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魔竜 Ⅰ

魔竜王フィアハーテがパラディンの男、高木篤弘を追いかけて走っていく。


全体的に黒みがかった体。それは、漆黒というよりは、むしろ不浄の黒さ。穢れ、汚れ、腐敗。それらが、混ざり合い、濃い闇を作り出している。


歪な形の手足と翼に長い尻尾。アンバランスなほどに発達した大きな顎と無機質な目。ディルフォールとはまた違った異質性。異形のドラゴン。それが、魔竜王フィアハーテだった。


「おい、フィアハーテ! どうせ、お前は友達とかいないだろ? そんな姿だし仕方ねえよな! でも、安心しな! 今日は俺らがいっぱい遊んでやるからよ!」


追われている高木が顔だけ振り向かせて言った。


その挑発行為に乗せられてか、フィアハーテは異常に大きな口を開いて、高木に噛みついてきた。


「おっと!? 危ねえー!」


高木は横に大きく飛びのくことで、フィアハーテの噛みつきを回避。あんな大きな顎で噛みつかれたら、防御に優れるパラディンとて無事では済まない。


「高木、調子に乗るのはいいが、注意だけは怠るな!」


並走する総志が警告を発した。高木は、上手くフィアハーテを誘導しているが、何が命取りになるか分からない。


「承知しました、紫藤さん! この高木篤弘、全力で任務にあたらせていただきます!」


「いいか、高木。調子に乗るのはいいが、注意だけは怠るな!」


やたらと大声で返事をしてくる高木に対して、総志が同じセリフで返した。実力だけなら、『ライオンハート』の第一部隊でもおかしくないのだが、高木が第二部隊に残っているのはこういうところだ。


「大丈夫です! なあ、フィアハーテ。お前もそう思うだろ?」


どこか楽しそうに高木が叫ぶも、フィアハーテは無機質な目で追ってくるだけ。


現在、『ライオンハート』のメンバー総勢70人と『フォーチュンキャット』のメンバー4人は、フィアハーテを引き連れて、アロニーファンタジアの中央広場から東に向かって進んでいる。


このまま真直ぐ行けば、サウルスパークというエリアに出る。


サウルスパークは、魔法使いマーフィー作品の中で、タイムトラベルシリーズという作品群の中の一つに出て来る場所だ。


魔法使いマーフィーが、魔法によってタイムトラベルをし、様々な時代に行って、活躍するという話。その中で随一の人気を誇るのが、『魔法使いマーフィーと恐竜の国』だ。


恐竜時代にタイムトラベルしたマーフィーだが、ビーグル犬であるマーフィーは、大きな恐竜たちから、小さいと揶揄われる。


そんな中、暴れ者のティラノサウルスを、マーフィーが魔法でやっつけてしまうことで、恐竜たちから認められて、仲良くなって色々なところを見て回るというのが大まかな話。


その作中、マーフィーがタイムトラベルで最初に辿り着いた場所。それが、サウルスパークだ。


先頭の高木がサウルスパークに到着したのは、フィアハーテを引き連れてから、数分後のことだった。


広く開けたサウルスパークの中央には、大きなシダ植物をモチーフにした街灯があり、ステゴザウルスやウルトラサウルスにプテラノドン、ティラノサウルスの像が出迎えてくれる。


「高木、ここまで来れば十分だ! ここでフィアハーテを倒すぞ!」


少し離れた位置から総志が指示を出した。


「了解しました!」


高木は足を止めて振り返った。もう、すぐそこまでフィアハーテは来ている。


「全員、T字陣形!」


高木の返事を聞いて、総志は号令を出した。フィアハーテとの戦いは、メインとなる盾役が一人正面に立ち、他は左右と後方に展開し、T字型になるように陣取る作戦だ。


「よし、フィアハーテ! ここで思う存分遊んでくれや!」


高木は大きな声を出すと、剣と盾を構えて、フィアハーテの攻撃に備える。


フィアハーテに高木の言葉が届くわけもなく、ただ、そこにいる敵を潰さんがために、爪を振りかざしてきた。


「よっしゃ! 来いやー!」


気合を入れた高木にフィアハーテの爪が襲い掛かる。


ガンッ! と鈍い音を響かせて、高木の盾がフィアハーテの爪を受け止める。


「ぐうぅーッ!? これはきついな……」


正面からフィアハーテの爪を受け止めて、高木は呻き声を出していた。それは、今まで受け止めてきたどんなモンスターの攻撃よりも、重たく鋭い一撃だった。


「高木、無理はするな! 基本は回避行動に専念しろ!」


「了解しましたー!」


やたらと威勢よく返事をする高木に対して、総志が訝し気な顔をした。だが、既に戦闘は始まっている。ここで、高木を止めて説教をするわけにもいかない。


「高木はああいう奴だ! ビショップとエンハンサー、高木を殺すなよ! 他は、一斉攻撃開始! 竜なんぞに獅子が負けないことを教えてやれ!」


声高らかに総志が言った。高木の性格はあれだが、実力は十分。ここまで生き残っていることが何よりも証拠だ。


「「「はい!」」」


全員がしっかりとした返事をした。その中には『フォーチュンキャット』のメンバーもいる。サブマスターの美月は真剣な表情でビショップ用のワンドを握りしめた。


真の回復などほとんどしたことがない美月だが、今は真と別行動だ。しかも、普段やる真抜きの狩りのように、雑魚が相手ではない。


正真正銘の化け物が相手だ。それを一人のパラディンが受け止めている。回復のエキスパートであるビショップは、エンハンサー以上に生命性としての責任が大きい。


<ライフファウンテン>


緊張に心臓が鳴っていることを自覚しながらも、美月は高木に回復スキルを使用した。ライフファウンテンは、単体回復の後に継続した回復効果を持つスキルだ。


「美月さん、もう少し離れて! ここじゃ危ない!」


美月の後ろから声をかけてきたのは椿姫だった。椿姫も回復役であるが、回復能力よりも味方の強化能力に長けたエンハンサー。


「あっ、はい!」


言われて、美月がすぐさまフィアハーテから距離を取る。逆に、椿姫は最前線にまで上がっていった。


(……椿姫さんは、やっぱりすごい……)


同じ回復役でも椿姫は最前線に立って戦う。エンハンサーのスキルには、使用者であるエンハンサー本人を中心に発動する強化スキルがあり、エンハンサーの近くにいないと、強化の恩恵を受けることができないというものがある。


それ故、椿姫は、近接戦闘職に自身の強化スキルを届けるために、最前線にまで出て来る。しかも、しっかりと攻撃までして、並の戦闘職よりも強いのが椿姫だ。


だから、美月が前線から下がって、椿姫が前に出ることは理にかなったことではあるのだが、どうしても、実力の差を感じてしまう。


「真田さん。僕たちはこっちで回復に専念。前に出ることだけが戦いじゃない」


また美月の後ろから声がかけられた。


「葉霧さん……。あの、はい。分かりました!」


美月の心情を察してのことだろうか、時也が美月に声をかけてきた。『ライオンハート』のナンバー2である葉霧時也。最強のビショップとして名を馳せている時也でさえ、前には行かずに、後方からの回復支援に専念するようだ。


(そうだよね……。前に出るだけが戦いじゃない! 私は、私の役割をしっかりと果たすだけ!)


美月は邪念を払って、目の前の戦いに集中した。


既に、戦いは激化している。フィアハーテの鋭い爪や牙は、容赦なく高木に襲い掛かってくる。


幸いと言うべきかどうか、『フォーチュンキャット』のメンバーは真以外全員が後衛職。フィアハーテの爪や牙は心配しなくてもいい位置から攻撃をすることができている。


だが、魔竜王相手に、後衛職だから安全というのは完全な間違いだ。


戦いの最中、フィアハーテは徐に立ち上がると、無機質な目が急に光出した。


「魔竜の邪眼だ! 全員視線を外せ!」


総志が大きな声を張り上げて注意を促した。


同時に、全員が目を閉じてフィアハーテから顔を背ける。


フィアハーテの特殊攻撃の一つ、『魔竜の邪眼』。これは、発動時にフィアハーテを見ていると石化するというもの。


ゲームだと、キャラクターの向きを変えればそれだけで回避ができる攻撃だ。兎に角、フィアハーテを見なければいい。


目が光るのなら、目を見なければいいのではという疑問はあったが、本番でしかそれを実証することができない。石化すれば死に至るような攻撃に対して、目を見なければ大丈夫かどうかを検証することなど、できはしない。


真の情報では、フィアハーテの目が光ったら、10秒後に魔竜の邪眼が発動するということだった。だから、実質目を閉じないといけないのは、フィアハーテの目が光ってから、10秒後の一瞬だけ。


だが、そんなにギリギリのところまで目を開けていることなどできない。少しでも遅れたら石化してしまう。だから、実際にはフィアハーテの目が光ってから7、8秒後から12、3秒後までは目を閉じることになる。


たった数秒のことだが、ゲームと違って重大な問題があった。


ほんの数秒でも、巨大なドラゴンの前で目を閉じないといけないということ。


「ふぅー、流石に怖いな、これは……」


目を開けた高木が見たのは、立ち上がった姿勢から、元に戻ろうとしているフィアハーテの姿だった。まだ、次の攻撃には移行していない。


おそらく高木が目を開ける直前で魔竜の邪眼が発動していたということだろう。ほんの一瞬でも目を開けるのが早ければ、石化していたところだ。


「怖気づいたなら、盾役を別の者にしてもいいぞ?」


冷や汗をかいている高木の横から総志が言った。


「紫藤さん、その冗談はあまり面白くありませんよ!」


高木はニィっと笑いながら返事をした。


「悪いな、冗談には慣れてないんだ。次はもっと面白いことを言えるようにしておくさ」


「期待はしてませんがね」


「そうか。それなら、高木、任せたぞ!」


「了解しましたー!」


高木が相変わらずの大声で返事をすると、総志は満足げな表情でその場から離れた。


(ベルセルクの紫藤さんが、堂々と正面に出てくる方が、よっぽど冗談なんですがね)


高木は、危険を顧みずに仲間のために最前線に出くる総志を見ながら、自然と笑みがこぼれた。


攻撃を受ける役目こそ高木に任せているが、総志はかなり近い位置で戦っている。それこそ、高木に向けられた攻撃の巻き添えを喰らうのではないかという位置だ。


軽装鎧を装備できるとはいえ、ベルセルクの防御力は高くない。そのベルセルクが敵の正面に立っていたら、ただの死にたがりでしかない。だが、それをやっているのが、紫藤総志となれば、話が違ってくる。


敵を倒すために、仲間を守るために、みんなを奮い立たせるために、前に出て剣を振る。そして、最大の効果と最善の結果を出してきたのが紫藤総志という男。『ライオンハート』のギルドマスターだ。



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