなると、一気に形成が逆転してしまう。一歩間違えば、奈落へと突き落とされる綱渡りをしている状態と同じだ。
<グリムリーパー>
真は続けて単発攻撃スキルを発動させる。下段から掬い上げるようにして斬り上げる。その斬撃は死神の大鎌のような軌跡を辿る。
「舐めるなッ!」
ラーゼ・ヴァールも光の大鎌を振り下ろしてきた。
真の大剣とラーゼ・ヴァールの大鎌が再びぶつかり合う。お互い全力で振った攻撃だ。その衝突は凄まじく、戦いの場となっている部屋が丸ごと震えるほどだ。
流石に打ち勝つことはできず、真はラーゼ・ヴァールとの距離を開けてしまう。
「いい加減、その生意気な顔を見ているのも不快になてきたわね! これで終わらせてあげるわ!」
ラーゼ・ヴァールは歯噛みしたような声を上げると、外の宇宙空間へと飛び出した。
そして、両手を前に突き出し、6枚の黒羽を大きく広げる。それは、戦艦の主砲を連想させるような構え。もっと言えば、アグニスのフレアブラスターに似た構えだった。
(ガンマレイかッ!?)
ラーゼ・ヴァールの動きを見た真が慌てて走り出した。
ゲームでのラーゼ・ヴァール戦における、もう一つの難関。それが、ガンマレイという名のラーゼ・ヴァール専用スキルだ。
ガンマレイはラーゼ・ヴァールを中心として前方に撃ちだされる範囲攻撃。その攻撃範囲は、戦場となっている円形ステージの約8割を占める。
この攻撃がラーゼ・ヴァール戦における難関と言われるのは、その攻撃範囲の広さだけではない。直撃はもちろんのこと、少しでも掠れば即死。
それが、たとえイージスを使用中のパラディンであってもだ。ガンマレイの前に防御力など意味をなさなくなる。
加えて、予備動作から発動までの時間が短い。ガンマレイの予兆が現れたら、即駆け出して安全地帯に逃げ込まないと、逃げ遅れて即死。ギリギリ掠っても即死。
「間に合――」
真が全力で駆け抜ける中、膨大な光が放出された。体を打ち付けるような轟音と目を開けていられないほどの光量。
巨大宇宙戦艦の波動砲のごとく、ラーゼ・ヴァールのガンマレイが撃ちだされた。
ほとんど逃げ場などない広範囲の超出力攻撃。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
真は肩で息をしながら立ち上がった。本当にギリギリの所で飛び込んで、ガンマレイを回避。コンマ数秒でも遅れていたら即死していたところだ。
真のレベルが100であっても、最強装備であっても、ラーゼ・ヴァールのガンマレイには関係ない。最弱でも最強でも等しく蒸発させる。
「もう、これ以上はやらせない……。終わらせてやる!」
真は大剣を握り直すと、ラーゼ・ヴァールに向かって突撃していった。セラフィックレイもガンマレイも撃ち止めではない。戦闘が長引けば、再び使ってくる。
そうなる前にケリを付けないと、ほんの僅かなミスでも死に繋がる。
全身をフルに活性化させて、全力で走る。
狙いは金属色の体をした黒い羽の天使。
ラーゼ・ヴァールも真の猛攻に備えて、光の大鎌を構えると、思いっきり横に振りぬいた。
真は姿勢を低くしてラーゼ・ヴァールの攻撃を掻い潜る。
そして、体のバネを利用して飛び上がると、落下の勢いをつけて大剣をラーゼ・ヴァールの足元に叩きつけた。
<イラプションブレイク>
真を中心として四方八方にひびが入ると、その隙間から灼熱の炎が噴出した。大地が怒りを爆発させたような紅蓮の業火がラーゼ・ヴァールを丸飲みにする。
「これで、終わらせ――」
手を止めることなく、追撃を加えようとした時だった。唐突に真のスキルが発動しなくなった。
攻撃スキルを発動できるのは、敵に向けての攻撃であるというのが条件だ。当然、敵を倒せばスキルを使用することはできなくなる。そして、今、スキルを使用することができなくなったということは……。
「うふふ……。あはは! アハハハハハハハー!!」
ラーゼ・ヴァールが笑い声を上げていた。まるで壊れた水道管のように、笑いだけが止めどなく溢れてきている。
「終わった……のか?」
攻撃スキルを使用することもできず、ラーゼ・ヴァールも攻撃をしてこない。ただ、狂ったように笑っているだけ。これは、倒したという――
「いいわ! ここまでやれるなら、私も本当の姿を曝け出すべきね!」
「ッ!?」
ラーゼ・ヴァールの言葉に、異常なまでの悪寒を感じた真は、咄嗟に後ろへと後退した。何かは分からないが、とてつもなく嫌な予感がした。
「あなたに、本物の力を見せてあげるわ!」
ラーゼ・ヴァールは、声高らかに宣言すると、全身に光の粒子が集まって来た。徐々に集まる光の量が増えていき、眩い光の塊になっていく。
その光の塊は、ラーゼ・ヴァールの体内へと吸収されていくと、ほどなくして変化が起きた。
銀色の体は光沢を増して鏡面状になり、黒かった羽は全て金色に輝く。そして、更に2枚の羽が増えて、合計8枚の黄金の羽へと変化した。
「は、八枚モードッ!?」
真が驚愕の声を漏らす。オリジナルのゲームにはなかった、ラーゼ・ヴァールの姿がそこにはあった。