最後の戦い Ⅱ
「お前は……、もうイルミナじゃなくて、ラーゼ・ヴァールだと言いたいのか?」
再度、真が聞き返した。イルミナという女は確かに死んだ。だから、この世界にはもういないということで間違いはないのだが、目の前にいる存在をどう理解していいのか掴み切れていない。
「そう言ってるでしょう。私が調律者ラーゼ・ヴァールだと。いい、もう一度言うわよ? イルミナ・ワーロックという女は、触媒となって、ラーゼ・ヴァールの一部になったの。言葉や意思という人間的な部分は、ラーゼ・ヴァールには不要なものなのよ。その隙間に触媒としてのイルミナ・ワーロックが入って一体化した。本体はラーゼ・ヴァールなのよ」
イルミナ・ワーロックもとい、調律者ラーゼ・ヴァールは、ここまで説明させるなとでも言いたげな口調で言って来た。
「つまり……。本来、ラーゼ・ヴァールに欠けている人間的な部分に、イルミナという触媒が入ってきたことで、意思や言葉を得て、こうして話をしていると……。だから、お前はラーゼ・ヴァールなんだな……?」
「何度同じことを言わせる気? イルミナという人間はもういない。私が話をしているのは、イルミナという女が持っていた知識よ。さっきまでの理解力はどうしたのかしら? 急に猿になったみたいで、幻滅したわ」
ラーゼ・ヴァールは呆れたような声で言うが、目鼻口のない顔からは表情が伺えない。
「最初から、こうなると分かっていて……、俺に斬られたってことか……?」
「ええ、そうね。でも、こうしてラーゼ・ヴァールとして話をすることができるのは、あくまで副産物でしかないの。目的はラーゼ・ヴァールをこの世界に現出させて、世界を正しい姿に変えることだから」
「歪んだ世界を矯正するってか? そんなことに何の意味がある? 世界を変える必要なんてないんだよ!」
「世界を“変える”とか言っている時点で何も理解していないわ。私は正しくあるべき姿に世界を修正するの。それが、世界の調律者の役割。根本的なところで、あなたは分かってはいない」
ラーゼ・ヴァールの声のトーンが下がっている。もう真には興味はないような声だ。
「だから、世界のあるべき姿とか、世界を変えるとかどうでもいいんだよ! 俺はお前を倒して、俺の目的を果たすだけだ!」
真は啖呵を切ると、大剣を構えてラーゼ・ヴァールを睨みつけた。
「相変わらず、威勢だけはいいのね。いいわよ、かかってらっしゃい! 調律者ラーゼ・ヴァールの力、見せてあげるわ!」
ラーゼ・ヴァールは真に向けて右手を突き出してきた。そこに光りが収束すると、光弾となって真に襲い掛かって来る。
尋常ではない速度の攻撃だが、真は、ラーゼ・ヴァールの挙動から、遠距離攻撃をしてくると予測していた。
<ソニックブレード>
ラーゼ・ヴァールの光弾を回避すると、真はすかさず反撃に出る。選択したはスキルは遠距離攻撃のソニックブレードだ。
真空のカマイタチが、音速でラーゼ・ヴァールへと飛来する。
ソニックブレードの直撃を受けたラーゼ・ヴァールだが、何事もなかったかのように、右手を真に向けて、光弾を発射させる。
「この攻撃は、盾役が受けてくれてたんだけどな……」
真は走りながら、飛んでくる光弾を避けた。ゲームでもラーゼ・ヴァールは光弾を飛ばしてきた。だが、それは盾役に向けて放たれる攻撃で、ベルセルクの真が対処することはほとんどない。ゲーム中で、この攻撃を真が受けるということは、その時点で盾役がやられており、狙いが変わっただけに過ぎない。大体その時点で全滅確定だった。
<クロス ソニックブレード>
真は光弾を避けつつ、大剣を十字に振った。もう一度、ラーゼ・ヴァールに向かって、見えない刃が音速で飛んでいく。
これもラーゼ・ヴァールに直撃するが、まるで効いているようには見えない。
「そんなのが、あなたの戦い方じゃないでしょ? 姑息なことしてないで、思い切って来たらどうなの?」
ラーゼ・ヴァールは真を挑発すると、光弾の数を一気に増やした。まるで散弾銃のような光弾が真に向けられる。
「言われなくてもな!」
<レイジングストライク>
真はばら撒かれた光弾の隙間を縫うようにして、一足飛びにラーゼ・ヴァールへと飛び込んだ。上空から獲物を狙う猛禽類のように、獰猛にラーゼ・ヴァールへと大剣を突き立てる。
「ふふふ、そう来なくちゃね!」
ラーゼ・ヴァールは斬られたにも関わらず、満足気な声を上げた。
「油断してると痛い目見るぞ!」
<スラッシュ>
真は挑発するラーゼ・ヴァールに向けて、踏み込みからの袈裟斬りを放つ。
ラーゼ・ヴァールはそれを、半身になって回避。その直後、真は後ろから気配を感じた。
「ッ!?」
真が咄嗟に頭を下げると、数瞬の間をおいて何かが頭上を通り過ぎて行った。真はすぐさま顔を上げると、ラーゼ・ヴァールの脇を光の輪が飛んで行くのが見えた。
「へえ、よく回避できたわね」
ラーゼ・ヴァールが感心したように言っている。
(知らなかったら絶対に喰らってたけどな……)
真は姿勢を戻して、ラーゼ・ヴァールとその周りを注視すると、光輪が一つ浮いていた。大きさは直径1メートルほどだろうか。
先ほど、真が回避したのはラーゼ・ヴァールが放ったチャクラムだ。通常武器として使われる金属製のチャクラムではなく、光でできたチャクラム。それをラーゼ・ヴァールが放っていた。おそらく半身になって真の斬撃を避けた時だろう。体で、チャクラムを投げるところを隠していたのだ。
だが、このチャクラムによる攻撃を真はゲームで何度も見てきた。普通に戦っている最中に、いきなり外周から飛んでくる光のチャクラム。攻略の初期段階では、このチャクラムによく被弾してしていた。
だから、ラーゼ・ヴァールが挑発してきた時に、まず警戒していたのが、外周から飛んでくるチャクラムだったということだ。
「でも、お楽しみはこれから。これならどうかしらね?」
ラーゼ・ヴァールは、左手を掲げると、そこに光が収束していった。光はすぐに形を取ると円形のチャクラムへになった。
「増やしてくるんだよな、それ……」
これもゲームと同じ。時間が経過すると、飛んでくるチャクラムの数が増える。一個のチャクラムでも、戦っている最中に割り込まれたら、被弾してしまう事故が起こるのに、しばらくすると、飛んでくる数が増える。文字通り、輪をかけて被弾が増えるのだ。
ラーゼ・ヴァールが放った二つのチャクラムは、外周を回りだす。いつ、どのタイミングで、どこから襲ってくるか分からない。
そこにラーゼ・ヴァール自身がしてくる光弾の攻撃がある。
真は兎に角、動き回るしかなかった。動いて、動いて、チャクラムの的を絞らせない。
「ゲームだと後ろも見えるんだけどな……」
真は愚痴を溢しながらも、光弾を回避していた。
ゲームだとモニターから見下ろす形でキャラクターを見る。そのため、カメラを移動させれば、振り返らなくても後ろが見えるし、横から飛んでくるチャクラムも画面で確認しながら戦うことができていた。
だが、リアルのゲームとなると視点は主観に固定される。見下ろす形の客観的な視点は使えない。
だから、どうしても消極的な戦い方になりがちだ。
しかし、マイナス要素だけではない。ゲームと違って、自分の体を動かしている分、直感で行動することができる。
それは、真が長い戦いの経験の中で培ってきた力だ。最高レベルの能力でもなければ、最強装備の強さでもない。真が死闘の果てに手に入れた、戦いの力だ。
真は視界の端で、光のチャクラムが軌道を変えたのが見えた。
光のチャクラムは真の後ろに回り込むと、一直線に飛んできた。
真は、それを横跳びで回避。
(まずは一つ)
すぐさま真が振り返ると、もう一つのチャクラムが反対方向から飛んできているのが見えた。
それも横跳びで回避。
(今だ!)
二つのチャクラムを避けた真は、狙いをラーゼ・ヴァールに変える。いつ飛んでくるか分からないチャクラムなんだったら、飛んでくるまで待って、その後、ラーゼ・ヴァールに仕掛ければいい。
真は床を思いっきり蹴って、ラーゼ・ヴァールに肉薄する。
<スラッシュ>
真が力いっぱい大剣を振りぬく。
<シャープストライク>
間髪入れずに、鋭い二連撃を放つ。
<ルインブレード>
ラーゼ・ヴァールの前に魔法陣が出現すると、真は現れた魔法陣ごと大剣でラーゼ・ヴァールを叩き斬った。
ここで、真はラーゼ・ヴァールを見上げると、右手が真を狙っていた。
すぐさま後ろに飛んで、ラーゼ・ヴァールの光弾を回避。再び距離を取る形となった。光のチャクラムも、既に部屋の外周を回り始めている。これ以上の追撃は危険だ。
「そう、それが正解。ちゃんと対処できてるじゃない。でも、これくらいのことはやってもらわないとね」
攻撃を躱されて、さらに真の一連の連続攻撃を受けても、ラーゼ・ヴァールは余裕のある物言いをしていた。ダメージが通っていないことはないのだが、この程度ではまだまだ先は長いということなのだろう。
「これくらいのことしかできない、お前の力量の問題だろ」
真は横目でチャクラムを警戒しながら、ラーゼ・ヴァールを挑発する。会話で相手にペースを持っていかれるのは得策ではない。
「ハハハ、言うじゃないのよ! だったら、もう一段階上げましょうか!」
ラーゼ・ヴァールは右手を突き上げて言った。そして、突き上げた右手に光が集まり出すと、形を成していく。それは、一本の槍へと変化した。
ラーゼ・ヴァールが光の槍を手にした後、今度は背中の羽に変化が現れた。2枚だった黒い羽が、倍の4枚に増える。
「もう4枚モードかよ……」
これも真は知っていた。ゲームでのラーゼ・ヴァールも、戦っている最中に背中の黒羽が増えていく。ただ羽の枚数が増えるだけではない。羽の枚数に比例してラーゼ・ヴァールの攻撃が苛烈になっていくのだ。