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火竜 Ⅲ

「落ち着け! まだ負けたわけじゃない! こっちが優勢だ!」


姫子が大声で周りの人間を鼓舞する。とはいっても、それは虚勢でしかない。


(チッ……。反応が鈍いな……)


やはりと言うべきか、一度崩れてしまたことで広がった動揺は、そう簡単には払拭できない。明らかに攻撃の手が緩くなっている。


崩れた原因は単純だ。アグニスの火球攻撃が2セット連続で来たから。一度火球攻撃が来れば、しばらくは同じ攻撃をしてこないという前提で戦っていた。だが、想定外に二連続で火球攻撃が来てしまって、対処することができなかった結果だ。


「二回目の火球はあたしが引き受ける! お前らは訓練通りに動け!」


再度、姫子が声を張り上げた。火球攻撃の対処方法自体は特段難しくはない。誰かが、飛んでくる火球の囮になればいいだけ。


「「「はい!」」」


今度はしっかりとした返事が返って来た。ギルドマスターである姫子が率先して、アグニスの攻撃に対処してくれるということで、安心感が生まれ、平常心を取り戻しつつあった。


「火球攻撃は僕と姫に任せて、他は訓練通りに! そうすれば必ず勝てます!」


悟も声を上げた。そう、アグニスは訓練通りに動けば勝てるはずの相手だ。ただ、問題はその火力。想定外のことが起こって、被弾してしまった場合には即死する可能性が高い。


それほどにまでアグニスの攻撃力は桁違いに高いのだ。


アグニスの攻撃で危険なのは、何も火炎による攻撃だけではない。その爪も牙も、喰らえば大ダメージを受ける。姫子が防御を固めてやっと受け止められるレベルだ。


そのため、姫子にはビショップとエンハンサーがしきりに回復スキルを使用することになるのだが、今は、負傷したメンバーへの回復に手を取られてしまっている。


ガシンッ!!


「ぐっ……」


姫子がアグニスの強烈な爪を受け止める音がした。金属盾が爪で擦られる嫌な音が鳴る。重たい衝撃は、腕の骨を貫通して、背骨にまで響くほどだ。


<ヒールライト>


堪らず姫子がパラディン専用の回復スキルを使った。


専門職であるビショップやエンハンサーには劣るにしても、パラディンの回復能力は侮ることはできない。この回復スキルのおかげで、パラディンは持久戦が得意なのだ。


アグニスは攻撃を緩めることなく、前足を振り上げた。これは、叩き潰そうとしてくる攻撃だ。


横薙ぎの爪攻撃と違い、垂直方向からのみ攻撃であるため、避けることが容易な攻撃。受け止める必要もないため、ここで、この攻撃が来てくれたことは正直ありがたい。


(これだけやってろよ……)


姫子が心の中で独り言ちた。叩き潰しの攻撃も当たれば、相当なダメージを受けるのは分かっているが、広範囲に広がる攻撃に比べれば、何とも優しい攻撃だ。


しかし、火竜の王がそんなに優しい生き物であるはずはない。アグニスは再び頭を引くと、口の中に炎を溜めだした。


「火球攻撃が来るぞ! 悟!」


「はい!」


姫子が声を上げると、悟が即座に応答した。周りのメンバーも、火球攻撃への対応として、すぐに距離を取る。


そして、悟だけがアグニスに接敵する。アグニスから一番近い者が狙われるという火球攻撃を悟が誘導するためだ。


(次はあたしだな……)


やることは訓練通りだが、二連続で火球攻撃が来ることを想定して動かないといけない。姫子は悟の動きを注視しつつも、アグニスから二番目に近い位置に陣取る。


「ガアァーッ!」


アグニスは悟の方へと向き直ると、勢いよく火球を吐き出した。悟はすぐさま走り出して、人のいない方へと火球を誘導していく。


アグニスの火球は悟を狙って、5発、6発と吐き出されていくが、走る悟には当たることなく、全て外れて終わる。


そこで、アグニスがぐるっと向きを変えた。


アグニスの目線の先にいるのは姫子。


「来い! あたしを狙え!」


挑発と共に姫子は自分に気合を入れた。


「ガアァーッ!」


再び、アグニスの口から火球が吐き出された。狙いは姫子。


「姫! 走って!」


そこに悟の叫び声が飛んできた。


「うらああああーーーー!」


悟の合図で姫子が全力疾走する。正直なところ危なかった。悟が声をかけてくれなかったら、もうワンテンポ動くのが遅れていたところだ。


姫子の後方から、激しい爆発音が響いてくる。鼓膜を直接叩かれたように思えるほど、至近距離からの火球の音は凄まじいものだった。


5発、6発、そして、7発目の火球が地面を抉ると、そこで、アグニスの火球が止まった。


「てめえの単純攻撃なんぞ、もう喰らうかよ!」


アグニスの二連続火球攻撃も完全に対処しきった姫子が、威勢よく声を上げた。分かってさえいれば、問題ない。悟がよく言っている、『当たらなければどうということはない』という言葉も、今なら実感できる。


ただ、姫子が走っていったことで、アグニスとの距離が開いてしまった。アグニスのヘイト1位は姫子であるため、開いた距離を詰めようとアグニスが突進してくるはず。


それには注意をしないといけないと、姫子が考えていた矢先――


「あいつ、どこを見てる……?」


アグニスが姫子の方を向いていなかった。頭を引いて、口の中に炎を溜めている。


「三連続ッ!?」


姫子は頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。そもそも、火球攻撃が二連続で止まるという保証はどこにもない。こちらが勝手に二連続で終わると思っていたにすぎない。


「逃げろーッ!!!」


喉が痛いほどの声量で姫子が叫んだ。今、誰が狙われているか分からない。兎に角散らばって、火球を避けるしかない。


(いや、まずい! 散らばったら、またフレイムウィングに当たる!?)


それは、想定外の火球攻撃に動揺したことで、やってしまった失敗だった。アグニスのフレイムウィングは前方180°の範囲攻撃。狙われている姫子だけがアグニスの後ろに回ればいい攻撃なのだが、下手に散らばってしまうと、フレイムウィングの攻撃範囲に入ってしまう。


ここで同じ失敗は致命的だ。心理的なダメージが大きすぎる。動揺が回復困難なレベルに達してしまう。


「お任せあれー!!!」


何故か楽しそうな悟の声が聞こえてきた。姫子は意味が分からず、悟の声がした方向に目をやると――


アグニスの一番近くにいた悟が、火球攻撃に狙われているところだった。


一回目の火球攻撃と同じように、悟は誰もいない方へと向かって走っていく。その後を追う火球は、標的に当たることなく、地面で爆発していく。


全ての火球を回避した悟は満面のドヤ顔で戻って来る。


「悟……お前……」


姫子が茫然とした顔で悟を見る。相変わらず腹の立つ顔だが、今はそれどころではない。


「二度あることは三度ある! 予想通りです!」


悟が高らかに声を上げる。どうやら悟は、三連続火球攻撃を見越して、素早く定位置に戻ってきていたようだ。そして、再び、火球攻撃の囮になると、訓練通りに動いて処理したということだ。


「「「おおおおおーーー!!!」」」


致命的な状況になると思われたところでの悟のファインプレーに歓声が上がった。


「まだ終わってません! 姫、アグニスの攻撃来ますよ!」


悟は浮かれることなく言った。その言葉の通り、アグニスは既に姫子の近くにまで来ている。


「うるせえな! 言われなくても分かってるよ!」


姫子が文句を言うが、その口元はほころんでいた。


(まったく、このサブマスターは想像以上のことを平気でやってくれるな)


これが転機となった。姫子と悟という『王龍』の柱の活躍が、地に落ちようとしていた士気を一気に引き上げた。


緩んでいた攻撃の手も、勢いを取り戻し、回復が終わったビショップとエンハンサーは姫子の支援に回る。


全ての攻撃が連続で来るかもしれないという想定の下で動き出したことで、慎重かつ的確にアグニスの生命力を削っていく。


どれだけ巨大なドラゴンであろうと、不死身ではない。このままいけば、いずれ倒しきれると思われた時、アグニスはぐるっと別の方を向いた。


今まで、火球攻撃以外は姫子を狙っていたアグニスの突然の方向転換。そして、地面にどっしりと根を張るようにして、四肢と体ごと沈み込ませた構え。


「フレアブラスターだ! 全員退避! アグニスの前から逃げろ!」


姫子が喉から振り絞るようにして声を荒げた。アグニスの最大火力攻撃、ブレアブラスターが来る予兆だ。


アグニスは、巨大な戦艦砲のようにして構えている。大きく開かれた口の中には、エネルギーが収束していく。


アグニスに集まった膨大なエネルギが臨界点を迎えたところで――


ドッゴオオオオオオーーーーーーーー!!!


超高密度の収束火炎砲が発射される。それは、大気を震わせ、地面を揺らす。当たれば即死。痛みを感じる時間もなく、一瞬で蒸発する威力。


アグニスのフレアブラスターは一直線に、マジックマウンテンのシンボルである、赤茶けた山に突き刺さった。


「――全員、無事かッ!?」


フレアブラスターが終息すると、すぐさま姫子が声を上げた。王都グランエンドでは、不意打ちを喰らって回避できなかったが、今回は来ると分かっていた。


「被害ありません! 全員無事です!」


『王龍』の誰かが声を上げた。その言葉に姫子が心底安堵するが、余韻に浸っている暇はない。


「こいつはもう虫の息だ! このまま押し切るぞ!」


姫子が更に大きな声を上げた。ここが正念場だ。真の話では、アグニスにとってフレアブラスターは最終奥義。それを出してくるということは、もう決着の時が近いということ。


「「「うおおおおーーーー!!!」」」


全員が姫子の言葉に雄叫びで返す。


「攻撃よりも回避優先! それは忘れるな!」


ここでは油断はしない。姫子は叫びを上げて注意を促す。攻撃の対処方法を分かっているとはいえ、想定外のことをしてくる可能性は高い。


「僕たちの役割は、こいつを倒すことだけ! 決着を急ぐ必要はない!」


悟も声を出した。時間をかけたとしても、倒せればそれでいい。ディルフォールとフィアハーテは真と『ライオンハート』が何とかしてくれる。自分たちは与えられた役割だけ果たせばいいだけだ。


高まった士気と冷静さを武器に、『王龍』が一丸となってアグニスに攻撃をしていく。


連続で来る火球攻撃も、姫子と悟が連携して処理をしていく。フレイムウィングは姫子だけが回避行動を取り、テールウィップが飛んでこないように、アグニスの真後ろには誰も立たない。


『王龍』がじりじりと攻撃をしていく中、アグニスが再びフレアブラスターの構えを取った。


「フレアブラスター! 前方注意!」


姫子が注意を喚起をする前から、全員がアグニスの前から退避していた。どれだけ優勢になろうが、フレアブラスターに当たれば即死する。たった一撃、たった一回のミスで、全滅する恐れは常にはらんでいる。


だから、行動は攻撃よりも回避優先。全員が安全圏に退避したところで、アグニスは誰もいない方に向かって、膨大なエネルギーを収束させていく。


「こうなると滑稽だな……」


一体何に対してアグニスは攻撃をしようとしているのか。こなってしまえば、アグニスもただのゲームの一部だと実感できる。姫子はそんなアグニスが哀れにも見えてきた。


このまま誰もいない方へ向けて、超高熱量の火炎砲が吐き出される。反撃はそれを待ってからでもいい。


アグニスの口の中にはどんどんエネルギーが集まっていく。止めどなく集まっていくエネルギーは、アグニスの口だけでなく、体全体からも光を放ちだした。


鎧のようなアグニスの赤い鱗の隙間からも、光が漏れ出している。


「長くないか……?」


姫子は怪訝な顔をアグニスを見た。フレアブラスターが発動している時間をとっくに過ぎても、アグニスはエネルギーを集め続けている。


回避する距離と、発動までの時間を考慮したら、完全に回避するのは結構ギリギリの所なのだが……。


「もしかして……自爆するつもりじゃ……」


顔面蒼白になりながら悟が呟いた。


その言葉に一瞬だけ、静寂が訪れる。


「逃げろーーーーッ!!!」


姫子が力いっぱい叫んだ。


「「「うああああーーーー!!!」」」


姫子の叫びが引き金となって、全員が這う這うの体で走り出した。疲労は既に限界にまで達しているが、そんなことは関係ない。体が悲鳴を上げる声など、一切聞かずに全力以上の力で駆けだしていく。


その直後――


膨大な光とともに、猛烈な爆発が起こった。まき散らされる圧倒的な衝撃と轟音を前に、人間など、まるで暴風に吹き飛ばされる塵芥同然だった。


「ぐあッ!?」


マジックマウンテンにあるアトラクションのフェンスに激突した姫子が呻き声を上げた。背中に強烈な痛みを感じる。アグニスから近い位置にいたのだが、頑丈なパラディンだ。何とか生き残ることはできた。


「みんな……無事か……?」


フラフラとしながらも、姫子が立ち上がって、爆心地に目をやった。爆発の中心であるアグニスは、木っ端微塵に消し飛んでいる。


周りには、方々に吹き飛ばされた仲間が倒れているのが見える。そんな状況でも、何人かは立ち上がろうとしていた。


「被害報告ー! 動ける者は全員姫の元に集合!」


痛みに顔を顰めながらも、悟が声を張り上げた。


この時点で、立っているのは、防御力の高いパラディンとダークナイト。それに、元々アグニスから離れた位置にいたソーサラーなどの遠距離攻撃職の一部。それと、ビショップとエンハンサーの一部だ。


逆にアサシンとベルセルクは誰一人として立っていない。


「これだけか……?」


姫子がポツリと尋ねた。


しばらく待って集合したのは、姫子と悟を合わせた総勢33人。75人いたアグニス討伐メンバーの半分以上が犠牲になったということだ。


「もう一度、生存確認はしますが、ここに集まっているのが、ほぼ全てだと思います……」


沈痛な面持ちで悟が答えた。


「そうか……。悪いが、今すぐ生存確認をしろ……。確認ができ次第、『ライオンハート』と合流する」


姫子が静かに命令を出した。


「はい……」


悟は素直に命令を受諾すると、数人を引き連れて生存者を探しに行った。あの堅牢な鱗を纏ったアグニスでさえ、粉々に吹き飛ぶ威力。その爆発に巻き込まれて、これだけの人数が生き残っただけでも奇跡のように思える。


だから、これ以上の生き残りがいるとは到底思えない。それでも、姫子が生存者を探せと命じたのなら、悟はそれを遂行するだけ。


しかし、結果は、誰一人として新たな生存者を見つけることはできず、この場所を去ることとなった。




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