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道の向こうは Ⅱ

原生種という獣人のNPCから有益な情報を得ることができ、森の中へと続いていく道を進むことになった。思えば相当な回り道をしてきた。キスクの街を出発して半日。エル・アーシアの大地を下って1日半。合計二日かかっているが、NPCの話ではキスクの街から1日あれば十分ここまでたどり着けるとのことだ。


さらに一日歩いていけばエルフの村にたどり着くとのことである。そこでミッションを受けることができるかどうかは分からない。もしかすると、もっと先に行かないといけないかもしれないという可能性はある。そもそも、エル・アーシアという大地のほんの一部、氷山の一角を把握したに過ぎない。


もう一つ、獣人のNPCから聞いた情報で、エルフの村に続く道は夜には夜行性の凶悪なモンスターが徘徊するようになるということを聞いた。数時間も歩けば誰も使ってない小屋があるからそこで一晩過ごした方がいいとの助言だ。あの獣人NPCも森で狩りをする時には勝手に使っているとのことだった。


「なんか、急に雰囲気変わったよね……」


真のすぐ横を歩きながら美月が呟いた。さっきまで遮るものは何もない広い高原を歩いていたが、今はうっそうと生い茂る森林の中。昼間でも地面まで光が差し込む箇所はほとんどない。さながら一匹の巨大な生き物の腹の中にでもいるかのような気分になってくる。


「あぁ、そうだな……。あと、さっきから何か付いて来てるような気がするんだが……」


「えぇーっ、そ、そうなんですか!?」


驚かすつもりはなかったのだが、気の弱い彩音は真の一言に杖を握りしめて不安気な目をキョロキョロとさせている。だが、特に動きのあるものは見当たらない。植物に囲まれた森の中。鳥や動物の鳴き声は聞こえてくるが、どこから聞こえてくるものなのかは見当もつかないし、距離も特定できない。


「私もさっきから何か気になってたんだけど、それが何か分からないのよね……」


「つ、翼ちゃん……それって何なの? ねぇ何なの?」


「何って言えばいいのかな……違和感? かな。真が言うように何かが付いて来てるのかもしれないけど……」


翼のその言葉で真達一行は立ち止まった。深い森の中。目を凝らしてもすぐに木々に覆われて先を見通すことはできない。隠れることは容易にできる。


ゆっくりと来た道を振り返ってみる。舗装されていない凸凹とした土の道。木々の根っこが土を押し上げている箇所がいくつもあるため、躓いて転んでしまいそうになる道。その両脇に並ぶ木々に混ざって大きなキノコが数本生えている。


「ねぇ……あんなキノコあった?」


美月の上げた疑問は他の三人も同様のことを思っていた。1m以上はある巨大なキノコ。茶色い森の中の保護色をしているため、取り立てて目立つ色ではないが、道の脇に1m以上の大きさのキノコが数本生えていて誰も気が付かないということはないだろう。


「先手必勝っ!」


<スナイプアロー>


スナイパーのスキルであるスナイプアローは命中率とクリティカル率の高い攻撃スキル。攻撃力もあるため、狩りではよく使われる優秀なスキルだ。


風を斬って放たれた翼の矢は真っ直ぐにキノコの傘の部分へと突き刺さる。


「何をいきなり撃ってるんだよっ!」


静止する間もなく、即座に放たれた弓矢に驚愕を隠せず、真が思わず声を上げていた。こいつはいきなり何をやっているんだと。


「だって、こんなキノコおかしいでしょ! 攻撃スキルを使えたんだから敵よ敵!」


言っていることは間違いない。違和感の正体も何かが付いて来ているような気配もすべて説明がつく状況だ。だからといっていきなり撃つか? キノコ型のモンスターが不意打ちを狙っていると予め知っていれば撃つことも理解できるが、こいつは紛れもなく初見だ。


「ギギギギィィィィィ」


傘に矢を受けて仰け反っていたキノコの化け物が体を起こして呻き声を上げ始めた。それに同調するように周りのキノコも呻き声を上げ始める。地面から這い出るようにして石突を割って生えた足で立ち上がる。軸の部分には隠そうともしない大きな口と牙。


「話は後だ! 来るぞ!」


「はい!」


<フレイムバースト>


魔術師用の杖を真横に突き出して彩音が火炎系の範囲攻撃スキルを放つ。フレイムバーストは範囲攻撃を得意とするソーサラーのスキルの一つ。各種属性攻撃を操るソーサラーは相手の弱点を突いての攻撃も得意だ。このキノコの弱点が何かは分からないが、植物系のモンスターは火炎に弱いことが多い。普段は頼りなさそうな彩音だが冷静に判断してスキルを使用している。


<イラプションブレイク>


彩音と同様のことを考えていた真も火炎系の範囲攻撃を繰り出す。フレイムバーストによる爆炎の中心目がけて大剣を振り下ろすと、地面が割れて灼熱の業火が勢いよく噴き出す。真っ赤に燃え盛る地獄の猛火に焼かれ、事はこれで終わる。バージョンアップで追加された新しいエリアだが、レベル100のベルセルクの範囲攻撃に耐えられる雑魚敵はまだいない。真一人の攻撃で事足りるわけだが、それでは美月たちのレベルが上がらない。そのため、普段の美月との狩りではサポートに徹していた。とはいえ、緊急時までサポートに徹するというわけにはいかず、今のような未経験の状況では真も力を出すことを惜しまない。


「翼っ! もっと状況を確認してから――ん?」


唖然とした表情で真を見ている三人の顔を見て文句を言いかけた言葉が止まった。


「……え?」


次の攻撃準備をしたまま固まっている翼。魔法スキルを詠唱しようとしたまま目をぱちくりさせている彩音。一歩引いて、回復に専念するため状況を把握に努めたままの美月。


「あ……あー。終わったぞ……」


よく考えてみたら、イラプションブレイクは高レベルで修得するスキル。威力も高い上に、ベルセルクには珍しい属性が付与された範囲攻撃。


真の放ったスキルはまさに怒り狂った大地の咆哮。いきなり轟音とともに噴き出す災禍の炎を目の当たりにし、その見た目の通りの攻撃力で化けキノコを一撃のもと焼却したわけだから、三人が唖然とするのも無理のないことだ。


「何それっ!? あんたどんだけ強いのよ!?」


ようやく我に返った翼が吐き出すようにして言葉を紡ぐ。真が異常なまでに強いことは知っていたが、それでも今のは何なのか。まるで別次元の攻撃だ。鍾乳洞で出会った時に使っていたスキルはベルセルクの基本スキルばかりだった。大ムカデから助けられた時に使ったスキルはよく見ていなかったが、こんな派手なものではなかったはずだ。


「いや、まぁ……大したことはない」


翼の突拍子もない行動に思わず本気で対処してしまったが、高レベルのベルセルクのスキルを使用したところを見せたことはなかった。


「…………」


美月にしても真が本気を出している姿を目で見ることは初めてだった。グレイタル墓地でゾンビから守ってくれた時は硬く目を閉じて岩のように固まっていたから真が何をしていたのかは分からない。今の攻撃も美月にとって直接目にするのは初めてだ。もしかしたらまだ本気とは言えないかもしれない。そんなことも考えてしまう。


「あ、あ、あの……。ぶ、無事で、無事でよかったですね……」


何とか言葉を口にすることができている彩音が、真のことを触れずに済まそうとしているが、かなり無理がある。彩音にしてみても、ソーサラーの火炎系範囲攻撃スキルを吹き飛ばしてかき消すほどの猛烈な炎を目の当たりにして冷静ではいられない。真のスキルがナパーム弾なら、自分のスキルは焚き火程度でしかない。


「ふっ……まぁいいわ。こっちは助けられてる方だしね。余計なことは聞かないでいてあげるわよ」


話はこれで終わりとばかりに翼は先を急ごうと手で合図を送ってきた。真としても話が終わってくれることに関してはありがたいことだが、結局翼が最後に良いところを持っていって、ぶっ放したことがなかったことになっているという状況は飲み込むしかなかった。





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