真田美月
真とのデートも、残すは美月一人。
昨日は大雨が降ったせいもあってか、空気に少し湿り気が残っているような気がする。
それでも、いい天気だ。雲の量は空の3割ほどといったところか。時折太陽が雲に隠れることがある程度。出かけるには丁度いい空模様だろう。
「美月は、あまり緊張してないんだな……」
美月と二人で昼食を摂った後、王都をブラブラと歩きながら真が呟いた。この日のデートプランは、まずランチから。その後は、適当に王都の中を散策し、最後は港で海を見るというもの。
「真は緊張してるよね」
美月が悪戯な微笑みを真に向ける。今日はやけに楽しそうだ。
「そら……、なあ……。緊張するだろ、普通は……」
今日の目的は、単なるお出かけではない。美月が真に告白するということが前提になっている。その前提があるため、彩音も緊張していたし、華凛に至っては爆発するのではないかと心配になるほどだった。この状態で平然としていられるのは、翼くらいのものだろう。
「緊張はしてるよ……。でもね、今日は嬉しいから」
屈託のない笑顔で美月が言う。美月だって緊張はしている。真に対して、自分の素直な気持ちを伝えると決めているから、当然のことだ。ただ、それよりも、ギルドやミッションや会議等を抜きにして、単純に真と二人で出かけることが嬉しくて仕方がなかった。
「嬉しいなら……いいけどな……」
純粋な美月の笑顔を見ることはできなかった。笑顔が眩しいという表現が、ここまで適切な言葉だったと、真は痛切に理解するほど。
「ふふふっ」
美月が真を見ながら笑っている。
「なんだよ?」
そんな美月に真が不満そうな声を言った。機嫌が良いというよりも、笑われているような感覚。
「照れてるね」
「うっせえよ」
照れながらそっぽを向く真。そんな真が、美月には愛おしくて堪らない。
戦いの時の真は、どれだけ巨大な相手でも、構わず大剣を握って向かって行く。たとえ、それが最強のドラゴンと言われる存在でもだ。万を超える敵の中に突っ込んで行ったこともあった。その真が、美月の言動にたじたじになっている。
美月は、それが可笑しくて笑みが溢れてくる。
だから、美月は自然と真にくっついて歩いていた。真の方もそれを咎めることはない。
ただ、一緒に歩いて、一緒にお茶を飲んで、また一緒に歩く。
その時間はあっという間だった。
そして、最後にやって来たのは、王都の裏の玄関口。グランエンドの港だった。もう夕暮れ前ということもあってか、NPC達は片付けに勤しんでいる。
「潮風が気持ちいね……」
海から吹いてくる風が、美月のミドルロングを梳かしている。水面を反射する夕日が、美月を照らして、まるで一枚の絵画のようだ。
「美月と二人で話す時って、この時間が多かった気がするな……」
真が横で海を眺めながら言った。海面に浮かぶ夕日を波が揺れしている。とても穏やかな時間だ。
「初めて真に会った時も、たしか陽が落ちる前くらいだったよね」
「ゴブリン退治のミッションの時だな……」
「うん……。あの時は、この世界のことを何も分かってなくて、ただ、友達と家族のことが心配で……。ミッションがどれだけ危険なのかも知らなくて……。自分がどんな状況に置かれてるのかを、思い知らされた日だった……」
美月の表情に少しだけ影が差した。
「俺も、あの頃はゲーム化した世界のことを甘く見てた……。全然理解してなかったって言った方が正しいかな……」
真にとって、最初のミッションは苦い思いをした。ゴブリンを倒すという内容から、チュートリアル的な簡単なものだと高を括っていた。だが、蓋を開けてみれば、本気で殺しに来ている内容だった。
真がもっと早くミッションをやっていれば、犠牲者を出さずに済んだかもしれない。美月の心に傷を負わすこともなかったかもしれない。
「それは、皆同じだった思うよ。何も分からない、何も知らない状態で、強制的に死のゲームをやらされて……。本当に人が死ぬところを見たのは、あの時が初めてだった……。だから、あの日、真が私の話を聞いてくれたのが、凄く救いになったの……」
世界がゲーム化の浸食を受けて間もない頃のことだ。美月が無謀にもミッションに参加して、仲間の半分以上が死んでしまい、美月自身も命からがら逃げて来た。
「話を聞いただけだけどな……」
「ううん、話を聞いてくれただけじゃない……。私ね、あの時のことは、よく覚えてるの……。真が『怖かったんだな』って言ってくれて。その時、気が付いたの……。私は怖かったんだって……。そう思ったら、涙が出てきて……。そしたらね、少し楽になったの……」
「よく覚えてるな」
「覚えてるわよ、真と初めて会った時のことだもん。だからね、私は真と夕焼けを見るのが好きなの。夕焼けの赤さと、真の髪の赤さが混じってさ。それが、すっごく綺麗で……、カッコよくて……。私の理想のお姉さんって思った」
「お姉さん!?」
真は肩透かしを喰らったような気分だった。男としてのカッコよさではなく、女性としてのカッコよさとということだ。
「覚えてない? あの時、私が言ったこと。『もし、私にお姉さんがいたら、真みたいな人だっただろうな』って」
「ああ、そういえば、言ってたな……。その言葉で、勘違いされてるって気が付いたんだよな……」
「それから、しばらく真と二人で行動してた時期があったでしょ?」
「エル・アーシアに行く前くらいだな」
真と美月が二人だけで行動していた時期は短い。グレイタル墓地で、美月が所属していたギルド『ストレングス』が壊滅した後、バージョンアップでエル・アーシアが追加されるまでの期間だ。
「そうそう。それでね、その頃はね、やっぱり真のことが女性にしか見えなかったんだよね……。真はさ、デパートに一緒に入った時のこと覚えてる?」
「デパ地下が鍾乳洞になってた所か? 雨が降り出したから、入ったんだったか?」
「うん、そのデパート。でね、私が化粧品を見てたんだけど、その時に、真に化粧がしたいって、本気で思ったんだよ。それを口にしたら、真が必死に抵抗してさ。ああ、やっぱり男の子なんだなって、そう思った」
思い出し笑いをしながら美月が話している。
「当たり前だろ、化粧なんてするわけねえよ!」
真は必死で言い返す。あの時も、必死になって否定していたが、それは今でも同じこと。
「そう言うと思ったわよ。安心して、真に化粧をしたいなんて、今は思ってないから」
「本当だろうな……?」
「本当よ。出会った頃は、女性に見えてたけど、今はちゃんと男性だと思って見てるから」
「女装と化粧は、本当に勘弁してくれよ……」
「真の女装を見てみたいっていう気持ちはあるけどね」
「あるのかよ!?」
安心しかけたところに、真が思わず声を上げた。もう諦めてくれたとばかり思っていた。
「だって、それだけ綺麗な顔をしてたら、女としては服装も綺麗にしたいわよ! 絶対に似合うから!」
美月が開き直ったように言う。それが女としての性なのだと。
「いや、それは、本当に止めてくれ……」
「ふふふ、だよね。安心して、半分冗談よ」
「半分は本気じゃねえか!」
美月はどこまで本気で思っているのか。真は単に揶揄われているだけなのかとも思えて来る。
「大丈夫よ。言ったでしょ、男性だと思ってるって」
「まあ、そうだったな……」
「うん。ガサツなところとか、女心が分かってないところとか。仕草一つにとってもやっぱり男の人なんだなって思うよ」
「褒めてるのか、それ?」
真がガサツやら女心が分かってないやらは、貶されているようにしか思えない。
「それだけじゃないよ……。ずっと、守ってくれてたんだもんね……」
「あっ……」
真は何も答えられなかった。ただ、見つめて来る美月の目を見返すことで精一杯だった。
「私がミッションをやろうとするから、真が付いて来てくれて……。でも、私はずっと弱いままだったから、真が無茶をするようになって……」
「別に、無茶をしてたわけじゃ……」
「真からしたら、無茶なことじゃないのは分かってる……。でもね、私がもっと強かったら、真はもっと安全に戦えたんだろうなって……」
「そんなことは……」
「ずっと、真に守ってもらってきたからね……。それくらいは分かるよ……。私だけじゃない。皆だってそう。皆に危険が及ばないようするために、真が何を考えてたのかっていうのはね、分かるんだよ」
「…………」
「皆に危害が及ぶ前に敵を倒してしまう。それが、真が無茶をする理由……」
「それは……」
それを言われると、真も言い返す言葉がない。盾役でも回復役でもないベルセルクの真ができる、唯一の守る方法。それは、敵を殲滅することだけ。
「そういうところがさ、男の人なんだなって……。不器用でさ、大雑把でさ……。でも、真は自分が正しいと思うことをしてるよね。それが、たまに、っていうか、しょっちゅう心配かけるんだけどね」
美月は困ったような笑顔を向ける。無茶なことは止めてほしい。だけど、真は一生懸命やっている。自分たちを守るためだと理解できる。止めたいけど止められない。
「心配をかけてるっていうのは……、分かるよ……」
美月が真のことを心から心配してくれているということは、よく理解している。そのことで喧嘩したこともあるくらいだ。それが、とても嬉しいことだということも理解している。
「分かってるなら、無茶は止めてほしんだけどね……。って、言っても聞かないでしょ?」
「うっ……。そんなことは……」
真が返答に困ってしまう。どこからが無茶なのかという線引きが、真の中で曖昧だ。
「真……」
美月は呟くと、真の胸の中に顔を埋めた。
「み、美月!?」
「生きて帰ってきて……」
か細い美月の声が聞こえくる。切実な少女の願いが、真の耳に届く。小さな声だが、海風の音も、潮騒の音も突き破って、真に届く。
「美月……」
「お願い……。私の望みはそれだけだから……。大好きな人が生きていてくれたら、それだけで十分だから……」
美月の手が真の背中をギュッと抱きしめる。
「美月……。約束する……。絶対に死ぬようなことはしない! この約束だけは、絶対に守ってみせるから」
真が美月の肩を強く抱きしめる。暖かい少女のぬくもりが伝わって来る。柔らかい少女の髪が真の頬をくすぐる。
「うん……」
美月が泣き出しそうな声を漏らす。潤んだ目を見られまいと、真の胸に深く顔を埋める。
しばらく抱き合って、自然と二人が離れる。どれくらい抱き合っていのだろうか。長い間そうしていたようにも思えるし、一瞬のことだったようにも思える。
「真……」
「ん……?」
「帰ろっか」
美月は赤い目をしながら、微笑んだ。