椎名翼
次の日の午前。空は雲一つない快晴。突き抜けるような青さは、自由に空を飛び回れるような気分にさせてくれる。ただただ、純粋な空の青さだ。
「じゃあ、行ってくるねー!」
宿の前まで見送りに来てくれた仲間に対して、翼が元気よく言った。
「行ってらっしゃい」
嬉しそうな顔をしている翼に美月が返事をする。彩音や華凛も、今からデートに行こうとしている翼と真に小さく手を振っていた。
この日は、真が翼とデートする日。これは、昨日、突然決まったこと。最後のミッションに行く前に、真と二人きりで話をする機会が欲しいというのが理由だ。
真と二人っきりでデートをするため、順番を決めて出かける。初日にデートするのは立案者の椎名翼。快活な性格で、物怖じすることがない翼は、最初にデートをする相手ということにも全く動じている様子はない。
「それで、どこに行くんだ?」
少し歩いてから、真が翼に声をかけた。何の理由もなく二人で行動するなら問題ないが、予めデートであると宣言されているため、気恥ずかしさがある。
「え? どこって? 私、何も決めてないよ?」
キョトンとした顔で翼が返事をした。
「き、決めてないって、何でだよ! 翼がデートしたいって言ったんだろ?」
真が驚いた声を上げた。今回のデートの最初の一人目、しかも出だしからいきなり躓いている。
「真は何か考えてないの?」
「考えてねえよ! どこか行きたい所があるんだろうなって思ってただけだよ!」
「嘘でしょ! どうして何も考えてないのよ!」
信じられないという風に翼が声を上げる。
「どうしても、こうしてもねえよ! 翼がデートしたいって言ったんだろうが!」
「こういうのは、普通、男がリードするものでしょ?」
「うっ……。そうかもしれないけどさ……。急なことだったし……」
翼の意見は理不尽なものだが、デートの計画など一度も考えたことがない真からしてみれば、その理不尽に対する抵抗手段がない。
デートは男がリードするもの、と言われてしまえば、反論できる知識も経験もない。
「ったく、しょうがないわね……。まあ、いいわ。別にどこかに行きたい場所があるわけでもないし。適当に街を歩きましょ」
不甲斐ない真だが、翼は笑って返した。元より、真に完璧なデートプランを期待していたわけではない。見た目に反してガサツな真が、詳細な計画を練っていた方が違和感がある。
「まあ、それでいいなら……」
とりあえず、翼は機嫌よく納得しているようだ。真も一安心といったところ。
「それじゃあ、まずは商店街からね」
翼はそう言うと、真の腕に手を回してきた。
「お、おい……!?」
急に腕を組まれて、真が動揺してしまう。
「何照れてんのよ? デートなんだし、腕くらい組むでしょ?」
翼は、さも当たり前のように言っているが、翼も頬がほんのり赤くなっている。
「お、おう……。そうだよな。普通だよな……」
真は昔読んだラブコメ漫画の知識をフルに引き出して、答えを導き出す。デートなのだから腕くらい組む。そう、それが普通。
ただ、真が読む漫画や小説は、ほとんど異能力バトル物なので、ラブコメの知識は相当浅かった。
「そうよ、普通なのよ」
ぎこちない真の返答が可笑しかったのか、翼はクスクスと笑いながら真の腕を引いて歩いて行く。
(男がリードするものじゃなかったのか……?)
グイグイと引っ張っていく翼に対して、少し前に言われたことと矛盾を感じながらも、真は一緒に歩いて行った。
しばらく他愛のない会話をしながら歩いていく。
街の風景は同じだが、なんだか違う街に来たような感覚になる。緊張からか、普段は目も向けないような建物にも目を向けてしまう。今更ながらに、こんな建物があったのかと新しい発見もあるくらいだ。
「あっ、真、あれ食べて行こうよ」
翼が何かを見つけたようで、真に声をかけた。
「ん? あれって?」
翼が指さす方向に真が目を向けると……。
「昨日も話してたじゃない。屋台の煎り豆」
「そういえば、昨日そんなこと言ってたな」
昨日の夕食の会話。真は好きな物しか食べないという内容。女子たちに人気の煎り豆も、真は特段好きじゃないという理由だけで食べようともしなかった。
「一袋買って来るね」
翼はそう言うや否や、真の返事を待たずに屋台へと小走りに買いに行った。
すぐさま、一袋の煎り豆を買って戻って来る。袋の中からは、煎られた豆の香ばしい匂いがしてくる。
「ほら、一口食べてみなよ」
翼が煎り豆の入った小袋を真に差し出してくる。
「まあ、一口な」
真は言われるがままに一つ豆を摘まんで、口の中に放り込む。最初は軽く振られた塩味が、その後に、豆の香ばしさ。そして、噛んでいると豆の甘味が出てくる。
「どうよ? 美味しいでしょ?」
翼も一口、煎り豆を頬張りながら訊いた。
「うん、そうだな……。普通だな」
真が想像していた通りの味。美味い部類に入るのだろうが、好んで食べる味でもない。
「なによ、その反応! ここは、『そうだね、美味しいね』でしょ!」
期待していた感想とは違い、翼が抗議の声を上げる。
「い、いや、正直に答えただけだぞ」
真としては何にも悪気はない。ただ、思ったことを素直に答えただけ。
「正直に答えてどうすんのよ! 彼氏力低すぎるでしょ!」
「俺に彼氏力なんて求めるんじゃねえよ!」
真が逆ギレして言い返す。そもそも、誰かの彼氏になったことがない真に、彼氏としての力量を求められても酷というもの。
「ああ、確かにね……。ははは、そうね。真に彼氏力なんて期待できないわよね」
妙に納得した翼が笑っている。
「なんか、それはそれで、腹立つな……」
翼は機嫌を良くしているが、真からしてみれば、何となく馬鹿にされているような気分になる。
「真はそれでいいのよ。ほら、次行きましょ」
真の不満もどこへやら、翼はすぐに切り替えて、再び街を歩きだす。
特に行く当てはない。街を歩いていて、翼が気になった所を見ていく。道具屋だったり、防具屋だったり、服屋だったり。
露店で気になる果物があれば買い食いをし、小腹が減ったら屋台で串焼きを買う。
歩きながら食べては飲んで。行ったことない路地裏に行ってみたり、NPC達の居住区に行ってみたり。
特に目的もなく、王都の中を散策していく。
そんなことをしているうちに、日も傾きだし、夕暮れの時間になっていた。
「流石に歩き疲れたわね……」
多少の休憩は挟んでいるものの、ほとんど一日中歩き続けたため、流石に翼も疲れが見えていた。
今いる場所は、人気のない路地裏。そろそろ、宿に戻ろうかということろで、一息ついていた。
特に座る場所もなく、民家の壁にもたれて休憩しているところだ。
「なんだかんだで、楽しかったな……」
真はポリポリと頬を掻きながら呟いた。最初はどうなることかと思ったが、翼が引っ張って行ってくれたおかげで、真も楽しむことができた。
「ふふ、そうでしょ。私も結構楽しめたし」
翼がニシシと笑う。本心からそう思っている顔だ。裏表のない、純粋な笑顔。それが、翼の魅力でもある。
「そうか……。それなら良かったな……」
「うん、良かった……。今日はありがとうね……」
声のトーンを落として翼が言った。妙に改まった声だ。
「べ、別に……。俺は付き合っただけだから……」
「うん……。そうだね……。いつも付き合ってくれる。それは、本当に感謝してるの……」
「な、何だよ。急に改まって……」
いつもの快活な翼の声ではない。どこか大人びた、そんな女性の声に、真がドキっとしてしまう。
「これが最後のチャンスだからね……。真にはちゃんと、ありがとうって言っておきたくて……」
「俺は、何もしてねえよ……」
「ううん、そんなことない。いっぱいしてくれた。私の思い付きにも付き合ってくれた……。色々文句は言われたけどさ、それでも、私に付き合ってくれてた」
翼が真の目を見ながら言ってくる。
「そ、そうだったか……?」
真が思わず視線を逸らしてしまう。今の翼を直視できない。
「私ね、そんな真が好きなの……」
「え……!?」
突然の告白に真が目を丸くして翼の方を見る。赤く染まった頬と真剣な眼差しが真の射貫く。
「真ってさ、なんだかんだ言って優しいのよね。それに、凄く物事を考えてる。私の話も真剣に考えてくれる。真が真剣に考えた答えを私に話してくれる。出会った頃は、ただの女顔にしか思ってなかったんだけどね……。気が付いたら、人として好きになってた……」
「あ……、え……。あ……」
真は口をパクパクさせるだけ。何と返事をしていいのか分からない。
「それでね、今日、デートしてもらったのは、私の告白を聞いてもらうためなの……。明日は、彩音の告白、明後日は華凛の。最後は美月が告白することになってる」
「エッ!? ちょっと待て! 今何て言った!?」
余りにも衝撃的な情報に、真はパニックになりながら聞き返した。
「今日のデートは告白するためのデートって言ったの。それで、明日以降は、他の皆が順番に告白することになってる」
淀みなく翼が言ってくる。
「え、いや、最後だから、俺と二人で話がしたいって……。ラーゼ・ヴァール討伐のメンバーに入らないかもしれないからって……」
「うん。だから、告白したの」
翼は何も間違ってはいないという風に言っている。誰がラーゼ・ヴァール討伐のメンバーに選ばれるか分からない。選ばれたら生きて帰れる保証はない。だから、今告白しないといけなかった。
「……明日は、彩音が俺に告白する……んだよな?」
「そうだよ。だから、まだ私の告白の返事はしないで。彩音と華凛と美月の告白を受けてから、答えを聞かせて」
翼はじっと真を見つめている。緊張から手が震えているのが真からも見えた。それでも、翼はここまではっきりと好きだということを伝えてきた。やはり、この少女は度胸が半端ではない。
「分かった……。そうする……」
「うん、そうして」
翼がニヤッと笑っている。しっかりと真に気持ちを伝えられたことが嬉しかった。
「あ、それと……、あれだ……」
真は視線を外し、頭の後ろを掻いている。
「なに?」
「えっと……。ほら、あれだ……。なんて言うか……」
「なによ?」
「……翼から、そういう言葉を聞けて……、嬉しかった……」
目線は向けずにボソッと言う。
「そうでしょ! そうでしょ! 嬉しいでしょ!」
満面の笑みで翼が真に抱き着いた。これが告白の答えではないにしろ、真に嬉しいと思ってもらえたことが、堪らなく幸せだった。