闇底の龍 Ⅴ
「もう、こうなってしまっては、我でも制御することはできんぞ! ただ、暴虐の限りを尽くすだけだ!」
ディルフォールは化け物じみた笑みを浮かべている。辛うじて自制がきいてはいるが、一度戦闘に入れば、もう制御はきかなくなる。そんな顔をしている。
「気にするナ……。それはお互い様ダ」
対する真の方も力を制御するつもりはない。だが、以前の発狂とは全く別の状態になっていた。それは、ベルセルクとの融合だ。
ベルセルクを拒絶することによって生じる反発がない。真がベルセルクを受け入れたことで、一体化しつつある。
その結果、ベルセルクが真という人格に溶け込み、その一部となった。それは、戦いによって、ベルセルクが活性化し、お互いのシンクロが急激に加速したことによる効果だ。
「ハハハッ! そうだったな! なら、思う存分暴れ回ろうぞ!」
ディルフォールは、叫ぶようにして言うと、一気に真へと向かって飛んできた。
今までよりも更に早い飛び込みで、真を間合いに入れる。ディルフォールが仕掛けた攻撃は、その背後に聳え立つ禍々しいオーラによるもの。巨大なドラゴンを形どる黒紫色のオーラが、真に向かって牙を剥いた。
「ああ! お前も悔いヲ残すんじゃねエぞ!」
迫りくる黒紫色のオーラに対して、真は前に出ていった。
<スラッシュ>
巨大なディルフォールのオーラを掻い潜り、ディルフォールに向けて斬撃を放つ。
「汝なら、そう来ると思っていたわ!」
真の攻撃に対して、ディルフォールのオーラが盾となって受け止める。
そして、頭上に展開しているディルフォールのオーラが、大金槌のように真に向けて振り下ろされた。
「――!」
しかし、真はただディルフォールだけを見ていた。
振り下ろされたオーラの大槌もまったく見ていない。にも関わらず、スレスレのところを見切って回避。
<パワースラスト>
そのまま、ディルフォールに向けて突きを放った。
ディルフォールは咄嗟に腕で体を庇うが、真の剣はディルフォールの腕を貫通する。
<ライオットバースト>
突き刺さったままの真の大剣は、激しく光ると、ディルフォールの体内でエネルギ―が炸裂した。
「ふふふっ、この痛みでさえ楽しいのう!」
真の攻撃を喰らっても、ディルフォールは楽しそうに笑っていた。
そして――
「ソル ケラフ!」
ディルフォールが呪文を唱え、地面から複数の氷柱を出現させた。突出してきた氷の柱は、先端が尖った巨大な氷槍となって真を襲う。
これも、真は寸でのところで回避。後ろに飛んで距離を取った。
「まだまだ、これからだぞ――バサラ ヴィ トルナド!」
一旦距離が開いた真に対して、ディルフォールは続けざまに魔法を詠唱した。
その直後、雷を纏った巨大な竜巻が何本も出現。真の周りを縦横無尽に竜巻が暴れ回った。
広い中央広場を所狭しと荒らしていく竜巻の群れ。真は幾本もの竜巻に囲まれてしまう。
「ハハハハハーッ! いいぞ、いいぞ! もっと力を振るわせてくれ!」
ディルフォールは高らかに笑い声を上げながら、執拗に竜巻で真に攻撃を加えていく。
「――」
だが、真は無言で笑ったまま。恐れることもなく、怯むこともない。ただ目の前の敵を見据えて、迫りくる幾本もの竜巻を掻い潜っていく。
「そうだ! 来い! 我の元に剣を突き立てて来い!」
天変地異のような中を走って来る真に対して、ディルフォールはこれまでにない程の笑みを浮かべていた。
これだけやっても、相手が壊れる気配はない。これ以上やっても大丈夫。もっと力を出してもいい。それが楽しくて仕方がない。
<グリムリーパー>
真は数多の竜巻をものとめせずに、ディルフォールへと駆け寄ると、下段から掬い上げるようにして大剣を振り上げた。
「イル フォート ゲヘナ!」
同時にディルフォールも動く。呪文の詠唱と共に、竜巻と暴風は消え去る。
「これは避けきれるか?」
ディルフォールは口角を上げて言った。それは悪戯を仕掛ける子供のような顔だった。
すぐさま、ディルフォールの魔法が発動し、空から大量の影が現れた。
それは、空一面を覆いつくすほどの隕石。現れた無数の隕石は、中央広場に驟雨のごとく降り注いでいく。どこもかしこも爆炎が巻き起こり、鼓膜を叩くような轟音と腹を強打されるような振動が真を直撃する。
まるで、大規模な空襲。無秩序に投下されてくる爆弾のように、夢と魔法の世界が蹂躙されていく。
「――ッ!!!」
逃げ場などあるはずもない隕石の雨。テーマパークの中央広場を埋め尽くすほどの隕石の中、真は一切声を発することなく、ディルフォールをその間合いの中に入れていた。
<スラッシュ>
真の袈裟斬りが、ディルフォールの体を斜めに斬りつける。
「アハハハーッ! そうか! そうか! これでも来るか! 愉快! 愉快! 実に愉快だ!」
ディルフォールは大声で笑いながら、背負った巨大なオーラを真にぶつけてきた。
巨大なドラゴンのようなオーラは、口を開けて真を喰らわんと襲い掛かる。
<フラッシュブレード>
真は迫りくるディルフォールのオーラを躱しざまに横薙ぎ一閃。真の赤黒い髪が、ディルフォールのオーラと接触しているのが分かるほどの至近距離での攻防。
「なんと面白ことか! これほどの快楽は初めてだぞ、人間!」
目を見開き、異常なまでの興奮状態になったディルフォールは、纏った黒紫のオーラと共に爪を振り下ろしてきた。
<ヘルブレイバー>
真はこれも体を逸らして回避すると同時に、下段から剣を突き上げると、体ごと飛び上がった。
「だが、これで終わりだ! 我の力、余すことなく味わえッ!」
ディルフォールが大きく両手を広げると、自らのオーラを一気に開放させた。巨大なドラゴンの形をしていた黒紫色のオーラは、一瞬の内に炎へと姿を変え、見える範囲全てを焼き付くさんと溢れ出した。
ディルフォールの最大級の攻撃。無尽蔵の魔力を力の限り全て放出する。噴出する黒紫のオーラは、天をも突き破るほどの勢いだ。
目の前にいる一人の人間を倒すためだけに、ディルフォールは全ての力を使う。全てのドラゴンの頂点。全てのドラゴンの中で最強であり、もっとも凶悪で、獰猛で、残虐。その全てを開放して、一人の人間のためだけに力を行使する。
無限に沸き上がる力の奔流が真を丸飲みにする。まるで押し寄せる濁流のような中、真は――
<カタストロフィ>
ディルフォールのオーラを突き破って、神速の斬撃を放った。
その瞬間、真とディルフォールの目線が交差する。
直後、真が放った神速の斬撃は、ディルフォールを斬りつけると、白い崩壊の光が迸発した。
膨大な力の余波は、一瞬の内に広がり、ディルフォールのオーラを全て掻き消していく。まるで、ここにある世界が破裂したかのように、全てが真の一撃によって消し去られていった。
ベルセルクが持つ攻撃の中で、最も威力の大きなスキル。それが、連続攻撃スキルの4段目、カタストロフィだ。
しかも、バーサーカーソウルとルナシーハウルを併用している上に、ブラディメスクリーチャーという得体の知れないスキルまで発動した状態でのカタストロフィ。
それは、真自身ですら経験したことのない領域にある攻撃。
「がぁッ……はッ……」
カタストロフィの直撃を受けたディルフォールは、立っていることもできなくなり、ついには膝を地面につけてしまった。
それでも、まだ完全に倒れたというわけではない。膝を付きながらも、何とか立とうとして真を見上げている。
「はぁ……はぁ……。ふふふっ……、これが……汝の力か……」
「いや、俺たちの力だ……」
真は静かに答えた。ディルフォールはもう戦えない。スキルが発動しなくなっているかどうかは確かめていないが、確かめる必要もない。もう終わりだ。
「汝らの力か……。そういえば、何か言っておったの……。相棒が何とか……。我には分からぬ話だが……」
ディルフォールはほとんど虫の息だった。あれだけ溢れ出ていたオーラもすっかり消えてなくなっている。
「こっちの話だ。お前は気にすることはない」
「そうだろうな……我には……関係のない……ことだ……。関係のないついでに……一つ教えてくれ……」
「なんだ?」
「我とは別の……約束とやら……果たせたか……?」
真がブラディメスクリーチャーを発動させた後、ディルフォールを満足させるということ以外にも、別の誰かと何かを約束しているというようなことを言っていた。
何故だかは分からないが、ディルフォールはその約束のことが気にかかった。
「ああ、何とかな……」
「何を……約束していた……?」
「……俺が……人間として、お前を倒すことだよ」
美月との約束。あの日の夜に話したこと。『人のままで、この世界を元に戻す』と誓った。
「人間として……? 我を倒す……? ハハハッ……あれだけ狂っておいて……、約束を果たせたと……申すか……」
「こうして元に戻ってるんだ……。約束は……まぁ、破ったわけじゃない……。それに、俺は大切なことにも気が付けたから。あれは化け物なんかじゃない。それが理解できたから、人としてお前と戦うことができたと思ってる」
「そうか……。汝がそれで納得しておるのなら……我がとやかく言う筋合いではない……。汝は、我との約束を果たしたのだからな……。大した娘だ……。最初に我を倒した男どもより、よっぽど強いわ……」
ディルフォールは力なく微笑む。それは、本当にただの笑みだった。凶暴性はなく、凶悪性もない。陰湿さもなければ、嫌悪感もない。本当に一人の女性のように微笑んでいた。
「あっ……と、だな……。俺は男なんだけど……」
そういえば、ずっとディルフォールは真のことを少女だと思っていた。戦いの前でそれを否定することはしなかったが、最後の最後で真が訂正を入れた。
「男……? 汝が……?」
「ああ、そうだよ……」
「……今ここで言う言葉がそれか……? 馬鹿者が……。時と場合を……考えろ……愚か者……」
呆れた表情でディルフォールが言う。激しい戦いの勝者に送った賛辞を、こんな言葉で返されるとは思いもしなかった。
「えっと……、その……。すまない……」
「謝るな……馬鹿者が……! はぁ……、興が覚めたわ……、馬鹿馬鹿しい……。間違いない……、汝は人間だ……。愚かで……、矮小で……、どうしようもない……ただの人間だ……」
ディルフォールはそう言うと、フラフラと横に倒れた。
「…………」
真は、ただ見ているだけだった。かける言葉も見つからない。
「我は……もう眠る……。宴は終わりだ……。楽しかったな……。生まれて初めて、満たされた気分だ……。そのことは……礼を言っておく……」
「俺も……、俺たちも……初めて満たされたと思う……」
「……そんな目で、我を見るな……。我を誰だと……思っておる……。この世で……最も凶悪な……ドラゴン……。深淵の……龍帝だぞ……」
悲しそうな目で見ている真に、ディルフォールが微笑みかけた。まるで、母が子供を見るかのような、優しい目つきだ。
「ああ……そうだったな……。最強のドラゴンだったな……」
「ふふっ……。よく分かっておる……な……。最後に……一つだけ……忠告……しておく……」
「ああ……」
「イルミナ……。あいつは……、あいつだけは……、本当に……何を考えておるか……分からぬ……。この……深淵の龍帝で……あっても……、あやつだけは……分からぬ……。だから……、気を付けろ……。絶対に……あやつの……言葉は……信用……するな……」
「……忠告、ありがたく受け取っておくよ」
もう返事をすることもなくなった最強のドラゴンに、真は一言だけ礼を言った。