天使狩り Ⅹ
華凛の悲痛な叫び声も天使達には届かない。
十体ほどの天使が、もうすぐノームの射程範囲に入ってくる。
「真君! 多すぎる、無理!」
再度、華凛が声を上げた。ノームの防御力が高いといっても、それは疑似的なものでしかない。本職のパラディンやダークナイトに比べたら張りぼてだ。
「大天使が俺を狙ってる! そっちには行けない!」
振り返らずに真が言ってきた。大天使の攻撃には、ダークナイトですら即死するビームがある。そんな攻撃を持っている奴を、乱戦の中に連れていくわけにはいかない。
美月達が大天使の攻撃に巻き込まれでもしたら、助かる見込みはないのだから。
「華凛、私が全力でサポートする。翼も彩音も天使の動きを止めて!」
美月が杖を握り締めながら声を上げた。回復のエキスパートであるビショップが全力でノームを回復し続けたとしたら、時間は稼げるはずだ。
「で、でも……」
「もう来てる! 迷ってる暇はない!」
オロオロとする華凛に、美月が渇を入れた。天使達はもうすぐそこまで迫っている。
「もう! どうにでもなれーッ!」
<アースシェイク>
華凛がスキルを発動させると、ノームが手にした両手持ちのハンマーを思いっきり地面に叩きつけた。振動が大地を揺らし、効果範囲内の敵に向けて襲い掛かる。
アースシェイクはノームを中心として範囲攻撃で、範囲内の敵のヘイトを増加させる効果を持っている。それが、空を飛ぶ天使であってもだ。大地の揺さぶりが、宙に浮く天使に効果を発揮するのは、ゲームとしての性質があるからこそ。
真を通り過ぎって行った約十体の天使達は、ノームのスキルにより、一斉に狙いを集中させた。
<アイアンシールド>
さらに華凛は、ノームの防御力を増加させるスキルを発動させる。これで、少しは天使の攻撃にも耐えることができるはずだ。
そこに、天使達が剣を振りかざしてくる。幾本もの剣がノームの小さな体を斬り刻んでいく。
「お願い、耐えて……」
<ライフファウンテン>
美月がノームに回復スキルをかけた。ライフファウンテンは瞬間的な回復量の多いスキルだ。それに加えて、継続的に回復効果が持続する特徴を持つ。
「彩音、私達もサポートするよ!」
<スタンアロー>
翼がスタン効果のスキルを発動させた。電撃を纏った矢が、一体の天使に刺ささり、動きを止める。
「う、うん!」
状況の悪さに動揺しながらも、彩音は一体の天使に狙いを付ける。
<ライトニングボルト>
迸る稲妻が天使を直撃すると、スタンさせることに成功。
これで、二体の天使が一時的に無力化したのだが……。それ以上は、止めることができない。状態異常を引き起こすスキルは強力だが連発することができないからだ。
「こ、これじゃあ、すぐにジリ貧になる……」
この状況をどうすればいいのか。彩音は半分パニックになりながらも頭を巡らしていく。
「倒すしかないでしょ! 手を止めないで!」
こういう時に迷わないのは翼の強みだろう。それが正解なのかどうか、上手くいくかどうかなど考えない。そんなことを考えてから行動をしない。考えている暇がない。だから、即決。
<レンジャーソウル>
翼が内に秘める狩人の魂を開放させた。レンジャーソウルは射撃速度とスキルの再使用にかかる時間を短縮させることができるスキル。
<アローランページ>
翼は止まることなく攻撃スキルを発動させた。狙いはどれでも構わない。当たった奴が標的だ。
「倒すしか……ないのならッ!」
<ウィザードソウル>
彩音が魔法使いの魂を解き放つ。ウィザードソウルは魔法の詠唱速度を高める効果がある。
<ケラヴノスハンマー>
続けて、風属性のスキルを発動。天使の頭上に雷の塊が発生すると、まるで大金槌のように打ち付けた。
ケラヴノスハンマーは、威力が高い上に敵の防御力を下げる効果もある。詠唱時間が長いのが欠点なのだが、そこをウィザードソウルでカバーしていた。
ただ、天使体の耐久力は並ではない。真の攻撃ですら耐えきることができる。翼や彩音が成長しているからとはいえ、これだけでは到底倒しきれはしない。
「美月、もっと回復! もたない!」
複数の天使から一斉に攻撃を受けている華凛のノーム。美月が必死に回復をしてくれているのは分かるのだが、もう瀕死の状態だ。
「分かってる! 絶対に落とさないから!」
<ブレッシング オブ ライフ>
美月が範囲回復スキルを発動させた。ブレッシング オブ ライフは、範囲内の仲間を瞬時に回復させるのと同時に、継続的な回復効果を付与する。ライフファウンテンの継続回復効果とも重複して乗るため、更に大きな回復効果を得ることができる。
それでも……。
「ダメ! ノームじゃ耐え切れない!」
ノームの疑似的な盾能力では、十体もの天使の攻撃を受けきれるものではない。むしろ、ここまでよく耐えたと褒められるべき大健闘だと言ってもいいくらい。
そして、天使の剣が止めを刺さんとばかりに叩きつけられると、ノームは力尽き、霧散して消滅する。
天使達の敵対心を一身に受け持っていたノームが消滅すると、天使達の標的はどうなるのか。それは、ヘイト第2位の者が1位に繰り上がることになる。つまり――
「美月、逃げてー!」
華凛が叫んだ。回復スキルによる、天使への妨害行動は、多大な敵対心を天使達に蓄積させる。当然のことながら、天使達の標的は美月になる。
「ッ!?」
ノームが沈めば、次に狙われるのは美月だと、分かっていたはずなのだが、回復に必死になりすぎていたため、美月の行動が遅れてしまう。
「真、美月がーッ!」
翼が懇願するように真の名前を叫んだ。真も今は、大天使に狙われているため、こっちに来ることは危険が伴う。だから、天使を華凛のノームに任せるしかなかったのだが、状況はさらに悪化している。
「ッ!? 美月ーッ!」
一斉に美月に向かって行く天使達が見えた。真は喉が裂けるほどに声を上げる。
もうなりふり構ってはいられない。一か八か、大天使の攻撃に仲間が巻き込まれることは危険だが、美月を助けに行かないと命がない。
そう思い、真が走りだした時だった。
「私が行く!」
華凛が声を上げた。
<シルフィード>
<ショックフェザー>
即座に発動したシルフィードの範囲状態異常スキル、ショックフェザー。無数の羽が散らばり、風に舞って天使達を取り囲む。
その羽は、軽く、柔らかい。だが、触れる者を麻痺させる凶悪なスキル。
ショックフェザーに包まれた天使達は次々と麻痺していく。
「よくやった華凛! 全員、天使から離れろ!」
真が歓喜の声を上げながら、麻痺している天使の群れに突っ込んでいく。
後ろから大天使が迫って来るが、お構いなしに真は天使達を斬りつけていった。既に美月達は、天使達から十分な距離を取っている。ここで大天使がビームを出してきたとしても、美月達には届かない。
<ブレードストーム>
真は、ようやく、再使用が可能となった範囲攻撃スキルを発動させた。これで、天使全体に真が攻撃を加えたことになる。
あとは、真の与えたダメージが、美月の回復によって増加した敵対心を上回っていれば、天使達の標的は真に移る。
麻痺の効果はそれほど長くはない。天使達が動き始めるまで、幾ばくも無いだろう。
(もう一発、範囲攻撃スキルを叩き込みたいところだけど……)
現状で、即発動できる真の範囲攻撃スキルはない。ソーサラーのように、範囲攻撃のスペシャリストならいざ知らず、ベルセルクの専門は近接直接攻撃だ。
一抹の不安を抱える真だが、大天使には関係がない。麻痺している天使達の中でも平然と真に向けて大剣を振り下ろしてくる。
真は半歩横にずれることで、大天使の斬撃を躱すと、下段から掬い上げるようにして剣を振り上げた。
<グリムリーパー>
死神の大鎌のような斬撃の軌跡が大天使の体を斬りつける。
今は、雑魚の天使達の方を処理したいところだが、敵がこちらの事情を考慮してくれるわけもない。ダークナイトですら一撃で死に追いやる、強烈な攻撃を所持している以上は、真でも無視できない存在だ。
真が大天使の対応をしている最中にも、雑魚の天使達の麻痺が解けてしまう。
(どうだ……? 俺に向いてるか……?)
パラディンやダークナイトと違い、ベルセルクには無条件で敵のヘイトを上げるスキルは所有していない。やれることは、単純な攻撃力で無理矢理、自身に注意を引くこと。
麻痺が解けて、自由になった天使達は――真に向かって剣を振り上げてきた。
「よし! 大丈夫だ!」
安心から真から自然と声が上がった。
「その状態のどこが大丈夫なのよ!」
翼が思わず声を荒げた。強大な大天使に狙われている最中に、十数体の天使が真に狙いを変えて、『大丈夫』という声を上げる神経が信じられない。
「真君が『大丈夫』って言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」
華凛がそう言う声には、どこか安心のようなものが伺えた。どれだけ無茶苦茶な状況であっても、真が動じていないのなら、それは問題がないということだ。
「翼ちゃん、華凛さん、おしゃべりしてる暇はないですよ! とっとと、あの天使を倒さないと!」
緩みかけた空気を彩音が引き締め直す。まだ戦いが続いている以上、油断は禁物だ。
「言われなくても!」
<イーグルショット>
「分かってるわよ!」
<ウィンドブレス>
翼が高速の矢を射り、華凛のシルフィードが風の息を吹きかける。今は戦いの最中。真の言葉に安堵したのは確かだが、まだ終わっていないことなど百も承知。
「だったら、いいんですけどね!」
<ブレイズランス>
彩音も負けじと、攻撃魔法スキルを発動させる。収束した炎が槍となって、天使の一体を貫く。
雑魚といえども天使の耐久力は高い。それでも、真の猛攻に耐えきれるわけもなく、成長した翼や彩音、華凛尾攻撃も強烈だ。
真達の反撃が開始されると、雑魚の天使達は、一体また一体と地に沈んでいく。
「これで終わりだー!」
<イラプションブレイク>
天使達の中心で、真が跳躍し、落下の勢いをつけて大地に大剣を叩きつけた。四方八方にひび割れが走ると、燃え盛る業火が噴出。真を取り囲む天使達と一瞬の内に飲み込んでしまった。
この攻撃で、残っていた雑魚の天使達は全て地に落ちていく。
最後に残ったのは、大天使一体のみ。
追い込まれたとしても、大天使は相変わらずの無表情。何も感じていないどころか、何も考えていないのではと思うくらい。
大天使は、一切の動揺を見せずに、空いている手を真の向けて翳すと、ビームを放出。尋常ではない速でで射出されるビームだが、真は冷静に見極めて回避した。
そして、今度は大剣を振り上げて真に斬りかかってくる。目の色さえ変えずに、大天使は大剣を振るだけ。
今まで戦ってきた敵は、NPCだが生きているという感じがした。だが、こいつらはどうか。天使の姿をしているが、ただ人を殺すだけの人形だ。
本質的な話をしてしまえば、今まで戦ってきた魔人達も、皇帝ブラドも、アルター真教の教徒達も、命を持たないゲームの存在だ。その点は天使達と同じ。
だが、天使達とは決定的に違う。NPCとしての意思を持っていた。意思なき人形とは絶対に違う存在だった。
大天使は無感情なまま、横薙ぎに大剣を振るが、真には掠りもしない。そんな攻撃が通用するわけがない。
「お前からは、何も感じないな……」
<スラッシュ>
止めの一撃はシンプルなものだった。真が踏み込んで袈裟斬りを入れる。真からの攻撃を受け続けていたことで、すでに虫の息だった大天使は、これで終わり。
大天使は、断末魔の声も上げずに膝を付き、そのまま倒れ込んだ。