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終わりに向けて Ⅱ

「それでは、議題を『天使の心臓』及び『大天使の心臓』の収集に変えて、話し合いをしたいと思います」


時也は努めて静かな口調で会議を進行した。総志と姫子がキレたことで、会場内の空気は完全に張り詰めている。あえて冷静な話し方をすることで、その場を支配する狙いだ。


「現在、判明しているのは、『天使の心臓』の入手方法のみ。各地に出現する天使を倒すことで、『天使の心臓』を入手することが可能ですが、その入手確率はかなり低いものとなっております。ちなみに、現時点で、『天使の心臓』を入手している人は挙手をお願いします」


時也が全体に質問を投げかけると、一人だけ手を上げている者がいた。


「えっ……俺だけ……?」


真は手を上げながら、周りを見渡した。だが、手を上げている者は真以外にはいない。


「真だけみたいだね……」


横に座っている美月が小声で言った。別に悪いことをしているわけではないのだが、一人だけ手を上げているというのは、何となくバツの悪さを感じてしまう。


「蒼井だけか? ギルド内で『天使の心臓』を入手したという話を聞いた者はいないか?」


今度は総志が全体に訊いてみた。


「「「…………」」」


だが、真以外に手を上げる者はいない。


「紫藤さん、いいですか――あ、『フレンドシップ』の小林です」


そこに割り込んできたのは、ギルド『フレンドシップ』のサブマスター小林だった。『フレンドシップ』は、『ライオンハート』とも長い付き合いのあるギルドだ。


今は亡き『フレンドシップ』の前マスターである真辺信也は、総志とも仲が良かった。そのため、両ギルドは深い繋がりのあるギルドなのだが、小林自身は途中加入であるため、縁は浅い。


それでも、この空気の中で怖気ずくことなく発言してくる図太さを持っているところが、小林という男の強みだろう。


「何かあるなら言ってみろ」


「はい。ありがとうございます。まず、僕は『天使の心臓』の入手方法を、この場で初めて知りました。アイテムの名前から天使を倒せば入手できるだろうなとは思っていましたけど、積極的に天使を倒そうという発想にはならなかったので」


小林は事務的な口調で言った。これは、時也があえて冷静な口調で話を進めたことで、優位性を取ろうとしたことに追従したものである。別に競っているわけではないのだが、会議の場での発言に力を持たせるにも、自分も同じ立ち位置であることを主張する。


「それは、天使の強さから判断したということか?」


総志としては、この場に『天使の心臓』を入手した者が複数いることを期待していたのだが、どうやら当てが外れたようだ。


「そういうことです。紫藤さんも天使と戦ったので理解されているとは思いますが、一般のギルドが普段の狩りをしている最中に襲われたら、太刀打ちできる相手ではありません。逃げることが精いっぱいです。ですから、蒼井君以外に『天使の心臓』を入手したということを期待するのは、ハードルが高いと思うんです」


「……御影、お前も同じ意見か?」


総志は、小林と同席しているパラディンの女性に声をかけた。


「私も同じ意見だ。『ライオンハート』や『王龍』ほどではないにしろ、私達『フレンドシップ』も腕の立つ者が多いと自負している。だが、それでも、準備もなしに天使と戦うことは危険だと判断した」


ギルド『フレンドシップ』の現マスターである御影千尋が返答した。


『フレンドシップ』の活動とは、ゲーム化の浸食を受けた世界に適応しきれず、日々の生活に苦慮している人達に物資を支援するというもの。物資を確保するためには、それなりの金が必要であるため、『フレンドシップ』は、日々各地を飛び回って、モンスターを狩っては資金を集めている。


そのこともあって、『フレンドシップ』のメンバーは、他のギルドと比べても強者揃いとなっていた。


「そうか……。それは、こちらとしても憂慮していたことだが……。それでも、一つくらいはと思ったのだがな……。あの天使が相手だと考えると、責めるわけにもいかないか……」


総志は独り言ちるようにして言った。天使の強さは、実際に戦った総志も理解をしているところだ。それに犠牲者も出ている中で、無理をしてでも戦えとは言えない。ただ、現時点で、『天使の心臓』が一つだけというのは、幸先が悪い。


「紫藤総志、確かに、私達は天使から逃げていたが、勝てないとは言っていない。飽くまで普段の狩りの準備で太刀打ちすることができないというだけだ。天使対策をして挑めば、勝算はある」


落胆の色を見せる総志に対して、千尋が発言した。


「ああ、そうだろな。俺も天使と戦ったから、奴らの実力は把握している。決して勝てない相手ではない。それ相応の人数で編成された部隊を用意できれば、討伐は可能だと考えている」


「となると、『ライオンハート』と『王龍』を中心とした、天使討伐の部隊を編成するということでよろしいですか?」


これは、小林の発言だ。会話の流れからいって、天使を狩るための専用の人員を用意するに違いない。


「そのつもりだが、一つだけ問題がある」


総志の言葉には、同じギルドの時也だけでなく、『王龍』の姫子と悟も暗い表情をしていた。


「『問題』といいますと?」


小林が聞き返した。思えば、天使を討伐する部隊を編成するという結論は、議論するまでもなく、提案されて然るべき案だ。なのに、総志はそれをしなかった。


「討伐対象である天使は、至るところに出現する。まさに神出鬼没の存在だ。しかも、『天使の心臓』の入手確率はかなり低いと来ている。そうなると、人海戦術で、片っ端から天使を狩り、『天使の心臓』を集めるという作戦になる」


「ええ、そうなりますね」


小林が相槌を打つ。『天使の心臓』を入手できる確率が低いのであれば、数を倒せばいい。至極単純な答えであり、他に打開策もない。


「問題は、先のディルフォール討伐で被った被害だ。知っての通り、『ライオンハート』と『王龍』の精鋭は、ほぼ壊滅している。天使を討伐する部隊を牽引する役割を、この二つのギルドだけで請けることは難しい状態になっている」


「つまりは、天使討伐の作戦は『ライオンハート』と『王龍』を中心に部隊を編成できないから、同盟ギルド全体で部隊を編成することになると」


「そういうことだ」


総志が全体を見渡しながら答えた。皆表情が強張っている。強力な天使を討伐するのに、『ライオンハート』と『王龍』の助力を期待できないという不安が、顔から滲み出ているのが分かる。だが――


「やります!」


最初に応えたのは、悟と姫子に噛みついたアサシンの女だ。アサシンの女は立ち上がり、さらに続ける。


「あの……。私、今まで『ライオンハート』さんと『王龍』さんに甘えていました……。だから、さっきは恥ずかしい姿を見せてしまいましたけど……。でも、これでもう終わるんです。だから、最後くらい、私達だって前に出れるってことを見せないと、ここにいる意味がありません!」


アサシンの女は震える手を強く握り締めて言った。


「えっと、『ナンバーズ』ギルドも、できるだけの人員は出させてもらいます。『ライオンハート』と同盟を結んでいる以上は当然の責務だと思いますので」


続けて、他の同盟ギルドの幹部も名乗りを上げた。


「うちら、『エスパーダ』は元から反対するつもりはなかったよ。戦争にも参加してるしな」


また、別のギルドの女も賛同の意を示す。


「当然、『フレンドシップ』も賛成だ。今更文句は言わないさ」


当たり前だと言わんばかりに、千尋も返答した。


他にも会議に参加している各ギルドから、天使討伐のための部隊へ志願する声が相次いだ。どの声も力強い意志を感じる。


「ありがとう。皆の心意気に感謝する。これで、『天使の心臓』を100個集めることは難しいものではなくなっただろう」


総志は会場の空気に満足気な表情で答えた。今まで『ライオンハート』と『王龍』の背中を見てきたギルドが、しっかりと自分たちについて来てくれている。そして、横に並んで、共に困難に立ち向かおうとしている。


今までやってきたことが実を結んだ結果だということを実感させてくれた。


「水を差すようで悪いんですが、『大天使の心臓』のことは何も解決してないんですよね」


会話の合間を縫って、悟が一言差し込んできた。


「お前は、空気を読むってことを知らねえのかよ!」


余計なことを言う悟に対して、姫子が歯ぎしりしながら睨んだ。


「でも、『大天使の心臓』も手に入れないといけないのは事実ですよ」


悟は平然としながら言い返す。


「今は空気を読めって話をしてんだよ、あたしは!」


まるで堪えていない様子の悟に、姫子がイライラし始める。


「赤嶺さん、刈谷さんの言うことは正しい。これはミッションだ。決して浮かれていい状況ではない。しっかりと実状を理解している必要がある」


総志が悟を擁護する発言をした。そのことに対して、姫子は舌打ちをしながらも引き下がるしかなかった。


「というわけで、『大天使の心臓』に関してなんですけど、どなたか情報を持っている方はいませんか?」


悟はそのまま、会場全体に問いかけた。


「「「…………」」」


だが、悟の問いかけに応えられる者はおらず、沈黙だけが、会議室の中を漂う。


「蒼井君はどう思います?」


しばしの静寂が流れてから、悟は真に話を振った。


「う~ん……。いくつか、考えられることならある……」


「なんでもいい、お前の思いつくことを話せ」


真の返答に対して、総志も声をかけてきた。真はテーブルを見ながら考え込んでいる。何やら思い当たることがあるようだった。


「……あくまで推測っていうか、ゲームでの経験上の話だけど……」


「構わん」


「考えられるのは大きく分けて二つ……。一つは、天使を一定数狩ることで、大天使が出現するっていうこと。これは、今まで、天使の情報はあっても、大天使の情報がないことから考えられることなんだけど。まだ、誰も大天使を出現させるだけの条件を満たしたことがないから、その姿を確認できてないんだと思う」


真は自分の考えを纏めながら、ゆっくりと話し出した。


「確かに、天使は突然現れて襲ってくるからな。基本は逃げることを選択している。もし、大天使の出現条件が、天使を倒した数ということであるなら、大天使の情報がないのは辻褄が合う」


「ああ、そうなんだ――それで、二つ目なんだけど、大天使がいる場所を誰も見つけられていないパターン。例えば、シン・ラースの更に奥の、探索していない所に大天使が居座っているとか」


「神々の塔がシン・ラースにある以上、大天使もシン・ラースにいる可能性はあるな。あそこは、まだ未探索のカ所が多い。俺たちの知っている範囲以外のところに大天使がいてもおかしくはないだろう」


総志は、真の意見を反芻しながら考えを纏めていく。真の推測はどちらも理にかなったものだ。


「ただ、シン・ラースに大天使がいるっていうのは、考えられる可能性として、一番高いところってだけなんだけどな……。シン・ラースにいなかったら、それこそゲーム化した世界全部を探しまわらないといけない……」


真が険しい顔で言った。




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