最後のバージョンアップ Ⅱ
1
「神々の塔……。間違いない! あれは神々の塔だ! こんな所に出て来るのか……」
暗い雲と雷に覆われたシン・ラースの空。そこから這い出てきた巨大な塔を見上げながら真が言った。
「あれが、神々の塔……。真がゲームで見た塔が、あれなんだよね?」
同じく、空を見上げている美月が聞き返した。
「細かい塔の造形は覚えてないけど、ゲームの中で出てきた神々の塔も、空を突き抜けるような高さだった。それに、バージョンアップで告知があった後に急に現れたんだ。他に考えようがない」
真は、ゲームの中で何度も神々の塔へは挑戦している。その都度、天にも昇るような塔を上った。ただ、ゲーム内では魔法の力で動くエレベーターがあり、頂上まで上ること自体は特段問題はなかったことを覚えている。
「ねえ、紫藤さん達にも、あれが神々の塔だってことを伝えた方がいいよね?」
真の話を聞いた翼が意見を出してきた。神々の塔は、元となったゲームに出て来た物だと知っているのは、この場では真しかいないだろう。
「ああ、そうだな。ちょっと行ってくる」
真も翼の言う通りだと思った。あれが何なのかをちゃんと伝えないといけない。
「待って。私も行く」
そこに美月も同行を申し出てきた。
「美月も? いや、俺だけでも大丈夫だぞ……」
「私だって『フォーチュンキャット』のサブマスターなんだから、こういう時は一緒に行くものでしょ?」
「まぁ……そうだな……。分かった。一緒に行こう」
「うん」
確かに美月の言う通りだと、真は同行を了承した。
「真さん、美月さん、お願いしますね」
彩音が二人に声をかけた。彩音としては、『フォーチュンキャット』に序列などないと思っているが、バージョンアップのたびに、マスターとサブマスターの二人に負担をかけていることは、申し訳ないと思いつつ、頼りになっていた。
「うん、ちょっと行ってくるね。すぐ戻って来るから」
美月が微笑んで返した。あくまで、あれが神々の塔であることを伝えに行くだけ。少し話をしに行くだけと、美月が言った時だった。
「待って、二人とも」
今度は翼が声をかけてきた。
「どうした?」
唐突に止められて、真が翼の方を見る。
「あ、急にごめん。えっと、ほら……。あそこ、紫藤さん達、こっちに来てるよ」
そう言って、翼が目線だけで向きを示す。
「紫藤さん達が……? 赤嶺さん達もこっちに向かってるな……」
翼に促されて、真もそっちを見ると、確かに総志達『ライオンハート』のメンバーが来ている。加えて、『王龍』のメンバーも引き連れて真達の方へと向かっていた。
「考えることは同じなんだね。紫藤さん達も、真と話をしたいと思ってるんだよ」
美月が真の方を見ながら言う。こちらが、出現した塔のことで話がしたいと思っているのと同じように、向こうも話がしたいのだ。
「だろうな……。とりあえず、こっちからも行っておこうか」
相手は同盟の長だ。来るのを待っているというのも気が引けるので、真の方からも足を運ぶ。
「そうだね。『ライオンハート』さんも、『王龍』さんも、全員来てるみたいだから、私達も全員で行きましょうか」
真と二人だけで話をしに行こうと思っていた美月だが、向こうの方は全員で来ているため、こちらも総出で迎えないわけにはいかない。
「ですね……。私達も行きますね」
彩音も美月と同意見。
「了解」
「いいわよ」
翼と華凛も反対する理由はないので、『フォーチュンキャット』も全員で、行くことになった。
2
「蒼井、お前もあれが『神々の塔』だという意見でいいな?」
真達と合流するやいなや、開口一番、総志が真に訊いてきた。前置きも何もなく、真も神々の塔であると認識している前提で話をしている。
「ああ、それで間違いないと思う。俺がゲームで見た神々の塔もあんな感じだったからな」
現出した巨大な塔に目を向けながら真が答えた。
「ゲームで見た? 神々の塔も元になったゲームに登場した物なのか?」
当然、総志はそこに食いついてきた。真もそれが狙いで話をしている。
「神々の塔だけじゃない。調律者ラーゼ・ヴァールも元になったゲームに登場してる。しかも、ディルフォールよりも強い敵としてな」
「ディルフォールよりも強いだって?」
これに反応したのは、姫子の方だった。総志も反応しているようだが、動いたのは姫子の方が早かった。
「ああ、ディルフォールより強い。ディルフォールも元々は最高レベルに到達した人達に向けて、より難易度の高い挑戦コンテンツとして実装されたんだけど、ディルフォールの攻略が進んで、何人もの人がディルフォールを倒せるようになったんだ。で、後のバージョンアップで、ディルフォールを超える超高難易度コンテンツとして実装されたのが、調律者ラーゼ・ヴァールだ」
「その調律者ラーゼ・ヴァールがいるのが、あそこに出てきた神々の塔ということか」
真の話を聞いた時也が、眼鏡の位置を直しながら言った。
「そうだな、告知にも書いてある通りだ」
「蒼井君、その告知にあることなんだけど、『神々の塔に入れるのは、一度に6人まで』って書いてあるよね? 元のゲームだと、その辺りはどうだった?」
今度は悟から質問が来た。さっきまで戦っていた、ディルフォールは150人という制限があり、以前のミッションでイルミナの迷宮に入った時は9人という制限があった。今回の人数制限は6人。かなり厳しい制限になっている。
「元のゲームも6人だったよ。そもそも、『World in birth Online』は6人で1つのパーティーっていうのが基本だったしな」
真が最初に調律者ラーゼ・ヴァールを倒したメンバーは、いつも一緒に行動する6人。たまに、違う人達ともパーティーを組んだりすることがあるが、何か新しいコンテンツがあると、まずは固定の6人で集まって攻略していた。
「ねえ、真。ゲームでのことなんだけどね、『天使の心臓』とか『大天使の心臓』っていうのも、元のゲームにあった物なの?」
横にいる美月が質問をした。ここであれこれ話すのはどうかと思いつつも、気になることは解消しておきたい。
「『天使の心臓』っていうのはあった。あれを100個集めるのも一緒だ。だけど、『大天使の心臓』っていうのは俺も知らない……。元になったゲームにはないアイテムだ……」
調律者ラーゼ・ヴァールと戦うための権利。それを得るためのアイテムが『天使の心臓』だ。これを集めるのに、時間がかかるため、気軽に調律者ラーゼ・ヴァールと戦うこともできない。そのせいで、攻略情報も遅かった。
「元のゲームでは『天使の心臓」しかなかったということか。今回はそれに加えて、『大天使の心臓』というのも集めないといけないと……。蒼井、ゲームの方では、『天使の心臓』をどうやって集めていた?」
真の回答を聞いて、今度は総志が訊いてきた。
「『天使の心臓』っていうのは、特定の地域に出現する天使を狩って手に入れるアイテムだ。レアドロップだから、単純に100体の天使を倒せばいいってわけじゃない。軽く1000体は倒さないと集まらない代物だ。それは、何とかなると思うけど……問題は『大天使の心臓』だな……」
腕を組みながら真が答える。
「それは、お前も知らないと言っていたな。どうやって入手するのか、推測もできないか?」
「多分、天使のNMを倒せばいいと思うんだけどな……。そいつが、どこにいるか見当もつかない……」
真が更に考え込む。『大天使の心臓』は、天使のNMを倒して入手するという推測は、ほぼ正しいだろう。元になったゲームでも、天使を狩っていたのだから、その延長と考えることはできる。
「なるほどな。それが妥当な線か……」
総志も腕を組んで何やら考え出した。
「総志。考え事の最中で悪いんだけど、一度、船に戻ろう。神々の塔の場所も把握できたんだ。今後のことは、休息を取ってからでも問題はないだろ?」
熟考を始めた総志に対して、時也が横槍を入れた。このまま放っておいては、いつまでも話を続けそうな空気だった。真と総志だけならそれでいいかもしれないが、他のメンバーは、かなり疲弊が溜まっている状態だ。
「あ、ああ……。まずは休息だな。『天使の心臓』については、持ち帰ってじっくり検討しよう」
時也に言われて、総志がハッとなった。
(最後のミッションを前にして、気が急いていたか……。これで最後なんだ。確実にミッションを成し遂げるように、冷静にならなくては……)
総志は落ち着く様に自分に言い聞かせた。長い間、世界を元に戻すために、陣頭指揮を取ってきた。その悲願がもうすぐ達成される。焦る気持ちもあるが、だからこそ冷静さが必要になってくる。
「そうしてくれ、紫藤さん。今はお互い傷だらけなんだしな。神々の塔がどこにあるのかも分かったんだ。今はゆっくり休めるように……なんだあれ?」
姫子も休息を提案した時だった。神々の塔を見ながら話をしていたこともあって、丁度、そちらの方を見ていた。
「姫、どうしました?」
姫子が何かを見つけた様子が気になり、悟が声をかける。
「あれだよ……。鳥にしては少し大きくないか? 数は……それほど多くはないか……」
「生き残ってるドラゴンじゃないんですかね……?」
姫子が示す方向を悟も見る。神々の塔がある方向。その方向からは、神々の塔を背にして、何かが飛んできている。数は50~60くらいか。
「いや、ドラゴンじゃない!」
真が声を荒げた。シン・ラースで空を飛んでいるのはドラゴンしかいない。だが、ディルフォールは既に倒しているし、今更こちらに向かってくる意味もない。それに、形状がドラゴンではない。ドラゴンほど大きくはないが、鳥よりは大きい。人の形をした影からは、羽が生えているのが見える。
「天使だッ!」
総志が声を張り上げた。
徐々に近づいてくるつれて、その形状がはっきりとしてくる。白い肌と白いローブ。二枚の白い羽と金色の髪。手には剣と盾を持っている。
まさに絵に描いたような天使が、神々の塔から飛んできていた。