天使狩り Ⅶ
1
報告を終え、今後の方針を伝えた総志達4人は部屋を後にした。
外の景色は完全に日が沈み、夜の帳が落ちている。部屋を灯すランプの明かりも、心なしかぼんやりとして頼りない。
残った真達5人は、真剣な表情で、テーブルに着いていた。まだ夕飯を食べてはいないが、誰も動こうとはしない。
「大天使ってさ……、思ってた以上に強そう……だよね」
大きく息を吐いてから、翼が口を開いた。
「どれくらいの強さかな……? 流石にフィアハーテほどではないと思うけど……」
続いて美月が口を開く。椿姫の実力は美月も知っている。あれは本物だ。その椿姫が命からがら逃げてきた相手。かなりの難敵で間違いはない。
「そうですね……。フィアハーテは、かなり対策を練った上で、『ライオンハート』の精鋭を集めて挑んでますしね……。大天使から敗走したと言っても、一切対策なしで、フィアハーテ討伐部隊より戦力もかなり低かったはずですから……」
大天使から敗走したことに対して、客観的で正当な評価をする。その評価をすることは必要なことだと思う。ただ、どんな思いで逃げて来たのかということを考えると、彩音には心苦しさがあった。
「状態異常が効かないってことはさ、ショックフェザーもスリープリーフも効果ないってことでしょ? 本命はラーゼ・ヴァールなのに、前座のくせして生意気なんだけど」
華凛が険しい表情をしている。今回のミッションの目的である、調律者ラーゼ・ヴァールに状態異常が効かないのは予測しているが、その前段階の敵でさえ、搦め手が封じられている。状態異常が効いたなら、もっと生き残った人は多かったはずだ。
「確かに、前座のくせにっていうのはあるな……。素直にラーゼ・ヴァールと対峙させてくれないっていうのは、かなり面倒なことだし……」
ゲームの方でも、真は天使狩りに苦慮した。ラーゼ・ヴァールと戦うのに『天使の心臓』が100個必要。それがなければ、神々の塔に入ることができない。それなのに、『天使の心臓』のドロップ率は渋い。プレイヤーからも不評だった案件だ。
「真はさ、どう見てる?」
唐突に美月が真に質問をしてきた。
「どうって?」
「大天使の強さ。椿姫さんの話を聞いてさ、どれくらいだと思ったの?」
「ああ、そうだな……。アグニスよりは弱いだろうなっていう印象だな」
椿姫の話を聞いていて、真が想定した大天使の強さは、アグニス以下というもの。ただ、そこまでの差はないだろう。
「私達はアグニスと戦ってないので、よく分かりませんが、フィアハーテと比べても、アグニスの方が弱いんですよね?」
今度は彩音が質問をしてきた。アグニスと戦った経験があるのは、真と『王龍』のアグニス担当の部隊だ。彩音だけでなく、美月や翼、華凛もアグニスとは戦っていない。戦ったのは、もう一匹の竜王、フィアハーテだ。
「フィアハーテの強さは攻撃の難解さだ。それに比べると、アグニスの攻撃は単調だからな。ただ、攻撃力で言えば、アグニスの方が上だ。だから、弱いって言うよりは、戦い易いっていうのが正確だろうな」
「それじゃあさ、大天使はどうなの? 戦い易い方なの?」
続いて華凛が質問をする。真がアグニスと比較しているということは、戦い易い方なのか。
「実際に戦ってないから、なんとも言えないけど。椿姫の話を聞いてる限りじゃ、アグニスみたいな直接的な攻撃方法だろうな。そういう点では戦い易い方になると思う」
真が腕組みをしながら答えた。椿姫の報告では、剣による攻撃とビーム。そして、上空からの突進攻撃。どれも直接的な攻撃ばかりだ。
「それでもさ、ビーム攻撃は気になるのよね……。あれって、防御無視の攻撃なんでしょ?」
難しい顔で翼が言う。防御を固めたダークナイトでさえ即死させた攻撃。単調な攻撃かもしれないが、恐ろしく速い攻撃ということだ。決して油断できるものではない。
「たぶん、“防御無視”だろうってことな。どちらにせよ、ダークナイトが一撃で沈められてるわけだから、巻き込まれないよう、皆は十分距離を取って戦ってくれ」
盾役のダークナイトが一撃で死ぬような攻撃。当然、防御力が低いソーサラーやサマナーが喰らえば、一発即死。ビショップやスナイパーも同じだ。
幸いなことに、大天使のビーム攻撃はヘイト1位を狙っての攻撃のようだ。ということは、真しか狙われない。十分距離を取っていれば、美月達が当たることはないだろう。
「その点は大丈夫よ。私達は、真以外全員が後衛だからね。真も油断はしないでね」
美月が真の目を見て返事をする。大天使の強さも、真からしたら敵ではないのだろうが、それでも気を緩めるようなことはしてほしくない。
「ああ、大丈夫だ。大天使の強さは想像ができてる」
「それを慢心っていうんだけどさあ……。もう、仕方ないわね……。それでも勝つんだから……」
真に返事に呆れつつも、真なら問題はないのだろうと、美月は複雑な顔になった。
2
次の日の午前。真達はいつも通り、王都周辺の草原に立っていた。
空は晴れているが、風が強く、流れる雲は速い。強風で草原が荒れた海のように波打っている。
美月は風に煽られる髪を押さえながら、空を見上げた。
(いつもと変わらない空なんだけどな……。なんだろう、不穏な感じがする……)
昨日の椿姫の話の影響だろう。単に風が強いだけの空が、とても不吉なことを知らせているように思える。
「……来ますかね?」
彩音が心配そうに口を開いた。
「どうだろうな……。天使を倒したら、抽選で大天使が現れる……っていうのが正しければ、他に天使を狩る人がいない状況だと、俺たちの所にしか来ないはずなんだけどな……」
風に乱れる髪をそのままに真が答えた。
「絶対に現れるわけじゃないってこと?」
ハッキリとしない、真の言い方に対して、翼が訊いてきた。
「飽くまで仮定の話だからな……。くじを引くのが俺たちだけでも、当たりくじを引けるかどうかは、別の話だろ?」
「まあ、そうだけどさ……。それでも、人数分しかくじが用意されてなかったら、当たりは確定してるでしょ?」
「そういう可能性もあるって話だ……」
結局のところ、真にもどうなるのか分からない。確定しているのは、数日前に椿姫達が大天使と遭遇するまで、誰も遭遇していないということ。
「兎に角、天使を倒すしかないってことでしょ? だったら、今までやってきたことと同じよ」
華凛が強気の発言をした。大天使は、状態異常を引き起こすスキルが効かない。それだけでも、サマナーとしては、強みを一つ奪われている。これ以上は気持ちで負けるわけにいかない。
「だな。大天使の出現条件は満たしているはずだから、兎に角、やって来た天使を倒す。それからだ」
真も華凛の意見には同意だった。大天使が出現することは確認できている以上、真達がやることは決まっている。
それから、天使が来るのをじっと待つ。その辺りをウロウロしているモンスターは全て無視。この辺りのモンスターは全て、真達よりはるかに格下。
風は相変わらず強いまま。少し雲が出てきただろうか。太陽が雲に隠れて、どんよりとした景色になる。
「来た……」
真が目線を上に向ける。見えたのは、天使の一団。数は今までと同じようなもの。ざっと見て、10体前後だ。
「まだ、『天使の心臓』も必要だからね。悪いけど狩らせてもらうよ!」
翼も目線を上にあげて、弓を構える。それを合図に、彩音と華凛も構えた。美月は、後ろで待機。大天使の攻撃で被害を受けた時のために、力を温存しておく作戦だ。
能面のような顔をした天使達は、無言のまま剣を振り上げると、先頭の真目掛けて突撃してきた。
「うらあー!」
<スラッシュ>
真は突っ込んでくる天使に対して、一歩踏み込んでカウンターを入れる。天使の振るった剣は、真の頭上を掠めるのみ。
だが、天使は一体だけではない。同時に現れた他の天使が、既に真を取り囲んでいる。
<ブレードストーム>
真は天使達の中心で、思いっきり大剣を振った。体ごと一回転させて放たれた斬撃の嵐は、同心円状に広がり、天使達を斬り刻んでいく。
ベルセルクのブレードストームは、攻撃範囲が広い分、威力が低い。それでも真が放った一撃だ。これで天使達の敵対心は真に集中し、離れなくなる。
「行くよ、彩音、華凛!」
そこで翼が声を張り上げた。敵対心は与えたダメージにも依存する。真が与えた総ダメージを上回らない限り、翼や彩音、華凛を天使が標的とすることはない。
つまりは、もう何をやってもいいということだ。
「分かってるわよ!」
<ショックフェザー>
華凛が風の精霊シルフィードのスキルを発動させる。効果範囲に麻痺を引き起こす凶悪なスキルだ。大天使には効かないが、普通の天使なら効果覿面。
「ですよね!」
<フレイムボルテクス>
麻痺の効果により、動けなくなっているところに、彩音が炎属性のスキルを発動させた。渦巻く炎が天使達を飲み込むと、その場に留まり、ダメージを与え続ける。
初手で状態異常を引き起こすスキルを使って動きを止めたとしても、天使は耐久力が高く、状態異常の効果が切れると当然動きだす。
そのため、天使達の攻撃を受け止めるための盾役が必要となる――というのが普通なのだが、『フォーチュンキャット』は例外だ。
真がいれば、華凛が引き起こした麻痺の効果時間が切れる頃に天使を全滅させることができる。
そのため、美月を除く全員が怒涛のごとく攻撃を叩き込んでいく。そして――
<ショックウェーブ>
止めとばかりに真が大剣を振り下ろすと、獣の咆哮のような剣圧が走った。直線状に迸った凄まじい衝撃は、麻痺している天使達を飲み込んでいく。
天使達は麻痺の効果が効いたまま、何もできずにバタバタと地面に落ちていった。
これで、天使は全て片付いた――いや、一体だけ残っていた。ショックウェーブは威力の高い範囲攻撃なのだが、その効果は直線上に限られる。そのため、一体だけショックウェーブの効果範囲から漏れていたのだ。
「お前で最後だ!」
<スラッシュ>
真が最後の一体を袈裟斬りにする。
だが、まだ天使は倒れない。麻痺が解けた天使は、すぐさま剣を振り上げ、真を狙ってくる。
<フラッシュブレード>
そこを真が横に一閃する。瞬くような斬撃だ。剣を振り上げてガラ空きになった天使の胴を薙ぎ払った。
これで終わり。剣と共に振り上げた天使の腕は、力を失くして落ちていく。
「とりあえず、ひと段落――」
現れた天使を一通り片付けた時だった。いきなり視界が赤く染まった。
真は言葉が止まり、咄嗟に空を見上げる。
そこには、まるで、赤いセロファンで覆われたような空の下、一体の天使が下りて来るところだった。