提案
1
真の一言で、全員が黙り込んでしまう。何も反論することができず、動くことさえできないでいる。
それに対して、真は何も言ってこない。じっと女子たちを見渡して答えを待っていた。
「私さ、アーチェリー部に入ってるって、話をしたことあるわよね……」
ここで、いきなり翼が部活のことを言い始めた。
「ああ、そうだったな。アーチェリーやってるから、スナイパーを選んだって言ってたな」
真が翼の部活のこと聞いたのは、初めて出会った時のことだったか。今は部活の話など聞いていないのだが、とりあえず真は、そのまま聞くことにした。
「うん、そう――それでね、アーチェリーの試合ってさ、凄く集中力が必要なのよね……。だから、前日には気合を入れるために、お母さんが、いつもより豪華な夕飯を用意してくれたの……」
翼は何やら言っているが、真に目を向けることはできていない。
「そう! 試合の前の日に、豪華な食事をすることは大事なこと!」
篭絡完了と見た真は、それで話をぶった切る。そして、美月と彩音の方へと目を向けると――
「私は、体育会系じゃないので、試合とかは経験がありませんが、有名なスポーツ選手が、食事は非常に大事だと言っていました。特に試合前には、好きな物を食べて、気分を上げるのも、勝つ秘訣だとかなんとか、言っていたように記憶していると思います……」
「プロもそれを実戦してる! 重要なこと!」
彩音もこれで陥落した。最後に残るのは美月だ。
「わ、私は別に、その……、『シャリオン』とか、会議で何回か行ったことあるし……。軽食なら食べさせてもらったことあるし……。でも、皆が大切なことだって言ってるのを無視するのは、サブマスターとして間違ってると思うのよね……」
「皆の意見大切! サブマスターとしての責任!」
真が盛大に声を上げた。今までにこれほどまでの完勝があっただろうか。いや、ない。女子4人に対して、男1人という不利な状況で、いつも真の意見は蔑ろにされてきた。
それがどうだ。最初から3対2という対等な勝負でスタートし、最後には0対5という逆転劇。『シャリオン』で豪華ディナーという切り札が、これほどまでに強力なものだったのは、嬉しい誤算といったところ。
そう。なんだかんだ言っても、皆、あの超豪華ホテル『シャリオン』で、一度は食事をしてみたかったのだ。
「ところで、真。『シャリオン』って、かなり敷居が高いでしょ? 私達が利用することなんてできるの?」
ここで、美月がふと不安に思ったことを口にする。
「それは大丈夫だ。紫藤さんから紹介してもらうことになってる」
超豪華ホテル『シャリオン』は王族やそれに連なる貴族御用達のホテル。大商人なども利用するが、紹介がなければ利用することはできない。一般人にとっては雲の上の存在だった。
「いつの間にそんな約束を……」
「俺だけが参加する会議もあるからな。その時に紫藤さんから声をかけてもらったんだよ。一度、『シャリオン』をプライベートで訪れてみたらどうかってな。その時は紹介してやるって言ってくれたんだ」
「そうだったんだ」
美月が意外といった感じで返事をした。
「紫藤さんが、そんな優しい言葉かけてくれてたんだね……。私、少し誤解してたかも」
翼も、総志が真にそんな話をしていたなど想像もしていなかった。
「紫藤さんが優しくなったのは、最近のことだな。たぶん、皆が紫藤さんのこと怖がってるって、知ってからだと思う」
真は総志のことを怖いとは思っていないが、美月達女子連中は全員、総志が苦手だ。
「えっ、私達が紫藤さんを怖がってるって、話したの!?」
声を上げたのは翼だ。たしかに、総志を怖がっているのは事実だが、だからといって話してもいいとはならない。
「俺じゃない! たしか、葉霧さんだ。何時だったかは忘れたけど、紫藤さんが、『一度、皆でトランクイルに来い』って言ったんだよ。その時に、葉霧さんが言ったんだ。『蒼井以外のフォーチュンキャットのメンバーは紫藤さんを怖がってる』って」
真が慌てて弁明した。バラしたのは時也だ。その時まで総志は、自分が怖がられているなんて微塵も思っていなかった。
「そうなんですか……。でも、『シャリオン』を利用させてもらえるんですし、後日、お礼に行かないとですね……」
気が重そうに彩音が言う。しかし、礼儀として、総志に直接会わないといけない。
「で、その『シャリオン』なんだけど、行くのは明日とかじゃないわよね?」
翼が、話を『シャリオン』の豪華ディナーに戻してきた。
「流石に紫藤さんでも急な予約を入れることは難しいだろうな。4~5日は見ておいたほうがいいんじゃないか?」
とはいえ、真は超豪華ホテルのディナーを予約した経験はない。ましてやゲーム化した世界の超豪華ホテル。勝手は全く分かっていない。
「だったらさ、『シャリオン』に行く前に、私達、一人一人とデートしてよ」
「へっ……?」
いきなりの翼の提案に、真が素っ頓狂な声を上げた。
美月や彩音、華凛も目を丸くして翼を見ている。
「『へっ……?』じゃないわよ! デートよデート。私達、一人一人とデートするの!」
「っちょ!? な、何を急に言い出してるのよ!」
美月が立ち上がって声を上げた。真よりも、美月達の方が動揺している。
「だって、これが最後のミッションなんでしょ? それに、誰がラーゼ・ヴァールを倒しに行くのかまだ決まってないんだしさ。選ばれても選ばれなくても、真と二人きりで話をする機会が欲しいじゃない。だから、私達、一人一人とデートをするの」
翼は至極真面目に言っている。真がラーゼ・ヴァールを倒しに行く時になれば、もう余裕などなくなってしまう。
「それは……そうだけど……」
まだ決心が付いていないようで、美月はもごもごと口を動かすのみ。
「分かった。翼の提案受けるよ」
案外、真があっさりと承諾してきた。これには、美月や彩音、華凛も驚いた顔をしている。いくら朴念仁でも、ここまで言えば分かってくれるのだ。
「ホントに? ありがとうー!」
翼が嬉しそうに声を上げる。
「デートって言っても、あれだろ? 最後のミッションに向けてってことだしな……」
少し照れながら真が返す。だが、真がここまであっさりと翼の提案を承諾したのには訳がある。それは、調律者ラーゼ・ヴァールの討伐メンバーに誰も選ばないから。真一人だけで倒すと決めているからに他ならない。
「まあ、この際そういうことでもいいわ。兎に角、真と二人っきりでデートね!」
翼は念を押すようにして『二人きりでデート』と言ってくる。
「分かってるよ。デートだろ、デート」
生まれてこの方、デートなど誘われたこともなければ、誘ったこともない真が、『分かってる』と言う。
「それじゃあさ、早速明日から、デートしよう」
「えっ!? ちょっ!?」
とんとん拍子で話を進めていく翼に、華凛が溜まらず立ち上がる。
「華凛、落ち着いて。だって、そうでしょ? それほど時間が残ってるわけじゃないんだしさ。明日からでいいじゃない」
華凛の抵抗も意味はなく、翼は明日からデートを開始する気満々だ。
「俺は構わないけど、明日は誰と行くんだ?」
「ああ、それね……。ええと……、そうだ。今から決めるから、真は先に宿に帰ってもらえる? ここからは女子会だから」
「まだ飯食ってる最中だよ」
先ほど注文した料理が運ばれて来たばかりだ。まだ、食べ終わってはいない。
「だったら、さっさと食べて! 私達は大事な会議があるんだから!」
「へいへい」
翼に促された、真はすぐに食事を済ませると、一人宿へと戻って行った。
2
「翼、どういうつもりよ!」
真が大衆食堂から出るのを見届けた美月が口を開いた。
「どういうつもりって、デートするつもりだけど?」
当の翼はあっけらかんと答える。
「その、デートって、あれでしょ! 然るべき時に真に告白するってやつでしょ!」
美月が真相に手を伸ばした。いつかゲーム化した世界が元に戻る。そうなれば、皆、自分たちの生活に戻る。だから、その前に真に気持ちを伝えようということになった。
そして、いつどのタイミングで気持ちを伝えるのかという話は、まだ決まっていなかった。
「そうよ」
翼はあっさりと認める。
「翼ちゃん、いきなり、そんなこと決めて大丈夫なの? 私、まだ心の準備とかできてないよ!」
変な汗をかきながら彩音が抗議してくる。
「だって、もう時間ないじゃないのよ!」
「時間がないのは、そうだけどさ……。相談もなしに急に言わないでよ! 華凛なんて、固まったまま動いてないわよ!」
美月が華凛の方を指さす。華凛は食事にも手を付けずに、固まったままだ。
「真君とデート……。告白……。真君に告白……。真君とデート……。真君と告白……。真君にデート……」
華凛が何やらぶつぶつと独り言を言っている。これでは、まともに会話ができるかどうかも怪しい。
「いや、だから、相談してる時間もないんだって。それは分かるでしょ?」
華凛がぶつぶつ言っていることは気になりつつも、翼としても退くわけにはいかない。
「そうだけどさ……。でも、明日からでしょ? 誰が一番最初にデートするの?」
美月がそう言いながら、他の3人の顔を見渡す。まず、華凛は無理だ。
「私が行くわよ。言い出しっぺだしね。それくらいの責任は取るわよ」
本当にこういう時に翼の度胸は頼もしい。迷いもなく、一番手に名乗りを上げる。当然、翼に告白のプランなどない。だが、そんなこと翼にとっては何の問題でもなかった。
「あ、うん……。ありがとう……。それで、二番目は誰にする?」
美月が残り2人を見て言う。
「無理無理……。私、まだ無理だから……」
華凛がフルフルと顔を振りながら懇願してきた。どうみても、二番手に行くのは無理そうだ。
「それなら、華凛さんは最後にします?」
華凛が真とデートするための心の準備には、かなり時間がかかりそうだ。彩音はそう判断して言った。
「さ、最後とかもっと無理! トリを務めるなんて絶対に無理だから!」
特段、最後だから期待が高まるとかではないのに、華凛はプレシャーから最後になることを拒否してきた。
「それじゃあ、3番しかないけどいいわよね?」
美月が華凛に確認をする。もう選択肢は3番しかないから、いいもないにもないのだが。
「う、うん……。3番にする……。あ、ありがとう……」
華凛は既に緊張で手が震えながらも、何とか返事をすることだけはできた。
「では、私か美月さんのどちらかが2番ということになりますが……どっちがいいですか?」
残ったのは美月と彩音。彩音としては、どちらでも構わないと思っている。
「私が最後でいいわ。彩音が先に真とデートしてきて」
美月は微笑みながら答えた。華凛が言うように、最後というのはプレッシャーがかかるかもしれないので、そこは真との付き合いが一番長い自分が行こうと決めた。
「分かりました。それでは、2番目に行きますね」
彩音が承諾すると、真とのデート及び告白の順番が決定したのであった。