闇底の龍 Ⅳ
真の鼓動が急激に速くなる。全身から力が噴出してくる。リミッターなど何の役にも立たない。もう、何物にも止めることはできない。
真の瞳が深紅に染まると、目の前の敵に照準を合わせた。
「アAaあァァぁーーーーッ!!!」
異常なまでの叫びを上げながら、真がディルフォールへと斬りかかっていく。
その姿に人間らしさなど欠片もない。どこまでも歪で、どこまでも異様。加えて動きも尋常ではない。ただ単に突っ込んでくるだけの動きなのだが、まるで弾丸のようなスピードで迫って行く。
「ぬぁッ!?」
ドラゴンの反射神経をもってしても回避不可能な速度。ディルフォールは、真の斬撃に対して、何ら対抗することなく受けてしまう。
「Aァァァあぁーーーーッ!!!」
真の攻撃は更に加速していく。人間とは思えない、その奇怪な声を発しながら、ディルフォールを斬り刻むべく大剣を振る。
「ぐぬッ……!?」
これにはディルフォールも後退をする他なかった。翼を使って大きく後方へと飛び退く。
だが、真は逃がしてはくれない。
「――ッ!!」
先ほどとは一転して、一切声を出さず、ただ笑うだけの真がディルフォールを追いかける。
「くッ――エル バラクッ!」
ディルフォールは右手を真に向けて魔法を詠唱。瞬時に発生した紫電が真目掛けて飛んでいく。
蛇のようにうねりながら飛んでくる雷。不規則なその動きを予測して避けることはほぼ不可能。最初に真がこの攻撃を受けた際も、大きく迂回して対処するしかなかった。
「…………!」
しかし、真は避ける素振りすら見せずに、ディルフォールを見る。そして、勢いをつけて体を傾けると、そのまま捻るようにして飛んだ。
ほとんど同時のタイミングで、真の体の脇を紫電が通り抜ける。
「なァッ!?」
ディルフォールは驚きに声が出なくなってしまたった。迸る紫電に対して、一直線に飛び込んできて、それでいて、体ごと捻り飛んで避けられた。
真は着地する勢いそのままに、ディルフォールに斬りかかった。
「ぐッ……!」
肩口から袈裟斬りに受けた斬撃にディルフォールは顔を顰める。距離を離して牽制する目的で使った攻撃が、まるでその意味を果たさなかった。
しかも、真は止まる気配がない。それは、目を見れば分かる。
(な、何なんだ、この目はッ!? こやつ、本当に人間か!?)
深紅に染まった真の目を至近距離で見てしまったディルフォールは、戦慄に血の気が引いていた。見たことのない目。人でも化け物でもない目。それが何であるか分からない。
分かることは一つだけ。得体の知れない何かが襲い掛かってきている。
「ラファ トルナドーッ!」
ディルフォールは焦りながらも魔法を詠唱すると、自身の体を大きな竜巻へと変化させた。
激しく渦巻く風は、巨大な爪となって真を襲撃する。
<ソードディストラクション>
真は逃げもせずに跳躍すると、体ごと斜めに一回転させて剣を振りぬいた。
その瞬間、真の剣を中心にして、辺り一面を蹂躙するかのごとく衝撃が爆ぜた。まるで、破壊という事象そのものが顕現したかのような猛烈な衝撃。
ディルフォールの竜巻と真の衝撃がぶつかり、空間ごと破砕するような激しい振動が起こった。
「ぐはぁッ……!?」
勢いよく弾き飛ばされたのはディルフォールだった。
無限ともいえるほどの魔力を誇るディルフォールが、完全に力で負けていた。
「くっ……」
惨めにも地面に膝を付くディルフォール。顔を上げて、キッと真の方を睨む。
「――――」
真は何も言わずに立っている。瞬きもせずに、ただ笑ってディルフォールを見ている。
「ふふふ……。なるほどな……。これが汝の本当の力か。よくもまぁ、自分のことを人間と言えたものよな」
笑いを溢しながらディルフォールが立ち上がった。
「aぁ……」
笑ったままの真から声が漏れて来る。
「最早理性もないか。だが、我は構いはせんぞ。これほどの力を持っているのだ。何もかもが許される。誰が異を唱えることができようか。ただ、欲望の限り貪ればよい! それが我の望みでもあるからな!」
ディルフォールも胸が高鳴っていた。興奮に血が湧きあがる。体中が燃え盛るように熱くなっているのが分かる。
「理性ha……のコッテru……」
「ん……?」
片言の言葉にディルフォールが聞き返した。
「マだ……慣レteなクてな……」
「ああ、そういうことか……。よい。我は気にせんぞ。お互いに言葉などなくてもよいであろう?」
ディルフォールは笑って返した。理性がないように見えるが、どうやら残っているらしい。しかし、そんなことはどうでもよかった。思う存分戦えるのだから、理性があろうがなかろうが、些末な差でしかない。
「コッチは……souiうワケにハいかない……んデナ……。オ前とは……別ノ約束がaるんだ……」
「汝が誰とどんな約束をしたかは知らぬが、我を楽しませるという約束は、違えるでないぞ?」
「ソレは、心配……suruナ……。俺ハ……モう……逃geたリは……しなイ……」
たどたどしい言葉とは裏腹に、真からは強い意志が感じられる。
「そうか、ならば我も汝の期待に応えねばな! 満たしてほしいのだろう?」
「アあ、ソうda……」
「いいだろう。我が汝を満たしてやろう! この世のモノとは思えぬ快楽を与えてやる!」
ディルフォールはそう言うと、一気に自身の力を開放させた。開放されたディルフォールのオーラは、周囲の空気を弾き飛ばしていく。
真は、ディルフォールのオーラをビリビリと感じながらも、心はかつてない程に昂っていた。
「とくと味わうがよい――ラーナ メル ゲヘナッ!」
ディルフォールが高く右手を掲げると、漆黒の炎が溢れ出してきた。押さえつけられていた力が破裂するようにして、地獄の業火が吹き上がった。
広いアロニーファンタジアの中央広場が、一瞬の内に黒い炎にまみれる。色とりどりの花壇も、パステルカラーの店も、白い石畳も、全てが黒に染まる。
「アアァァァaaーーーッ!!!」
真は脇目も降らずにディルフォールへと向かって突進。ほとんど逃げる隙間もないような、獄炎の中を突っ走る。
「さあ、来い! 我を満足させてくれ――エメント バラクッ!」
魔法の発動と同時に、ディルフォールの周囲に無数の雷が落ちてきた。周囲を焼き尽す業火と、数えきれないほどの雷光が交じり合う。
<スラッシュ>
真は無数の落雷の合間を縫って、ディルフォールの体に斬撃を入れる。
「アーム ルアハ!」
ディルフォールは、真の斬撃にも臆することなく魔法を詠唱。左手を掬い上げると、そこから巨大な風の刃が発生して飛んでいく。
<シャープストライク>
真は半身になって避けると、素早い二連撃を放った。
「エル オウル!」
斬撃を受けながらも、ディルフォールは真の顔に向けて右手を突き出す。一瞬の間をおいて、超出力の光線が発射された。
真はこれを、上体を逸らすだけで回避。
<ルインブレード>
そのままの体勢から、連続攻撃スキルの3段目を放つ。
目の前に魔法陣が出現すると、真は魔法陣ごとディルフォールを斬り裂いた。
連続攻撃スキルの3段目であるルインブレードは、高い攻撃力に加えて、敵の防御力を下げるという効果まで付与されている。
まずはルインブレードを叩き込むというのが真のセオリーだ。
「ぐッ……。やりおるな……。だが、これならどうだ――エムト ラ ケラハッ!」
ディルフォールの詠唱が終わると、すぐさま周囲の空気が白く濁った。
ディルフォールを中心に展開される、広い範囲攻撃だ。氷属性のダメージだけでなく、効果範囲内に入った者は、凍り付いて一定時間動けなくなってしまう。
「…………」
真は何も言わずに後退。一足飛びに退いて、氷結の領域から離脱していく。
「エル オウル!」
距離が開いた真に対して、ディルフォールは狙いを付けて魔法を詠唱。収束した光線が矢となって真を襲う。
<レイジングストライク>
対する真は、一気にディルフォールへ飛びかかっていった。空中から獲物を狙う猛禽類のように、急激な加速でディルフォールへと飛びかかる。
真の脚の横を光線が通り抜けた。そして、着地する勢いを乗せて、真の剣がディルフォールへと突き刺さった。
この時点で、ディルフォールが放った凍結の効果は消えている。攻撃発動時に、その範囲の中にさえいなければ凍結させられることはない。これがゲームの仕様だ。
「ふふふ……ハハハハハー! いい! いいぞ! これだ! これだ! これだ! 我が望んでいたのはこいうことだ! 楽しいよな! 楽しいよな! 汝もそう思うであろう! なあ、そうであろう!」
どんな攻撃をしても真を止めることができない。それが、ディルフォールにとって無性に楽しかった。何をしても構わない。何をしても壊れない。何をしても向かってくる。これほど楽しいと感じたことはなかった。
「あa、楽シイよ! 最高の気分ダ! コンナに楽シイって思ッタことは、今マデにないってクライにな!」
真も笑いながら返す。自分の中にいるベルセルクも歓喜の声を上げているのが分かる。そして、真自身もベルセルクと一緒になって喜んでいる。
素直に力を受け入れて、素直に戦いに興じて、素直に興奮する。それが、堪らなく楽しかった。
「汝も楽しか! 嬉しいのう! 嬉しいのう! これほど嬉しいと感じたことは、生まれてこの方なかったぞ! ならば、我は全身全霊を尽くそう! もうこの後のことなどどうでもよいわ! 見せてくれる、これが最強のドラゴンの力だ!」
激しい高揚の中で、ディルフォールは叫んだ。
かつて、ここまでの相手がいただろうか。初めて人間に倒された時も、百数十人という単位の人間と戦ってのことだ。
それがどうだ。たった一人の小娘が、深淵の龍帝といわれる最強のドラゴンを追い詰めているのだ。
そんな相手に出し惜しみなどしていては意味がない。もっともっと狂いたい。
「グガアァァァァーーーッ!!!」
ディルフォールの口から吐き出されたのはドラゴンの咆哮。アグニスやフィアハーテなんかよりも遥かに大きく、力強い咆哮。
ディルフォールの目が赤く光ると、全身から黒紫色のオーラが溢れ出してきた。それは、今まで纏っていたオーラとはまるで別物。
恐ろしく、強大で、何よりも禍々しい。
そのオーラはまるで巨大なドラゴンのような形になり、湧きあがるようにして、ディルフォールの背後から聳え立った。