束の間の日常
真達5人は、いつも使っている大衆食堂にやって来た。
部屋に帰るなり、真が『飯食いに行くか』と言い出したものだから、休む暇もなく宿を出て、いつもの大衆食堂にやってきたという経過だ。
その際に、翼から『帰って来る前に言ってよ!』と文句が出たが、真が『今思いついたんだから仕方ないだろ』と反論。それを彩音が宥め、美月が食事に行くように話を纏め、華凛が付いてくるという、いつも通りの展開でやって来た。
「日に日に人が少なくなってるな」
木製のテーブルに着くや否や、真が呟いた。ここは大衆食堂というだけあって、NPCも多く見かける。安価で美味い店なので、いつもなら現実世界の人も多いのだが、ここ数日で、現実世界の人の客足は遠のいていた。
「外で狩りができませんからね……。『ライオンハート』さんと『王龍』さんからの配給が頼りですから、節約する人が多いんじゃないですか?」
彩音も周りを見ながら答えた。天使を狩れる集団というのは、かなり手練れでないと無理だ。しかも、今は大天使まで現れる。まともに狩りなんてできるわけがない。そうなると金を入手する手段がなくなる。
「天使ってさ……。まだ、出て来るのかな?」
口元に手をやりながら、翼が考える。
「どういう意味だ?」
それに真が聞き返した。
「だってね、もう『天使の心臓』100個と『大天使の心臓』1個は手に入れたわけでしょ。だったら、天使も大天使も出て来る必要はないじゃない」
「いや、出て来るだろう」
「どうしてよ?」
即答できる真の考えが理解できず、翼の方も聞き返してきた。
「俺たちは、このミッションを一回で成功させる前提で動いているけどな、ゲーム側からしたら、失敗することも想定してるはずだ。だから、天使が出てこなくなると、他の人が挑戦する機会がなくなるんだよ」
「えッ!? 他の人がラーゼ・ヴァールを倒しに行くことが想定されてるわけ?」
思いもよらない回答に、翼が驚いた声を上げている。と、そこに――
「あっ、そうか。真が前に言ってことが関係してるのよね?」
美月が何か分かったように声を上げた。
「俺が前に言ったこと?」
美月はどのことを言っているのか。真もゲームの世界に関しては色々と話をしている。前に言ったこというのも特定は難しい。
「そう。ディルフォールを倒しに行く時のこと。真が一人でディルフォールを相手にするって言いだしたでしょ。その時の根拠よ」
「ああ、あれか。そうだな。美月の言う通りだ。ゲーム側の理屈はそれで合ってる」
真も自分が言っていたことを思い出して、合点がいった。
「なに? どういうこと? 真君が言ってた根拠って?」
華凛には話の内容が分からず、疑問符を浮かべている。真も美月も勝手に二人で納得しているが、華凛だけでなく、翼と彩音も話について来れていない様子。
「ディルフォールを倒しに行く時の会議でね。真が言ったのよ、『俺が一人でディルフォールとイルミナを相手にする』ってね。その時に真が出してきた根拠っていうのが、元となったゲームと、このゲーム化の浸食は別物だっていうこと」
美月が会議の場で真が言っていたことを丁寧に説明する。あの時は、美月だけが大反対して、総志にも噛みついたのだが、それはもう忘れることにする。
「えっと、ごめん。まだ分からない……」
美月の説明を聞いても、華凛には理解できていない。元のゲームと別物だからなんなのか。
「つまりね、真の強さを前提にゲーム化してないってことなの。だから、真が一人でディルフォールとイルミナを同時に相手しても大丈夫だってこと。元になったゲームだと、真一人じゃ、絶対にディルフォールに勝てないって言ってたでしょ?」
美月はさらに細かく説明をする。
「ああ……、そんなこと言ってたね……。うん……」
華凛が曖昧な返事をした。
「華凛、お前まだ分かってないだろ?」
目が泳いでいる華凛に対して、真が突っ込む。
「えっ!? いや、何となくは分かるんだけど……。美月、もう一度説明して」
やっぱり分かっていなかった華凛が聞き直した。
「ちょっと分かりにくかったかもね――つまりね、真の基準でゲームを作ってないってことはさ、調律者ラーゼ・ヴァールも、真の強さを想定して作られてるわけじゃないのよ。もっと言えば、真以外の人達が戦う前提で作られているから、負けることも想定してるってこと。再挑戦するためには、『天使の心臓』100個と『大天使の心臓』1個を集め直さないといけないから、天使はまだいるっていう話」
「ああ、そういうこと。それで、ディルフォールを倒しに行く時の根拠ってわけね」
美月がここまで説明すると、華凛も理解することができた。
「普通は、ディルフォールとイルミナを一人で同時に相手にするなんて発想はしないですしね……。真さんがいなければ、あんな作戦立案できませんよ」
彩音がしみじみと真の強さを噛みしめて言った。
「でも、結局さ、イルミナはディルフォールと一緒に戦わなかったのよね……。イルミナは、自分も生贄になるために、わざと真に斬られたんだよね?」
翼がシン・ラースで見た光景を思い出しながら話す。あの時は、イルミナが何をしているのか全く理解することができなかった。
「そうだな……。俺たちはイルミナの目的を見誤っていた……。最初から、調律者ラーゼ・ヴァールを復活させることを目指して動いていたんだ……。しかも、イルミナ自身も生贄になることを計算してな……」
真は歯噛みしながら言う。完全に手玉に取られていた。ディルフォールですら、生贄に使うなんていうことを、思いつくはずがない。
深淵の龍帝ディルフォールという大きな存在が、その先にあるイルミナの本当の狙いを誤認させた。
「自分が死ぬことを計画に入れるなんて……。私達には信じられないよね……」
美月が神妙な面持ちで言う。人の命を生贄に使うという発想も理解できないが、自分の命も生贄として計算している、その神経は全く理解ができない。
「アルター真教っていうのは、自分の命も敵を倒すための道具だからな……。その源流となったイルミナが、自分の命を使うことに躊躇いがないっていうのは、理屈としては通ってる」
以前のミッションで、真達はアルター真教の上僧と戦っている。その時に見たアルター真教の秘術。それは、人以外のものと融合し、強大な力を手に入れるというもの。完全に化け物になってしまい、二度と人には戻れなくなる。しかも、時間が経てば、体が秘術に耐えることができなくなり、自壊するというものだ。
一度その秘術を使えば最後、戦って死ぬか、体が秘術に耐えられなくなって死ぬかのどちらか。完全に狂っていた。
「目的のために手段を選ばないって言っても、どうしてそこまでやれるんだろう……」
翼もイルミナの行動は理解不能だった。一体何が、イルミナ・ワーロックという人間を突き動かしたのか。
「さあな、イルミナの考えることなんて理解できないだろ」
お手上げのポーズで真が返す。あのディルフォールですら、イルミナという狂人を仲間だと思われることに憤慨していたほどだ。化け物からも嫌われる化け物。それがイルミナ・ワーロックという女なのだろう。
誰もイルミナのことを理解なんてできない。考えたところで、答えが分かるはずもない。しばしの沈黙が流れ……。
「お待たせしました。ご注文の羊のローストです」
真が注文した料理が運ばれてきた。
「おっ、来た来た」
お目当ての料理が来て、真が目を輝かせる。
「本当に飽きないわね……。この店、羊のロースト以外にも美味しい物あるよ?」
いつも同じ料理を注文する真に対して、美月が呆れた顔を見せている。
「俺はこれが好きなんだよ」
真が決まり文句で返す。真としては、単純に食べたい物を注文しているだけであり、この日の食べたい物が羊のローストだっただけのことだ。それが、たまたま連続しているというだけ。それが、女子連中には理解してもらえない。
「真君は他の物が嫌いってわけじゃないんでしょ? 皆でシェアするのは食べてるしさ」
華凛がそう言っていると、丁度、サーモンとアボカドのサラダが運ばれてきた。これは、皆で分けて食べる用の料理だ。
「まあな、基本的に嫌いな物は少ないな」
「でも、真さん、屋台の煎り豆は絶対に食べませんよね? 豆が嫌いなんですか?」
今度は彩音が聞いてみた。この近辺の屋台で売っている煎り豆は、軽く塩が振られており、噛めば甘みが出てきてとても美味しい。女子たちには人気のおやつなのだが、真が手を付けることはない。
「豆が嫌いってわけじゃない……。ただ単に、好きでもないってだけだ。わざわざ食べたいとも思わない」
「何その理由? 結局、真は好きな物しか食べてないんじゃない」
真の回答に翼も呆れた顔をしていた。嫌いな物じゃないのなら、一つ摘まむくらいはするだろう。
「いいだろ、好きな物食べて! 翼だって、好きな物食べたいだろ?」
真が反撃に出るが、内容が稚拙すぎる。
「まあ、本人がそれで良いって言うなら……」
この話題で口論する気にもなれず、翼はあっさりと引き下がった。
「皆も、好きな物食べたいと思うよな?」
だが、真は引き下がらずに話を続ける。
「色々な物を食べたいっていうのが、好きな物を食べてるっていうことなんですけどね」
返事をしたのは彩音だ。彩音の前には、トマトとベーコンのパスタが置かれている。昨日は、キノコのリゾットだったので、今日はパスタにしようというのが、注文の理由。
「なあ、その色々な物、食べに行かないか?」
真は前のめりになりながら言った。その目は、一段と輝いている。
「どうしたの? 急に……」
何時になく積極的な真の発言に、美月が訝し気な顔で返した。
「今、俺達がこの食堂で飯を食ってるのって、要するに金があるからだろ?」
「え? うん……そうだけど……」
金があるのは、『ライオンハート』から多額の支援金をもらっているから。5人しかいない『フォーチュンキャット』に100人規模のギルドと同じ支援金が給付されているのだから、金があって当然。
「これが最後になるんだからさ、パーッと使ってしまおうってことだ。どうせ、ゲームの通貨を余らせても意味なんだしさ」
「あっ! 私、それ賛成!」
真の提案に真っ先に乗ってきのは華凛だった。金があって、この先使い道がなくなるなら、使ってしまった方が合理的だ。
「でも、『ライオンハート』さんと『王龍』さんは、持ってる資金全部を現実世界の人達の支援のために使うんでしょ? それなのに、私達は豪遊しようっていうのも……」
美月は反対の意見を出してきた。金が余っていることは確かだし、この金の使い道がなくなることも確かだ。ただ、それでも、誰かのためにお金を使おうとしている人達がいるのに、自分たちだけが私欲のために使うというのは気が引ける。
「そうよね……。私達も『ライオンハート』の同盟なんだしさ。『フレンドシップ』の皆だって、支援活動を続けてるでしょ。私達だけ遊ぶっていうのは……」
翼も美月と同じ考え。今は、皆一丸となって、頑張る時だと思う。
「私も、お金を使い切るのはどうかと思います……。これで、最後なのは分かりますけど、やっぱり気が引けますよね……」
彩音も反対側の意見。これで3対2。常に女子4人と真1人の対決に比べれば、この状況は御の字というところ。
「俺はこのミッションにも参加するんだぞ? 今までのミッションも全て参加してきた。そして、これが最後のミッションになる。これに勝てば全てのミッションが終わる。俺は絶対に勝たないといけないミッションっていうことだ」
真は強気に発言してきた。今でに真がミッションに参加することを恩着せがましく言って来たことはないのに、これは珍しい。
「それは……、分かるけど……。だから、景気づけに豪遊しようってことでしょ?」
美月にも真が言いたいことは理解できた。大事な試合の前に、豪華な食事を食べて士気を高めようというのと同じことだ。
とはいえ、それで納得できる理由でもない。美月も翼も彩音も難しい顔をしている。
だが、真はニヤリとして手札を切って来た。それは――
「ホテル『シャリオン』で豪華ディナー」
「「「ッ!?」」」
真が言った一言に女子たち全員が反応した。