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天使狩り Ⅲ

        1



「ふぅ……。結局1個だけか……」


王都グランエンドの中心地に近い場所にある、いつもの宿に帰ってきて、第一声は翼の愚痴だった。


『フォーチュンキャット』の天使狩り担当エリアが王都周辺ということもあり、日が沈むまでずっと天使を狩り続けていた。


その成果が、『天使の心臓』一個というもの。そもそも、天使は常時いるわけではなく、一度倒してから再度出現するまでにも時間がかかるため、この日に倒した数は、ざっと40~50体ほど。


一日中やっていてこれだから、先のことを考えると疲れがどっと押し寄せて来る。


「他の所も似たようなものじゃないの?」


アイテム欄からお茶を選びながら華凛が言う。天使討伐に向かっているのは、『フォーチュンキャット』だけではなく、大勢の人達がその役割を担っているとのことだ。


「他はまだ出発してないところも多いだろうな。俺たちは王都周辺が担当だから、すぐに動けたけどさ。遠出するギルドは準備にも時間かかるだろうし」


部屋のテーブルに着きながら真が答えた。


「そうよね……。それに、天使を狩る数も真がいる分、私達が一番多いはずだからさ……。これで、一日一個だけっていうのは辛いわよね……」


美月もアイテム欄からお茶を出し、真に差し出した。真は片手で『ありがとう』のジャスチャーをしてお茶を受け取る。


「ところでさ、私達の他に天使を狩るのって、どれくらいいるの?」


翼が真の隣に腰かけて質問を投げかけた。


「大体20~25チームくらいだったかな? 俺は部隊編成の話に直接口出しはしてないから、よく分からないけど……」


真はそう答えてから、お茶を一口飲んだ。ようやくホット一息付けたといったところ。


「それだけ? 『ライオンハート』も『王龍』もさ、数千人規模のギルドなんでしょ? 同盟のギルドだって何百人もいるところがあるんだしさ、もっと人数出せないわけ?」


華凛が不満そうに言った。自分たちは全員、天使狩りに駆り出されているのに、他のギルドはそういうわけではないようで、不公平に思えた。


「それは仕方ないだろ。『ライオンハート』も『王龍』も、ディルフォール討伐で大きな損害を被ってる。それでも、出せる戦闘要員は全員出てるよ」


真は会議で決まった通りに担当エリアを割り振られたので、細かい編成の話には参加していないが、それでも、長時間に渡って話し合われていたことは聞いている。


その中で、どれだけ戦闘要員を出せるのかというのは、かなり頭を悩ましていた。


「それにね、大天使の捜索に行ってる人もかなりの人数だし、生活支援に各地を回ってる人も全員『ライオンハート』か『王龍』の人達なのよ。話を聞いてる限りだと、全然余裕はないみたい……」


同じく同盟会議に参加していた美月が補足説明を入れる。『ライオンハート』や『王龍』が数千人規模のギルドといっても大半は裏方だ。特に『ライオンハート』は情報収集に力を入れているので、大天使捜索の方へ人員を割いている。


「その計算でいくと、『天使の心臓』を100個集まるまでには、10日はかかりそうですよね……」


彩音がざっくりと目算する。天使狩りに出ているのが20チームとして、移動の時間や殲滅速度などを考慮すると、平均して1日10個くらいは『天使の心臓』を取れるだろうという計算。


「まあ、『天使の心臓』はそこまで頭を悩ませることでもないんだ。入手方法は分かってるから、彩音が言う通り、順調にいけば10日くらいで集まる。問題は大天使なんだよな……」


真としては、『天使の心臓』については特に心配はしていなかった。『ライオンハート』や『王龍』の戦闘屋だけでなく、各ギルドで腕に覚えのあるものが天使を狩りに行くことになっているのだ。そうなれば、人海戦術で集められる。


「真君が昨日も言ってたけど、大天使はどこにいるのかも分かってないんだよね?」


華凛はそう言いながら、カップに口を付ける。


「そうなんだ……。だから、『大天使の心臓』に関しては、予想がつかない。もしかしたら、明日の狩りの最中に大天使が出てくるかもしれないし、1カ月経っても見つけられないかもしれない……」


カップに残ったお茶を見つめがながら真が言った。まだ、天使を狩り始めて一日目なので、なんとも言えないところだが、先が見えないと、不安だけが目についてしまう。


「私は、シン・ラースにいるんじゃないかって思うけどね。神々の塔もあるわけだしさ、天使の本拠地って、シン・ラースなんでしょ?」


腕を組みながら翼が意見を述べる。一応の説得力はある内容だ。


「天使の本拠地っていうのは、ちょっと違和感があるな……。元となったゲームだと、神々の塔はシン・ラースじゃなくて、全然違う場所にあったしな……」


真は少し首を傾げながら返事をした。元になったゲームでは、『ラ・メント』という、世界の果てに神々の塔があった。


だが、このゲーム化に浸食された世界では、『ラ・メント』のラの字も出てきてはいない。


「元となったゲームは、あくまでモチーフにしてる程度で、この世界を浸食してるゲームとは別物なんですから、天使の本拠地はシン・ラースでも間違いではないと思いますよ」


彩音が翼に追従して意見を述べる。彩音の考えとしても、シン・ラースに大天使がいるというのは、一番最初に浮かんだ候補だ。


「確かにな……。元のゲームと同じだったら、俺もディルフォールをソロで倒そうとは考えなかったし……」


ゲーム経験者としての違和感を覚えつつも、真は翼と彩音の意見にも納得するところがある。これは、元となったゲームとは別物であるということ。それは、身をもって体験しているのだから。


「真だって、シン・ラースに大天使がいる可能性はあると思ってるんでしょ?」


美月がお茶を飲みながら訊いてきた。会議の場で、真自身がシン・ラースに大天使がいる可能性を示唆していたのを覚えている。


「まあな。俺も大天使がシン・ラースにいるっていう可能性は高いと思ってるよ。単にシン・ラースと天使っていう組み合わせに違和感があるだけだ。元になった物と違うっていうのは、知ってる方からするとな……」


「あっ、それ分かるわ。私も、好きな小説が映画化されて、登場人物の立ち位置が違ったり、舞台が違ったりすると、すっごい変に思うもん。知らない人が見たら何も感じないよね」


翼はどうやら合点がいったようだ。


「だろ? まぁ、でも、俺が感じてる違和感っていうのも、その程度なんだけどな。別にシン・ラースに大天使がいて困るものでもない。むしろ、予想通りの場所にいてくれるのが一番助かる」


「もし、大天使が見つかったら、『ライオンハート』さんから、すぐに連絡が来ると思うから、今は『天使の心臓』を集めることに集中すればいいと思うよ」


意見をまとめるようにして美月が言った。兎に角、今できることは『天使の心臓』を集めること。大天使については、見つかり次第、真が討伐に向かうのだから、待っていればいいのだ。



        2



『ライオンハート』第一部隊所属の和泉椿姫を隊長として、35人の部隊がブラウ村というセンシアル王国領にある村を拠点として天使を狩っていた。


ブラウ村は、かつてミッションでモードロイドという山に登る際に訪れた村だ。単なる通過地点として訪れただけで、あまり印象は残っていないが、落ち着いた雰囲気のある良い村だと椿姫は感じていた。


椿姫はまだ成人していないが、『ライオンハート』の精鋭部隊として数々のミッションをこなしてきた。ボブカットの黒髪の顔からは想像がつかないほどに、椿姫の戦闘能力と状況判断能力は高い。エンハンサーという支援職にありながら、積極的に前に出て戦うスタイルは、簡単に真似できるものではない。


そのこともあってか、天使狩りの部隊長に任命されたのだが、天使狩りに出発してから早六日。手に入れた『天使の心臓』はまだ3個。一日一個すら入手できていないペース。


総志からまだ帰還の命令が出ていないということは、どこも同じようなペースなのだろう。


そんなことを思いながらも、椿姫は朝から天使を狩るため、ブラウ村から少し離れた湿地で天使を待ち構えていた。


この辺りの湿地には毒を持つサンショウウオやカエル、それにアナコンダのような大蛇もいれば、淡水の化け物蟹もいる。


昔はこの辺りのモンスターにも苦戦していた時期があったが、今はどうということはない。ただの雑魚だ。


とはいえ、天使と戦う前に無駄な体力は消費したくない。この日も朝から、何もせずに湿地で天使を待っている。


「椿姫さん、天使が来ました! 7時の方向です!」


じっと待ち構えている椿姫に七瀬咲良が声をかけてきた。椿姫よりも更に若い、『ライオンハート』最年少の咲良。小柄でツーサイドアップの髪型をした少女だが、アサシンとしての能力は他の追随を許さない。


その戦闘能力の高さから、天使狩りにも抜擢されているが、如何せん、まだ子供なので、椿姫が傍にいてやる必要がある。


「やっと出て来たわね――7時の方向、天使が来ました! 全員、戦闘準備についてください!」


もうすぐ昼になろうかという時間、ずっと待っていてようやく、天使のお出ましだ。一個体としての天使は確かに強いが、守りを固めたパラディンとダークナイトを先頭に、サマナーとソーサラーが妨害スキルで動きを止める。


椿姫が味方へ強化スキルをかけて畳みかける。この戦法で危なげなく、天使を狩ることができていた。


今回も同じように、まずは盾役のパラディンとダークナイトが前に出て、防御力を強化するスキルを使って、天使の襲撃に備える。


「天使の数は、10、11、12体だ! 数はこちらが圧倒している! 落ち着いて仕留めていけ!」


『ライオンハート』第二部隊所属のパラディンの男が威勢よく声を上げた。戦いが始まった際の一番槍として、天使を迎え撃つのが役割だ。


「「「おおおおーーー!!!」」」


状況が有利なこともあり、最前列のパラディンとダークナイト達が雄叫びを上げる。


天使の一団は、一切の感情がないかのように突撃してきた。怯むわけでも、挑発するでもない。ただ、黙々と剣を振り上げては斬りかかってくる。


ガキンッと、金属同士がぶつかり合う音が湿地に響いた。無感情な一撃だが、天使の攻撃は鋭く重い。並の盾役では抑えきれない威力を持っている。


<ショックフェザー>


『ライオンハート』所属のサマナーが風の精霊シルフィードを召喚して、スキルを発動させる。一定範囲に広がる麻痺攻撃は、天使狩りには最早定石となっていた。


ただ、真がいない分、殲滅速度は遅いため、ショックフェザーの効果中に天使を倒しきるということはできないし、強力なスキルであるが故に、再使用までにかかる時間が非常に長い。


そのため、麻痺の効果が切れた天使達が、再び襲い掛かって来る。


<ライフソング>


椿姫が最前線に上がってスキルを発動させた。ライフソングはエンハンサーを中心にして広がる回復スキル。その効果範囲に入っている人全員に対して、継続的に回復効果が得られるというもの。


その回復効果を届けるために、椿姫は前線にまで上がってきている。


「お嬢、もう少し後ろに下がってください! ここまで来なくても、回復効果は受けれます!」


一番槍を務めたパラディンの男が椿姫に言う。この男が言う通り、エンハンサーがスキルの効果を前衛に届けるのに、最前線まで出る必要はない。少し下がった場所でも十分、効果範囲に入れることが可能だ。


「坂巻さん、その、『お嬢』っていうのは、止めてもらいたいんですけど……」


椿姫に下がる気はないようで、口を尖らせている。


「お嬢はお嬢です。それより、お嬢は下がってください!」


年齢からいうと、坂巻と呼ばれたパラディンの男は、椿姫の倍ほどの年齢なのだが、最前線で戦う第一部隊のエンハンサーということに感銘を受けたのか、ずっと敬語で話しかけれている。


「大丈夫です! ずっとこうして戦ってきましたから!」


椿姫が言うのは、その通りで、麻痺が解けた天使の攻撃をものともせずに掻い潜り、手にしたバトルスタッフを叩きつけていく。


「お前ら、お嬢に恥ずかしい姿見せるんじゃねえぞ! 天使どもを蹴散らせぇー!」


椿姫の姿に振り立たされた坂巻が大声で叫んだ。他のパラディンやダークナイトも同じく気合を入れて叫んでいる。


「だから、そういうのが恥ずかしいから止めてほしいんですって……」


そんな椿姫の愚痴を他所に、天使達との激しい戦いが繰り広げられる。咲良も背後から天使に忍び寄り、致命的な一撃を入れていく。


こうしてみると、やはり、咲良の戦闘能力というのは、一歩抜きんでているところがあった。


そして、一体、また一体と天使を倒していき――


「これで終わり!」


最後の一体に咲良が止めを刺した時だった。


昼前の空が、突然真っ赤に染まった。




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