チュートリアル Ⅲ
真は意を決して、アスファルトと平原の境目を一歩踏み出す。足の裏に伝わってくる感触が、固いアスファルトから土と砂利の感触に変わり、撫でるようにして背の低い草が足を掠める。
強い風が吹いた。急に吹いてきた風に真は目を顰めた。駅前の商店街から一歩平原の中に入ると、そこは大きく開けた場所で、常に風が吹いている。一面に生えた短い草が風に煽られて波のように揺らいでいる。
周りを見渡すと、大きなタンポポの綿毛のようなものがあちらこちらで浮いているのが見えた。大きさは直径1mほどだろうか、丸くて白い柔らかそうなものが浮いている。風に飛ばされないように、綿毛の下には緑の茎が伸びており、大地に繋がっていた。
広い平原には他にも見たこのない鳥や羊のような毛むくじゃらの生き物がいる。遠くには小高い丘が見えた。そして、真が今立っている草をかき分けただけの道の先には村がある。
振り返るとそこは駅前の商店街。コンビニやファーストフード店等がある。こうして見ると、狭いところに店がひしめき合っているのだということが分かる。
真は向き直って前に道を進んだ。現実世界に入り込んだゲーム化した場所だが、違和感はない。実際に存在する平原の上を歩いてるのと同じ。景色が幻想的なところがあるが、歩いている感触は現実のものだった。
(たしか、これはゲームであって、ゲームでないとかよく分からないことを言ってたな。現実の世界と同じだっていうことも……。なら、違和感がないことも当然か)
真の前には距離が離れているが、すでに人がいる。何人かはもう村の中に入っているのだろう。真が平原に入ったことで、後から続いてくる人もいた。こうして様子を見ながら人は行動していくのだろう。
(ゲームだったら、迷わず行くんだけどな……)
現実がゲーム化によって浸食されているとはいえ、現実の世界であることに変わりはない。慎重になるのも当然のことだった。
歩くこと20分弱。目的地である村に到着した。そこでチュートリアルの矢印が役目を終えて消える。
村の中には予想通り、複数人の人がいた。他には西洋人っぽい人。日本人とは顔が違い、着ている服も違う。どうみても普通にそこで生活をしているように見えた。
(NPCか?)
ゲームの中にいるノン プレイヤー キャラクター。人が操作するプレーヤー キャラクターとは違い、NPCはゲーム一部。ゲームでは情報をくれたり、買い物をさせてくれたり、イベントが発生したりする。では、この世界のNPCはどうだろうか?プログラムされたこと以外は話すことができず、いつも同じルートだけを移動しているのがゲームだが。
「あの、すみません、日本語は大丈夫ですか?」
「ん?ニホンゴというのはあなたの知り合いですか?」
「え?通じてるの?通じてないの?」
若い男女と男のNPCの会話が聞こえてきた。どうやら言語は通じるらしい。
「まあ、いいです。ここは一体どこなんですか?」
「どこって、マール村ですが」
「マール村……ってどこだ?」
「私に聞かれても知らないわよ」
おそらくゲームをやった経験がほとんどないのだろう。NPCが話している内容についていけていない。だが、このNPCの会話を聞く限りでは、決められたことし言えないということはないようだ。ズレてはいるが会話が成り立っている。
そっちのことは置いておいて、真は村の探索に戻ることにした。村は外から見た以上に広く立派だった。土の地面とはいえ、ある程度舗装されているし、民家は木造だがしっかりとしている。家の数も多い。芝生のようなものが生えている区画には大きな木が立っていた。緑があることで、殺風景になることがなく、安らげる。
【チュートリアル 職業を決めましょう】
村の中央辺りに来たところで、また頭の中に声が響いた。
(またか……)
何度目かになる声に慣れてきた真が心の中で呟いた。
【特定の職業を選ぶことで、その職業の能力を使うことができるようになります。冒険をする上では必須となりますので、必ず何かの職業を選んでください】
(ゲームの方はキャラクターを作る時に職業も選択してたな。まぁ、これはキャラクターを作ることができないから、このタイミングで職業を選ぶんだろう)
【選べる職業は9種類。高い防御力で仲間を守る『パラディン』と『ダークナイト』、強力な近接攻撃が可能な『ベルセルク』と『アサシン』、遠距離攻撃が可能な『スナイパー』、多彩な魔法を使う『ソーサラー』、召喚獣を使役できる『サマナー』、高い回復能力を持つ『ビショップ』、回復と強化を使える『エンハンサー』、以上の9種類になります。一度選択すると変更はできませんので、慎重に選びましょう】
(選べる職業は『World in Birth』と同じか)
【あなたはすでに『ベルセルク』を選んでいるので、このチュートリアルはスキップしていただいて結構です。なお、各職業の組合支部では職業ごとの装備を販売しておりますので、活用していただくことは可能です】
(なるほど、この村には組合支部があるのか。そこで装備を買えるなら、『インフェルニティ ディルフォール グレートソード』の見た目を変更する素材になる武器も売ってるだろうな)
肝心の武器の見た目を変更していないため、目立ちすぎて装備することができなかったが、この村で売っている大剣の見た目にすれば、目立つことなく武器を振るえる。
「よしっ」
真はベルセルクの組合支部に行くことに決めた。チュートリアルに記載されている案内を見ながら、ベルセルクの組合支部を探す。村の中心から10分も歩かないところに、目的の支部は見つかった。他の職業の支部もあり、建物は別々だが一カ所に支部が固まっている形になっている。
すでに各支部には何人か集まっていた。チュートリアルで職業を選ぶことが必須だと言っているわけだから、ゲームを知らなくても何か選ばないといけないのは分かる。
その組合支部の中でも一際人気のない支部があった。ベルセルクの支部。言葉の意味を知っていればなりたいと思う人はいないだろう。ベルセルク程ではないが、隣のアサシンの支部も人気がなかった。
逆に人気があり、人が並んでいるのはソーサラー。それに次いでパラディンやダークナイト、スナイパーが続いている。並んでいると言っても、行列というには程遠い。まだまだ村に来ていない人の方が多いようだ。
「すみませーん、誰かいますか?」
真は閑古鳥が鳴いているベルセルクの支部を覗いた。
「なんだ?姉ちゃん、来るとこ間違ってるんじゃねえのか?」
出てきたのは大柄で褐色の肌をしたスキンヘッドの中年。不精髭がいかつい顔をさらに柄の悪いものにしている。
「えっと……ここはベルセルクの支部だよな?」
「ああ、そうだ。女子供の来る場所じゃねえよ」
いかつい顔をしたベルセルクの支部の男は真が間違って入ってきたのだと思っているようだ。雑な扱いをされて真は少しムッとなった。
「俺は男だし、来るところも間違っちゃいない!」
「お前、そんななりで男か!?いいか、ここはなぁ、ベルセルクっつう、命知らずのバカか、生き急ぐバカか、それ以外のバカしか来ねえところなんだよ。分かったらとっとと別の支部へ行け」
この男は真をまだ職業を選らんでいない者だと思っているようだ。気が強そうな顔をしているが、見た目はショートカットの少女。こんなところに来るなという忠告はある意味親切で言っているのかもしれない。
「俺はもうベルセルクなんだよ。ここの武器を買いたい。そのために来た」
自分で言って理解したことがあった。今の真はダガ―を装備している。大剣がベルセルクの武器であり象徴であるため、大剣を背負っていない女子のような奴が来たら追い返そうとするのも無理はない。
「はあぁ!?お前、ベルセルク選んだのか?なんでだ?」
「なんだっていいだろ、かっこいいと思ったんだよ……」
ベルセルクを選んだ理由、それは言った通り、カッコいいと思ったから。何がカッコいいかというと、第一に名前。第二に命を顧みずに戦うスタイルが、ゲームで作ったキャラクターのギガント族のイメージに合ったから。それをボーイッシュな美少女の見た目が引き継いだわけだから、真としても違和感があるのは否めなかった。
「ははははははっーー!!!こりゃ傑作だ!ベルセルクをカッコいいと思ったってか!」
「なんだっていいだろ!武器を売ってくれるのか、売ってくれないのかどっちなんだよ?」
大笑いされたことでバカにされたような気がした。見た目がこんなのだから舐められているのではないかとも思う。
「ああ、そうだったな。いいだろ、売ってやるよ。何がいい?」
「一番安いのでいいよ……」
「一番安いのなら、見習い用の大剣になるが、こんなの練習用だぞ。ここにあるのはそんなに良い物じゃねえが……ブロンズ グレートソード。これを使え。値段は見習い用の大剣と同じでいい。」
「えっ?まけてくれるのか?なんで?」
「お前が俺と同じタイプのバカだからだよ」
ベルセルクを選んだ理由がカッコいいと思ったから。怖いもの知らずでも、生き急いでいるわけでもない、それ以外のバカ。それがまけてくれた理由だ。
「なんだよそりゃ。だったらタダでくれてもいいじゃないか」
「そこまでのお人好しがベルセルクなんか選ばねえよ」
「なるほどな」
真は妙に納得がいき、支払いを済ませた。少し余計な話で回り道をしたような気もするが、悪い気はしない。それに、これでようやく『インフィニティ ディルフォール グレートソード』の見た目を変更して堂々と使うことができるのだ。
真は早速装備外見変更スクロールを使い、見た目を変えた愛刀を装備した。そして、出来上がったのが、見た目はほぼすべて初期装備の最強装備である。