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晩餐

        1



センシアル王国の王都、グランエンドが誇る、超豪華ホテル『シャリオン』。王城前広場に隣接する立地にあり、王族や有力貴族も利用する由緒正しいホテル。


一般人では絶対に手の届かないような料金設定であり、さらには、ホテル側から認められた人からの紹介がなければ、入ることさえ許されない場所だ。


そんな、超が付くほどの一流ホテルの最上階。ロイヤルスイートルーム。そこは、まさに別世界だった。


広い玄関を抜けると、乳白色の大理石が敷き詰められた広間がある。そこには、大きなガラステーブルのダイニングと、赤いソファーが置かれたリビング。開放的な大きな窓からは王都を一望することができるほど。


最大8人が泊まれる部屋で、ベッドルームは個人ごとにある。


この日、真達は余っているゲーム内通貨を使いきるために、『シャリオン』のロイヤルスイートルームを予約。そこで、超豪華なディナーを食べることにした。


『ライオンハート』のマスター、紫藤総志の紹介ということで、真達を部屋に案内したのは、『シャリオン』で総志の専属のようなことをしている執事だ。


「「「うわぁ……」」」


真達5人が出せる言葉はそれしかなかった。


壁の装飾も、置かれている調度品も、家具も、高い天井からぶら下がっているシャンデリアも、全てが超一流。


「お食事の方はどうなされますか? ごゆっくりされるのであれば、しばらくしてから参りますが?」


白髪の執事が、柔らかい物腰で訊いてきた。


「すぐに食事でお願いします!」


翼が迷いなく返事をした。この日のディナーのために、今日は朝から何も食べていない。


「畏まりました。それでは、すぐにご用意させていただきます」


執事は、そういうと、恭しく頭を下げて部屋を出ていった。


「凄いね……」


美月が再び感嘆の声を漏らす。今着ている装備は、宮廷騎士団式ローブ。紺色の生地に、銀糸で刺繍が入った豪華なローブだ。ただ、スカートに大きなスリットが二カ所あるため、太ももが見える。


こういう格式高い所に来るために、相応しい服装を選んで着てきているのだが、大人びた装備であるため、あどけなさの残る顔の美月としては、少し背伸びしたような形になる。


「凄いとしか言いようがありませんよね……」


彩音も同じような声を漏らしていた。彩音が着ているのも宮廷騎士団式ローブ。こちらはソーサラー用なので、美月とはデザインが違う。色合いは同じなのだが、スカートに入っているスリットは一回所だけ。だた、大人びたローブであることには違いない。


「兎に角、座って。キョロキョロしてたら、慣れてないのが丸わかりよ」


妙に落ち着いているのは華凛だった。彩音と同じ魔術師用の宮廷騎士団式ローブを着用。元のスタイルや顔立ちから、完全に着こなしている。


「華凛はこういう所来たことあるの?」


翼が華凛の横の席に座り、訊ねた。翼の服装も宮廷騎士団式。スナイパー用の軽装備なので、軍服とミニスカートだ。


「ここまで豪華なところは来たことないけどね。小さい頃に、親に連れて行かれて、作法やらを教えられたことがあるのよ」


華凛が静かに答えた。その佇間から、淑女然とした雰囲気が醸し出されている。


「そんなに、片意地張ることはないよな? 個室で食事するんだからさ、普通に楽しんでもいいだろ?」


真も席に着きながら訊いた。真の服装は紺色の軍服に、銀糸で装飾がされているベルセルク専用の宮廷騎士団式装備だ。


「一応、最低限のマナーさえ弁えてくれてたらね……」


これは期待できそうにないなと、半分諦観した気持ちで、華凛が答えている。


そんな会話をしていると、早速ドアからノックが聞こえてきた。


「どうぞ」


美月がノックに返事をする。少し声が緊張してるのか、裏返っているようにも聞こえる声だ。


「失礼いたします」


入ってきのは、白髪の執事と、数人のメイド達。前菜がワゴンに乗せられて運ばれてきた。


「わぁ、美味しそうー!」


運ばれてきた前菜を見て、美月が声を上げる。


「何これ? チーズ?」


何かよく分からない食材に翼が疑問符を浮かべている。


「白トリュフよ! みっともないから、チーズとか言わないで!」


華凛が注意をする。運ばれて来た前菜は、白身魚のカルパッチョだ。上からは、白トリュフのスライスが、これでもかというくらいにかけられている。それを、チーズとか言われたら、同席している者として、恥ずかしくて仕方がない。


「とりあず、腹減ったし食べようぜ」


真もこの日は、朝から何も食べていない。空腹は限界に達していた。


それには、全員賛成で、運ばれてきた前菜を食べ始める。


「あっ、美味しいですね!」


彩音の口から自然と声が出てくる。初めて食べる味だが、とてつもなく美味しい。香りやら、味やらがとても上品で、いくらでも食べることができそうだ。


続いて、運ばれてきたのは、巨大な海老。現実世界のオマール海老のような見た目だ。ただ、オマール海老よりも一回り大きく、殻もゴツゴツしている。


同時に出されてきたのは、ボウルに入った水。中にはバラの花が浮かんでいる。


「それ、飲んだら摘まみ出すからね!」


華凛は、ボウルを手に取って口元に近づけている翼を睨んだ。


「み、見てるだけよ……。綺麗な花びらだなぁって……」


翼は飲もうとしていた水をテーブルに戻して、弁明した。


それを見ていた真が、ボウルから手を離す。まだ持ち上げてないのでセーフといったところか。


「これくらい、常識として知っておいて!」


華凛が呆れながら声を漏らした。だが、この水が入ったボウルについての回答はしてくれない。


どうしていいか分からない真は周りを見てみる。美月と彩音は何食わぬ顔で道具を使い、海老を剥いている。見るからに美味しそうだ。


とりあえず、真は華凛を見ながら真似をすることにした。華凛は器用に海老の殻を剥いて食べている。


「翼ちゃん、これはフィンガーボウルっていってね。手で食べていい料理が出た時に、指を洗うための水なんだよ」


見かねた彩音が、答えを教えていた。


「これ、そのための物なんだ! あっ、し、知ってたけどね!」


何を今さら知ったかぶっているのか。だが、翼はようやく海老を食べることができるようになった。


その後から出て来た料理も凄かった。スープ料理は魚介類の出汁が効いて、複雑な味に仕上がっていたし、肉料理は、分厚いステーキにフォアグラが乗せられ、黒トリュフのソースがかけられたものだったり。


極めつけはデザートだった。3段のワゴンに乗せられてきた、色とりどりのケーキ。ざっとみただけでも30種類以上はあるだろうか。


「お好きなケーキをお好きなだけお取りください」


執事が言ったこの言葉に、女子達がざわついた。流石の華凛も声を上げるほど。


全てが大満足の料理。これほど美味しい料理は皆、生まれて初めて食べる。おそらく、今後、このレベルの料理を食べることはないだろう。そう思えるほどに、極上の料理だった。


「あぁ~、美味しかったぁ」


ソファーに腰かけた美月から幸せそうな声が漏れていた。ディナーが終わり、ダイニングからリビングへと移って、ゆったりとした食後のひと時を過ごす。


「最後のケーキも凄く美味しかったよね。これは現実世界では味わえないわ」


美月の横に腰かけてる翼からも幸せそうな声が聞こえてきた。


「ゲームだから、いくら食べても太らないっていうのが良いところよね」


リビングテーブルを挟んで向かい側。華凛もソファーに腰かけて、話の輪に入る。


「だから、私は食べれるだけ食べましたしね。最後だからこそできる贅沢ですよね」


華凛の隣に座る彩音も加わる。


やはり、女子達には最後のデザートが一番好評だったようで、あれは美味しかったとか、これも美味しかったとか盛り上がっている。


「なあ、一つだけいいか……?」


そんなスイーツ談義には入らず、真は一人立っていた。その顔は真剣なもの。険しさはないが、緊張感のある面持ちだ。


「うん……」


会話を止めて、美月が返事をする。


「えっと……。なんだ……、この前、皆とデ、デートしただろ……。その時に伝えてくれたことなんだけどさ……」


「…………」


美月も翼も彩音も華凛も黙って真の言葉を聞いていた。さっきまでの談笑が嘘のように静まり返っている。


「このミッションが終わったらさ……。一人だけに、俺の気持ちを聞いてもらい……って思ってるけど……。それで、いいか……?」


こういう時、どうするのが正解なのか、真には分からない。真なりに一生懸命考えて出した答えが、ミッションが終わってから、一人だけの気持ちに応えるというもの。


「私は、それでいいよ……」


まず答えたのは美月だった。


「私も同意」


続いて翼も答える。


「別に……、構わないけど……」


そして、華凛も返事をした。


「はい。大丈夫です」


最後に彩音が了承する。


「少し待たせて悪いけど……。必ず返事をするから」


それは真の決意でもあった。調律者ラーゼ・ヴァールという強大な敵に対して、絶対に負けないという意思の表れだった。



        2



ホテル『シャリオン』のロイヤルスイートルームでディナーを楽しんだ後は、そのまま宿泊。一つの部屋なのだが、一人ずつにベッドルームが用意されている。そのため、いつものように大部屋ではなく、今日は個室での就寝。


本当に良い一日だったと全員が思っているだろう。今日のことは何度も夢に見そうだ、そう思いながらベッドに入る。


そして、完全に寝静まった深夜。真の体内時計では2時頃といったところか。


一人、部屋を抜け出した真は、ホテルの入口へと向かう。目的は、このままシン・ラースへ行くため。管理者を呼び出して、テレポートさせてもらうつもりだ。


真は、誰もいない暗がりのロビーを抜けて、入り口のドアに手をかける。いつもいるドアボーイもこの時間は流石にいない。


ゆっくりと開かれた大きなドア。静寂が支配する夜に、ドアの開く音だけが響く。


見上げた空は三日月。満天の星空に浮かぶ三日月が見えた。


真はそのまま静かに歩き出す。ホテル『シャリオン』の前庭に敷き詰められた石畳の道を、真の靴が叩く。


「一人でどこに行くの?」


突然、真の後ろから声がかけられた。


「――ッ!?」


予想外の声に、真は驚いて振り向く。そこには……。


「どうして……、皆いるんだ……?」


真に声をかけた美月の他、翼も彩音も華凛もいる。


「どうしてもこうしてもないでしょ。真、あんた一人でラーゼ・ヴァールを倒しに行くつもりなんでしょ?」


やや呆れたような声で翼が言った。


「えっ!? いや、その……。別に、そんなことは……」


真は言葉に詰まりながらも何とか言い訳をしようと頭を回転させるが、上手く言葉として出てこない。


「真君のことは、紫藤さんから聞いてるのよ」


「紫藤さんから?」


華凛が言ったことの意味が理解できずに、真が聞き返した。どうして、華凛が総志から話を聞いてるのか。華凛は総志を避けているはずだし、個人的な繋がりもない。


「正確には椿姫さんから聞かされた、紫藤さんの話なんですけどね」


「椿姫から聞いた?」


彩音が補足説明を入れてくれるが、それでも真は理解できない。椿姫は何を総志から聞かされたのか。


「紫藤さんはね、真が一人でラーゼ・ヴァールを倒しに行くだろうって思ってたの。真に『天使の心臓』と『大天使の心臓』を渡したのもそのため。真に討伐メンバーを選ぶように言ったのもね。それを、椿姫さんに伝えて、椿姫さんが彩音に伝えたっていうわけ。その後のことは自分達で決めろってね」


美月が種を明かす。総志は最初から真の行動を予想していた。そのうえで、全てを真に託したというわけだ。


「その話を聞いた後に、真から『シャリオン』で豪華ディナーを食べようって話が出て来たのよ。それで、私達はピンと来たの。絶対、この日に一人で行くつもりだってね」


翼が自慢げに推理結果を披露する。真の行動は完全に読まれていたということだ。


「普段の真君から考えたら、こんなことを企画するわけないもの。私でも、すぐ分かったわよ」


華凛もお見通しだと言わんばかりに言って来た。


「ですよね。何か考えてるって、丸分かりでしたもんね」


彩音がクスクスと笑っている。


「……俺は……、それでも、俺は――」


「止めないよ」


真が言おうとしている言葉を美月が遮った。優しい口調だ。まるで包み込むような柔らかさのある声だ。


「え……っ!?」


一瞬、真は何を言われているのか分からなかった。


「だから、止めないよ。私達は、真を見送りに来たの」


「見送りに……?」


余りにも意外な美月の返答に、真は抜けたような返事をしていた。真を止めにきたわけではなく、見送りに来たと言っている。


「そう見送り。これが最後の戦いになるんでしょ? 一人で戦いに行くにしても、見送りくらいさせてよ」


美月が辛そうに微笑んだ。止めたい気持ちを精一杯我慢しているのが見て取れる。そして、美月は言葉を続けた。


「それにさ、真は約束してくれたじゃない。このミッションが終わったら、私達の誰か一人に、真の気持ちを教えてくれるって。だから、その言葉を信じたの。真の言葉だから、信じて送り出せるって思えたの」


美月の瞳が真を見つめている。美月だけではない。翼も彩音も華凛も真直ぐ真を見つめている。


「そうか……、分かった。約束は絶対に守るから!」


真はそう明言する。そして、決意を新たにする。


「待ってるからね」


「ああ、大丈夫だ! 行ってくる」


「いってらっしゃい」


美月達に見送られ、真は最後の戦いに向けて、足を踏み出した。




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