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魔竜 Ⅳ

全身黒い靄に覆われた男が一撃でビショップを絶命させた。


『歪な翼』の効果により、顔も完全に黒い靄に覆いつくされているため、それが誰なのかまでは判別できないが、手にしている片手斧と盾から、ダークナイトであることは間違いなかった。


狂化したダークナイトは、息絶えたビショップなど目もくれずに、次の標的へと顔を向ける。


「――ひぃっ!?」


翼の喉から掠れるような悲鳴が出て来た。狂化した男は、翼の方を向いている。一瞬時が止まったような錯覚さえ覚えた直後、狂化した男は、翼に向かって突撃してきた。


「翼ちゃん、逃げてッ!!!」


彩音の口から悲痛な叫びが溢れてくる。ビショップの防御力は低いにしても、攻撃力の低いダークナイトが一撃で絶命させることができるほど低くはない。ましてや、『ライオンハート』のビショップだ。そう簡単にやられるわけがない。


それでも、狂化したダークナイトは、一撃でビショップを絶命させている。これが『歪な翼』による、狂化の力だ。


「華凛! スリープリーフ! 狂化した人が! 早く!」


慌てて美月も声を上げた。狂化によって攻撃力が増加することは分かっていたが、まさか、ただの一撃で命を落とすまでとは思ってもいなかった。


「あっ――う、うん!」


<スリープリーフ>


突然の激痛で思考を乱されたしまった華凛だが、狂化対象者を無力化する準備はしてあった。


すぐさま、黒い靄に覆われた人を発見すると、スキルの詠唱を開始する。翼との距離はほんの僅かしかない。既に斧を振り上げて、翼に襲い掛からんとしている。


(早くしてよ……ッ)


ほんの数秒でスリープリーフは発動するのだが、翼が狙われていることが焦りに拍車をかけてしまう。


「翼! 危ない! 避けてー!」


美月が咄嗟に叫んだ。狂化したダークナイトは完全に翼を射程範囲内に捉えていた。もう1秒の猶予もないだろう。


狂化した人の攻撃を喰らえば、スナイパーなど一撃で終わってしまう。


「――ッィ!?」


振り返った翼の視界の端に、黒い男が見えた。すでに斧は振り下ろされている。


翼は思わず両手で頭を庇った。それが悪手だと気が付いた時にはもう遅かった。防御を固めたところで、耐えられるものではない。避けることに専念しないといけなかった。そう気が付いた時には、すでに数瞬の時が流れていた。


「…………?」


覚悟を決めることもできていない翼だったが、何も起こらないことに疑問を覚えて、目を開ける。


そこには、斧を振り下ろそうとしたまま、動かなくなったダークナイトの姿があった。相変わらず、全身を黒い靄で覆われているが、ピクリとも動かない。


「翼、大丈夫!?」


華凛が翼に駆け寄って声をかける。


「えっ……、あ、うん……。大丈夫……。ありがとう、華凛。助かったわ……」


状況を理解できた翼が礼を言う。間一髪のところで、華凛のスリープリーフが間に合ったということだ。


「他はどうなってる……?」


周囲を見渡しながら、翼が質問をした。


「他の所は分からないけど、大丈夫なんじゃないかな? 大きな混乱も起きてないみたいだし……」


華凛も周りを見渡しながら返事をした。華凛以外にもサマナーは複数参加している。『歪な翼』対策として、一番参加人数の割合が多いのサマナーだ。


「そうみたいね……」


今はビショップやエンハンサーが必死になって回復スキルを使っている姿の方が目立っていた。『歪な翼』の直後に来た、『腐敗の風』への対処をしているところだ。


そうこうしている内に、狂化した人から、黒い靄が消えていく。若干記憶に混濁があるのだろうか、狂化していたダークナイトの男は、今の状況を理解することができていない様子。


そこに、『ライオンハート』のメンバーがフォローに入っていく。


「華凛、彩音、反撃行くわよ! やられっぱなしなんて癪だからね!」


翼が気合を入れ直して、華凛と彩音に声をかける。


「ほんと、それね! これ以上、美月にも負担をかけられないしね!」


華凛も同じく気合を入れ直した。美月はまだ回復に手を取られているようだ。アタッカーである自分たちが早くフィアハーテを倒さないと、回復役にどんどん負担が押し寄せてしまう。


「これ以上の犠牲を出すわけにはいきませんからね! 私たちの役割を果たしましょう!」


彩音もそれに追従する。目の前の化け物は、まだ健在だ。自分の力がどれだけ通用するかは分からないが、少なくともフィアハーテの討伐メンバーに選ばれているのだ。その意味をしっかりと果たしたい。


「いくよッ!」


翼が雄たけびを上げるようにしてスキルを放つ。


続いて華凛も彩音も攻撃を再開させていく。


はっきり言ってしまえば、ずっと怖かった。当然、今でも怖い。どこでフィアハーテの強烈な攻撃が飛んでくるか分からない恐怖がある。


どれだけ声を張り上げても、恐怖は払拭できない。言葉で『大丈夫』と言っても、強がって虚勢を張っても恐怖は全く拭いきれない。


それでも、攻撃の手は緩めない。美月も翼も彩音も華凛も、ここにいる全員が、恐怖に襲われながらも、希望と絶望の狭間で戦っている。


そして、ただ一人、フィアハーテの正面に立っている総志も同じだ。


総志にとって、ここまで戦慄を覚えた戦いはなかった。全身の血液が沸騰しているかのように、体が熱くなっているのが分かる。


フィアハーテの爪を喰らっただけでも致命傷になる。それを、ずっと正面からぶつかっている。ギリギリの所で攻撃を躱し、一発でも多くの攻撃を当てる。


『ライオンハート』のメンバーも『フォーチュンキャット』のメンバーも総志に負けじと、苛烈な攻撃を加えている時だった。


再び、フィアハーテが翼で全身を覆うようにした。


「『歪な翼』が来るぞ! サマナーはスリープリーフ準備!」


フィアハーテが翼で全身を覆って丸まったら、それが、特殊攻撃『歪な翼』の予備動作だ。


「同時に何か来ることを想定して動け! 『歪な翼』だけで終わると思うな!」


総志は続けて声を上げる。先ほどは、『歪な翼』とほぼ同時に『腐敗の風』を使われた。そのことで、『歪な翼』への対応が遅れてしまった。同じ轍は二度も踏むわけにはいかない。


総志が注意を喚起した後、フィアハーテは解き放つようにして、その翼を大きく広げた。同時に巻き起こる、黒い靄の嵐。


完全に視界を覆われるほどの、黒い靄が辺り一面に渦巻く。


黒い靄自体には攻撃力がないことと、二度目ということもあってか、全員が声も上げずに、黒い靄が収まるのを待つ。


本番はここから。『歪な翼』によって、狂化した人を特定し、すぐに無力化させなければならない。


数秒もすれば、黒い靄は消え去り、視界は元に戻る。その中にいる、黒い靄で全身を覆われた人を探す。


「サマナーはスリープリーフ! 他はフィアハーテの動きに注意しろ! 何か仕掛けてくる――」


総志が再度、注意喚起をした所で、唐突に声が止まってしまった。


フィアハーテが立ちあがって、目を発光させている。この動作は――


「邪眼だ! 目を――」


慌てて、総志が声を張り上げた。フィアハーテの特殊攻撃、『魔竜の邪眼』。それは、フィアハーテの目が光ってから、約10秒後に発動する攻撃。その時に、フィアハーテを見ていた者は全員石化させられる。


だが、総志は言葉を止めた。狂化した人をどうするか。先に無力化しなければ、犠牲者が出るのではないか。


「スリープリーフ! 狂化した奴を優先しろ!」


総志が咄嗟に指示を変える。これが吉と出るか凶と出るかは分からない。


(ゲームである以上は必ず攻略法があるはずだ! 犠牲を前提にする攻撃なんて、あるはずがない!)


総志はゲームをやった経験はほとんどない。だが、真と話をしていて、ゲームということは、つまりはクリアできるように作られているということを理解していた。


だから、魔竜の邪眼を回避している間に、狂化した人に襲われることにならない攻略方法が、必ず用意されているはずなのだ。


(魔竜の邪眼の発動まで、最大で10秒。その間に、狂化対象者を無力化して、目を伏せれば間に合う!)


ただ、総志は自分で考えていることが、いかにシビアであるかは実感していた。実質使える時間は10秒もない。それだけの時間の間に、全ての狂化対象者を無力化したうえで、フィアハーテから目を背けないといけない。


そして、フィアハーテが魔竜の邪眼を発動させる。


直前に総志は目を伏せてこれを回避。再び目を開けて、すぐさま状況の確認を急ぐ。


「ぐああああーーー!!」


そこに、男の悲鳴が聞こえてきた。


総志が目を向けると、黒い靄に覆われたアサシンの男が、パラディンの男を斬りつけたところだった。狂化した人は、一時的に“敵”という判定を受けるため、魔竜の邪眼を喰らうことはない。


「サマナー! 急いで対処しろ!」


総志の怒号が飛んでいく。ある程度覚悟はしていたことだが、初見で完全に対応することには、やはり無理がある。


「私が行く!」


名乗りを上げたのは華凛だった。狂化したアサシンから逃げ惑う人をかき分けて、スキルを発動させる。


<スリープリーフ>


数秒で詠唱を完成させると、狂化した人を瞬時に眠らせる。これで、狂化が解けるまでは、完全に無力化することができる。


「攻撃は凌いだ! 全員反撃! かかれー!」


一時は壊滅の恐れもあったが、総志の咄嗟の判断で難所を切り抜けることができた。


(何人かは石化してるな……。クソッタレが!)


総志は横目で周囲を確認すると、見える範囲だけでも、石化している人が増えているのが分かった。


どれだけ仲間の死を見てきてたとしても、慣れることはない。助けることができなかった自分の不甲斐なさを呪うのと同時に、敵に対して強い憤りを感じる。


「来い! 化け物!」


怒りに震えながら、総志はフィアハーテに怒鳴りつけた。


対するフィアハーテは無機質な目で総志を見ながら、大きく口を開けて噛みついてくる。


紙一重でこれを回避すると、総志は思いっきり連続攻撃スキルを叩き込んだ。


「手を止めるな! 攻撃し続けろ! 長引けばこちらが不利になる!」


怒号のように指示を出しながらも、総志はフィアハーテに斬りかかっていく。


それに呼応するようにして、全員が攻撃に集中する。出し惜しみは一切しない。持てる限りの力を振り絞って、一心不乱に攻撃を加えていく。


魔法による炎が飛び交い、矢が雨あられと降り注ぐ。ビショップも攻撃魔法スキルを使い、断罪の光がフィアハーテの体を焼き付ける。


前衛職は、纏わりつく様に攻撃を加えていき、総志は正面からフィアハーテを斬りつける。


しばらく攻防が続いた時だった、フィアハーテが再び大きな魔法陣を展開させた。


「闇の刻印! 全員T字陣形!」


総志が号令をかける。激しい戦いによって、当初組んでいた陣形が崩れていた。


闇の刻印は、ランダムで複数人に刻印が付く。そして、刻印が爆発すると、周りに即死級のダメージを与えるというもの。通称『人間爆弾』と呼ばれる、特殊攻撃だ。


これは、既に一度回避している攻撃。もう一度冷静に対処すればいい。


「刻印の爆発以外にも、『魔竜の邪眼』や『歪な翼』に気を付けろ!」


総志が更に注意を促す。闇の刻印は、刻印を持った人が開いているスペースに駆け込めばいい。問題は、同時に来るであろう、何らかの攻撃。その合わせ技をどう対処るうかが難関だ。


「「「はい!」」」


総志の注意に対して、しっかりとした返事が返って来る。そして、闇の刻印が発動。


刻印を持たされた対象者は体が紫色に光り、頭上にルーン文字が浮かぶ。


「――なッ!?」


総志は目にした光景に絶句した。


見渡す限り、全員の体が紫色に発光している。


「全員散会! 走れー!」


喉が張り裂けんばかりに総志が叫んだ。誰一人として、刻印を持っていない者はいない。これは、予想だにしていなかった。全員が『人間爆弾』になるなんて、思いもしていなかった。


闇の刻印の厄介なところは、その発動までの猶予が短いこと。自分が闇の刻印を持たされたと分かったら、すぐに移動しないと、誰かを巻き込んでしまう。


誰もいないところに駆け込まないといけないのだが、全員が闇の刻印を持っているため、誰もいないスペースを確保するのが非常に難しい。


そして、短い猶予時間が過ぎ去ると、無情にも闇の刻印が発動。激しい爆発音を響かせる。


総志は、一人だけフィアハーテの正面にいたため、逃げる場所はいくらでもあった。


闇の刻印は、自身の刻印の爆発によるダメージは軽微という特徴があるため、自分の刻印の爆発だけなら、耐えることが可能だ。


だから、総志は自分の刻印の爆発を凌ぐと、すぐにフィアハーテに向かって行った。


「これ以上はやらせんぞー!」


もう後がない。今の攻撃で大半の人が命を落としただろう。総志は、なりふり構わずフィアハーテに特攻していったが……。


「グルルォォ……」


当のフィアハーテは、弱々しく唸ると、頭から地面に倒れ込んでいった。


「…………」


総志は、ただ倒れ込んでいるフィアハーテを見ることしかできなかった。スキルはもう発動しない。攻撃対象としてのフィアハーテではなくなった。


全員に闇の刻印を付ける攻撃が、フィアハーテの最後の攻撃だったのだ。それを凌いで、立っている総志が勝ったということになる。


「総志……。終わったのか……?」


生き残った時也が、総志に声をかけてきた。


「……被害状況は?」


突然の終幕に、総志は碌な返事もできないまま、時也に問いかけた。


「……ほぼ壊滅」


「……そうか」


力なく総志が周囲を見渡す。立っている人数の方が圧倒的に少ない。この状況で生き残っているのは――


「美月さん大丈夫?」


椿姫が美月に声をかけていた。


「だ、大丈夫です……。私たちは、何とか全員無事みたいで……」


美月が項垂れながらも答えていた。


「良かった……。こっちも咲良の無事は確認できたんだけど……」


椿姫も悲痛な声を出している。『ライオンハート』のメンバーは総志と時也、椿姫と咲良以外は、ほとんど壊滅状態。


「ごめんなさい……。皆さん、私達を助けるために……」


そこに、彩音がやってきた。


「気にしないで……。私は、『フォーチュンキャット』を助けた皆を誇りに思うよ……」


椿姫が涙ながらに言う。


「それでも……」


彩音は言葉が詰まってしまった。少し離れたところに目をやると、ふらふらになりながらも、翼と華凛がこちらに向かって歩いて来ていた。


あの状況で『フォーチュンキャット』のメンバー全員が生き残ることができたのは、『ライオンハート』の犠牲があったからだ。


全員が闇の刻印の対象となったことが判明し、逃げ惑う中、『ライオンハート』のメンバーは、一斉に『フォーチュンキャット』から離れていった。


そのおかげで、『フォーチュンキャット』のメンバー全員が無事だったのだが、『ライオンハート』のメンバーは、固まってしまい、闇の刻印の爆発に巻き込まれて命を落としてしまった。


「それに、助けられたのは、私も咲良も同じだから……。皆が……、私と……咲良から……は、離れて……いって……」


椿姫は、もう涙でまともに話をすることもできなくなっていた。自分を守るために、多くの仲間が犠牲になってくれた。姉のように優しくしてくれた人も、父のように厳しくしてくれた人も。この戦いで失ってしまった。


「和泉、真田。生き残りを探して回復しろ。橘も回復を手伝え。他も生き残りの探索。30分後に『王龍』の元に向かう」


泣き崩れる椿姫を前にして、総志は静かに指示を出した。


「……は、はい」


涙でぐしゃぐしゃになりながらも、椿姫が返事をする。美月と彩音も無言で頷く。


今やらないといけないことは、泣くことではない。まだ、助けられる仲間がいるかもしれない。それを探す。


結果として、新たな生存者を見つけることはできず、総勢74名いたフィアハーテの討伐メンバーの内、生き残ったのは、僅か13名だけだった。






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