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狂った思想

【メッセージが届きました】


真の頭の中に直接声がした。


「…………」


真は無言のまま、目の前に浮かぶレターのアイコンに手を伸ばす。


【深淵の龍帝 ディルフォールが討伐されました】


書かれているメッセージはそれだけ。たった一文の文章だが、それだけで全てが伝わる。


「…………」


激しい戦いを思い出しながら、真は周囲を見渡した。ここは現実世界のテーマパーク。あれだけディルフォールが暴れ回たにも関わらず、建物は全て無事。花壇の花びら一枚に至っても燃えていない。


「つくづくゲームなんだな……」


複雑な気持ちで真が呟いた。深淵の龍帝ディルフォール。それは、間違いなく今まで戦ってきた敵の中で最強だった。


ヴァリア帝国の帝都イーリスベルクも、ディルフォールの配下によって壊滅的なダメージを受けた。皇城にいたっては完全に崩壊した。


だが、現実世界の物質に対しては微塵も影響を与えることができない。NPCだけでなく、現実世界の人達にも大勢の犠牲が出たのに、ゲームに入っていない物は何も被害を受けていない。


「…………行くか」


色々と思うところはあるにせよ、いつまでもここに留まるわけにはいかない。アグニスとフィアハーテがどうなったのかは分からない。


(厄介なのはフィアハーテの方だな……。美月達のことも気になるし……)


どちらの応援に行くか。真は、フィアハーテが引きつられて行った、ダイナソーパークの方へと振り返ると――


「真―ッ!」


そこに、美月の声が聞こえてきた。


「美月ッ!? 翼、彩音。華凛も」


真が振り返った先に見たのは、大切な仲間の姿。4人全員が無事だったことに心底安堵する。


「真君ーッ!」


美月に並んで華凛も駆け寄ってきた。翼と彩音はやれやれといった表情をしている。


「美月、華凛……。良かった無事だったんだな」


「うん……私たちは、無事だった……」


泣きそうな顔で美月が答える。どれほど怖い思いをしたのだろうか。その表情だけでも、美月達が味わった恐怖の一端が垣間見える。


「真君も……無事で、良かった……」


華凛の方は涙を流しながら、真に縋り付いてきている。魔竜王なんていう化け物と戦ったのだから、仕方のないことだ。


「ああ……、俺は大丈夫だ」


泣きじゃくる少女に、真が優しく返事をする。


「真なら大丈夫だって言ったでしょ……。こいつが負けるわけないじゃない……」


少し遅れて翼もやってきた。だが、どこか声が暗い。


「どうした……?」


翼の表情が暗いことに引っかかった真が訊いた。


「…………」


しかし、翼は目を伏せて何も答えない。代わりに隣の彩音が口を開いた。


「私たちは無事だったんです……。椿姫さんも咲良ちゃんも無事です……。紫藤さんと葉霧さんも……」


彩音の言葉はここで止まった。


皆無事だったように聞こえるが、何が問題なのか。美月達がやってきた方へと目線を向けた。


そこには、総志と時也、椿姫に咲良がいる。その他数名の『ライオンハート』のメンバー。


「これで全てだ」


総志が歩きながら言ってきた。


「これで全部……?」


総志が言っていることの意味が分からず、真が聞き返す。


「そうだ。生き残ったのは、これで全てだ。他は全員死亡した」


「――ッ!?」


真が驚愕に目を見開いた。総勢74人のフィアハーテ討伐メンバーの内、戻ってきたのは十数名。


「わ、私達を……皆……私達を……助ける……ため、ために……ぎ、ぎ……犠牲に……なって……」


涙を必死で堪えながら美月が説明をする。感情がぐるんぐるんと回って、上手く言葉にすることができない。


「別に、命じられてやったことじゃない。全員が生かすべきを判断して行動した。その結果だ。何も悔いることはない。俺は仲間を誇りに思っている」


「そうか……。ありがとう。俺の仲間を助けてくれて、本当にありがとうございました」


真は総志ではなく、ダイナソーパークの方へ向けて深々と頭を下げた。もう戻って来ることはない、『ライオンハート』英霊に向けて、心からの謝意を込める。


「……蒼井。まだ終わってはいない。『王龍』がどうなったのかは、分からないだろ?」


総志は心を切り替えて、今やるべきことを口にする。


「ああ、そうだな……。『王龍』の状況は分からない……。すぐに応援――」


「こっちは終わった。もう大丈夫だ!」


そこに、姫子の声が割り込んできた。


「赤嶺さん!」


すぐさま真が反応を示した。『王龍』のマスター姫子とサブマスターの悟の姿が確認できる。


「そっちも、多くの犠牲が出たようだな……」


総志が姫子に声をかける。ざっと見た限り、『王龍』の人数は30人前後。半分以上はやられたようだ。


「ああ……。だけど、皆立派に戦ったよ……。あたしの誇りだ……」


「そうだな……。『王龍』でなければ、成し遂げられなかったことだ……」


姫子と総志が静かに言葉を交わす。お互いに大勢の仲間を犠牲にして、今ここに立っている。ギルドのマスターとして、部下を死なせてしまった責任と、ここまで戦い抜いてくれた仲間への感謝。その気持ちが入り混じって、これ以上の言葉は出てこない。


これで、終わり。アグニスもフィアハーテもディルフォールも倒した。もう帰っていいのだが。誰も動かずに、沈黙だけが時を刻んでいく。


――パチパチパチパチ


静寂の中を渇いた音が聞こえてきた。誰かが手を打っている音だ。こんな時に誰が、と思いながら音のする方へと顔を向ける。


それは、古城のある方から聞こえてきた。アロニーファンタジアのシンボル。魔法使いマーフィーがお姫様と一緒に暮らす古い城。その中から一人の女性が出て来た。


パチパチパチパチ


女は無感情な拍手をしながら、真達の方へと近づいてくる。


「おめでとう! あの深淵の龍帝ディルフォールを倒してしまうなんて、素晴らしいわ!」


まるで嘲笑うかのような口調で、女が賛辞を贈った。


「イ、イルミナ・ワーロック……ッ!?」


真が驚きに声を荒げた。どこにいるのか分からなくなっていたイルミナが、その姿を現している。


「こいつが……イルミナ・ワーロック……」


総志も女の名前を呟いた。総志がイルミナと相対するのはこれが初めて。真からの報告は聞いていたが、実物を目の当たりにして初めて感じたことがある。これは、恐怖だ。


「な、何なんだ……こいつは……」


姫子も総志と同じことを感じていた。巨大なドラゴンと戦って、勝利を収めた姫子だが、目の前にいる女は、そんなものとは比べ物にならないくらいに悍ましい。


「何を硬くなってるのかしら? 私は褒めてあげてるのよ。最強のドラゴンを倒してしまうなんて、さぞかし大変だったでしょうね」


イルミナの嘲笑気味な口調は変わらないが、目はまるで笑っていない。


「イルミナ……。お前の目論見もこれで終わりだ! どういうつもりで出て来た?」


真は最大限の警戒をしながらイルミナに話しかける。


「どういうつもりかって? 決まってるじゃない。ディルフォールを復活させるために、私がどれだけ苦労したと思ってるの? それを潰されたのよ? だったら、次の手を考えないといけないでしょう?」


イルミナの口調は軽いが、かなり苛立っているのが見て取れる。


「これ以上やらせると思ってんのか?」


「あなた馬鹿じゃないの? そんなの思ってるわけないでしょ! だから、ここに現れたのよ! これ以上あなたたちに邪魔されないようにね!」


とうとう我慢の限界がきたのか、イルミナは怒気を露にして声を荒げた。


「ディルフォールを倒した俺たちに勝てるとで思ってんのか?」


真は怯むことなく言い返した。いくらイルミナが化け物じみているとはいえ、本物の化け物であるディルフォールより強いとは思えない。


「だから、今なのよ。ほんとにお馬鹿ね、あたなは。ディルフォールと戦った直後の状態で、私に勝てるとでも思ってるのかしら? 控えめに言ってもボロボロよ、あなたたち」


イルミナが歯を剥いてニヤリと笑う。


「舐められたものだな。ドラゴンと戦ったくらいで、俺たちが疲弊するとでも思っているのか?」


総志が前に出て挑発し返した。とはいえ、正直なところ、イルミナの言う通りなので、ハッタリでしかない。


「紫藤さんの言う通りだな。こちとら、仲間の弔い合戦がしたいところなんだ。イルミナだったか? 悪いが付き合ってくれよ?」


姫子もカラ元気で返す。疲弊で戦いどころか、帰還することすら躊躇っている状態なのに、イルミナなんていう狂人を相手にするのは、非常に厳しい。


「あら? やる気なの? 声は震えてるようだけど、大丈夫?」


だが、イルミナには見透かされていた。総志のハッタリも姫子の強がりも、イルミナには全く効果がない。


「くっ……」


言い返す言葉が見つからず、総志が歯噛みする。


「大丈夫だ。こいつは俺がやる……」


そこに、真が入り、総志と姫子を手で制した。


「蒼井……」


「おい、お前……」


総志と姫子が同時に声を上げるが、それ以上のことは言えない。


「大丈夫。俺は、まだ余力がある」


「「…………」」


真の言葉に、総志と姫子は何も返すことができなかった。ここは、真に頼るしかない。それが最善だと思えた。


真はチラリと美月達の方に目をやった。真の言ったことは聞いているようだが、美月達も何も言ってこない。ただ、じっと真の方を見ている。


「話はまとまったかしら?」


「ああ、俺とお前の一対一だ!」


真はそう言い放つと、大剣を構えてイルミナを睨みつけた。


「いいわよ。あなたを倒せば、他は取るに足らない雑魚ばかりですもの――かかってらっしゃいな!」


イルミナは手招きをして真を挑発する。


「言われなくてもな!」


真は力いっぱい地面を蹴ると、一気にイルミナとの間合いを詰めた。


<スラッシュ>


真は渾身の力でイルミナに斬りかかった。イルミナは真の方を見ている。完全に動きを把握している目だ。


タードカハルを他国の侵攻から守った浄罪の聖人イルミナ・ワーロック。その戦いぶりは残虐非道と言われているが、同時に実力も本物。


サマナーであるイルミナが、ここまで接近されても一切動じていないのは、その戦闘能力の高さから――


(なんだ……? この違和感……)


真がイルミナに違和感を感じた時には既にスキルが発動していた。


「えっ……?」


真が間の抜けたような声を出した。


完全に見切られていると思っていた真の攻撃を、イルミナは何もせずに喰らっていた。


「ぐっ……ぐふっ……」


真のスラッシュをまともに受けたイルミナは、ヨロヨロと後退する。


「な、何を……何をしてるんだ……?」


避けられる覚悟をしていた攻撃だったが、思いのほか、イルミナに直撃した。攻撃を加えた方の真が逆に動揺するくらい綺麗に入った。


「ふふふ……」


イルミナは油汗をかきながらも笑っている。


「お前……、何がしたい……?」


ここで、真が違和感の正体に気が付いた。それは、イルミナが戦闘態勢に入っていなかったことだ。最初から避けるつもりがなかったとしか思えない。


「ふふふ……、ハハハハハハッ! もう手遅れよ!」


イルミナが目を見開いて笑い声を上げる。それは異様な顔だった。致命傷を受けながらも、まるで気にする様子はなく、高らかに笑い声を上げている。


「何が手遅れだ? これ以上やらせるわけには――なッ……!? スキルが……!?」


イルミナの様子に異変を感じた真が、追撃を入れようとした。だが――


「蒼井、どうした? イルミナに止めを刺せ!」


後ろから総志が声を上げる。


「だ、ダメなんだ! スキルが発動しない!? なんでだ? なんでスキルが使えない?」


動揺気味に真が答える。敵に対してスキルが発動しない原因、それは決まっている。戦う相手ではないから。ゲームの進行上、これ以上攻撃を加えることができない相手には、スキルを使用することはできない。


「ねえ、あなた。アルター教のことは知ってるわよね?」


突然イルミナが真に話しかけてきた。


「な、何を言っている? お前は、何をしようとしてるんだ?」


だが、真は答えられない。この状況で、アルター教を知っているのかどうかを聞いてくるイルミナが異常に思えた。


「答えなくてもいいわ……。アルター教はね、本来、世界の浄化を目指している宗教じゃないのよ……」


構わずイルミナは話を続けた。


「はぁ? 何を言ってるんだ? 今はそんなことどうでもいいだろ?」


「いいえ、大事なことよ――アルター教の本当の教義はね、狂っているこの世界を綺麗にすることなの……」


「はぁ……? 同じことだろ……?」


「いいえ、違うわ……。この世界はね……穢れているとか、そんなんじゃない……。狂って、乱れて、おかしくなってるの……。何もかも調和が取れていない……。全てがズレてるっていうのが正確かもね……」


「だから、何を言ってるんだ? お前は何がしたいんだ?」


質問に答えようともせず、アルター教のことを語りだすイルミナに対して、真は焦りのようなものを感じていた。


「だから、私は綺麗な世界にしたいの……。全ての調和が取れた完璧な世界。それが私の望み……」


「わけ分からないこと言ってんじゃねえよ! 何がしたいんだ!?」


「言ってるでしょ、調和の取れた完璧な世界にしたいって……。この狂った世界を、適切な形にする。そのためには、世界を調律する者が必要なの……」


「世界を……調律……」


その言葉に、真の背筋が凍った。それは、考えられることだった。今更それに気が付いた。ディルフォールが出て来た時点で気が付いていてもよかったことだ。


「そう、世界を調律……。それができる存在は、ただ一つだけ……」


「…………ッ」


真は何も言えなくなっていた。ただ、冷たい汗だけが額から流れて来る。


「その存在を呼び寄せるにはね……。途方もなく大きな魂が必要なのよ……。ただの人間ごときを捧げただけでは、まるで足りない……。深淵の龍帝と呼ばれるほどの巨大な魂でないと、それを顕現させることはできない」


「まさか……、お前は……そのために……」


「ええ、そうよ……。でもね、ディルフォールの魂だけでも不十分なのよ……。ディルフォールの魂はあくまで、この世界に顕現する時に必要なエネルギー。そして、もう一つ必要なもの……。それは、私の魂なの……」


「この世界と繋げるための触媒……」


それは、ディルフォールを復活させるために、ヴァリア帝国の皇帝を捧げたのと同じ理屈。その時は、戦場で死んだ兵士の魂を糧とし、ブラドを触媒にしてディルフォールを復活させた。


「その通りよ……。よく分かったわね……。この世界でね、私ほど昇華した魂はどこにもなかったのよ……。だから、私自らが、生贄になる必要があった……。ふふふ、意外そうな顔をしてるわね……。これでもアルター教の聖人よ……。この魂に宿る力はね、誰も届かない高みにあるのよ」


魂が綺麗なのか汚れているのかは関係ない。その魂が、どこまで高い次元にまで達しているかが重要なのだ。


「よ、よせ……やめろ……」


これから起こることに、真が戦慄を覚えながらも何とか口を開く。


「やめるわけないでしょ。ようやく、ここまで来たんだから……」


「やめろ! イルミナ! それが何か分ってるの――」


ガンッ! 


「クソッ!?」


真がイルミナを止めようとするが、見えない壁に阻まれてしまう。真とイルミナの距離は剣の届く距離にあるのだが、見えない壁が真とイルミナを断絶している。


「さあ、深淵の龍帝と我イルミナ・ワーロックの魂を捧げる!」


「ヤメローーーッ!!!」


「今ここに顕現せよ! この世界をあるべき姿へと変える者――調律者 ラーゼ・ヴァール!」


イルミナが高らかに声を上げると、全身が光の柱に包まれる。その光は、天を突き抜けるようにして伸びると、イルミナは力尽き、その場に倒れ込む。そして――


― 皆様、本日、只今の時刻を持ちまして、『World in birth Real Online』における、最後のバージョンアップを実施いたします ―


空から、大音量の声が聞こえてきた。




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